{一日一文}{希哲15年6月の一日一文}{健康管理技術}{最大の売り}{聴き飽きた}{記録技術}{考えるべきこと}{健康への第一歩}{健康への近道}{最良の技術}...=}(71)

{心身の“黄金状態”と健康管理技術としてのデライト K#F85E/A-E74C-DD9C}

私は,心身の理想状態を「黄金状態」と呼んでいる。生活において,この黄金状態を維持することが究極の目標であり,そのための最良の技術デライトだ。

話題健康食品だとか魔法のような健康法に飛びついてしまう人は多いが,健康において“特効薬”は無い。食べてさえいればいい健康食品など無いし,やってさえいればいい健康法も無い。これを悟ることがまず健康への第一歩だ。

そして,網羅的かつ継続的観察記録改善のほかに健康への近道は無い。全ては適度調和的実践する必要がある。

いつ何を食べ,いつどのくらいて,運動はどの程度して……と,生活上のあらゆることを観察記録し,身体に良さそうなことは片っ端から全てやり,身体に悪そうなことは片っ端から全て止める。健康において考えるべきことはこれだけだ。


これを実践する上で,デライト以上の道具もやはり無い。デライトほど柔軟に細かな情報が扱える記録技術が無いからだ。実際,私はデライトによって黄金状態を得ることに成功している。

この状態に入ると,身体的には健康そのものだし,も,まさに“黄金”のようにいている。精神的にも,ときどき自分が知らないうちに薬物でも摂っているのではないかと思うほど頭脳は活性化し,多幸感に満ちている。ちなみに,薬物どころか煙草もやらない人間だ。脳内麻薬の究極形なのだろう。

黄金状態で特に面白いと思う現象の一つに,「身体感度の鋭敏化」と呼んでいるものがある。

例えば,音楽を聴いてみると,びっくりするほど大音量に聴こえて音量設定を確認してしまう。聴き飽きたと思っていた曲が,なぜかことごとく感動的に聴こえてくる。近所の見慣れた風景も,妙にキラキラいて見え,世界遺産に劣らない絶景のように思えてくる。

実は,この黄金状態こそデライト最大の売りになるのではないか,と以前から思っている。まだ私の個人的な体験に留まっているし,私にとってもこれを維持するのは難しいことなので,どれだけ多くの人に体験してもらえるのかまだ分からない。

とはいえ,デライトを健康管理技術として利用してもは無いだろう。まずは小さなことからでも,ぜひ健康増進役立てて欲しい。

{一日一文}{希哲15年6月の一日一文}{SNS 嫌い}{社交辞令}{社会的行為}{腑に落ちた}{最高の誉め言葉}{容姿が良い}{喧嘩が強い}{学校の勉強}...=}(113)

{誉められて嬉しかったこと K#F85E/A-E74C-5C5B}

私には,誉められ嬉しいと思った記憶がほとんど無い。誉められるのは,どちらかといえば苦手なくらいだ。先日の一日一文では私の独特な金銭欲について書いたが,これは私の独特な名誉欲かもしれない。

なぜ誉められても嬉しくないのかと考えてみると,そもそも幼い頃に自尊心完成されてしまっていた気がする。自尊心に欠けているところが無いので,いわゆる承認欲求的な感情も無い。

誉め言葉をもらっても,すでに満杯に余計なものを注がれているような感覚で,こぼれたのを拭くのが面倒になる。それが社会的行為である以上,例えば,謙遜して見せなければならないとか,こちらも社交辞令で返さなければならないとか,新しく得たものも無いのに“対応”を求められるわけだ。

私の SNS 嫌いもこんなところから来ている気がする。好意的反応をもらうことはもちろん「ありがたい」と思うし,仕事であれば必要なことでもあるが,個人的心情としては嬉しさより面倒臭さを感じてしまうことが多い。

誉められて嬉しくないのだから,貶され悲しいこともない。むしろ,他人が顔をしかめるようなことをしていた方が,自由を感じることが出来て面白いとすら思っていた。

子供の頃からこんな性格だが,大人になってからも,名誉ある地位に就きたいとか,ナントカが欲しいとか,テレビネット有名になりたいとか,そういう感情を抱いたことが無い。

日ごろ私の活動を見ている人なら納得出来るのではないかと思う。希哲館事業は,誰の肯定神託必要とせずに自分のやることに絶対確信を頂き,この上ない充実感を得て生きる人間がここにいる証拠なのだ。

私には,自分で作った「初代希哲館執務長」が,どこの国の君主首脳肩書きよりも,ノーベル賞よりも名誉に感じられる。だからこれ以上の名誉は一切不要だ。

これも病気といえばそうかもしれないが,SNS などの発達で,名誉欲承認欲求に人生を狂わされる者が無数にいることを考えると,「健全」とは何か,考えずにはいられない。


そんな私にも,人生で一つだけ,誉められて嬉しかったことがある。

恐らく4歳5歳頃だ。保育園で,はさみを使って工作のようなことをしていた。何か工夫をして,上手いこと出来たな,と思った時,保母さんが「ひろくんはアイデアマンだね」と言った。この時のことがなぜかずっと,鮮明記憶としてある。そして定期的に思い出す

当時の私に「アイデアマン」という言葉の意味が分かったとも思えないが,自分は何か工夫をすることが得意なんだな,ということくらいは体験として分かっただろう。もしかしたら,言葉が分からなかったから印象的だったのかもしれない。これもカセット効果という奴だろうか。

その後,私は,トーマス・エジソン憧れたり,信長でも家康でもなく秀吉好き少年に育っていく。子供ながら,発明とか発想価値を感じていたのだろう。

そして17歳の頃に輪郭法き,デルンデライト開発して今にいたる。確かに,これ以上価値あるものが今の私には想像出来ない。

頭が良いと誉められて学校の勉強を極めても,運動が出来ると誉められてスポーツの世界に行っても,容姿が良いと誉められて見た目を売りにするような世界に行っても,もちろん,喧嘩が強いと誉められてヤクザな道に入っても,今の私にはならなかっただろう。

私にとって最高の誉め言葉があるとすれば,やはり「アイデアマン」以外考えられない。この文章を書きながら,三十年来,心のどこかに引っかかっていたものがようやく腑に落ちた

=}
{一日一文}{希哲15年5月の一日一文}{人間の主体性}{発展形}{人間の可能性}{宗教的権威}{新しい思想家}{人類知のあり方}{知能増幅サービス}{神への信仰}...=}(38)

{個人知識管理と新しい人間 K#F85E/A-E74C-CE0B}

個人知識管理(PKM)は人類知のあり方を変える。まだなかなか理解してもらえていないが,これはデライトも含めた希哲館事業根底にある考えだ。

ヨーロッパでは,中世から近代に移り変わる過程で新しい思想家が多く生まれた。彼らは,宗教的権威から人間の可能性を取り戻そうとした。

累新ルネサンス啓蒙時代のような運動が,デライトのような個人知識管理サービス中心にまた現れるだろう,と私はみている。

いまや技術は「新しい神」となりつつある。人工知能仮想通貨暗号通貨に対する熱狂も,人間を越えた何かへの期待という意味で,かつての神への信仰に近いものがある。

私が提唱する,個人知識管理サービス発展形としての知能増幅(IA)サービスは,「新しい人間」のための技術だ。

司組システム埋没しつつある人間の可能性主体性取り戻す。そんな世界史を変えるような運動が,日本から始まろうとしている。

=}
{一日一文}{希哲館訳語}{希哲15年5月の一日一文}{外来語翻訳}{翻訳語整備}{くぐる}{通類}{握接}{バイト・アル=ヒクマ}{英語}...=}(52)

{日本の第二次大翻訳時代に向けて K#F85E/A-E74C-9D63}

そろそろ希哲館翻訳事業についても何か書いておこうと思いデライトくぐっていると,6年以上前に書いた懐しい文章(「翻訳とは何か」)を見つけた。当時の私の「第二次大翻訳時代」への意気込みが伝わってくる。

当時はまだそれほど蓄積が無かった希哲館訳語も今や「日本語史上最大の翻訳語体系」と称するまでになり,自ら開発するデライト翻訳語研究にはこれ以上ない通類ツールになっている。ここで改めて,第二次大翻訳時代への思いを記しておきたい。


日本にも「大翻訳時代」と呼ぶべき時代があった。言うまでもなく,膨大な外来語翻訳された江戸時代後期から明治時代にかけてのことだ。この時代に生まれた翻訳語現代日本語に欠かせないものになっている。

そんな日本語も,どこで何を間違えたのか,カタカナ外来語で溢れかえるようになってしまった。時代の流れが速いから翻訳語なんか造っても意味が無い,とやってもみずに言う者が多い風潮に逆らって,私は翻訳活動を続けてきた。

そうしていると,「何で翻訳語なんか造ってるの?」と言われたりする。今我々が当たり前のように使っている日本語にどれだけの翻訳語が含まれているか,知らないわけではないだろう。ではカタカナ語満足しているのかというと,「カタカナ語の氾濫」はたびたび社会問題のように語られる。それでも,「なら翻訳してやろう」という運動は無いに等しい。

昔から,独自に翻訳語を造ってみようという人はいて,私もいくつか例を知っているが,その全てが世間には全く知られていない。そういう運動を誰かが始めてみても,一向に火が付かないのだ。そして自然消滅のように消えていく。これは面白いといえば面白い現象だ。

私もその運動を始めた一人だが,翻訳語についての話というのは本当にウケが悪い。ブログ記事のようなものを書いても握接アクセスが集まることは無いし,Twitter のような所でつぶやいてみても反応はほぼ無い。まさに「しーん」という感じだ。

ただ,私はそれもこの仕事のやりがいだと思っている。いかに現代日本人にとって外来語翻訳というのが難しいことか,それを思い知らされるほど,その難しいことをやってこれたことに対する自負誇りも大きくなる。

これからも希哲館は,この日本知識産業革命実現し,日本語英語に代わる「世界の言語」とすべく翻訳語整備を進めていく。そして,世界史を変えた「知恵の館バイト・アル=ヒクマにも劣らない翻訳事業にしたいと思っている。

=}
{}{希哲15年}{希哲15年4月の月記}{希哲15年4月30日の日記}{頭が冴える}{好状況}{噛み合う}{状況の変化}{疑いの余地}{白紙化}...=}(166)

{希哲15年4月29日の日記 K#F85E/A-E74C-0257}

昨日から妙に気分ぐらぐらしているというか,気持ち身体が付いてきていないような感覚があった。この日も急に気分高揚したと思ったら急にぐったりするなどして,明らかに呼吸が乱れている様子だった。

昨晩の就寝中,軽い胸痛を覚えて少し寝苦しかった。一昨日デライトは数ヶ月以内に成功確実」などとんでいたのだから,体調が良くなる心当たりはあっても悪くなる心当たりはなく,珍しいことだが気のせいだろうと最初は思っていた。

結局,日中もいまいち調子が出なかったため,作業はほどほどに,じっくり状況気持ち整理することにした。


すでにデライト開発は十分な持続性確保し,仮にずっと収益目標達成が出来なくても死活問題にはならない,という状況にあった。

しかし,デライトの成功ではなく“希哲館事業の成功”を考えれば悠長なことはしていられない。多少のリスクを負っても早期に収益目標を達成しなくてはならない。その思いから11月1日としていた必達期限5月1日繰り上げ短期集中生活に入ったのが先月28日だった。

この短期間に多くの成果を得て,さあこれから正念場だという時に,負っていたはずのリスク消し飛んだ。6月末あたりまで,あと2ヶ月はこのままの態勢で問題なくデライト開発を続けられることになった。一昨日,27日に起きたのはそういうことだった。

多少の不安はありつつ,5月1日までの収益目標達成にもそれなりの勝算があった。その猶予が2ヶ月近く延びれば,達成出来ないことを想定する方が難しい。必達期限を繰り上げる前より4ヶ月以上早い達成見込みが出来たことにもなる。

安全着実に歩を進めていては達成出来るのが数年後になるかもしれない,という見込みだったから多少の無理にも意味があった。その数年が2ヶ月以内になるなら,この数日にデライトの成功を賭ける意味は全く無い。

1日までは既定路線頑張ろうという気持ちに反して,妙に脱力感が強いと思ったが,なるほど勝手に肩の力を抜いた身体の方が正しい


ここで,デライト収益目標における必達期限再設定をどうするか考える必要に迫られた。

黄金週間最終日まで延長するか,6月末まで延長するか……等あれこれ考えた結果,期限に関してはいったん白紙化,当面はこのままデライト高速化中心第三次宣伝攻勢を「無期限」で継続することにした。

そもそも,これまでの努力期限必達期限というのは,先行き不透明目標に対して,最大限努力するように方向付けるためのものだった。その必要を全く感じないほど視界良好だ。これまで視界を遮っていたが一気に晴れ,すぐそこに目標が見えているように感じられる。

もっとも,気を抜き過ぎたり,天変地異事故のような予測しえない事態に煩わされたり,万が一のことが無いとは言えない。6月末までの収益目標達成は,選挙でいえば「当選確実」に近い確度だ。理論上絶対とは言えないが,現実的には達成とみなして良いほどの確かさ,ということになる。

そして,現状総合すれば,収益目標達成はそのままデライトの成功と言える。つまり,デライトは「成功確実」の状態にあり,希哲館事業の成功に向けた確かな足掛かりが出来たことになる。

絶望的悲観から希哲館事業を始め,あらゆる極限状態想定して超高効率経営運用体制を作り上げてきた自分が,ここまで状況楽観視していることに自分でも驚く14年に及ぶ希哲館事業の歴史でも初めてのことだ。だから自分自身でこの判断疑いの余地は無い。

特に今年に入ってからというもの,急激状況心境の変化を繰り返し,何度目が回ったか分からないが,これは特大かもしれない。


今月中旬からの高速化中心としたデライト開発24日からの第三次宣伝攻勢が非常に上手く噛み合い安定感が出てきたこともこの確信に大きく寄与している。

特に第三次宣伝攻勢に関しては,もともと新生デライトを形にしてからという計画だったのを済し崩し的に開始した上,開始時期も予定より3日ほど遅れたことで,当初は成り行き不透明感があった。

始めてみると想像以上手応えが良く,懸念は早々に払拭することが出来た。まだ活動用者増加には十分繋がっていないが,しばらく停滞していた登録自我数も早速伸び始めている。

黄金週間を狙った作戦大当たりだったようだが,高速化を中心として臨機応変作業を進める方針への転換も,想定外好状況を導いたという点で大当たりだ。高速化前の現状整理功を奏した。


一日中散歩が出来なかったこともあり,約2ヶ月ぶりに陶練再開した。とはいえ前回も久しぶりの再開で一日で終わっているので,流石に体力がかなり落ちているのが分かった。

それでもやはり運動をするのは気持ちが良く,頭も冴える

これからは高位安定進捗を出し続けることが重要になるため,これまで以上に規則正しい生活心掛ける


ここまでの思考を書き出すには夜遅過ぎたので,まとめるのは明日にしてさっさと寝ようという頃,この日記実質の「デライト成功宣言」になるかもしれない,と思った。

30日振り返り日記

{希哲15年3月19日}{気持ちの良い天気}{花の散歩}{散歩記録}{気分転換}{運動}{散歩}=}(7)
{純粋な散歩}{柔らかい日差し}{薄雲}{希哲15年3月1日}{久しぶり}{1時間15分}{14時15分}{散歩記録}{10分}{カフェオレ}...=}(16)
{半年ぶり}{良い緊張感}{切実感}{希哲15年2月11日}{デライト1周年}{努力期限}{必達期限}{短期集中生活}{『希哲日記』}{デライト収益化}...=}(30)

{希哲15年2月11日の日記 K#F85E/A-E74C-74A1}

今日も半休にするつもりだったが,結局,まともに仕事をしてしまった。

頭は冴え渡り気分高揚し,計らずも短期集中生活のようになっている。しかし,デライト1周年を迎える13日まではこれでいいかという気もしている。

最近,色々と思うことあり,デライト収益化に対する切実感が募っている。これが良い緊張感につながっているのかもしれない。それと同時に期待感も募り,割と気軽に設定した4月1日努力期限が,意識としては必達期限に限りなく近付いている。

もちろん,急いて失敗するよりは時間がかかっても成功する方が良いので,このくらいの適度調子を保ちたい。

今日はおよそ半年ぶり陶練再開出来た。やはりちゃんと運動すると気持ちが良い。また隔日程度を目安に継続したい。

{あれ}{あれ}{あれ}{希哲14年8月12日のツイスト}{希哲14年8月12日}{整腸剤}{ツイスト}{気分転換}{不調}{胃腸}...=}(14)
{運動}
{}