{希哲15年5月の一日一文}{有力候補}{希哲軒}{醜いもの}{名を体を表す}{希哲屋}{「希哲館」の由来}{希哲亭}{希哲荘}{希哲庵}...=}(77)

{続・「希哲館」の由来 K#F85E/A-E74C-7DB0}

折角なので,昨日の一日一文で書いた「希哲館命名思い出話を続けてみよう。

14年ほど前,当時の私が持てる知識理想の全てを注ぎ込み,名付けたのが「希哲館」だった。その後,私は膨大な造語翻訳語考案し,様々な物事の名前を考える営みを「最小文学」とすら呼ぶようになった。しかし,「希哲館」を越える名前が出来たと思えたことはない。そういう意味では私の最高傑作だ。

名を体を表すとも言うが,ある名前が良いかどうかは,それが指し示す物によって変わるものだ。醜いものにどれだけ表面的美しい名前を付けても,それは良い名前とは言えない。

後に「希哲館」と呼ばれることになる“それ”は,デライト基礎にもなっている輪郭法武器に,知による産業革命知を共有する民主主義確立目指す機関として構想されたものだ。それは在野自由力強さを持ちながら,未来公共を担う大きさをも兼ね備えていなければならない。これに対する「希哲館」以上の名前はいまだに見つかっていない。


さて,「希哲」の部分に関しては昨日の一日一文で書いた通りだが,この「〜館」の部分にもそれなりのこだわりがあった。

希哲院」では気取り過ぎ,「希哲屋」「希哲軒」「希哲亭」では気軽過ぎ,「希哲楼」では派手過ぎ,「希哲庵」では地味過ぎ……最終的に,「希哲館」以外では「希哲堂」や「希哲荘」などが有力候補だった記憶がある。

「〜館」は,近世までは藩校明倫館造士館……)などによく見られ,近代以後は大使館公民館図書館博物館美術館など,交流文化に関わる施設に広く使われるようになった。明治時代の「鹿鳴館」,バグダードの「知恵の館バイト・アル=ヒクマのように歴史的な事業を連想させるものでもあった(後に薩摩藩の「集成館」にも似ていることに気付き,集成館事業になぞらえ「希哲館事業」という表現を使うようになった)。「」が持つ歴史的用法現代におけるイメージ総合して,これが最も思い描いているものに近いと考えたわけだ。

……「希哲館」に関する話は,まだまだ書き尽くせそうにない。また気が向いたら続きを書こう。

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{希哲15年3月22日の日記}{引用内改行}{数式内改行}{理想形}{段落内改行}{初回出振るい}{希哲15年3月22日}{Markdown の段落記法}{段落記法}{Dex}...=}(36)

{希哲15年3月22日の開発 K#F85E/A-E74C-6103}

デラング整備新デラング実装初回出振るい

これにより,数式対応に続き交度対応実現,各部区間の区切り改行自然に扱えるようにもなった。

これまで単純に各行を p 要素にしていた段落記法は,Markdown段落内改行を加えた形になった。また,2つ以上連続する改行br 要素置換する。素文直感的に書けるという軽標記言語意義を考えると,これがほぼ理想形だろう。

引用内改行数式内改行なども同様に上手く扱えるようになった。

何より,Dex によって保守性拡張性原始時代近代くらいの差を付けて向上したのが大きい。

一通り眺めて概ね問題なさそうだが,当分は機能追加不具合修正その他調整が続くだろう。

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{希哲14年2月17日のツイスト}{希哲14年2月17日}{ツイスト}{モデル}{国家模体}{知識産業}{日本}{工業化}{近代}{国家}=}(10)
{社会}{近代}=}(2)
{希哲13年6月13日}{希哲13年6月13日のツイスト}{日本人の精神性}{ツイスト}{隠された時代}{皇室}{薩長}{中世日本}{徳川家}{近代}...=}(13)
{}{近代}=}(2)
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{近代}
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