{一日一文}{希哲15年6月の一日一文}{SNS 嫌い}{社交辞令}{社会的行為}{腑に落ちた}{最高の誉め言葉}{容姿が良い}{喧嘩が強い}{学校の勉強}...=}(113)

{誉められて嬉しかったこと K#F85E/A-E74C-5C5B}

私には,誉められ嬉しいと思った記憶がほとんど無い。誉められるのは,どちらかといえば苦手なくらいだ。先日の一日一文では私の独特な金銭欲について書いたが,これは私の独特な名誉欲かもしれない。

なぜ誉められても嬉しくないのかと考えてみると,そもそも幼い頃に自尊心完成されてしまっていた気がする。自尊心に欠けているところが無いので,いわゆる承認欲求的な感情も無い。

誉め言葉をもらっても,すでに満杯に余計なものを注がれているような感覚で,こぼれたのを拭くのが面倒になる。それが社会的行為である以上,例えば,謙遜して見せなければならないとか,こちらも社交辞令で返さなければならないとか,新しく得たものも無いのに“対応”を求められるわけだ。

私の SNS 嫌いもこんなところから来ている気がする。好意的反応をもらうことはもちろん「ありがたい」と思うし,仕事であれば必要なことでもあるが,個人的心情としては嬉しさより面倒臭さを感じてしまうことが多い。

誉められて嬉しくないのだから,貶され悲しいこともない。むしろ,他人が顔をしかめるようなことをしていた方が,自由を感じることが出来て面白いとすら思っていた。

子供の頃からこんな性格だが,大人になってからも,名誉ある地位に就きたいとか,ナントカが欲しいとか,テレビネット有名になりたいとか,そういう感情を抱いたことが無い。

日ごろ私の活動を見ている人なら納得出来るのではないかと思う。希哲館事業は,誰の肯定神託必要とせずに自分のやることに絶対確信を頂き,この上ない充実感を得て生きる人間がここにいる証拠なのだ。

私には,自分で作った「初代希哲館執務長」が,どこの国の君主首脳肩書きよりも,ノーベル賞よりも名誉に感じられる。だからこれ以上の名誉は一切不要だ。

これも病気といえばそうかもしれないが,SNS などの発達で,名誉欲承認欲求に人生を狂わされる者が無数にいることを考えると,「健全」とは何か,考えずにはいられない。


そんな私にも,人生で一つだけ,誉められて嬉しかったことがある。

恐らく4歳5歳頃だ。保育園で,はさみを使って工作のようなことをしていた。何か工夫をして,上手いこと出来たな,と思った時,保母さんが「ひろくんはアイデアマンだね」と言った。この時のことがなぜかずっと,鮮明記憶としてある。そして定期的に思い出す

当時の私に「アイデアマン」という言葉の意味が分かったとも思えないが,自分は何か工夫をすることが得意なんだな,ということくらいは体験として分かっただろう。もしかしたら,言葉が分からなかったから印象的だったのかもしれない。これもカセット効果という奴だろうか。

その後,私は,トーマス・エジソン憧れたり,信長でも家康でもなく秀吉好き少年に育っていく。子供ながら,発明とか発想価値を感じていたのだろう。

そして17歳の頃に輪郭法き,デルンデライト開発して今にいたる。確かに,これ以上価値あるものが今の私には想像出来ない。

頭が良いと誉められて学校の勉強を極めても,運動が出来ると誉められてスポーツの世界に行っても,容姿が良いと誉められて見た目を売りにするような世界に行っても,もちろん,喧嘩が強いと誉められてヤクザな道に入っても,今の私にはならなかっただろう。

私にとって最高の誉め言葉があるとすれば,やはり「アイデアマン」以外考えられない。この文章を書きながら,三十年来,心のどこかに引っかかっていたものがようやく腑に落ちた

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{一日一文}{希哲館訳語}{希哲15年5月の一日一文}{外来語翻訳}{翻訳語整備}{くぐる}{通類}{握接}{バイト・アル=ヒクマ}{英語}...=}(52)

{日本の第二次大翻訳時代に向けて K#F85E/A-E74C-9D63}

そろそろ希哲館翻訳事業についても何か書いておこうと思いデライトくぐっていると,6年以上前に書いた懐しい文章(「翻訳とは何か」)を見つけた。当時の私の「第二次大翻訳時代」への意気込みが伝わってくる。

当時はまだそれほど蓄積が無かった希哲館訳語も今や「日本語史上最大の翻訳語体系」と称するまでになり,自ら開発するデライト翻訳語研究にはこれ以上ない通類ツールになっている。ここで改めて,第二次大翻訳時代への思いを記しておきたい。


日本にも「大翻訳時代」と呼ぶべき時代があった。言うまでもなく,膨大な外来語翻訳された江戸時代後期から明治時代にかけてのことだ。この時代に生まれた翻訳語現代日本語に欠かせないものになっている。

そんな日本語も,どこで何を間違えたのか,カタカナ外来語で溢れかえるようになってしまった。時代の流れが速いから翻訳語なんか造っても意味が無い,とやってもみずに言う者が多い風潮に逆らって,私は翻訳活動を続けてきた。

そうしていると,「何で翻訳語なんか造ってるの?」と言われたりする。今我々が当たり前のように使っている日本語にどれだけの翻訳語が含まれているか,知らないわけではないだろう。ではカタカナ語満足しているのかというと,「カタカナ語の氾濫」はたびたび社会問題のように語られる。それでも,「なら翻訳してやろう」という運動は無いに等しい。

昔から,独自に翻訳語を造ってみようという人はいて,私もいくつか例を知っているが,その全てが世間には全く知られていない。そういう運動を誰かが始めてみても,一向に火が付かないのだ。そして自然消滅のように消えていく。これは面白いといえば面白い現象だ。

私もその運動を始めた一人だが,翻訳語についての話というのは本当にウケが悪い。ブログ記事のようなものを書いても握接アクセスが集まることは無いし,Twitter のような所でつぶやいてみても反応はほぼ無い。まさに「しーん」という感じだ。

ただ,私はそれもこの仕事のやりがいだと思っている。いかに現代日本人にとって外来語翻訳というのが難しいことか,それを思い知らされるほど,その難しいことをやってこれたことに対する自負誇りも大きくなる。

これからも希哲館は,この日本知識産業革命実現し,日本語英語に代わる「世界の言語」とすべく翻訳語整備を進めていく。そして,世界史を変えた「知恵の館バイト・アル=ヒクマにも劣らない翻訳事業にしたいと思っている。

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{一日一文}{希哲15年5月の一日一文}{希哲15年5月9日の日記}{忘れられる}{つるん}{飲み込みやすい}{一筋縄}{流行っているもの}{売れているもの}{浅さ}...=}(72)

{市場活動マーケティングの難しさについて K#F85E/A-E74C-6B5E}

どんな世界であれ,作った物知ってもらう買ってもらう使ってもらう,というのは難しいものだ。

実は私も,こういう市場活動マーケティングについてよく勉強していた時期がある。効果的語体ロゴタイプ獲句キャッチコピー唱願スローガン作り方が知りたくて,片っ端から実例に目を通して考察を重ねたりした。「デライトの“掴み”の良さ」でも書いたように,デライトが一定の関心を得ることに成功しているのは,そんな勉強の成果かもしれない。

とはいえ,市場活動の実践はデライトが初めてで,それも正味半年足らずという経験浅さだ。まだまだ素人に毛が生えたようなものだろう。


世の中売れているもの流行っているもの観察してみれば,市場活動というものがいかに一筋縄ではいかないものか,よく分かる。

綺麗整ったものが売れるのかというとそうではない。引っかかりがなく,つるん飲み込みやすいだけのものは,またつるんと忘れられてしまう。完成度が高ければいいのかというとそうでもない。愛嬌必要だという。

いわゆる炎上商法は比較的確実知名度を上げられる方法だが,それはとてつもない汚名引き換えに手に入れるものだ。それでもその手を使う者が後を絶たないのは,認知されることがいかに難しく,価値あることかをよく示している。


デライトをどう売り込み,知ってもらうべきか,これは開発者である私自身も含めて,まだ誰にも確かなことは分からない。

よく頂く感想に,「風変わり過ぎてとっつきにくい」というものがある。これも,考えよう使いようで,実は強力武器になりうる特徴でもある。

印迫インパクトを残しつつ,どうやって多くの人に使ってもらえるものになるか。色々な反応を頂きながら毎日んでいる。しばらく試行錯誤が続きそうだが,これも幸せなことだと思う。

貴重勉強をさせて頂けていることに感謝したい。

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{一日一文}{希哲15年5月の一日一文}{年度替わり}{デライト第三次宣伝攻勢開始に思うこと}{デライト宣伝}{デライト高速化}{快調期}{希哲15年4月下旬}{黄金週間}{デライト収益目標達成}...=}(61)

{デライトの“掴み”の良さ K#F85E/A-E74C-0C2E}

黄金週間ゴールデンウィークを経て,デライト第三次宣伝攻勢軌道に乗ってきた感がある。

デライト開発3月から“快調期”に入り,4月下旬までは宣伝を控え目にして開発専念していた。年度替わり忙しい人が多く,新しいことはなかなか試されない時期でもあったので丁度良かった。

このあいだまでデライト収益目標達成必達期限5月1日設定していたこともあり,先の黄金週間は,第三次宣伝攻勢にとって「決戦」に近い意味を持っていた。ひょんなことからもう少し時間が出来ることになって,結果的に「前哨戦」とでも言うべきものになった。

その前哨戦で再確認したのが,デライトの“掴み”の良さだった。デライトは,最初だけ妙に面白がってもらえる。宣伝をしていても,その掴みの良さに少し驚くことがある。サービス新規性を考えると,奇跡的とすら言えるかもしれない。


もっとも,これに気付いたのは昨日や今日ではなく,最初からだ。デライト宣伝を止めたり再開したりを繰り返していることはこの前の一日一文で書いたが,こんなことをする必要があるのも,宣伝に対する反応が良過ぎるからだ。

昨年2月13日,「正式離立リリース」としてデライト宣伝を始めたものの,こんな珍奇なサービスなので,反応を得るまでには相当な時間がかかるだろう,と思っていた。ところが,どうも「面白そう」と思ってくれる人が多かったようで,宣伝すれば意外とすぐ反応があった。

来てくれるのは無論ありがたかったが,当時のデライトは,今のデライトとは比べ物にならないほど貧弱で,使い勝手以前に,まともに動くのかどうかすら怪しかった。当分誰も来ないだろうと高を括っていた私も,流石にこれは不味いと感じ始めた。粗悪過ぎる状態では宣伝が逆効果になりかねないし,何より,折角期待して来てくれる人に申し訳なかった。

間もなくデライトは宣伝停止状態に入り,「離立リリース補完」と呼ぶ作業を始めた。その目標は,「正式離立後まもなく停止していた宣伝を再開出来る品質を満たすこと」だった。


黄金週間中のデライト宣伝でも,この掴みの良さは健在だった。途中,車の両輪で進めている高速化作業がやや遅れていたため,宣伝の方を抑制したくらいだ。

まだまだ「面白そう」から「面白い」までには距離があり,多くの人が「分かりにくい」と脱落してしまうのがデライトの現状だ。それでも,面白そうと思ってもらいやすいことはデライトの武器なのだと思う。そこが駄目なら何も始まらないのだから。

希望を持って努力を続けていこう,と改めて思えた黄金週間だった。

{一日一文}{希哲15年4月の月記}{喜ばしい}{『「超」メモ革命』}{成功確実}{重い考え事}{希哲15年4月30日}{デライト宣伝}{デライト高速化}{黄金週間}...=}(35)

{希哲15年4月30日の日記 K#F85E/A-E74C-AF75}

黄金週間中の平日だったため,デライト宣伝控え目にして,昨日まとめ一日一文に時間を使おうと思ったが,結局昨日の日記を書くまでで精一杯だった。

もっとも,重い考え事があった日の翌日は大体こんなものだ。ちょうど末日でもあり,書きながら気持ちの整理をするには丁度良かった。

明日からは,確実となったデライトの成功に向け,生活律動を正して高位安定進捗維持することに専心する。


デライト宣伝の反応が良いのは喜ばしいことだが,今度は高速化が間に合わない懸念が出てきた。やはり,デライト高速化第三次宣伝攻勢車の両輪として考える必要がある。一方が過剰になる懸念が生じているということは均衡に近付いているということであり,それ自体が問題なわけではない。

もう一つ,じっくり考え事をして過ごしたおかげか,最近出た書籍がデライト宣伝に使えそうなことにも気付いた。内容はともかく,一応分野盛り上げてくれそうなものではある。これも一つの奇跡かもしれない。

{デラング}{希哲15年4月の月記}{希哲15年4月26日}{デライト宣伝}{最大の収穫}{快調期}{開発速度}{第三次宣伝攻勢}{夜のデライト宣伝}{複雑な気分}...=}(24)

{希哲15年4月26日の日記 K#F85E/A-E74C-882C}

デライト開発宣伝充実した日だった。

夜のデライト宣伝では,快調期以後最大の収穫とも言えるデラングについてたっぷり書いたデラングについて。改めてデライト達成度の高さを実感したが,そう思うと今度は知名度の低さが不思議なくらいに感じられ,少し複雑な気分になった。

しかし,開発の成果を活かして宣伝し,その反応を開発に活かす,という相乗効果が出来つつあるのは第三次宣伝攻勢ならではの新境地と言えそうだ。これは快調期の開発速度でなければ考えられなかった。

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{一日一文}{14ヶ月}{半年以上}{3度目}{積極的な宣伝活動}{デライト宣伝}{第三次宣伝攻勢開始}{希哲15年4月24日}{驚いた}{第一次宣伝攻勢}...=}(60)

{デライト第三次宣伝攻勢開始に思うこと K#F85E/A-E74C-69D3}

今日24日デライトは「第三次宣伝攻勢」を開始した。簡単に言えば,3度目積極的な宣伝活動を始めたということであり,裏を返せば,デライトには積極的に宣伝活動をしていない時期があるということだ。

デライトは,昨年2月13日に一応の正式離立リリースを果した。ただ,品質上の問題が多々あったため,しばらくの間はほとんど宣伝しなかった。

本格的な宣伝活動を開始したのは,半年以上経った9月8日だった。それも16日にはいったん停止した。これが「第一次宣伝攻勢」だ。「第二次宣伝攻勢」はその約一ヶ月後,10月20日から今年1月29日まで続いた。

つまり,正式離立から14ヶ月余りのうち,積極的な宣伝活動をしていた時期は,合わせて4ヶ月にも満たない。これは改めて計算してみて自分で驚いた短さだ。もう半年くらいにはなると思っていた。それだけ濃い日々だったのだろう。


デライト宣伝にこうした緩急があるのは,その時に最善時間配分を考えた結果だ。限られた時間有効に使おうと思えば,「時間対効果最大化」を常に意識する必要がある。

当然ながら,私は開発経営デライトに関する全てのことを自分でしているので,宣伝活動だけに時間を使うわけにはいかない。ひたすら宣伝して人を集めたはいいが肝心の製品に十分な魅力が無い,というのでは意味も無い。

これは宣伝に限ったことではない。デライトには問題山積している。あってしかるべき機能は色々欠けている,不具合はあちこちにある,文書もろくに更新していない……だが,全てを最初から整えられる人間はいない。限られた時間の中で,優先順位を付けて一つずつ片付けていくしかない。

そして,時間対効果の最大化を考えると,宣伝にもある程度「溜め」が必要であることに気付く。同じだけの時間を使うのであれば,より品質の良い状態で製品を知ってもらった方が良いわけだ。

ひっそり開発を進め,ある程度品質自信が出来たところで宣伝攻勢をかける。その反応次第でまた開発中心の時期に入り,課題が概ね解決出来たところで宣伝攻勢をかける……最初からこういう計画だったわけではないが,結果的にこの繰り返しデライト自体は順調に来ている。一定の合理性はあったということなのだろう。

柔品ソフトウェア開発における風林火山といったところか。

{自我アイコン設定機能実装}{デライト文書整備}{領当て調整}{希哲15年2月7日}{思い付き}{希哲15年2月}{頭脳の鏡}{第三次宣伝攻勢}{気恥ずかしい}{私の顔写真・竜胆蛍付き}...=}(39)

{希哲15年2月7日の日記 K#F85E/A-E74C-09EB}

デライト開発快調は続き,念願自我アイコン設定機能実装一段落した。想定よりずっと早くそれなりの形になったのは嬉しい

これで今月予定していた大きな作業文書整備のみとなった。当努自体は他にも色々あるが,現時点優先順位を付けるのが難しい文書整備が終わった時点で第三次宣伝攻勢に入り,不具合修正最適化領当て調整など細かい作業をしながら反応を見て次の当努を決めたい。

手定め用のつもりだった自分のアイコンにも大分慣れ,愛着すらわいてきた。

思い付きで咄嗟に作って Mastodon で使い始めたこのアイコンだが,流石にデライト最初にするには過ぎると感じていた。とはいえ,わざわざ綺麗に撮り直すのも気恥ずかしいので惰性で使い続けていた。

デライトが「頭脳の鏡」だと考えると,の付いた越しのも,これはこれで味わいがあるような気がしてきた。

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{あれ}{開けっ広げ}{政治臭}{思想臭}{思想臭さ}{波風}{人間らしさ}{社会}{長い目}{難解さ}...=}(57)

{思想について K#F85E/A-E74C-9878}


最後に,ご指摘の「思想臭さ」や「難解さ」についてですが,これも造語と同じで,今となっては必要悪に近いなという感覚です。

昨年半ばに知って頂いたということでお気付きか分かりませんが,デライトは当初,出来るだけ無難宣伝を心がけていました。ちょっと風変りな気軽に使えるメモサービス必死に見せかけようとしていたのです。結果として表面的な反応は悪くなかったのですが,ユーザー定着には全くつながりませんでした。

こういう経験から,少しずつデライト難解さも含めてありのまま重視する戦略シフトしていきます。見せかけの分かりやすさで気を引くより,時間がかかっても理解あるユーザーを増やしていくことの方が長い目でみれば得策だろうという考えです。

思想臭政治臭も隠さないことにしました。

そもそも,思想臭や政治臭を感じさせないサービスって,波風を立てていないから気付かないだけで,よ〜く考えると気持ち悪いものだなと思います。世界社会について何も考えていないか,都合が悪くて隠しているということですから,突き詰めれば信頼性透明性に関わる問題に他なりません。

GAFA 等が社会的責任を厳しく問われる立場になってはじめてそれが露呈したと思います。便利技術を作ったらそれがどんどん社会的影響力を持ってしまったけど,その後は知らん,で済まされる時代はもうすぐ終わるでしょう。思想政治観の無いサービスはもう古い,という時代はすぐそこだと思っています。

デライトは,この技術でどのように世界を変えるのか,政治はどう変わらなければならないのか,考え抜いたことを全て開けっ広げにします。それこそ透明性であり,それで離れていく人がいるとすれば,その人に対する誠実さでもあると思います。あとはその思想がどこまで普遍性を持てるかの勝負になるでしょう。

何より,思想臭さ人間らしさです。もし私が目先利益を貪るだけの動物なら,万に一つも成功可能性はないと思っていたデライト開発18年もかけなかったでしょうし,何があろうとこれからの人生の全てを捧げようとも思わないでしょう。これは思想を持てる人間だけが出来ることです。

そう考えると,デライト最大の強みは,どこよりも強い思想に支えられていることかもしれません。

{デライト宣伝}{時間の持て余し}{時間欲}{希哲15年1月10日6歩}{TheBrain}{希哲15年1月8日}{時間の使い道}{立体アウトライナー}{新デライト市場戦略}{暗黙宣伝}...=}(34)

{希哲15年1月8日の日記 K#F85E/A-E74C-2337}

昨年10月最後の壁貫通以後,しばらく時間の使い道を見失っていたが,この頃,時間欲ってきたように感じている。

暗黙宣伝が主だったデライト宣伝では,十分な時間対効果が望めるのはせいぜい一日あたり3時間だった。誰も使わない機能を作り込んでも仕方ないため,反応を待って開発を進めていく必要も感じていた。こうしたことから「時間の持て余し」が生じた。

それから間もなく,11月中にはツイスト宣伝が中心となり,年末にかけて新デライト市場戦略に移行していくことになる。ありのままデライト,引いては希哲館事業表現しようとした時,実装にも長年後回しにしてきた言語化にも時間がいくらあっても足りないということを実感した。

時間を持て余したことで別の収入源確保することが出来,今の安定に繋がっているので結果的にはこれで良かったが,今後はこの安定を維持しつつ極力デライト時間を充てていきたい。

この日は,少し気になっていた TheBrain を試し,これについてのツイストに時間をかけた。ちょうどデライト表現に関しては「立体アウトライナー」に絞って「立体マインドマップ」は使わないようにしようかと考えていたところで,後者の新しい使い道を見つけたような気がした。

10日振り返り

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