{『希哲日記』}{希哲13年}{日記}{}{サービス}{デライトの完全な成功}{臨海公園サイクリング}{デライト}{希哲17年4月13日}{立てている}(89)

{希哲17年4月13日の日記 K#F85E/E74C-7F66}

ふと思い立ち制脳のため,久しぶりに葛西臨海公園サイクリング再開した。その甲斐あってからは絶好調だった。

ぶらっと走って少し休憩してきても2時間以内帰ってこれる脳爆発反動どうせ日中ぼーっとしてしまうことが多いのだし,これほど時間対効果高い気分転換もない。また外出予定のない続く時期日課にしたい。譜類添付機能実装後,またよく写真を撮るようになっているので,多少献典整備にもなるだろう。


デライトの完全な成功向けて突き進む日々の中で,どうしてもデライト足りないものについてばかり考えてしまいがちだが,デライト得てきたもの多大さもっと自覚すべきだな,と思ったりした

デライトの原点あるいは正体思い起こせば,明日にでもあのサービス勝てるかどうかとか,その水準悪戦苦闘出来るようになっているだけで奇跡的な達成だ。デライト正式離立前の希哲13年にもこの公園よくぶらぶらしていたことを思い出しながら,そんなことを考えていた

Twitter 危機深刻さを増す中で,次から次に代替 SNS話題膨らんでは萎んでいるデライトダークホース中のダークホースだ。ここで勝てば日本世界一変するという舞台に,勝てる武器持って立てている。この日々有り難さ楽しさ満喫しなければもったいない

{『希哲日記』}{日記}{デライトの成功}{デライト}{振り返り日記}{隠し}{希哲15年9月の月記}{KNEST 隠し実装}{空想的な}{時間を充てる}(137)

{希哲15年9月15日の日記 K#F85E/E74C-6D50}

昨日KNEST 隠し実装の再開決めたのが寝る頃で,消化不良だったため,今月中間まとめ兼ねて頭の整理をしておくことにした。再開によってデライト収益目標達成展望急に明るくなったような気がしたが,それが何故なのか理解出来ていなかった

そもそも今月に入ってから,新生デライト開発はまたもや不思議な軌道を描いていた。機能整備進めようという意識とは裏腹に,実際には高速化開発環境整備知機駒手整備手定め環境整備デバッグ環境整備多くの時間を割いた。また脱線しつつあるなと感じてはいたが,収穫大きかったので成り行き任せにしていた。これが KNEST 隠し実装の再開繋がったのは,単なる偶然ではなさそうだ。

いま思えば,8月頃からデライト収益目標達成に向けた具体的な道筋がこれまでにない鮮明さで見えてきて,具体的な数字掴めてくるにつれ,一つの不安浮上していた。それは,デライトにおける性能面の課題だった。現実装では,収益目標達成に必要握接量捌けないのは明らかだった。

ただ,これまでの自分なら,そんなことは気にせず問題が起きたらその時に乗り越えればいい,という感覚突き進んでいただろうし,意識の上ではまだそのつもりだった。無意識下でそれに反するような行動をしていたのは,日に日に増していくデライトの成功に対する現実感のせいでもあっただろう。空想的な見通しの甘さ許容出来なくなっていた。

今のデライトは,デライト高速化着実進展によって性能面でも健闘しているが,それは低負荷状態の0.1秒単位でのページ表示速度を上げていくようなもので,握接集中対策への突破口は見えていなかった。

その明らかな理由KNEST 隠し実装停滞であるということと,いまその再開最良の時期訪れていることに気付いた。この時,一気に展望明るくなったように感じた。これまでの不可解軌跡も,ここに導かれていたのだと思えた

現在,高速化機能整備文書整備同時進行させることにしているが,KNEST 隠し実装中断した5月から急速に発展展望が開けていた機能整備文書整備に対し,切り札を失ったままでいたのが高速化だった。ここでそれが復活したわけだ。

KNEST 隠し実装中断したのは,実装方針への迷いからだった。隠し初期設計間違える足枷になりやすく,早まった最適化になりかねない。しかし,7月から8月にかけて新生デライト像が固まったことで実装見通し劇的に改善している。これから機能整備文書整備を進めて集客本格化させようというところで,性能問題での機会損失極力避けたい確かに再開するとしたらこれ以上ない時期だ。


10月中のデライト収益目標達成に向けて組計調整することを決めたのは7日だったが,まだ月内達成可能性も見ていたため,ここまではあえて態勢変えていなかったKNEST 隠し実装の再開という大義名分も出来たところで,本格的に頭を切り替えることにした。

今月後半雑務処理をしっかりこなしたいので外出も多くなる見通しだが,とりあえず,中旬一杯は KNEST 隠し実装開発時間充て様子を見る

16日振り返り日記

{『希哲日記』}{希哲14年}{日記}{}{デライト}{現在地}{新生デライト}{飛当}{デライト開発}{第四次宣伝攻勢}(98)

{希哲15年8月4日の日記 K#F85E/E74C-85D0}

新生デライト開発中の収益目標達成狙うことになり,第四次宣伝攻勢位置付け,引いてはデライト宣伝あり方について見直す必要を感じたため,今日は現状整理時間を費した

デライト高速化前の現状整理以来だが,この3ヶ月あまりの間にも数多くの出来事があり,ついこのあいだ脳爆発があったばかりなので,現在地よく分からなくなっていた。「新生デライト」というのも,そもそも何を意味していたのか忘れかけていた

第三次市場戦略以後,「新生デライト」は「理想的な完成度に達したデライト」に近い意味を持ってきた。その要件先月下旬まとまり,今月から「新生デライト開発」に入れるようになった。それも12ヶ月中の「完成」が視野に入っている。

意識の変化言葉の変化にも表れている。これまで「新生デライト宣言」という表現をよく使っていたが,これは明確な区切りのないものに「完成」の類を使うことに違和感を覚えていたことによる。「完成」が自然に使えるようになったのは,やはり要件がまとまり,新生デライト像明確になったからだ。

その完成を目指せるようになってはじめて,「新生デライト開発」という表現も出来るようになった。デライト開発新しい段階に入ったことは明らかだろう。

一方で,これまでの波状攻撃のようなデライト宣伝根底には,デライトの品質に対する不安があった。出来るだけ品質の高い状態で多くの人の目に触れるようにしたかった。逆に言えば,見せたくない状態が多々あった。それが今のデライトにも必要かというと,少なくとも明確な必要性感じていない

要するに,今のデライトはいつ誰に見せてもいいし,いつ飛当してもおかしくない。だとすれば,もう宣伝攻勢頼らずデライト宣伝日常的継続するべきかもしれない。具体的には,宣伝攻勢では1日3時間としていた宣伝時間1日30分にしてでも毎日する,といったことを考えた

いずれにせよ,新生デライトの完成まで宣伝待つことは出来ないので,新生デライト開発と宣伝は並行させざるをえない。並行させる以上,相乗効果を生むように作業優先順位などを調整していくことになる。

第四次宣伝攻勢をするかどうかは,結論を急ぐことでもないので保留とした。


からしばらくは良い調子だったが,昨年からのデライト開発駆け足振り返りCμ の公開まで考え出してしまったせいで,久しぶり分かりやすい脳疲労症状が出た夕食後には復調した)

しかし,ここで意識正しく更新出来て良かった。ぼんやりした意識のまま突き進んでいたら何かしら判断を誤っただろうし,危なかった

{『希哲日記』}{日記}{デライトの成功}{振り返り日記}{軍隊の行進}{保ち続ける}{耐えられる}{喜ぶべきこと}{復調}{どういうわけか}(27)

{希哲15年6月23日の日記 K#F85E/E74C-EAB6}

どういうわけか,またまた唐突良い思いつきがあり,久しぶり脳過熱に入ってしまった。何とか復調はしたが,こんなことが続くと流石に参る閃き自体は喜ぶべきことでもあるので尚のこと,どう対処すべきか分からなくなってくる。

辛うじて復調出来たのも生活律動がしっかりしていたからだと考えると,唐突な衝撃耐えられるようにとなる生活律動を良好保ち続けるしかないのかもしれない。


5月以来,デライトの成功に向けては,もはや軍隊の行進のようにひたすら規則正し突き進むしかないと思うようになったが,これを「知の行進」と名付けてみた。

24日振り返り日記

{『希哲日記』}{日記}{}{デラング}{凝り過ぎ}{実装面}{仕様面}{希哲15年3月12日}{デラング整備}{気を休める}(20)
{突き進む}

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