{新技術}{文化施設}{輪郭法の歴史}{希哲館事業の歴史}{一日一文}{建築構想}{ややこしい}{閃き}{個人知識管理}{社会}...=}(66)

{なぜデライトに希哲館事業が必要だったのか K#F85E/A-E74C-6F49}

私は希哲館事業,希哲館事業とよく書いているが,それについてまとまった文章がほとんど無い。近いうちに解説文を書くつもりだが,今日は簡単に,「なぜデライトに希哲館事業が必要だったのか」を書いてみたい。

希哲館事業とは,簡単に言えば,「社会輪郭法最大限活用出来るようにするための事業」だ。輪郭法というのはデライト原理にもなっている理論で,このような技術実装し,普及活動を担い,より良い活用の仕方を探求しているわけだ。


希哲館事業の歴史は,輪郭法の歴史と同じくらい長い。というのも,輪郭法を私が閃いたのとほとんど同時に生まれたからだ。

私が17歳で輪郭法を閃いた時,これが知能増幅(IA)技術につながることに気付いた。それと同時に,単なる技術に留まらない可能性課題があることにも気付いた。これは現代人人生観世界観政治経済あり方をも大きく変える発明になる。少年時代の私はそう直感した。

そこで,輪郭法とその応用技術中心に,超現代的な全く新しい思想体系社会基盤構築する事業構想した。これがつまり,希哲館事業の青写真だ。

希哲館」は,事業の拠点となる機関文化施設として構想したもので,建築構想でもある。その名には,輪郭法による「希哲フィロソフィー」の復興という思いを込めた。希哲元(2007)年11月1日希哲館事業は発足した。


個人知識管理というものを突き詰めていくと,それは知能増幅技術になる。そして知能増幅技術には,それを取り巻くあらゆる課題に対応する包括的事業必要になる。デライトに興味があっただけなのに,希哲館事業なんてややこしいものが出てきて面喰らった人も多いだろうが,全て必然だ。そして,それだけの背景を持っているのは,世界を見渡してもデライトしかない。

もう一つ,希哲館事業自体が,知能増幅技術としてのデライトの「デモンストレーション」になっているという側面がある。どんな新技術にも,見本になるものが要る。人類史上最大の事業構想とも言える希哲館事業構想以上にデライトの性能実証するものは無いだろう。

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{希哲15年4月16日の開発}{再同期}{問題箇所}{不正知番}{希哲9年6月26日}{dg_sync_n_bg()}{dg_sync_n_fg()}{突き止め}{UPDATE 求頼}{正午前}...=}(74)

{希哲15年4月16日4歩 K#F85E/A-E74C-E7C9}

前後景輪数表示不具合修正

いったん終了。

この問題に気付いたのは今日正午前だが,昨日26時頃までは問題無かったため,この10時間ほどの間に発生したと思われる。

具体的には,_dg_oln自我知番が K#F85E の場合に限り n_fgn_bg がそれぞれ一つの数値統一されてしまっているという問題だった。この数値は _dg前景後景の自我知番を検索した時の数値に一致することを確認した。

このことから,誤った UPDATE 求頼で K#F85E の全ての輪郭更新をかけてしまった,ということは間違いない。その求頼がどのように発生したのか,ということまでは突き止め切れなかった。n_fg・n_bg を更新するのは dg_sync_n_fg()dg_sync_n_bg() くらいなので,直接的にはこれらの仕業だろう。


発見してすぐ全輪郭に対して dg_sync_n_fg()dg_sync_n_bg() をかけ,完了した13時30分頃には正常化したことを確認済み

最後に1輪だけ,修正されないまま残った輪郭があることに気付き調べてみると,知番 A- 以後が 0 の明らかに不正な輪郭だった。描出希哲9年6月26日知名は「イタリアの地方自治」だった。デルンもまだ不安定な時期だったので,こんな輪郭が紛れ込んでいてもおかしくはない。いずれにせよ存在してはいけない知番なので,当該輪郭は削除済み

一つの可能性として考えられるのは,この輪郭に誰かが握接し,不正知番dg_sync_n_fg()dg_sync_n_bg()誤作動を引き起こした,ということだ。最近,クローラー巡回激しいので,握接したのは誰であっても不思議ではない。

ただ,軽く試象してみた限り,問題箇所は見つからなかった。流石に,多少の不正知番WHERE 句致命的な狂い方をしないようにはしてある。

それほど深刻な問題ではないこと,概ね可能性が絞り込めたこと,復旧容易なことから,ここでいったん調査打ち切ることにした。今後はこの問題を頭の片隅に置いて周辺作業を進め,再現した時は再調査することにした。


元々前後景輪数表示に関しては多少狂うことがあるのを認識していたが,この復旧作業によってそれらもいったん正常化したようだ。

また,全輪郭再同期すると現状およそ1時間30分ほどかかることが分かったのも収穫だった。今後同様の対応が必要になった時の参考にする。

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{『阿部寛のホームページ』}{最悪の事態}{実装可能}{遅かった}{9年}{デライト高速化}{デライト高速化前の現状整理}{一日一文}{実装難度}{デライト史}...=}(95)

{デライトはなぜ速いのか K#F85E/A-E74C-1187}

いまデライトでは,「高速化」の作業最優先取り組んでいる。その理由デライトの現状については,昨日,「デライト高速化前の現状整理」にまとめた。そちらは個人的覚え書きだが,興味があれば覗いてみて欲しい。

今日は,デライトの「速さ」の歴史について簡単に振り返ってみたい。


「デライトはなぜ速いのか」というに,デライト用者ユーザーは少し違和感を覚えるかもしれない。個人知識管理(PKM)サービスとしてのデライトは,速いと言えるほど速くはない。せいぜい「」だ。ただ,並の速さで動いているのが奇跡的に「速い」と言えるほど,実装難度が高いのだ。普通に実装すれば,遅過ぎてまず実用にならないだろう。

サービスとしてのデライトは,「デルン」という全く独自CMS で動いている。Wikipedia に対してウィキがあるようなものだと思ってもらえばいい。このデルンの実用化成功したのは,希哲6(2012)年,もう9年ほど前のことだ。

実は,最初にデルンが動いた時,使っていた論組プログラミング言語PHP だった。そして,あまりにも遅かった。ある程度のが出来たあと,すぐに C++書き直した。

これが出来たのは,当然,準備していたからだ。元々,デルン開発にあたっては速度重視していた。それは体感出来る速さのためというより,「遅さで使いものにならない」事態を避けるためだった。ほとんど前例が無く,全てが未知数手探りという状況だったので,そもそもデルンのようなものが現実的に実装可能なのかどうかすら分からなかった。作ってみたがまともに動かない……これを最悪の事態想定していた。

そうなると,利用する技術は少しでも速い方が良かった。手探りの開発過程でいわゆる技術的負債蓄積していくことも想定していたため,それを補ってくれるだけの速さが必要だった。言語で言えば,今なら Rust あたりも選択肢に入ったかもしれないが,デルンを構想し始めた当時は C++ くらいしか無かった。

一方で,当時の私はウェブ開発経験に乏しく,デルンに何が必要なのか把握出来ていなかった。そこで,PHP を使って試作品プロトタイプを作ってみることにしたわけだ。

案の定,PHP で出来たデルンは実用的速度で動かず,すぐに準備していた C++ に切り替えた。この移行作業円滑に進み,やがて という独自言語に変貌していく。

今のデライトは,この Cμ に FastCGIマルチスレッドnginx 等々と徹底的に速度を重視した構成で動いている。PostgreSQL出場(DB)側も Cμ で外充て(ストアド)函数にしている。徹底して単純化された設計も手伝い,ほぼ極限まで高速化出来る可能性がある。

これまでのデライトにとって,「速さ」は遅さを補うためのものだった。そして今,この速さを武器にするために高速化作業を進めている。どうせやるなら,有名dev.to『阿部寛のホームページ』のように,速さを楽しんでもらえるくらいにしたいと思っている。是非楽しみにしていてほしい。

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{デライト高速化}{デライト高速化前の現状整理}{空振り}{悪い意味}{注目に値する}{大当たり}{サービス改善}{受け入れられる}{安上がり}{霧が晴れた}...=}(80)

{希哲15年4月14日の日記 K#F85E/A-E74C-15D7}

今日は数歩程度の進捗時限を使いデライト高速化前の現状整理をしてから作業に入ろうと思っていたが,結局,現状整理丸一日かかった。

ここでの舵取り収益目標達成直結することは間違いないため,等閑には出来なかった。「デライト高速化前の現状整理」にモヤモヤしていたことを大体書き出してみれば,振り返る余裕も無かったここ2ヶ月ほどのまとめになっていた。これだけ複雑なことを考えていればモヤモヤもするはずだ。

時間をかけた甲斐あって,霧が晴れたように視界はっきりしてきた。迷いなく収益目標達成に邁進出来そうだ。これが丸一日で済んだと思えば安上がりだった。

当面,「黄金循環高速化」としてのデライト高速化中心臨機応変作業を進めていくことにした。理屈そこに書いた通りだが,簡単に言ってしまえば,この方針によってデライトの成功がずっと想像しやすくなった,ということだ。

新生デライト機能文書仕上げてから第三次宣伝攻勢に入り……というこれまでの目論見では,いくら完成度自信があっても,それが受け入れられる保証はどこにも無い。全くの空振りに終わる可能性も無くはない。そこに一抹の不安があった。

それに比べて,高速化はサービス改善施策として外れが無い。何らかの効果確実に見込め,努力が報われやすい。小理腑によって「速いデライト」の価値体感出来たことが決め手になった。

高速化そのものは大当たりを狙えるような付徴でもないが,デライトにはすでに輪郭法という最大の付徴がある。すでに注目に値するものをデライトは持っている。あとは,それをいかに良く見せるか,伝わりやすくするかだ。これが今回の整理で得た大きな気付きの一つだった。

もう一つの大きな気付きは,デライト高速化が黄金循環高速化でもある,ということだった。直感任せ悪い意味無軌道になりつつあると感じていたが,「快調期」に入る前によく考えていた黄金循環がここでになるとは思いもしなかった。これによって全てが繋がった感がある。

黄金循環の黄金週間現実のものにしたい。


デルンの実用化以後よく思うことだが,デルンデライトが無ければ今頃自分のはどうなっていたか分からないな,と今日は改めて思った。

私にとってのデライトは,もはや知能増幅装置というより生命維持装置に近いかもしれない。


これだけ書いた後で一日一文を書くのは流石に辛いので,今日は「デライト高速化前の現状整理」を一日一文代わりとしておいた。

{浮上式隠し}{希哲15年4月12日の開発}{実出与え}{隠し管理}{握接頻度}{希哲15年3月中旬}{見通しの良い}{隠し実装}{散歩中}{希哲15年4月12日の進捗時限}...=}(59)

{希哲15年4月12日10歩 K#F85E/A-E74C-C35E}

散歩中KNEST 隠し設計方針について進展があったため,軽くまとめ。

KNEST 隠し実装2月9日再開してからまた停滞していた。デルンデライト最適見通しの良い隠し実装について少し迷いがあった。

先月中旬頃だったか,自我情報の取得が削りやすいことに気付き,自我の隠し化から着手しようとは思っていた。比較的少数で全ての輪郭に関わり,出与え量は少なく更新頻度も低いため,最も隠しとして利用しやすい。

難しいのは輪郭ページ単位での隠し化で,とにかく膨大握接分散するため,自我と異なり工夫が必要になる。

少なくとも,握接頻度で隠し全体を一定の大きさに保っておかないと破綻するのは目に見えている。

ここで,握接のたびに浮上して,一定数を越えると沈んでいるものから破棄されていくようなリスト連想配列とは別に持っておくことを考えた。効率的理積み(特に重複の削除)は別に考える必要があるが,これなら隠し管理をだいぶ単純化出来る。

各隠しには隠し化した時点の時印を持たせておくことも考えていたが,これは応付にしておく。サービスの性質上,実出与え反映時間差を持たせたくない場面も多く,一律に持たせても無駄な出与えになる可能性が高い。

{落ち着かない}{発信手段}{体感表示速度}{一日一文}{デライト小理腑}{Aejs の iframe 干渉不具合}{追記系道手}{挿入系道手}{一日一文の再開}{窓間同期}...=}(66)

{希哲15年4月10日の日記 K#F85E/A-E74C-2B07}

昨日の時点で疲労の蓄積限界に近付いていたが,今日もやはり疲労感が強かった。だらだら一日一文を書いたところで気力が尽きてしまった。

これ以上は無理をしても非効率なだけと判断24時を過ぎたところで一日のまとめに入り,短期集中生活を終えることにした。待っ読ボタン実装は手を付けたばかりのところで中断した。尾を引かない短期集中生活は経験上2週間限度と見ていたが,今回もそれが実証された。

今回の短期集中生活でも想定より出来たことと出来なかったことがあるが,今出来るだけのことを全力でやってみて,その結果早期に得られたということが何よりの意義だ。これを踏まえて,今後の組計最適化していくことが出来る。

先月28日からの2週間開発上の主な収穫は,共有ボタン完成30日),窓間同期仕様進展(〃),Aejs の iframe 干渉不具合解消(31日),@icl() 実装改良1日),画像補完実装改良(〃),追記系道手挿入系道手整理2日),小理腑による保守性体感表示速度の大幅向上(3日8日)……等々と,やはり想定外だったことが多い。気付くべきことに早く気付けたということでもある。

開発以外では,一日一文の再開7日)も大きい。今後,有力発信手段になる可能性を感じている。

次の焦点は,20日までにどれだけ高い水準で新生デライト仕上げられるかだ。小理腑などで開発効率は大きく改善しているので,これを最大限活用したい。


疲労のせいか,今日の一日一文は妙に内省的というか,自分向けに書いてしまった感がある。まあ,キリの良いところでデライトの現状再認識出来たので丁度良かったのかもしれない。

しかし,れば確実勝てるという状況でも,勝つまではこんなにそわそわした気分落ち着かないものか。

{デライト高速化}{自然の流れ}{計画通り}{希哲館事業の広告塔}{全ページ0.3秒以内表示}{全ページ1秒以内表示}{希哲15年4月9日}{一日一文}{デライト小理腑}{待っ読ボタン実装}...=}(73)

{希哲15年4月9日の日記 K#F85E/A-E74C-2520}

昨日の激務デライト小理腑を終えた安心からか疲労感がどっと押し寄せてきた。日中はなかなか頭も手も動かず,調子が戻ってきた夜に小理腑や今後の方針についてまとめることで精一杯だった。

3日目にして一日一文休みだが,楽しもうと決めたばかりなので無理はしないでおくことにした。


小理腑後に残った時間では上旬中に出来ることも高が知れているため,今日で短期集中生活を終えようかと思ったが,振り返ってみると,短期集中生活に入った28日の開発待っ読ボタン実装理腑時間を充てることを決めていた。前後しただけで方向としては計画通りに進んでいるので,もう一日頑張り,待っ読ボタン実装までは上旬中に終わらせることにした。

中旬は,小理腑で得たものを最大限に活かし,新生デライトをこれまでの想定以上水準仕上げることを目指す

小理腑に時間をかけたことで第三次宣伝攻勢開始が遅れる可能性もあるが,『道草録』が多少は補完してくれるだろうし,調整はどうとでも出来る。


完成度勝負しようということ以外,まだ全体像明確ではなかった第三次デライト市場戦略についても,概ね考えがまとまった。

いわば「希哲館事業の広告塔」という本来の位置付け立ち返りありのまま希哲館事業の全てを自然に活かしていくことにした。新生デライトへの信頼感が高まるにつれ希哲館累新の動きも加速しているので,これも自然の流れだろう。

第二次市場戦略では宣伝上のにしようと思っていた「知能増幅」についても,隠さないまでも,必要以上に前面に出さないことを方針として決めた。先月からのデライト開発快調で,知能増幅デライトの姿で示せばいい,と思えるようになっていた。


小理腑でデライト高速化新鮮手応えを得て,調安が妙に楽しくなってきた。

当初,デライト高速化の目標全ページ1秒以内表示などとしていたが,これでは遅さが気にならないだけで速さを感じるには中途半端だ。目標は高く,全ページ0.3秒以内表示を目指すことにした。いっそのこと,速さで有名になるくらいにしたい。

{活かせる}{精神的支柱}{頭を抱える}{巨大さ}{希哲15年4月2日}{一日一文の再開}{救われる}{献典}{閃いた}{よろこび}...=}(34)

{希哲15年4月2日の日記 K#F85E/A-E74C-3FCA}

この頃,と言っても,あまりに日々の展開が速いのでここ数日のことだが,デライト希哲館事業構想救われつつあることを実感している。

希哲館事業のあまりの巨大さ複雑さに,どこからどう世の中に伝えていけばいいのか……と頭を抱えていた希哲12年の終わり頃に閃いたのがデライトだ。それからこれまで,デライトが希哲館事業を救い,希望をもたらし可能性を広げてくれた。もちろん,デライトの背後には常に希哲館事業があり,精神的支柱であり続けていたが,その構想前面に出すのは時期尚早だろうと感じていた。

それがここに来て,希哲館事業構想がむしろデライト牽引する献典になり得るのではないか,と考えるようになった。一日一文の再開も考え始めたばかりだが,デライトが希哲館事業膨大蓄積効果的発信出来る媒体になりつつある。まさに相乗効果という感じだ。

何より,これまでの人生事業の全てが,デライトを通じて余すところなく活かせる,というよろこびに勝るものは無い。

3日振り返り日記

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{一日一文}{発信媒体}{デライト収益目標}{デライト一日一文}{一日一文の再開}{希哲15年4月下旬}{黄金週間}{年度始め}{デライトの品質}{デライト収益目標達成}...=}(64)

{希哲15年4月1日の日記 K#F85E/A-E74C-646E}

寝不足も続き,いつ疲労感に襲われてもおかしくない状況だが,絶好調だった。

先月20日頃まで,この日にはデライト収益目標を達成し,デライトの春希哲館の春にしたいなどと思っていた。収益目標未達だったが,ここ一週間,美しい桜並木を見ながら,思い描いた通りのの訪れを感じていた。代わりに得たものがそれだけ大きかったということだろう。

今を仮に「希哲館累新期」と呼び始めた1月にそれほどの確信は無かったが,希哲館本館構想具体化を経て,今まさに「希哲館累新」が起きていることを確信した。竜力竜虎計画など初期の構想についても久しぶりに思い出していた。

希哲館事業構想は,輪郭法閃きから生まれたものだ。その輪郭法をに変えるデライトによって希哲館事業可能性が広がるのは必然なのだろう。

10日までに新生デライトをある程度の形にし,20日までに諸調整仕上げを終え,年度始めから黄金週間に向けて世間が少し落ち着く下旬第三次宣伝攻勢を仕掛けたい。

第三次宣伝攻勢も,先月デライト開発快調を受けて変容した。短期間集中して,印迫最大化することを考えるようになっている。これは一夜革命そのものだ。「デライト一夜革命」を第三次宣伝攻勢の定問とすることにした。一夜城たるデライトの品質自信が持てなければ考えられないことだった。


デライト一日一文」として一日一文の再開も考え始めた。

一日一文デライト正式離立から間もなく完全に途絶えていた。単純に忙しかったということもあるが,発信媒体としてのデライトがあらゆる意味で不安定貧弱だったということも大きい。今のデライトなら効果的発信出来るだろう。

短期集中生活中に無理をしてやることでもないので,余裕の出来た時期に始めたい。

2日振り返り日記

{希哲15年3月29日8歩}{寝食を忘れる}{極めて重要}{調整期間}{デライト開発者}{視野の狭さ}{血が巡る}{希哲15年3月28日}{希哲館仮本館}{収益目標未達}...=}(101)

{希哲15年3月28日の日記 K#F85E/A-E74C-5782}

意を決し,この日から4月10日までの短期集中生活に入ることにした。デライト収益目標達成必達期限11月1日としていたが,努力期限としていた5月1日を必達期限に置き換える。つまり,この一ヶ月決着を付ける覚悟をしたということだ。

4月最後の12週間ラストスパート的な短期集中生活に入る可能性想定していたが,入らなくて済む可能性も残していた。あくまでも努力期限として,収益目標未達になることも無論想定していた。失敗出来ない状況になれば短期集中生活に入ることは避けられず,どうせ入るなら早い方が良い。新生デライトをある程度形にしておきたい4月上旬まで,偶然にもこの日からちょうど14日間だった。経験上,容易生活律動矯正出来る限度だ。連日興奮気味でどの道まともに眠れそうにないということもあった。

このごろ,デライト希哲館事業全体に累新ルネサンスをもたらしているように感じる初心に返ってみることが多くなったり,長年死蔵していた物事が続々と息を吹き返している。デライトが心臓となって事業全体に再び血が巡ってきたようだ。

デライトの成功焦点を絞り,あらゆる利素をデライトに注ぎ込んだ成果と言えるだろう。このデライト集約によって立ち塞がっていた突破することが出来たのは間違いないが,ずっとこのままというわけにもいかない。デライト開発快調に進むにつれゆとりが出来,視界が広がってくると,今度はその視野の狭さ足枷になってくる。

と言っても,このことにはっきり気付いたのはついさっきのことで,そのきっかけはつい前日,希哲館本館構想急速具体化してきたことだった。あえて目隠しをしていたようなものとはいえ,希哲館事業全体に対する視野を失っていたことの意味に気付かされた。

希哲館事業の成功デライトの成功は必ずしも一致しない。デライトの成功が確実になる代わりに希哲館事業の成功が皆無になる道と,デライトの成功が危うくなる代わりに希哲館事業の成功が雀の涙ほどありうる道があれば,迷わず後者を選ばなければならないのが希哲館執務長という立場だ。私はデライト開発者である遥か以前に,執務長として希哲館事業の成功に責任を負っている。

そう考えれば,今の歩みは明らかに遅過ぎる5月1日までの収益目標達成に失敗すれば多少の調整期間を挟む必要があり,6月7月とずれ込んでいく可能性が高い。それでも必達期限は11月1日なのだからまだまだ余裕がある。それに失敗しても生活に困るわけでもなく,デライトは細々と運営していける。何年か後に成功していれば世間的には大成功で,それはまず確実なのだから焦る必要は全く無い。心のどこかにそんな気持ちがあったことは否めない。希哲館執務長ではなくデライト開発者になっていたからだ。

デライト極めて重要希哲館事業一環ではあるが,所詮は一環だ。デライトの成功は,希哲館事業の成功爪先にも及ばない。その後にやらなければならない仕事デライト開発の何百倍とある。デライト収益目標達成ごときにてこずっているわけにはいかない。

最近,日々の展開のあまりの速さに目が回るなどとよく書いていたが,これも今思えば情けない泣き言だ。実際,昨日大きな心境の変化があったかと思えば,今日また新しい心境が開けるのだから,頭の中洪水のようだ。前日の考えをまとめるだけで半日かかっている。宇宙飛行士訓練ではないが,これは慣れるべきことなのだろう。むしろ,毎日加速を続けなければ寿命千年あっても希哲館事業の成功を見ることは出来そうにない。

来月10日までは寝食を忘れてでも頭が働く限り開発に専念し,誰に見せても恥ずかしくない新生デライト5月1日までの収益目標達成を確実にする。11月1日には希哲館仮本館が出来ているくらいの勢い加速し続けたい。

29日振り返り日記