{開発}{デラング}{希哲14年}{}{}{}{}{}{}{}(424)

{全てのデライターへ K#F85E/E74C-CA32}

デライト公開から2年半ほどち,色々な人興味を持ってくれたり,使ってみてくれたりした。遠くから眺めているだけの登録してみただけのたまに使ういつも使っている……風変わりデライトでも,出会った人多様性他のサービスさして変わらない

感謝

私は,そんな全てのデライター”とデライターの卵達に深く感謝している付き合い長さ深さ関係ないデライト否定的な人ですら,知ってくれただけでありがたい思う

これがよくある社交辞令ではないということは,前回の一日一文,「デライトの歩み」を読めば分かるだろう。そもそも全く無謀な挑戦として始まったのがデライトだ。成功どころか,誰にも認められず終わるかもしれない。それならまだいい。弾圧暗殺命を失うかもしれない。10代の内にそこまで想像して葛藤乗り越え20年かけてここまで来た

たとえるなら,デライトの歩みとは,真っ暗な巨大洞窟一人彷徨うようなものだった。どこかに新しい世界つながる出口がある。生きている内辿り着けるかどうかは分からない。そんな洞窟歩き続けていた時に見えた聞こえた人の声。それが私にとってデライト利用者であり,デライトへのだ。

そしてデライトは「完全な成功一歩手前言えるところまで来ているすでに夢のようなことだ。感謝せずにいられるだろうか。

代表的デライター

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{Dex}{開発}{開発記録}{最短}{}{}{知番}{Aejs}{希哲16年6月17日}{完成の域に達した}(146)

{希哲16年6月17日の開発 K#F85E/E74C-9EA6}

自我知番省略機能実装終え第二次知番改良完了とした20歩ここでやっておこう思ったのも,途中で第零番節の削除転換したのもあまりにだったが,その割には終始円滑にり,収穫想定はるかに越えて多大だった。全体として大成功言っていいだろう。

第二次知番改良経て知番表記的にも内部的にも完成の域に達した。あとは仕様実装微調整繰り返していく

まず,当初の目的だった知番の簡略化言うまでもなく大きいこれまで一般のデライト用者最短でも K#9-XXXX/A-YYYY という15文字知番輪郭扱う必要があった。それが第零番節の削除によって11文字K#XXXX/YYYY になり,自我知番の省略によって7文字K#/YYYY になった。知番表記仕様に関しては理想的な形だ。

第零番節の省略」から「第零番節の削除」に転換したことで,知番周りの交度出場整理劇的に進んだ。これにより,効率性保守性大幅に向上したのはもちろん,「新括体採番法の完成」という思わぬ収穫繋がった未実装だった自動知番拡張もここで実装出来た今のところ第二番節しか使っていない状況だが,そろそろ必要かという丁度良い時期だった。

波及効果想定以上に大きかった出場見通しの悪さなどが障害になっていた機能実装に関しては大幅な所要時間短縮見込めるようになった特に見通しが悪い課題だった KNEST 隠し出与え構造がこの期間固まり,一気に実装可能性高まった自我知番省略機能Dex との連携必要になったことで,他の記法でも活かせる出与え共有機構整った。これが無番輪符改良などにも繋がっている

将来的に長い知番増えた時のための「知番略記法」を中心とした第三次知番改良方針固まった。この長年の課題にも解決の見通しが立った。

一つ見送ったこともある。自我知番省略された知番写し取り時自我知番付け自輪郭描写欄などへの貼り付け時自我知番の省略をする4月8日の開発記録,というのは,やはり用合いとしては理想的盛り込みたかったが,今回見送った。このあたりの事象Aejs整理中なので,どうしても場当たり的交度になってしまう。他輪郭素出から写し取りたい時や,外部媒体厳密な知番貼り付けたいという時には便利だが,現時点必要としている人少ない共有目的なら共有ボタンがある。交度整理しながら適当な時期実装することにした。

{開発}{開発記録}{方向}{希哲16年5月30日}{高さ制限}{内容の高さ}{機能的に}{混乱させない}{用者層}{利用率}(93)

{希哲16年5月30日の開発 K#F85E/E74C-DB91}

自動ページ展開機能実装一段落した細部に課題はあるが,実用出来る水準に達した出振るい手定め済み

これに伴い正式離立前試していた全知検索窓新規描出フォームの固定表示復活させる検討大きく進んだ。また,輪郭一覧動的追加仕組み整えたことで,検索新規描出時にも応用出来るようになった。輪郭一覧の更新効率的に行えるようになり,高速化にも大きく貢献するだろう。


AutoPagerize 対応どうするかというのが難しい問題だったが,これは挿入監視して削除注意書き表示する方向落ち着いた最初以外 .autopagerize_page_elementdisplay: none設定しておくことで表示には影響しない

AutoPagerize は,ウェブ利用者全体ではわずかな利用率だが,デライト用者使っているのを見て私自身使うようになったというのもあり,用者層重なり小さくない出来るだけ混乱させないようにしたかった。


今後広告の調整重要になってくるため,ここで運営者開発者向けダミー広告表示する仕組み整えたダミー広告の様子

AdSense は,設置者によるクリックもちろん無闇に表示させることも避けるべきとされているので,これまでは単に非表示にしていた


機能的に自動ページ展開機能似たところがある描写後略機能実装方針検討ほぼ完了

内容の高さ高さ制限足りない場合どうするか最後の課題だったが,これは舞覧側で追加取得すればいいことに気付いて解決した


{『希哲日記』}{}{日記}{}{デライト}{定休}{年齢}{希哲館事業}{続ける}{希哲15年9月の月記}(114)

{希哲15年9月19日の日記 K#F85E/E74C-8EF8}

一昨日は一昨日で,久しぶりによく身体を動かして気持ち良かったもののまだ筋肉痛残り昨日は昨日でくらくらするような環境激変があり,肉体的にも精神的にもかなりの消耗感じた。今日も定休通りに休んだが,まだ回復した気がしない。

この変化デライト希哲館事業盤石安泰かという心境になりかけ,律動的集中生活を終えることも考えた。しかし,それもこれまでの適度な緊張感があってのことなので,収益目標達成までは引き続き新生デライト開発極力集中する生活続けることにした。もう油断さえしなければいくらでも粘れる

つい一週間前の日記には,否が応でも気分重苦しくなる状況だから意識的利楽しようと書いていたわずか一週間後には否が応でも気が緩む状況になっているのだから,まだ頭が混乱している。

本来なら喜ぶべきことのはずが,なぜか明るい気分というわけでもない。半分くらいは疲れのせいかもしれないが,希哲館事業安定してしまうことに対する複雑な心境もある。

そもそも,希哲館事業は,「どう頑張っても万に一つも成功しない仕事」として始めたものだ。楽しかった破滅前提大冒険が,千に一つ百に一つ十に一つ成功近付くにつれ,つまらない事務処理になっていくような気が薄々していた。いまやデライト希哲館事業も,手堅くやってさえいれば成功約束されたも同然だ。

もっと若い頃の自分なら,あえて踏み外すようなことをしたかもしれないが,もうそれが許される年齢でもない。失敗して自滅するだけなら何のことはない。周囲に対する責任重過ぎる老い先短い両親家庭を持った達,散々世話をかけたり世話してやれなかったりした親戚達のがいちいち浮かんでしまうことなんては無かった。友人にもデライト用者にも社会にもがある。何より,希哲館事業がそこまでの冒険必要としていない以上,もはや冒険に“物語”が無い。

この冒険の終わり寂しさ乗り越えつまらなさ背負っていくことが大人になるということなのか,などとぼんやり考えたり,KNEST 隠し実装小手調べをしたりして過ごした一日だった。

{英語}{日本語}{一日一文}{サービス}{知能増幅技術}{希哲館事業}{希哲15年6月の一日一文}{日本脱出}{宗教的寛容}{日本を選ぶ}(61)

{なぜ日本なのか K#F85E/E74C-0142}

先日の一日一文でも書いたように,希哲館事業では「ジパング計画」を推進している。知能増幅(IA)技術による知識産業革命日本で起こし,日本主導新しい国際秩序を作っていこうという計画だ。

私自身も希哲館事業も一見して“日本人らしい”とは言えないが,どちらも,紛れもなく,現代日本の産物だ。だから,「なぜ日本なのか」という問いも本来はおかしい

私は日本生まれ日本育ちの日本人で,日本社会温かく育ててもらった。平気でこんなことをやっていられるくらいだから,甘やかされた,と言った方が正確かもしれない。家族親戚友人知人,みな良い人ばかりに囲まれて,日本にも日本人にも良い思い出しかない。

希哲館事業も,そんな日本から生まれて育った事業だ。散々日本人に助けられてここまでやって来れた。デライト用者ユーザーも,恐らくは日本人ばかりだろう。希哲館事業が日本で,日本の繁栄重視するのは自然なことだ。

もちろん,事業本拠地要件として「日本でなければならない理由」はいくつもある。政治的安定性法的自由度宗教的寛容地政学的利点社会基盤……どちらかといえば,今日はこういうことを書こうと思っていたのだが,書き始めてから,「なぜ日本なのか」という問い自体の悲しい面白さについて考えてしまった。

日本脱出”のような言説があまりにも普通になってしまった今の日本では,日本人日本を選ぶ理由を考えなくてはならない。

確かに,情技(IT)業界でも,最近は日本人が作った柔品ソフトウェアサービスが最初から英語表示で,英語版以外無いことも多い。見かけるたびに複雑な気分にさせられる。日本人自身が日本に目を向けなくなりつつあるのだ。

それでも私は,日本から世界史上最大の企業を生み出せるし,日本を世界史上最大の極大国ハイパーパワーにすることが出来ると思っている。そして,日本語がいまの英語をも凌ぐ世界の言語になるだろう。決してではない。それを現実にするジパング計画という地図がここにある。

{一日一文}{サービス}{デライト}{デライター}{用者}{賢くないデライターに俺はなる}{知能増幅メモサービス}{模体}{希哲15年6月の一日一文}{ネットの新大陸}(46)

{デライターの未来 K#F85E/E74C-5674}

私は,デライト積極的活用する用者ユーザーを「デライター(Deliter)と呼ぶ。

将来的にはデライターがユーチューバーインスタグラマーなどを凌ぐ存在になってくれるだろうと思っているが,この用語歴史は意外に古く,デライトの構想が出来た数ヶ月には使い始めている

気が早い話だが,デライトは,こうした用者あり方に大きく命運左右されるサービスだ。そもそも使い道理解してもらう所から難しいのだから,デライトの活用法開拓し,それを広めることが出来る模体モデルとしての用者の役割は極めて大きい。

他のサービスでは流行ってからこういう存在が出てくるのだろうが,デライトでは,デライター次第でサービス自体がどうとでも転びうるわけだ。もちろん,そこで最大の重責を担っているのは「最初のデライター」である私自身だ。

デライターは,世界初知能増幅メモサービス自己探究自己表現をする,世界で最も先駆的ネット利用者達でもある。

そして,デライトは,いわば「ネットの新大陸」だ。開拓醍醐味の全てがここにある。この荒涼とした大地を“世界の中心”に変える大冒険を一緒に楽しんでほしい。

{希哲14年}{希哲6年}{研究}{一日一文}{デライトの成功}{デライト}{年齢}{18歳}{17歳}{}(69)

{希哲館事業についての漠然とした思い出 K#F85E/E74C-7347}

最近,思い出話のような一日一文が続いているので,どの部分についてでもなく,希哲館事業全体についての思い出を書いてみたくなった。漠然とした思い出話を成り行き任せで書いてみよう。

思えば,17歳の時に輪郭法閃き,もう30代半ばだ。輪郭法の閃きが希哲館事業の原点で,大人と言える年齢18歳だとすれば,少年時代の最後から今にいたるまで,私はこの事業とともに歩んできたことになる。閃き以前より以後の人生の方が長い。そういう意味では,“人生そのもの”と言っても過言ではない

もっとも,スポーツのような分野ならともかく,実業研究のように蓄積が物を言う世界10年20年なんて大した歳月ではない。ひよっこに毛が生えたようなものだろう。そう考えると,20年足らずでよくここまで来れたものだ,という気もする。


輪郭法というのはデライト基礎にもなっている理論で,認知機能を「立体階層構造」として勘報(コンピューティング)利用出来るように形式化するものだ。

これが情報技術を大きく変えうるものである,とすぐに気付いた。そこまでは良かった。それだけなら,ビル・ゲイツのように大金持ちになって万歳,というだけの話だ。

この理論とその応用技術はそれだけでは終われない,ということに気付くのにも時間はかからなかった。これは人類のあり方を一変させる技術になる……後に「世界初の実用的な知能増幅(IA)技術」という言葉で表現することになるこの技術は,明確な哲学に基く「新近代化事業」の一環として捉える必要がある。希哲館事業構想の始まりだ。

その当時とは比べ物にならない経験知識技術資産を持つ今ですら,この構想の全体について考えると気が遠くなりそうだ。当時の私が背負えるわけもなく,当然ながら精神的混迷に陥った。


それからなんだかんだあり,希哲6(2012)にはデルンが出来,希哲館事業構想成熟し,希哲館訳語のような蓄積も出来,昨年にはデライトも始めることが出来た。そして今,デライトの成功目の前だ。

家族からデライト用者ユーザーにいたるまで,多くの人に助けられて今がある。これだけの構想を背負って,晴れ晴れとした顔でのうのうと暮らせているだけで奇跡のようなことだろう。

これからも感謝とともに歩み続けよう。

{}{}{}{一日一文}{サービス}{デライト}{用者}{希哲館}{希哲館事業}{知能増幅メモサービス}(79)

{デライト用者に思うこと K#F85E/E74C-2DCE}

思えば,デライト用者ユーザーにも恵まれた

あばら屋のような状態だった頃から使い続けてくれている用者が有り難いのは言うまでもないが,たとえ苦言一言を残していくだけでも,デライトにとっては有り難い用者だ。開発者として首肯しがたい意見でも,様々な感じ方考え方知る機会にはなる。

迷惑行為違法行為となるとそうも言っていられないが,これまでその手の悪質な用者は一人もいなかった。そういう意味で,デライトには良い用者しかいない。

先日の一日一文でも書いた通り,デライト開発では私が全ての作業を担っている。しかし,独力でここまで来たわけではない。周囲助けに加え,用者達の存在が無ければ決してここまで来れなかっただろう。

もちろん,用者からの要望意見きっかけ発展したことは多い。用者の使い方観察して気付いたことも多い。決して建前ではなく,実質的にも,デライトは用者とともに作り上げてきたものだ。

だが何より,用者の存在自体に勇気付けられることが多かったように思う。こんな奇妙奇天烈なサービスに,よくもここまで人が集まってくれたものだ。どんなでも,誰かには届くものなのだな,としみじみ思ったりする。


デライトでは,<ruby>出放り<rp>(</rp><rt>デフォルト</rt><rp>)</rp></ruby>用者アイコンに「竜胆蛍りんどうぼたる」という独自の意匠を使っている。笹竜胆という家紋蛍火に見立てて変形させたものだ。

これは元々,希哲館館章として考案したものだった。知識産業革命希哲民主主義樹立という途方もない目標を持つ希哲館事業,そしてそれに全てをかける自分自身を,私はのようなものだと思っていた。真っ暗闇に舞い,知恵希望を灯す一匹の蛍だ。

一匹が二匹に,二匹が三匹に,やがて無数の蛍が集まり世界を照らす……そんなを見ながら,自分は儚く一匹で死ぬに違いない。それがこの事業を始めた頃の私の人生観だった。

それが何だかんで上手くやってこれて,知能増幅メモサービスなんてものを世に出し,一匹の蛍が二匹に,二匹が三匹に……それが現実のものとなった。今でも,ときどきを見ているような気分になる時がある。

元より,一人でも,に抗うような無謀であっても,やらなければならないと思って始めた事業だ。明日,全ての用者が去って一人になっても私が目指すことは別に変わらない。それだけのが無ければ,希求を掲げるサービスとして信頼に足るものにならないだろう,とも思う。

今後がどうであれ,これまでの全てのデライト用者に感謝の意を表したい。今のところ,デライトにも希哲館事業にも大きな希望があり,私が果報者なのは皆のおかげだ。

{デライト用者}

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