{希哲15年5月7日のツイスト}{希哲15年5月7日}{Notion}{Google}{ツイスト}{勝負}{日本}{サービス}{Evernote}{Facebook}=}(10)
{希哲15年5月の一日一文}{番狂わせ}{雨後の筍}{日本語におけるルビの重要性について}{デライトの対 Notion 戦略}{一日一文}{新興サービス}{メモ戦国時代}{Notion}{個人知識管理サービス市場}...=}(59)

{デライト開発者が見る個人知識管理サービス市場 K#F85E/A-E74C-BA75}

先日の一日一文デライトの対 Notion 戦略」で書いた通り,現在,デライトも含めた全ての個人知識管理(PKM)サービス市場戦略において意識せざるをえないのは Notion だろう。

一方で,Notion の立場盤石ではない,という意味のことも書いた。私が「個人知識管理サービス」と呼んでいる分野では,新興サービス雨後の筍のように登場している。私も全ては把握しきれていない。それだけ問題意識が尽きない分野であるということなのだろう。

今や個人知識管理サービス市場は「戦国時代」だ。盛者必衰Evernote であれ Notion であれ,安心していられる者はいない。


そして私は,この個人知識管理サービスこそ,検索演心エンジンSNS に続くインターネットの一大産業になると確信している。知識産業の中で果す役割を考えれば“当然”の帰結だ。

つまり,この「戦国時代」を制した企業がいわゆる GAFAM のように成長していくことになる。

問題は,ただでさえ知識産業で遅れを取っている日本で,十分戦えそうなサービスただの一つも存在していない,ということだ。私はこれに強い危機感を覚えている。この種のサービスが知識産業化を加速させていくものなら,ここで遅れを取った日本は,半永久的に取り返せない差を付けられることになる。

日本語におけるルビの重要性について」でも書いたように,デライト日本語重視し,日本語を最大限活用出来るように工夫を重ねている。一方,いま流行りNotion日本語対応ですら「予定」の状態だ。これが何を意味するのかは,読者想像力信頼していちいち言うまい。

幸い,今は「戦国時代」だ。どんなに小さな勢力にでも番狂わせ機会はある。そして,これこそが,知識産業で日本大逆転しうる最後の機会だ。

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{希哲15年5月6日のツイスト}{mem.ai}{Mem}{希哲15年5月6日}{眩暈}{ツイスト}{日本}=}(7)
{年月日}{文化的独立性}{気持ち悪さ}{時代感}{一日一文}{最重要視}{希哲前1年}{希哲8年}{希哲零年}{希哲館事業発足}...=}(77)

{希哲紀元とは何か K#F85E/A-E74C-DC33}

私はよく「希哲〜年」と書いている。例えば今年2021年なら希哲15年となる。これは「希哲紀元」という希哲館独自の紀年法だ。希哲館事業発足2007年希哲元年とし,そこから希哲2年希哲3年と数えていく。

この希哲紀元を私的に使い始めたのが希哲8(2014)年頃だから,もう7年ほど経つ。


希哲館訳語からも分かる通り,希哲館では日本語最重要視している。日本語の力を活かして知識産業革命を成し遂げ,日本語を世界中に広めたいと思っている。

ところがここで一つの問題があった。日本語で使える普遍的かつ合理的紀年法が無かったのだ。

我々日本人元号に慣れているし,愛着を持つ人も多いだろうが,元号はあくまでも天皇権威由来するものであり,外国人に押し付けられるものではない。紀年法としての分かりやすさ犠牲にする代わりに時代感共有しやすいなどと言われるが,それも国内の問題に過ぎない。

それでも日本人は元号を使うんだ,と言えるほど元号にこだわりがあるのかと言えば,実態はそうでもない。西暦も当たり前のように使われており,面倒だから西暦だけにしてくれという人もまた多い。ではその西暦に問題が無いのかと言えば,キリスト教価値観に基く紀年法が中立なわけはない。

キリスト教徒の少ない日本で,元号を捨てて西暦だけを使うようになった日本人というのも奇妙だろう。かといって,元号のみを使うのも皇紀を使うのも現実的ではない。併用している現状が良いのかと言うと,やはり面倒なことが多々ある。

残念ながら,日本語現状として,気持ち良く使える紀年法は無い。この気持ち悪さに自分なりに決着を付けたかった。希哲紀元を使い始めた動機はそんなところだ。


希哲紀元を初めて見た人はぎょっとするだろうが,実は,一つ一つの理屈単純明快だ。馬鹿正直過ぎるくらいかもしれない。

希哲紀元が希哲館事業発足の年を元年とするのは,希哲館にとってそれ以上に独立性を示せる出来事が無いからだ。宗教や特定の文化に依存することを極力避け,どこかに始点を置かなければならない以上,希哲館は希哲館の始まりを元年とするほかない。まあ,「苦節云年」を難しく言ったものだと思ってもらってもいい。

希哲紀元には,文化的独立性を保つという意義に加え,これまでの紀年法の欠点克服しようという試みもある。

希哲紀元は元号風だがあくまでも「紀元」なので,西暦と同じように改元は無い。ただ,「希哲」には元号同様,新時代への思いが込められている。それは今後数十年ではなく,半永久的に続く時代の名前だ。

さらに,希哲紀元には元年の前に「零年」がある。その前が「前1年」だ。つまり,歴史上の全ての年を整数として扱うことが出来,計算しやすい。これは西暦にない利点だ。


元号にも西暦にも使用義務は無く,あくまでも文化の一つとして任意で使うものだ。当然ながら,希哲紀元も私個人や希哲館の内部で使っているもので,無理に使わせたいということもない。これが本当に合理的なものなら,自然に広まっていくだろう。

ただ一つ,希哲紀元を使い始めてから年月日を書くのが楽しくてしょうがない。

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{パチンコ玉}{}{すぐそこ}{三分の一}{一発当てる}{急ぎ過ぎ}{ひよっこ}{ネットサービスにおける「成功」とは何か}{一日一文}{計り知れない}...=}(72)

{デライトはなぜ成功を急ぐのか K#F85E/A-E74C-65CE}

昨日の一日一文でも書いた通り,ネットサービスとしてのデライトは,十分な収益が上がっていないという一点を除けば極めて良好状態にある。開発者としては,そう高くはない収益目標達成をもって一応「デライトの成功」だろうと思っている。

デライトは,昨年2月13日に「正式離立リリース」した。と言っても,あまりに品質上の問題が多かったため,しばらくの間,宣伝はほぼしなかった。積極的な宣伝をしていた期間は,これまで合わせて半年くらいだろうと思う。サービスとしてはまだひよっこだ。

勘報コンピューティング最重要かつ成功例の無い分野であることを考えると,成功急ぎ過ぎなのではないか,と思うことも無くはない。成功が数年後でも十年後でも,別に遅くはない。むしろ,じっくり育てた方が成功確度は上がるだろう。

私が単に一発当てたいだけのサービス開発者ならそれで良かった。しかし,私の目的は,デライトの成功ではなく「希哲館事業の成功」にある。

デライトが成功し,GAFAM を軽く越えるような世界史上最大の企業を作り上げてようやく三分の一進捗か,というほど希哲館事業構想は大きい。「人類史上最大の事業構想」は伊達ではない。その後にやらなければならないことの多さを考えれば,デライトの成功にてこずっているわけにはいかない。

もう一つ,個人的感情でいえば,これ以上周囲迷惑をかけたくない,ということがある。

画一的と言われる日本にあって,私がここまで好き勝手に他人と違うことが出来ているのは,他でもなく環境おかげだ。デライト自体はついこの間出来たようなサービスだが,その下地20年くらいかけて作ってきた。ここに来るまでに私がかけた周囲への負担迷惑計り知れない。流石にそろそろ償い恩返しもしたい。


開発者肌感覚として,デライトの成功は「すぐそこ」だ。しかし,これほど歯痒い時期もない。

一般的な感覚かどうか分からないが,子供のころのマラソン思い出すゴールがすぐそこだと思うと,心理的距離は長く,足は重く感じるようになる。ここまで来てまだあるのか,という感じだ。

もっと分かりにくく喩えるなら,私はいま,パチンコ」で勝利を目前にしたカイジ気分だ。デライト上にある無数の輪郭パチンコ玉に見えてくる。流し込み続ければ勝てる。そう分かってはいても,勝つまで解放されることはない。

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{語源}{英語}{日本}{地名}=}(4)

{sunwell K#9-D657/A-4829}

〝語源に正確に則した〟日本の名前

>> 日本の地名を英語風にした地図です。 似たものはこれまでも色々ありましたが、これは現在の漢字表記の直訳ではなく元々の語源にまで遡り、ラテン系ではなくゲルマン系の語彙を極力使う(例: 山 > Barrow)など、実際にイギリスにありそうな雰囲気を出そうとするこだわりが素晴らしいです。 << https://twitter.com/linglanglong/status/1288609555123859456 接触元: https://twitter.com/nick_kapur/status/1288523740582682626
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{日本}
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