{『希哲日記』}{希哲13年5月}{晩の散歩}{希哲13年5月中旬}{先負}{日課}{5月16日}{一日一章}{木曜日}=}(9)

{希哲13年5月16日 K#F85E/A-5B28-BB0E}

10時30分頃から散歩兼買い出し。

晩の散歩犬の散歩にすることを思いつき,21時頃から久しぶりに犬の散歩を30分ほどし,一旦家に帰ってから一人で30分ほど歩いた。その後,陶練

だんだん生活律動が整ってきた。今日もなかなか気が入らず開発作業は進まなかったが,進まなくても時間が来たら止める,ということが重要だと感じる。粘って取り返そうとすると必ず睡眠時間帯がずれる。気持ちの切り替え方を少しずつでも調整していった方がいいだろう。今はあえてこれでよしとする。

これからの日課を考える上で,また随筆を書くことを始めようと思った。以前は「」の方が音声的にも字面的にも固有性が高い気がしたため一日一章一日十章一日八章などと呼んでいた。今回は簡素に「一日一文」でも良いかとも思ったが,数を増やした時に違和感はあるかもしれない。いずれにせよ,デルンまわりの整備が先になる。

あとは自分の極めて独特な性体験について思い出していた。


{ポモドーロ法}{希哲13年5月26日}{希哲13年5月16日}{日課}{希求主義文学}{習慣}{一日一章}=}(7)
{希求主義文学}{一日三千輪}{一日一章}=}(3)
{一日十章}{希哲10年10月11日}{月庭運営記録}{一日一章}=}(4)
{一日一章}{公開}=}(2)

{一日一章を再開 K#F85E/A-E8CA-383D}

少なくとも一日に一つのペースで,随筆的なまとまった文章の公開を習慣付けようと努力していたのだが,6月はじめの描出から半年近く間を空けてしまった。

筆が止まったきっかけは,5月末の「10年代後半のネット動向について」と題した描出だった。2010年代後半におけるインターネット文化の動向について考察したものだが,自分で書いていて,自分で触発されてしまった。考えてみると,その内容はほとんど知機虎哲を中心に自分で準備してきたことだったのだが,どの要素技術も幅広く中途半端な状態であることを痛感した。そこでしばらく虎哲開発に没頭していたというわけだ。

その甲斐あって,この半年で虎哲は目覚しく進歩した。 をはじめとする言語群の整備が大きく進んで保守性も高まり,月庭を支えているイチの性能も飛躍的に向上した。

まだまだ課題は山積しているが,文章を書くということも希哲館の重要な仕事のうちなので,これ以上休んでもいられない。というわけで,今日から本格的に一日一章を再開する。

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{習慣}{一日一章}{時記}{公開}=}(4)

{一日一章の効用 K#F85E/A-B369}

一日一章」を始めたのは9月26日だったので,ちょうど1ヶ月経つ。日付が飛んでいるように見えるのは深夜に書くこともあるからで,なんとか継続はできている。

体裁を気にしない書き物ならいくらでも出来るのだが,発見や思いつきの多い時期ほど思考をまとめるのに時間がかかり,短めにまとまった文章が表に出せなくなってしまう。覚え書きのようなものか,やたら壮大な未完成文書かの両極端になる。だから,書きたいことや書くべきことよりも,気楽に書けて気楽に読んでもらえる程度のものを習慣的に書くことにした。これが結果的に良かった。思考もまとまりやすくなったし,好循環ができてきた。

一日二章はまだ無理そうだが,少しずつ書ける量を増やしていきたい。


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{心掛け}{一日一章}{文章}{時記}{公開}=}(5)

{一日一章の心がけ K#F85E/A-A99F}

最近,まとまった文章をあまり書いていない。

どうも私の場合,書きたいことがたくさん出来ると書けなくなるようだ。発想が爆発すると,整理に時間がかかる。その考えをまとめて一つ書くのに数時間かかってしまうので,暇がないときはどうしても書けない。このごろも,いろいろ思いつき過ぎてどうにもならない。

そのかわり,毎日数百本は描出している。知ることと伝えることの合一,すなわち「知伝合一」を実現するデルンのおかげで,幸い月庭も統計的にはウェブサイトとして順調に成長している。

ただ,やはり希哲館広報の一環としても,ある程度は読んでもらうことを意識した文章も必要だと感じている。そこで,毎日1つはまとまった文章を書くことを心がけたい。そのとき書きたいことを書こうとするとやはり時間の問題になるので,1日1時間以内でまとめられる文章を最低1つ書いていこうと思う。予定上,書けないことが分かっている日があればその分は書き溜めておく。

一日一章の心がけだ。


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