{希哲15年5月の一日一文}{有力候補}{希哲軒}{醜いもの}{名を体を表す}{希哲屋}{「希哲館」の由来}{希哲亭}{希哲荘}{希哲庵}...=}(77)

{続・「希哲館」の由来 K#F85E/A-E74C-7DB0}

折角なので,昨日の一日一文で書いた「希哲館命名思い出話を続けてみよう。

14年ほど前,当時の私が持てる知識理想の全てを注ぎ込み,名付けたのが「希哲館」だった。その後,私は膨大な造語翻訳語考案し,様々な物事の名前を考える営みを「最小文学」とすら呼ぶようになった。しかし,「希哲館」を越える名前が出来たと思えたことはない。そういう意味では私の最高傑作だ。

名を体を表すとも言うが,ある名前が良いかどうかは,それが指し示す物によって変わるものだ。醜いものにどれだけ表面的美しい名前を付けても,それは良い名前とは言えない。

後に「希哲館」と呼ばれることになる“それ”は,デライト基礎にもなっている輪郭法武器に,知による産業革命知を共有する民主主義確立目指す機関として構想されたものだ。それは在野自由力強さを持ちながら,未来公共を担う大きさをも兼ね備えていなければならない。これに対する「希哲館」以上の名前はいまだに見つかっていない。


さて,「希哲」の部分に関しては昨日の一日一文で書いた通りだが,この「〜館」の部分にもそれなりのこだわりがあった。

希哲院」では気取り過ぎ,「希哲屋」「希哲軒」「希哲亭」では気軽過ぎ,「希哲楼」では派手過ぎ,「希哲庵」では地味過ぎ……最終的に,「希哲館」以外では「希哲堂」や「希哲荘」などが有力候補だった記憶がある。

「〜館」は,近世までは藩校明倫館造士館……)などによく見られ,近代以後は大使館公民館図書館博物館美術館など,交流文化に関わる施設に広く使われるようになった。明治時代の「鹿鳴館」,バグダードの「知恵の館バイト・アル=ヒクマのように歴史的な事業を連想させるものでもあった(後に薩摩藩の「集成館」にも似ていることに気付き,集成館事業になぞらえ「希哲館事業」という表現を使うようになった)。「」が持つ歴史的用法現代におけるイメージ総合して,これが最も思い描いているものに近いと考えたわけだ。

……「希哲館」に関する話は,まだまだ書き尽くせそうにない。また気が向いたら続きを書こう。

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{希哲15年5月の一日一文}{抽象画}{パソコン音痴}{モノ}{大きな壁}{具象性}{悪い意味}{一日一文}{相性が良い}{立体階層構造}...=}(91)

{デライトはなぜ“抽象的”なのか K#F85E/A-E74C-AECA}

デライトに触れた多くの人が,デライトは“抽象的”だと言う。それもそのはず,我々認知しうる物事関連性徹底的抽象化することにより,あらゆる物事の関連性を一つの原理で捉えられるようにしたのがデライトの基礎にある「輪郭法」なのだから。

日常的会話の中で「抽象的」と言うと,捉え所が無いとか曖昧といった悪い意味に受け止められることが多い。しかし,抽象化という能力は,数学はもちろん,情報工学世界でも無くてはならないものだ。

工学における抽象性は,「汎用性」に近い意味を持っている。個別のものに共通する性質を取り出し,それらを一つの仕組みで捉えられるようにする。これが上手く出来ないと,論組プログラミングすら難しい

……などと御託を並べても,実際問題,デライトを多くの人に使ってもらうには,この抽象性が大きな壁であることに変わりはない。抽象的に物事を捉える能力には個人差が大きく,それも得意だという人の方が珍しい。当然ながら,これは市場戦略上の課題になる。

これを上手く解決する方法があるのか,実は開発者の中でも答えは出ていない。探せばあるのかもしれないし,結局無いのかもしれない。無いとしても,この抽象性がデライトにとって必要なものなら,無理にでも壁を乗り越えるしかない。


デライトは,これまで勘報機コンピューターでも多く利用されてきた単純な階層構造ネットワーク構造限界を越えるべく開発されたものだ。

特に「フォルダ」などとして広く使われている階層構造は,抽象性反対具体性具象性)と非常に相性が良い。いくら欠点があっても,人類が階層構造から離れられなかった大きな理由だ。

個人機(PC)の普及に大きく寄与したのが「デスクトップ メタファー」であったように,具体的モノ同士の関係として表現した方が多くの人は理解しやすい。その一方で,具体的なモノにはモノゆえの限界がある。

我々は,頭の中で多くの概念を縦横無尽に結び付けている。A にも B にも含まれている C という概念を頭の中では当たり前に扱えるが,フォルダのような物理的入れ物 A と B に同時に入っている C というファイル想像することは難しい。

こうした限界を越えようと様々な技術が開発されてきたが,フォルダのような“具体的”表現に頼っている限り,どうしても不自然で気持ちの悪いものになってしまう。「パソコン音痴」な人は,Windowsショートカットですら実体と区別出来ず混乱してしまうことがある。

それならいっそのこと,こうしたメタファーを廃してしまった方がいいのではないか。デライトの設計はそんな考えに基いている。だから,モノに喩えるのではなく,頭の中を直接表現した抽象画のようになっている。これをデスクトップならぬ「マインドトップ(mindtop,念頭と表現したこともある。

下図のように,デライトにおける「輪郭」は,視点によって一つの中身を共有出来る入れ物になっている。立体階層構造とでもいうべきこの構造を「輪郭構造」と呼ぶ。

この輪郭構造が,階層構造とネットワーク構造を統合し,真に人間の認知機能調和するものになっている。大分長くなってしまったので,これについては後日改めて解説しよう。

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{新技術}{文化施設}{輪郭法の歴史}{希哲館事業の歴史}{一日一文}{建築構想}{ややこしい}{閃き}{個人知識管理}{社会}...=}(66)

{なぜデライトに希哲館事業が必要だったのか K#F85E/A-E74C-6F49}

私は希哲館事業,希哲館事業とよく書いているが,それについてまとまった文章がほとんど無い。近いうちに解説文を書くつもりだが,今日は簡単に,「なぜデライトに希哲館事業が必要だったのか」を書いてみたい。

希哲館事業とは,簡単に言えば,「社会輪郭法最大限活用出来るようにするための事業」だ。輪郭法というのはデライト原理にもなっている理論で,このような技術実装し,普及活動を担い,より良い活用の仕方を探求しているわけだ。


希哲館事業の歴史は,輪郭法の歴史と同じくらい長い。というのも,輪郭法を私が閃いたのとほとんど同時に生まれたからだ。

私が17歳で輪郭法を閃いた時,これが知能増幅(IA)技術につながることに気付いた。それと同時に,単なる技術に留まらない可能性課題があることにも気付いた。これは現代人人生観世界観政治経済あり方をも大きく変える発明になる。少年時代の私はそう直感した。

そこで,輪郭法とその応用技術中心に,超現代的な全く新しい思想体系社会基盤構築する事業構想した。これがつまり,希哲館事業の青写真だ。

希哲館」は,事業の拠点となる機関文化施設として構想したもので,建築構想でもある。その名には,輪郭法による「希哲フィロソフィー」の復興という思いを込めた。希哲元(2007)年11月1日希哲館事業は発足した。


個人知識管理というものを突き詰めていくと,それは知能増幅技術になる。そして知能増幅技術には,それを取り巻くあらゆる課題に対応する包括的事業必要になる。デライトに興味があっただけなのに,希哲館事業なんてややこしいものが出てきて面喰らった人も多いだろうが,全て必然だ。そして,それだけの背景を持っているのは,世界を見渡してもデライトしかない。

もう一つ,希哲館事業自体が,知能増幅技術としてのデライトの「デモンストレーション」になっているという側面がある。どんな新技術にも,見本になるものが要る。人類史上最大の事業構想とも言える希哲館事業構想以上にデライトの性能実証するものは無いだろう。

{希哲13年}{デライト宣伝}{デライト高速化}{希哲15年4月14日の日記}{希哲15年4月14日の開発}{高度な機能}{修正回数}{重くなる}{当たり外れ}{作業分類}...=}(174)

{デライト高速化前の現状整理 K#F85E/A-E74C-A2D0}

希哲15年4月14日本格的デライト高速化に入る前の現状整理について,ここに記録しておく。

2月後半を預っていたこともあり開発集中しにくかったが,3月の頭からデライト開発はいわば「快調期」に入った。この想定外快調でそれ以前の計画良い意味狂うことが多くなり,3月8日からは計画にとらわれず直感に従って作業を進めていくことにしていた(日記)。

この快調によって,より高い完成度での新生デライトを目指すことが出来るようになり(第三次デライト市場戦略),3月20日収益目標達成努力期限5月1日延長28日にはこれを必達期限として,同時に短期集中生活に入った(日記)。短期集中生活は今月10日に終え,やり残した待っ読ボタン実装昨日一段落した。これが「デライトこれまでのあらすじ」といったところか。

少し落ち着いたところで,次の作業に入る前に現状整理することにした。収益目標達成期限まで残すところ半月,作業の優先順位見極める必要があった。短期間にこれだけのことがあると,流石に頭の中も混乱気味だ。もやもやしたものを晴らしておきたかった。

現在のデライト開発速さ予測不可能性を考えると,やはり中途半端な計画足枷にしかならない。「黄金循環高速化」としてのデライト高速化中心に,機能追加文書整備宣伝等々,全てを臨機応変巻き込みながら片付けていく,というのが現状での最適解結論付けた。

デライトにとって最大の付徴輪郭法であって,枝葉末節機能ではない。それを磨き上げ伝わりやすくする作業でもある。


作業項目としての「デライト高速化」を意識し始めたのは2月17日の開発からだった。当初は機能追加よりも優先し,文書整備並行させることを考えていた。その後,快調期に入ってから機能追加優先順位が上がり,特に Dex によるデラング整備優先するようになっていった。

今月頭の時点での大まかな見通しは,10日までに必要な機能追加20日までに新生デライト仕上げ,文書整備を終え,21日から第三次宣伝攻勢を開始,並行してデライト高速化を進める,というものだった(1日の日記)。

ところが,@icl() 周辺整備をきっかけに入った小理腑が,1〜2日という想定よりも長引き(6日間),上旬がほぼ潰れた。更に,これが思わぬ体感表示速度向上に繋がったことで,一気に高速化への持ち辺が高まった。この頃から,どちらかといえば後回しにするつもりだった高速化を最優先にすべきではないか,と考えるようになっていた。待っ読ボタン実装を終えた昨日の時点でほぼ腹が決まっており,最終確認のためにこの現状整理をしているわけだ。この判断収益目標達成成否直結するだろう。


デライト高速化の主な意義としては,用者体験の向上,SEO負荷軽減の3つを当初から見込んでいた。

小理腑後は,これに開発効率描出効率向上という意義が加わった。手定め時間短縮にもなるし,より描出を上げを増やすことにも繋がるだろう。頭では分かっていたことだが,速いデライト体験して実感が出てきた。この「先行体験」をさせてくれた小理腑の影響が大きい。

Dex 以後,デラング活用することにした文書整備にも寄与することになる。


高速化に並ぶ大きな作業分類であるデラングを含む機能整備機能追加),文書整備と比べても,やはり高速化が優位だろう。何より,高速化は技術面でも設計面でもデライト向きであり,この中で最も「伸ばせる」ところだ。本領発揮と言ってもいい。

機能追加が訴求するかどうかは当たり外れが大きい。開発者が求めているものと用者が求めているものは異なることが多いが,用者が求めているものと必要としているものも往々にして異なる。要望に応えても,思ったより必要なかったということもある。これは用者が馬鹿だからではない。開発者ですら,思ったより要らなかった,要らないと思っていたが意外と便利だった,ということは多々ある。人間そんなものだ。それでも,十分な時間があれば「数撃ちゃ当たる」で成功確率を高めることは出来るが,今はそうではない。

そもそも,現状デライト活動用者極端に少なく,動向分析する標本にもならない。まずは入り口の手前にいる人達を呼び込む必要がある。そのためには,一部の用者しか使わない高度な機能よりも第一印象重要であり,これに寄与するのは高速化だ。

また,機能追加には程度の差こそあれ通信処理上の負荷が伴なう。予定している機能を現状のデライトに全て詰め込めば明らかに重くなるのは目に見えている。


文書整備に関しては,ある程度機能整備が済んだところか,少なくとも機能整備と並行させなければ作業効率上の問題がある。これだけ仕様変更機能追加が激しい状況でなまじ文書を追随させても修正回数が増えるだけだ。先の理由で機能整備を後回しにするなら文書整備も後回しにするほかない。

現状,「使い方」などの文書は離立補完を最後にほとんど更新しておらず,実装との乖離が激しくなっているが,逆に言えば,無駄な修正作業が省けたということだ。新生デライトが熟れるまで放っておくのも一つの手だろう。

宣伝においても体験重視するようになる中で,相対的な重要性が低下していたということもある。「良い文書のある悪い体験」よりは「悪い文書しかない良い体験」の方がマシだ。


黄金循環」は,1月から再認識し,2月までよく言及していたが,3月からは快調期目まぐるしさ横に置いていた。

振り返ってみると,2月20日の日記高速化との結合予期するようなことを書いている。ただ,それほど強く両者の結合意識していたわけではなく,黄金循環高速化手段明確ではなかった。「全知検索の改良」と言っても,基本的な部分で問題の多かった希哲13年頃に比べ,今では範囲が広過ぎる。

快調期以後,計画ではなく直感に従うという戦法難局を上手く切り抜けてきたが,「次の作業」を意識するようになった短期集中生活終盤あたりから,作業になるものが欠けていると感じていた。

ここで高速化黄金循環結合してそのとして機能し始めるのだから,劇的な展開と言うほかない。ここまでの経験が全て一つに繋がったことになる。

{希哲15年4月の月記}{デライト高速化}{デライト高速化前の現状整理}{空振り}{悪い意味}{注目に値する}{大当たり}{サービス改善}{受け入れられる}{安上がり}...=}(81)

{希哲15年4月14日の日記 K#F85E/A-E74C-15D7}

今日は数歩程度の進捗時限を使いデライト高速化前の現状整理をしてから作業に入ろうと思っていたが,結局,現状整理丸一日かかった。

ここでの舵取り収益目標達成直結することは間違いないため,等閑には出来なかった。「デライト高速化前の現状整理」にモヤモヤしていたことを大体書き出してみれば,振り返る余裕も無かったここ2ヶ月ほどのまとめになっていた。これだけ複雑なことを考えていればモヤモヤもするはずだ。

時間をかけた甲斐あって,霧が晴れたように視界はっきりしてきた。迷いなく収益目標達成に邁進出来そうだ。これが丸一日で済んだと思えば安上がりだった。

当面,「黄金循環高速化」としてのデライト高速化中心臨機応変作業を進めていくことにした。理屈そこに書いた通りだが,簡単に言ってしまえば,この方針によってデライトの成功がずっと想像しやすくなった,ということだ。

新生デライト機能文書仕上げてから第三次宣伝攻勢に入り……というこれまでの目論見では,いくら完成度自信があっても,それが受け入れられる保証はどこにも無い。全くの空振りに終わる可能性も無くはない。そこに一抹の不安があった。

それに比べて,高速化はサービス改善施策として外れが無い。何らかの効果確実に見込め,努力が報われやすい。小理腑によって「速いデライト」の価値体感出来たことが決め手になった。

高速化そのものは大当たりを狙えるような付徴でもないが,デライトにはすでに輪郭法という最大の付徴がある。すでに注目に値するものをデライトは持っている。あとは,それをいかに良く見せるか,伝わりやすくするかだ。これが今回の整理で得た大きな気付きの一つだった。

もう一つの大きな気付きは,デライト高速化が黄金循環高速化でもある,ということだった。直感任せ悪い意味無軌道になりつつあると感じていたが,「快調期」に入る前によく考えていた黄金循環がここでになるとは思いもしなかった。これによって全てが繋がった感がある。

黄金循環の黄金週間現実のものにしたい。


デルンの実用化以後よく思うことだが,デルンデライトが無ければ今頃自分のはどうなっていたか分からないな,と今日は改めて思った。

私にとってのデライトは,もはや知能増幅装置というより生命維持装置に近いかもしれない。


これだけ書いた後で一日一文を書くのは流石に辛いので,今日は「デライト高速化前の現状整理」を一日一文代わりとしておいた。

{お目汚し}{世にも珍しい}{人気サービス}{有名サービス}{一日一文}{デライト収益目標達成}{デライトの現状}{安定拡大戦略}{超低経費}{用合い設計}...=}(147)

{ネットサービスにおける「成功」とは何か K#F85E/A-E74C-A43E}

ネットサービスで「成功」と聞くと,有名で,人気があって,という感じにイメージする人が多いだろう。ただ,サービス開発現実はそこまで単純ではない。企業は,顧客投資家の手前,明るい側面ばかり見せようとするものだ。世の大抵のサービスは,何らかの意味で「火の車」だと思って間違いない。

デライトも一応ネットサービスに含まれるし,今は収益目標達成に向けて邁進しているところだ。利用者の方から色々な助言を頂くこともある。その中で,外から見た「成功」と内から見た「成功」の違いについて考えさせられることが多い。


デライトは,「安定拡大戦略」と呼ぶ戦略を取っている。その名の通り,急拡大を避け,制御可能な範囲で安定的拡大を続けていく,という戦略だ。つまり,世間でイメージされるような,バズって有名になって上場するなり売却するなりして大儲け,というような「成功」は,元よりデライトの目指すところではない。それどころか,避けたいとすら思っている。

これは,デライトが希哲館事業一環として開発されているからだ。希哲館事業は,知能増幅(IA)技術による民主主義資本主義革新目的とした事業であり,その性質上,独立性生命線にも等しい。

ソクラテスが何と闘い,何に殺されたのかを引き合いに出すまでもなく,権力権威大衆は,どれもが従ってはならないものだ。出資に頼ることも寄付に頼ることも出来ない。となれば,自分で稼げる範囲で運営していくしかないわけだ。

投稿で賑わっているのが成功しているサービスかというと,それも難しいところがある。閑古鳥が鳴くような状態も困りものだが,低質悪質な投稿であふれ返っているような状態がデライトにとって望ましいとも言えない。特に恐れているのは,よくいう「コミュニティ空洞化」だ。悪貨が良貨を駆逐するような状況に陥いることは何としても避けたい。

個人開発サービスによくあるのが,何かの拍子に爆発的人気を得たものの,運営費などが捻出出来ず,どこかの企業売却あるいは譲渡せざるを得なくなった,という例だ。それなりの金額で売却出来れば成功と見る人もいるが,デライトでは最悪の失敗として想定している。

デライトは,希哲館事業心臓のようなものであり,万が一にも手放すことはない。手放すくらいなら心中するという覚悟開発している。


デライトは,今のところ,有名サービスでもなければ人気サービスでもない。では上手く行っていないのかというと,面白いことに,世にも珍しいほど上手く行っているサービスなのだ。

世界初の実用的な知能増幅技術を実現した輪郭法という基礎理論は,私が17歳の頃に考案したものであり,デライト実装も全て私の手によるものだ。周辺技術もオープンソース基礎として独自開発最適化したものを応司(OS)から論組プログラミング言語範枠フレームワークにいたるまで整備している。

例えば,用合い(UI)設計語体ロゴタイプアイコン制作といったことから,論組プログラミングサーバー管理広報経営まで,とにかく何でも一人でやっている。デライト上にある中核的献典コンテンツも私が書いている。

別に自慢話をしているわけではない。これが意味することは,デライト驚異的高効率開発運営されているということだ。普通の開発現場というものを知らなければなかなか想像出来ないことかもしれないが,サービス開発者にとっては喉から手が出るほど欲しいような環境を,すでに手にしているのだ。こればかりは,GAFA のような超大企業が金を積んで手に入れられるものでもない。

人件費がかからないのは言うまでもないが,中核となる全ての権利権限開発者が保有しているので,組織ならどんなに早くても3日かかるような意思決定が,目を瞑って3分で出来たりする。

サービスそのものも,利用者の方々のおかげで,開発快調治安良好トラフィックは安定的に成長しているという理想に近い状態にある。

収益目標達成というのは,まともに稼げていないという点以外はほぼ完璧デライト完全無欠にするための挑戦だ。それも,決して非現実的目標ではなく,見通しは明るく,時間は十分にある。しかも,超低経費のおかげで,仮にずっと稼げないままでも開発者が生きている限り潰れる心配は無い,ときている。

華々しく成功しているように見えるサービスのほとんどは,人間的金銭的技術的な何らかの問題を抱えながら運営されている。それを考えれば,まだ成功と言うには早いが,「デライトが目指す成功に最も近付いているのはデライトである」とは言える。


……昨日,早くも3日目にしてサボってしまった一日一文だが,今日は取り返そうと少し長めに書いた。

気合い空回り疲労のせいか,思っていたよりくどく,何が書きたかったのか分からない文章になってしまった。お目汚しだが,開発者デライト現状をどう見ているかの参考までに残しておく。

{希哲15年4月の月記}{一日一文}{発信媒体}{デライト収益目標}{デライト一日一文}{一日一文の再開}{希哲15年4月下旬}{黄金週間}{年度始め}{デライトの品質}...=}(65)

{希哲15年4月1日の日記 K#F85E/A-E74C-646E}

寝不足も続き,いつ疲労感に襲われてもおかしくない状況だが,絶好調だった。

先月20日頃まで,この日にはデライト収益目標を達成し,デライトの春希哲館の春にしたいなどと思っていた。収益目標未達だったが,ここ一週間,美しい桜並木を見ながら,思い描いた通りのの訪れを感じていた。代わりに得たものがそれだけ大きかったということだろう。

今を仮に「希哲館累新期」と呼び始めた1月にそれほどの確信は無かったが,希哲館本館構想具体化を経て,今まさに「希哲館累新」が起きていることを確信した。竜力竜虎計画など初期の構想についても久しぶりに思い出していた。

希哲館事業構想は,輪郭法閃きから生まれたものだ。その輪郭法をに変えるデライトによって希哲館事業可能性が広がるのは必然なのだろう。

10日までに新生デライトをある程度の形にし,20日までに諸調整仕上げを終え,年度始めから黄金週間に向けて世間が少し落ち着く下旬第三次宣伝攻勢を仕掛けたい。

第三次宣伝攻勢も,先月デライト開発快調を受けて変容した。短期間集中して,印迫最大化することを考えるようになっている。これは一夜革命そのものだ。「デライト一夜革命」を第三次宣伝攻勢の定問とすることにした。一夜城たるデライトの品質自信が持てなければ考えられないことだった。


デライト一日一文」として一日一文の再開も考え始めた。

一日一文デライト正式離立から間もなく完全に途絶えていた。単純に忙しかったということもあるが,発信媒体としてのデライトがあらゆる意味で不安定貧弱だったということも大きい。今のデライトなら効果的発信出来るだろう。

短期集中生活中に無理をしてやることでもないので,余裕の出来た時期に始めたい。

2日振り返り日記

{希哲15年3月21日の開発}{〈delinography language〉}{描写言語}{〈delineation language〉}{希哲15年3月21日の進捗時限}{希哲15年3月21日}{希哲15年3月21日の進捗}{デラング}{デラング整備}{軽標記言語}...=}(39)

{希哲15年3月21日2歩 K#F85E/A-E74C-8322}

デラング整備

途中で終了。

デラングを何のとするか少し迷いがあったが,正式〈delineation language〉採用することにした。和訳は「描写言語」とする。

デライトにかけて使い始めたのでこのあたりは元々明確ではなかった。3月3日に「デラング」を正式名称として採用した際は〈delineation language〉と書いていたが,これもそれほど強い確信はなかった。

〈delinography language〉等の方がいいかとも考えたが,古い用語である輪郭法言語との関係整理する必要がある。また,装飾など直接輪郭法に関係ない要素を含むため,この名称妥当かどうか疑問が残る。ある程度独立した軽標記言語として扱いにくく,説明に必要な予備知識が一つ増えるという難点もある。

結局,描写に使う言語だから描写言語,というのが一番説明しやすく実態にも即している。

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{数学知識}{数学の研究基盤}{数学好き}{数学の勉強}{希哲15年3月7日}{デライトの数学的記述}{高進捗}{デライトの数式対応}{デライトの課題}{『希哲日記』}...=}(32)

{希哲15年3月7日の日記 K#F85E/A-E74C-9AFE}

デライト開発高進捗ながら24時前には切り上げることが出来,理想に近い一日だった。

課題だったデライトの数式対応が一応実現し,何気なく始めた作業だったが意外にも色々な思いが込み上げてきた。

異常な数学好き影響数学の研究基盤を創りたいという思いは昔からあり,希哲元年には Org-Mode組み込み LaTeX について解説文を書いたりしていた。

それからデライトにいたるまで開発の方に時間を取られ,ほとんど数学知識蓄積出来なかった。十何年もの時を経て,ようやくやりたかったことの一つと繋がったわけだ。

そもそもデライト設計も,その原点である輪郭法も,非常に数学的感性思考によるものだとは感じていた。デライトと数学の親和性は高いはずだ。

これを機に数学の勉強再開しろということなのかもしれない。

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{輪郭法}
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