全知検索を中心とした「究極の好循環」を指して希哲13年7月25日から使い始めた語。
初出は希哲13年7月25日の日記か。希哲13年7月26日のあるツイストでも触れている。
元々は,大理容・新旧全知検索統合中のデルン開発で全知検索を実装作業の中心に据えることで情報発信・情報蓄積・開発の好循環が生まれたことを表現した語だった。ジパング計画の「知の黄金郷」を意識している。
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}{デルン10周年}{デライト2周年}{熱}{一要素}{日記}{意味符号化}{原点}{デライト}(147)10年前のこの日,デルンに最初の描出をした。それがデルンの始まりとするなら,今日でデルン10周年だ。
大小様々な追い風を受け絶好調な今のデライトも,この第一歩が無ければ存在しなかった。そう思うと,色々な感情が溢れてくる。
最近,あらゆる面でデラングがデライト開発の主役になっていると感じていたが,それが何故なのか,実は理解が追いついていなかった。直感に導かれるままここまで来た。この節目にデルンの歴史,輪郭法の歴史を振り返ったことで,ようやくはっきり理解出来た。
輪郭法の原点は,「意味を書きたい」という欲求だった。“意味記述のための意味管理”を可能にするために輪郭法は生まれた。その閃きが,希哲館事業のビッグバンだった。
だから,意味記述の技術であるデラングが重要なのは当然だ。それを忘れていたわけではないが,どこかでデラングの重要性を過小評価していた。輪符による意味符号化が出来た時点で,あとは「おまけ」という感覚があった。気付いてみれば,これがとんでもない誤解だった。
輪符による意味符号化が出来たところで,それだけでは活用範囲は広がらない。デラングの表現力を高めるということは,意味を書ける領域を広げるということに他ならない。私にとって,何より本質的な仕事だ。今の今まで,これが理解出来ていなかった。
デラングによる対 Markdown 戦略をデライト市場戦略に組み込みながらも「第四次デライト市場戦略」にしなかったのも,明らかに全知検索に代わって黄金循環の中心になっていることを感じながら「第二次黄金循環」とすべきか迷ったのも,この無理解のせいだった。
理解出来てしまえば迷うことは何も無い。今日から希哲館事業の中心はデラングであり,第四次デライト市場戦略の始まりであり,今は第二次黄金循環の真っ只中なのだ。
今日は考える余力が無いが,これまでの,新生デライトの一要素というデラングの位置付けも見直す必要がありそうだ。いずれにせよ,“デライトのためのデラング”ではなく,“デラングのためのデライト”になることは間違いない。デライト開発における言語論的転回,「デラング的転回」とでもいうべきか。
既にデラングは独立した言語という位置付けを持っているため時間の問題ではあっただろうが,デラング文書はドメインも dlt.kitetu.com から切り離し,dlng.kitetu.com などとして公開することも決めた。
デラング開発には,CnD 開発や Synx 駒手,知機駒手開発,希哲館訳語や交度英語の整備などで培った経験と技術を幅広く活かせること,高度非言語思考を支援するデルンが欠かせないことも感じていた。しかも,なかなか世に出せなかったこれらの技術・献典よりずっと世に出しやすい性質を持っている。希哲館事業における言語開発の集大成とするに不足はない。
デライト収益乗軌化も目前,デルン10周年,3日後にはデライト2周年という節目にこの気付きを得たことに大きな意味を感じる。脳爆発の噴煙で悪くなっていた視界がまた一気に開けたようだ。
生活律動矯正中ではあるが,この日記だけは熱が冷めない内に書いておきたかったので夜更かしした。
この日も少し疲労感が強く調子が出るまでに時間がかかったが,一昨日から続くこの疲労感の正体は分かった。
やはり,身内に関するわだかまりがまだ残っている。昔からずっと引きずっていることではあるが,久しぶりに叔父の顔を見てからまた再燃したのだろう。今朝,それがはっきり分かる夢で目覚めて確信した。
いずれにせよデライト収益乗軌化を果すことが必要だが,この問題の解消に向けて行動することを決意した。最近の成功体験もある。祖父母もそれを望んでいるに違いない。
最近,デラング整備を中心とした黄金循環が出来ているように感じる。全知検索を中心としていた黄金循環を「第一次黄金循環」として,これを「第二次黄金状態」とすべきか考え始めた。「第二次快調期」とも被りそうだ。
実質的に休養が取れていないことが分かったので,少し利楽して早めに休むかと思ったが,寝支度をする頃に脳爆発が起きてしまった。
希哲15年4月14日,本格的にデライト高速化に入る前の現状整理について,ここに記録しておく。
2月後半は姪を預っていたこともあり開発に集中しにくかったが,3月の頭からデライト開発はいわば「快調期」に入った。この想定外の快調でそれ以前の計画が良い意味で狂うことが多くなり,3月8日からは計画にとらわれず直感に従って作業を進めていくことにしていた(日記)。
この快調によって,より高い完成度での新生デライトを目指すことが出来るようになり(第三次デライト市場戦略),3月20日,収益目標達成の努力期限を5月1日に延長,28日にはこれを必達期限として,同時に短期集中生活に入った(日記)。短期集中生活は今月10日に終え,やり残した待っ読ボタン実装は昨日一段落した。これが「デライトこれまでのあらすじ」といったところか。
少し落ち着いたところで,次の作業に入る前に現状を整理することにした。収益目標達成期限まで残すところ半月,作業の優先順位を見極める必要があった。短期間にこれだけのことがあると,流石に頭の中も混乱気味だ。もやもやしたものを晴らしておきたかった。
現在のデライト開発の速さと予測不可能性を考えると,やはり中途半端な計画は足枷にしかならない。「黄金循環高速化」としてのデライト高速化を中心に,機能追加,文書整備,宣伝等々,全てを臨機応変に巻き込みながら片付けていく,というのが現状での最適解と結論付けた。
デライトにとって最大の付徴は輪郭法であって,枝葉末節の機能ではない。それを磨き上げ,伝わりやすくする作業でもある。
作業項目としての「デライト高速化」を意識し始めたのは2月17日の開発からだった。当初は機能追加よりも優先し,文書整備と並行させることを考えていた。その後,快調期に入ってから機能追加の優先順位が上がり,特に Dex によるデラング整備を優先するようになっていった。
今月頭の時点での大まかな見通しは,10日までに必要な機能追加,20日までに新生デライトの仕上げ,文書整備を終え,21日から第三次宣伝攻勢を開始,並行してデライト高速化を進める,というものだった(1日の日記)。
ところが,@icl() 周辺整備をきっかけに入った小理腑が,1〜2日という想定よりも長引き(6日間),上旬がほぼ潰れた。更に,これが思わぬ体感表示速度向上に繋がったことで,一気に高速化への持ち辺が高まった。この頃から,どちらかといえば後回しにするつもりだった高速化を最優先にすべきではないか,と考えるようになっていた。待っ読ボタン実装を終えた昨日の時点でほぼ腹が決まっており,最終確認のためにこの現状整理をしているわけだ。この判断は収益目標達成の成否に直結するだろう。
今日は数歩程度の進捗時限を使いデライト高速化前の現状整理をしてから作業に入ろうと思っていたが,結局,現状整理に丸一日かかった。
ここでの舵取りが収益目標達成に直結することは間違いないため,等閑には出来なかった。「デライト高速化前の現状整理」にモヤモヤしていたことを大体書き出してみれば,振り返る余裕も無かったここ2ヶ月ほどのまとめになっていた。これだけ複雑なことを考えていればモヤモヤもするはずだ。
時間をかけた甲斐あって,霧が晴れたように視界がはっきりしてきた。迷いなく収益目標達成に邁進出来そうだ。これが丸一日で済んだと思えば安上がりだった。
当面,「黄金循環高速化」としてのデライト高速化を中心に臨機応変に作業を進めていくことにした。理屈はそこに書いた通りだが,簡単に言ってしまえば,この方針によってデライトの成功がずっと想像しやすくなった,ということだ。
新生デライトの機能や文書を仕上げてから第三次宣伝攻勢に入り……というこれまでの目論見では,いくら完成度に自信があっても,それが受け入れられる保証はどこにも無い。全くの空振りに終わる可能性も無くはない。そこに一抹の不安があった。
それに比べて,高速化はサービス改善の施策として外れが無い。何らかの効果は確実に見込め,努力が報われやすい。小理腑によって「速いデライト」の価値を体感出来たことが決め手になった。
高速化そのものは大当たりを狙えるような付徴でもないが,デライトにはすでに輪郭法という最大の付徴がある。すでに注目に値するものをデライトは持っている。あとは,それをいかに良く見せるか,伝わりやすくするかだ。これが今回の整理で得た大きな気付きの一つだった。
もう一つの大きな気付きは,デライト高速化が黄金循環高速化でもある,ということだった。直感任せが悪い意味で無軌道になりつつあると感じていたが,「快調期」に入る前によく考えていた黄金循環がここで軸になるとは思いもしなかった。これによって全てが繋がった感がある。
デルンの実用化以後よく思うことだが,デルン/デライトが無ければ今頃自分の脳はどうなっていたか分からないな,と今日は改めて思った。
私にとってのデライトは,もはや知能増幅装置というより生命維持装置に近いかもしれない。
これだけ書いた後で一日一文を書くのは流石に辛いので,今日は「デライト高速化前の現状整理」を一日一文代わりとしておいた。