{希哲15年2月22日}{入浴記録}{射雨}{29時}{入浴}=}(5)
{希哲15年2月19日}{入浴記録}{射雨}{29時}{入浴}=}(5)
{希哲15年2月11日}{入浴記録}{射雨}{21時30分}{入浴}=}(5)
{希哲15年2月6日}{入浴記録}{射雨}{24時30分}{入浴}=}(5)
{希哲15年2月2日}{閃き}{黄金循環}{希哲館の春}{デライトの春}{気持ちの良い天気}{デライトの成功}{疲労の蓄積}{希哲館事業の成功}{用合い}=}(64)

{希哲15年2月2日の日記 K#F85E/A-E74C-D47C}

今日は仕事でもない中途半端用事出掛ける必要があり,疲労の蓄積(特に脳疲労)も気になっていたため早めの休日にした。

早朝だったようだが,出掛ける頃にはよく晴れ気持ちの良い天気だった。デライトの春希哲館の春予感させる陽気の中をぶらぶら歩き,散髪もして,非常に良い気分転換が出来た。

ぶらぶらしながら,希哲館事業原点である「閃き」についてよく考えた。あの体験がなぜ輪郭法を生み出したのか,いまだに上手く言語化出来ていない。

閃き瞬間射雨身体を伝わり,排水溝に流れていくのをじっと見つめていた時の感覚はいまでもよく憶えている。その直前,概念が頭の周りに浮かんでいるような感覚もあった。これはデルン用合い原型になっている。

いま思えば,を作ってとなるように,絶え間なく続く流動が,静的観念通り道を作ったのかもしれない。それが脳内信号の流れにも一致すれば輪郭法が出来るわけだ。

そこから瞬く間に「相通化技術」を中心とした希哲館事業青写真が出来た。「」は仏教的な「」とプラグマティズムその他諸々を綜合したような概念となり,東西思想統合予期させた。人生観世界観も,全てが一変した。

そんなことを考えていると,いま言う黄金循環すらあの時に見た排水溝が作るのように思えてくる。

実益から最も遠く,休日でもなければそう出来ない,しかし極めて意義深い考え事だった。デライトの成功希哲館事業の成功目前という時期だから尚更だ。


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{最初の奇跡}{射雨}{脳爆発}{希哲前4年}{一選万集}{魔禅}{魔境}{現代の終焉}{17歳}{新現代思想}=}(20)

{閃き K#F85E/A-7309-F77C}

宇田川が17歳の時に体験した爆発的な着想。最初の脳爆発。きっかけは射雨だった。流動の性質に関する観察から。

後に輪郭法と呼ぶ理論はここで生まれ,希哲館事業の核となっていく。

悟り」や「開眼」など,仏教用語を借用することが多かったが,語弊もあるため希哲11年3月10日から「閃き」と表現することにした。


{希哲15年1月30日}{入浴記録}{射雨}{23時}{入浴}=}(5)
{希哲15年1月28日}{入浴記録}{射雨}{28時}{入浴}=}(5)
{希哲15年1月23日}{入浴記録}{27時30分}{射雨}{入浴}=}(5)
{希哲15年1月20日}{入浴記録}{射雨}{27時}{入浴}=}(5)