{希哲15年5月の一日一文}{あれ}{システム設計}{Notion 一強}{Notion の流行}{一日一文}{対 Notion 戦略}{対 Roam Research 戦略}{高機能メモサービス}{Roam Research}...=}(59)

{デライトの対 Notion 戦略 K#F85E/A-E74C-4A71}

デライト市場戦略では現在,対 Notion 戦略最重要視している。

もっとも,“個人知識管理サービス”あるいは“高機能メモサービス”に分類されるようなサービスがいま対 Notion 戦略を最重要視していないとしたら,それはそれで問題だろう。それほど Notion の勢いは他を圧倒している。

では,個人知識管理サービス市場はこのまま Notion 一強に落ち着くのだろうか。私はそれも違うと思っている。Notion の勢いを上手く利用して,台頭してくる“次”が十分にありうる。その位置に誰がつくか。これこそ,今この分野で行なわれている最も重要競争だ。


昨年,本格的な市場調査を始めてから間もなく,デライトでは対 Roam Research 戦略中核とするようになった。Roam Research階層構造ネットワーク構造統合しようとしている点でデライトに似ているように思えた。

その後,Roam Research がやや伸び悩みがちになってしまい,代わりに Notion急速人気を集めるようになった。

実は,当初デライト市場戦略では Notion をほぼ完全に無視していた。多機能主義的な Notion に対して,「最小高機能主義」を志向するデライトは全くの別物に見えたからだ。お互い,全く違うところを目指しているのだから,競争することもあるまいと思っていた。

しかし,これまで話題性に乏しかった個人知識管理サービスという分野で,Notion の流行利用しない手はない。そこで,Notion とデライトの違いを上手く使って売り込む戦略を考えるようになった。


Notion に対する熱狂はそう長くは持たない,と私が考えている主な理由に,Notion の「」がある。

Notion は自分だけの型を作れるサービスだ。それが楽しいという人も多いし,そこで躓く人も多い。自分の思い描いていたように情報管理出来る……Notion が実現したこの「」が,実は個人知識管理という観点からは落とし穴になる。

(なぜ落とし穴になるのか,というのは一日一文で語り尽くせることではないので,なぜに型が無いのか,なぜシステム設計難しいのか,といったことから各々考えてみて欲しい)

それに多くの人が気付く時は必ず来ると思っているが,それがいつになるのかは分からない。早くとも数年はかかるかもしれない。結局,そんなことは自分で実践してみて,にぶつからなければ分からないことだからだ。

ただ指をくわえて待っているわけにもいかないので,デライト山積する課題を片付けながらその時を待ちたい。

{希哲15年3月29日8歩}{寝食を忘れる}{極めて重要}{調整期間}{デライト開発者}{視野の狭さ}{血が巡る}{希哲15年3月28日}{希哲館仮本館}{収益目標未達}...=}(101)

{希哲15年3月28日の日記 K#F85E/A-E74C-5782}

意を決し,この日から4月10日までの短期集中生活に入ることにした。デライト収益目標達成必達期限11月1日としていたが,努力期限としていた5月1日を必達期限に置き換える。つまり,この一ヶ月決着を付ける覚悟をしたということだ。

4月最後の12週間ラストスパート的な短期集中生活に入る可能性想定していたが,入らなくて済む可能性も残していた。あくまでも努力期限として,収益目標未達になることも無論想定していた。失敗出来ない状況になれば短期集中生活に入ることは避けられず,どうせ入るなら早い方が良い。新生デライトをある程度形にしておきたい4月上旬まで,偶然にもこの日からちょうど14日間だった。経験上,容易生活律動矯正出来る限度だ。連日興奮気味でどの道まともに眠れそうにないということもあった。

このごろ,デライト希哲館事業全体に累新ルネサンスをもたらしているように感じる初心に返ってみることが多くなったり,長年死蔵していた物事が続々と息を吹き返している。デライトが心臓となって事業全体に再び血が巡ってきたようだ。

デライトの成功焦点を絞り,あらゆる利素をデライトに注ぎ込んだ成果と言えるだろう。このデライト集約によって立ち塞がっていた突破することが出来たのは間違いないが,ずっとこのままというわけにもいかない。デライト開発快調に進むにつれゆとりが出来,視界が広がってくると,今度はその視野の狭さ足枷になってくる。

と言っても,このことにはっきり気付いたのはついさっきのことで,そのきっかけはつい前日,希哲館本館構想急速具体化してきたことだった。あえて目隠しをしていたようなものとはいえ,希哲館事業全体に対する視野を失っていたことの意味に気付かされた。

希哲館事業の成功デライトの成功は必ずしも一致しない。デライトの成功が確実になる代わりに希哲館事業の成功が皆無になる道と,デライトの成功が危うくなる代わりに希哲館事業の成功が雀の涙ほどありうる道があれば,迷わず後者を選ばなければならないのが希哲館執務長という立場だ。私はデライト開発者である遥か以前に,執務長として希哲館事業の成功に責任を負っている。

そう考えれば,今の歩みは明らかに遅過ぎる5月1日までの収益目標達成に失敗すれば多少の調整期間を挟む必要があり,6月7月とずれ込んでいく可能性が高い。それでも必達期限は11月1日なのだからまだまだ余裕がある。それに失敗しても生活に困るわけでもなく,デライトは細々と運営していける。何年か後に成功していれば世間的には大成功で,それはまず確実なのだから焦る必要は全く無い。心のどこかにそんな気持ちがあったことは否めない。希哲館執務長ではなくデライト開発者になっていたからだ。

デライト極めて重要希哲館事業一環ではあるが,所詮は一環だ。デライトの成功は,希哲館事業の成功爪先にも及ばない。その後にやらなければならない仕事デライト開発の何百倍とある。デライト収益目標達成ごときにてこずっているわけにはいかない。

最近,日々の展開のあまりの速さに目が回るなどとよく書いていたが,これも今思えば情けない泣き言だ。実際,昨日大きな心境の変化があったかと思えば,今日また新しい心境が開けるのだから,頭の中洪水のようだ。前日の考えをまとめるだけで半日かかっている。宇宙飛行士訓練ではないが,これは慣れるべきことなのだろう。むしろ,毎日加速を続けなければ寿命千年あっても希哲館事業の成功を見ることは出来そうにない。

来月10日までは寝食を忘れてでも頭が働く限り開発に専念し,誰に見せても恥ずかしくない新生デライト5月1日までの収益目標達成を確実にする。11月1日には希哲館仮本館が出来ているくらいの勢い加速し続けたい。

29日振り返り日記

{デライト宣伝}{共有ボタン実装}{希哲15年3月26日}{デライトの OGP 対応}{機会損失の最小化}{振り返り日記}{『希哲日記』}{作業}{半信半疑}{急速}...=}(15)
{希哲15年3月22日の開発}{計り知れない}{飛躍的向上}{すっかり}{まだまだ}{デライト収益目標達成後}{初回出振るい}{希哲15年3月22日}{個人開発室}{目が回る}...=}(58)

{希哲15年3月22日の日記 K#F85E/A-E74C-97AA}

やはりここ数日もデライト収益目標達成後のことをついつい考えてしまっている。デライトのためにも理想個人開発室が欲しくなり,久しぶりに鎌倉物件まで調べてしまった。

理性まだまだ危機感を持っていろと言っているが,気持ちすっかり成功確信して浮かれている。それだけデライト開発急速進展を見せているのも,周辺諸状況良好なのも確かだが,我ながら少し心配になる。


今日の開発では新デラング実装初回出振るい達成した。機能的改良もさることながら,保守性拡張性飛躍的向上計り知れない価値を感じている。

直感Dex 実装作業を始めた9日からわずか2週間で,長いこと等閑にされていたデラングデライト開発主題と化したと言っても過言ではない。軽標記言語記法処理に関する知見蓄積凄まじい勢いで進んだ。目も回るわけだ。

そもそも「意味を書く」ことの探求から始まり,意味記述意味管理表裏一体のものとして捉えたのがデルンだ。ついこの間まで,その言語を等閑にして新生デライトなどと考えていたことすら今となっては不思議に思える。

{デライト宣伝}{デライト高速化}{心情の問題}{新しい発見}{嬉しい悲鳴}{希哲15年3月8日}{デラング整備}{デライト収益目標達成}{デライト文書整備}{高進捗}...=}(46)

{希哲15年3月8日の日記 K#F85E/A-E74C-28D3}

デライト開発連日快調だが,そろそろ組計見直す必要がある。

デライト文書整備を終えてから第三次宣伝攻勢に入り,高速化を進めながら今月中の収益目標達成を狙う,という計画だったが,まだその文書整備に終わりが見えない。

今月に入ってからだけでも,毎日のように新しい発見があり,思わぬ形でデライトの課題解決していく,ということがある。総合的にデライトは期待を越えるものになっているが,計画は狂っていく。嬉しい悲鳴といったところか。

特に,昨日からデラング整備についての考え急速進展していることが大きい。これまで具体的見通しが全く立っていなかったが,正味3日もあれば一通りの機能は揃えられるだろう,というところまで来ている。

当然,それ自体はデライトにとって大きな進展だが,すでに1週間以上計画が遅れている状況でその3日を追加するのは少し苦しい

脳爆発のような状態で,優先順位も考えなければならないとなると手が止まりがちだ。心身の調子が良いので高進捗は保っているが,そろそろ危ない。

計画は狂っているが成果は計画を越えているということは,作業最適化が進んでいるということであり,間違っているのは計画の方だ。

明日からはあまり順序にこだわらず,思いついたことから片付けつつ,デライト宣伝も段階的に増やしていくことにした。そもそも宣伝停止をしているわけではなく,運用しているだけで検索演心宣伝してくれている。宣伝攻勢開始前でも収益目標達成が狙えないわけではない。

今月中に達成出来なかったとしても,もとの必達期限11月1日だ。それも間に合わなかったとしても,デライト開発は続けられる。収益目標達成を急ぐのは,死活問題だからではなく,ほとんど心情の問題だからだ。

デライトがこの状態にあることはやはり喜ぶべきことなのだろう。

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{検索演心教育}{描出公開原則}{黄金循環}{デライト収益模体}{希哲15年1月12日の日記}{あれ}{脳裏をよぎる}{新黄金循環}{超黄金循環}{希哲15年1月12日5歩}...=}(79)

{希哲15年1月11日の日記 K#F85E/A-E74C-ECC3}

いまや SNS政治土台になったと「インターネット改革」を掲げ,KNS としてのデライト構想し始めたのが2年以上前だが,ようやくこの認識共有出来るようになった感がある。また一つの側面で時代デライトに追いつきつつある。

ツイストしながら,久しぶりに「テキスト・ルネサンス」という言葉を使った。希哲9年これについての文章を書いている。この時はまだ効率性を中心に論じているだけだったが,今のデライト黄金循環への寄与を考えると,文字本来先進性を活かすことなのだと思える。

その黄金循環を再び意識するようになってから,デライトの成功像が自分の中で少し変わってきているように感じる。ただの待ちでもなくただの攻めでもなく,着実かつ急速成功を引き寄せているがある。

よく思い返してみると,この黄金循環という言葉も当時はもっと狭く,デライト開発全知検索改良中心にすることで情報発信情報蓄積開発が上手く循環する,という程度のことだった気がする。一応「ジパング計画金脈だと信じて」とも書いているが,まだ描出公開原則を採用する数ヶ月前,デライト収益模体が出来る一年程前だったので,いま思えば漠然としたものだった。

いまのデライトで起き始めている好循環は,超黄金循環というべきか新黄金循環というべきか,もっと広く有機的なものだ。

この感覚が,これまでになくデライト収益化に対する強い現実感を覚えさせているのだろう。

検索演心教育にしてもツイスト宣伝にしても,数ヶ月から半年程度の遅効織り込み済みなので,そろそろ追い風に加わるのではないかという期待もある。早ければ,2月3月中にもデライト収益化実現出来るかもしれない。

そんなことを考えながらの入浴中,ふと,「デライトはすでに成功してるんじゃないか?」という思いが脳裏をよぎるが,それは流石に気を緩め過ぎかと打ち消した。

ここまでの差別化が出来ていて,財務的にも潰れる心配はなく,個人的にも生活に困らず,成長が続き収益化見通しも悪くない。実際,何百万人と用者を集めたり何百億円と売上があっても青息吐息事業が珍しくないことを考えれば,成功とは何かとも考えたくなる。

昨年も少し似た心境になり,デライトの成功を急ぐ理由を見失いかけたが,ちょうど身内に悪いことが立て続けに起き始めたのがきっかけで気を引き締め直した。近年のあまりの幸運続きに揺り戻しを恐れていた時期でもあったが,なんだかんだあって今はみんな落ち着いており,すっかり平和を取り戻している。

そのうえ今は,デライト開発開始以後,初めて安定的持続的生活を送れている。時間に追われるような生活からの逃げ切りだ。思えば,映画ドラマなどを観ることや考え事だけで終わってしまう日も増えている。気が緩んでいるのは確かだろう。

成功はすぐそこにある,ということを持ち辺の足しにだけしておきたい。

{18年}{デライトの歴史}{ツイスト}{アウトライナー}{Roam Research}{デライト}{急速}{長所}{ウィキ}=}(9)
{希哲14年10月の月記}{大事故}{4年前}{領当て崩れ}{最後の闇}{継ぎ接ぎ}{8年間}{希哲14年10月5日の開発}{希哲14年10月5日}{デライト集約}...=}(64)

{希哲14年10月5日の日記 K#F85E/A-5B28-A818}

体調が出てきた。寒いかと思えば暑い,暑いかと思えば寒い,という季節だからということもあるだろうが,やはりこのあたりが追い込み限界か。3日にいったん冷静になれたのはやはり幸運だったらしい。

開発では長らく懸案だった下装書整理が大きく進展した。デルンの実用化から,かれこれ8年間継ぎ接ぎしてきた下装書なので,領当て崩れ不具合温床だった。

たびたび整理必要は感じてきたが,なかなか優先順位が上がらず,技術的完済後のデライトにとっていわば「最後の闇」になっていた。デライト徹案設計がほぼ固まり,デライト集約環境も整った今,ようやく着手すべき時期が来たという感じだ。

デルンからの試行錯誤歴史でもあり,手を入れながら色々な思いが込み上げてきた。

もう一つ,ホワイトハウスまで新型コロナウイルスに蝕まれていくアメリカを眺めながら,運命不思議さについてしみじみ感じたりもした。酔っ払い運転のようなものでいずれ大事故を起こすだろうと漠然とは思っていたが,まさか本物のウイルス人間愚かさ合体するとは想像していなかった。

4年前英米政治危機を受けて新近代化事業としての希哲館事業構想急速にまとまり,インターネット衆愚政治対抗すべくデルンを世に出すことを決めた。だから次の米大統領選挙希哲館事業にとっても節目だった。

この状況をどう考えればいいのか,まだ気持ち整理はついていない。

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