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{和訳における一部ヨーロッパの大学名について K#F85E/6E9A}

和訳における一部ヨーロッパ大学名には,少々難しいところがある。主にドイツの大学によくみられる,人名と都市名を組合わせた大学名をどう翻訳するか,少し悩んで解決した。

例えば,通称「ベルリン大学」の正式名称である「Humboldt-Universität zu Berlin」(英語:Humboldt University of Berlin)をどう訳すか。この大学名の意味は「ベルリンフンボルト大学」だが,「フンボルト大学ベルリン」と,原語の字句だけそのまま置換えたような訳がよくみられる。昨今のウェブにおける代表例は Wikipedia だ。しかし,この訳し方は誤訳に近く,多くの日本語話者が不自然さを感じているはずだ。日本語では,前置修飾,つまり前の語が後ろの語に意味を加えるのが原則となっている。「フンボルト大学ベルリン」では,「フンボルト大学のベルリン」という語感になってしまうのだ。日本では,首都大学東京が末尾に都市名を付ける唯一の大学だが,不自然な上に,「大学」が末尾に付く前提で作られている書類などで不便であるとして極めて不評だ。2005年に設立されたばかりで,ほぼ当時の都知事の独断で決定された首都大学東京のような名称は,日本人一般に支持されたものでも浸透したものでもない。さらに言えば,東京大学はドイツ語で「Universität Tokio」だ。「フンボルト大学ベルリン」と呼ぶのは,東京大学を「大学東京」と呼ぶようなものだ。

ちなみに,アメリカ合衆国等の大学で,「カリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley)のように,都市名に「校」を付けた和訳が一般化しているものもある。この訳に大きな問題はないが,主に大学群の一校を指すものであるためベルリン大学のような例には適用できない。「フンボルト大学のベルリン校」というのは実態に即した表現ではない。

こういった問題を理解してか,「ベルリン・フンボルト大学」のように訳す例もみられる。これなら日本語の文法として不自然ではないが,「フランクフルト大学」の正式名称「Johann Wolfgang Goethe-Universität Frankfurt am Main」のように複雑な場合は,「フランクフルト・アム・マイン・ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学」と書かなくてはいけなくなり,都市名と人名の境界が分からなくなる。中黒(・)の代わりにダブルハイフン(=)を使う手もあるが,ダブルハイフンは人名にも使われるため万全な形式とはならない。最も無難なのは,「ベルリンのフンボルト大学」などと素直に呼ぶことだ。これならば,翻訳の巧拙に関わらず間違いということはない。しかし,一つの固有名詞というよりは説明的な文に見えてしまい,大学の正式名称らしくない。また,固有名詞に「の」を含んでしまうと,それを使った文が冗長になりがちだ。例えば,「ベルリンのフンボルト大学の〜」といった文はあまり好ましくない。もう少し踏込んでみても良いだろう。

以上の問題を踏まえて,私は「ベルリン市フンボルト大学」のように記述することにした。フランクフルト大学の正式名称は「フランクフルト・アム・マイン市ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学」と書ける(最近なら「フランクフルト・アム・マイン市ゲーテ大学」でも公式に通用するだろう)。先日描いた「漢数字による世表記の実験」と同じく,これは主にヨーロッパの問題であるから,漢字が上手くカタカナ表記の区切りになってくれる。外国の,特に有名な都市名は「市」を省いて呼ばれることが多いが,都市名であることを明示したい場合に「ベルリン市」などと言うことは普通にあり,自然に理解される。通常,こうした大学名は市名を採用しているから,たいていの場合「市」を使えば自然かつ適当なはずだが,必要ならば「県」でも「州」でも,実態に即した字を使えば良い。

余談だが,ドイツにおいて,なぜベルリン市フンボルト大学のような大学名が普及したのだろうか。少し調べてみたもののまだ良く分からない。ヴィルヘルム・フォン・フンボルトによって設立された同大学が,近代的大学の模範とされていることなどからみるに,ドイツ特有の大学文化が反映されているのかもしれない。