{年月日}{文化的独立性}{気持ち悪さ}{時代感}{一日一文}{最重要視}{希哲前1年}{希哲8年}{希哲零年}{希哲館事業発足}...=}(77)

{希哲紀元とは何か K#F85E/A-E74C-DC33}

私はよく「希哲〜年」と書いている。例えば今年2021年なら希哲15年となる。これは「希哲紀元」という希哲館独自の紀年法だ。希哲館事業発足2007年希哲元年とし,そこから希哲2年希哲3年と数えていく。

この希哲紀元を私的に使い始めたのが希哲8(2014)年頃だから,もう7年ほど経つ。


希哲館訳語からも分かる通り,希哲館では日本語最重要視している。日本語の力を活かして知識産業革命を成し遂げ,日本語を世界中に広めたいと思っている。

ところがここで一つの問題があった。日本語で使える普遍的かつ合理的紀年法が無かったのだ。

我々日本人元号に慣れているし,愛着を持つ人も多いだろうが,元号はあくまでも天皇権威由来するものであり,外国人に押し付けられるものではない。紀年法としての分かりやすさ犠牲にする代わりに時代感共有しやすいなどと言われるが,それも国内の問題に過ぎない。

それでも日本人は元号を使うんだ,と言えるほど元号にこだわりがあるのかと言えば,実態はそうでもない。西暦も当たり前のように使われており,面倒だから西暦だけにしてくれという人もまた多い。ではその西暦に問題が無いのかと言えば,キリスト教価値観に基く紀年法が中立なわけはない。

キリスト教徒の少ない日本で,元号を捨てて西暦だけを使うようになった日本人というのも奇妙だろう。かといって,元号のみを使うのも皇紀を使うのも現実的ではない。併用している現状が良いのかと言うと,やはり面倒なことが多々ある。

残念ながら,日本語現状として,気持ち良く使える紀年法は無い。この気持ち悪さに自分なりに決着を付けたかった。希哲紀元を使い始めた動機はそんなところだ。


希哲紀元を初めて見た人はぎょっとするだろうが,実は,一つ一つの理屈単純明快だ。馬鹿正直過ぎるくらいかもしれない。

希哲紀元が希哲館事業発足の年を元年とするのは,希哲館にとってそれ以上に独立性を示せる出来事が無いからだ。宗教や特定の文化に依存することを極力避け,どこかに始点を置かなければならない以上,希哲館は希哲館の始まりを元年とするほかない。まあ,「苦節云年」を難しく言ったものだと思ってもらってもいい。

希哲紀元には,文化的独立性を保つという意義に加え,これまでの紀年法の欠点克服しようという試みもある。

希哲紀元は元号風だがあくまでも「紀元」なので,西暦と同じように改元は無い。ただ,「希哲」には元号同様,新時代への思いが込められている。それは今後数十年ではなく,半永久的に続く時代の名前だ。

さらに,希哲紀元には元年の前に「零年」がある。その前が「前1年」だ。つまり,歴史上の全ての年を整数として扱うことが出来,計算しやすい。これは西暦にない利点だ。


元号にも西暦にも使用義務は無く,あくまでも文化の一つとして任意で使うものだ。当然ながら,希哲紀元も私個人や希哲館の内部で使っているもので,無理に使わせたいということもない。これが本当に合理的なものなら,自然に広まっていくだろう。

ただ一つ,希哲紀元を使い始めてから年月日を書くのが楽しくてしょうがない。

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{padding-left: 1em}{text-indent: 0}{text-indent: 1em}{メール文化}{独自実装}{非英語圏}{希哲15年3月14日の進捗時限}{希哲15年3月14日の進捗}{Markdown の段落記法}{段落記法}...=}(50)

{希哲15年3月14日3歩 K#F85E/A-E74C-5DCE}

デラング整備段落記法についての検討で終了。

もともと段落記法については,空行を挟んで段落を分け,段落内では改行br 要素置換する,という仕様想定していた。やはりこれが一番直感的だろう。

現状は単に各行を p 要素にしているだけ。

Markdown の段落記法も空行を使うが,強制改行について仕様上は行末にスペース2つという記法を採用している。後者は特に日本など非英語圏では悪評の多い仕様らしく,独自実装修正されていることも多い。

一見不可解Markdown強制改行は,英語圏メール文化Markdown.pl 実装時の技術的制約によるものと思われる。

メール掲示板などでは適当な長さで改行されることが多い日本語に対して,英語では段落はしっかり分けるが段落内で改行を使うことは少ない。

Markdown.pl 実装当時,をまたいだ処理を苦手とする正規表現でそこまでする意義を見出せなかったのだろう。


改行を含む段落の場合,現状の text-indent: 1em は若干不格好なので,p.no_idt として text-indent: 0; padding-left: 1em を加えることにした。

本当は text-indent: each-line が使えれば良かったが,現時点で対応ブラウザが無い。

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{耳慣れない}{良し悪し}{希哲15年3月1日のツイスト}{能否}{希哲15年3月1日}{面倒臭い}{ツイスト}{直感的}{情技}{拡大解釈}...=}(18)
{閃き}{希哲14年12月の月記}{最高の舞台}{活動統一}{自己解放}{羨ましい}{希哲14年12月27日}{知能増幅解放}{月庭・デライト転送}{デライト集約}...=}(38)

{希哲14年12月27日の日記 K#F85E/A-E74C-61EA}

夕方頃,大きな心境の変化体験した。黄金状態が戻ってきたような感覚だったが,これによって黄金状態を失っていたことに気付いた。恐らく,余裕が無くなっていった10月の終わり頃からだろう。

この出来事があるまで訳もなく妙に苛立ちを覚える日で,数日前まで体中の痒みでなかなか寝付けない日が何度かあった。このあたりは7月4日の日記に書いた体験によく似ている。

ここ最近,毎日少しずつ頭の中の整理が進み,もやもやしたものが晴れてきていたこともあっただろうが,直接のきっかけは,何気なく書こうとした「羨ましい」という言葉デライト上に見つからないことだった。大抵の日本語は描いてきたつもりだったので,少し不思議な感じがした。

振り返れば,閃きから自分の理想だけを追ってきた人生で,他人人生羨むようなことが無かった。それを許してくれる環境にも恵まれ,望んだものは大方手に入れ……そんなことを考え出したら,微かにでも不満を持っている自分が可笑しく思えてきてしまった。

それと同時に,知能増幅解放は私にとって「自己解放」でもあるのだと気付いた。

最後の壁に穴は開いたが,通り抜けてきた人の大半はすぐに引き返してしまう。これからの課題は壁の先の世界を見せることだ。月庭・デライト転送デライト集約完成したと思っていたが,まだ使える人間が一人遊んでいることにも気付いた。今やデライトはこれ以上ない最高の舞台だろう。

ここで人格統一を越えた活動統一を決めた。

31日振り返り

{あれ}{希哲14年12月31日}{希哲14年12月31日のツイスト}{個人知識管理サービス}{Scrapbox}{市場調査}{Twitter}{ツイスト}{特徴}{話題}...=}(11)
{希哲14年12月25日のツイスト}{希哲14年12月25日}{Scrapbox}{ツイスト}{安定}{話題}{日本語}=}(7)