{希哲15年8月17日のツイスト}{希哲15年8月17日}{交度}{ツイスト}{現実}{重い}{Rust}{実績}{危険性}{C}=}(10)
{新生デライトの要件}{希哲15年7月22日の開発}{作業が捗る}{部分更新}{細かく制御}{駒手一発}{最適な窓構成}{適当な名前}{機が熟した}{上げておきたい}...=}(50)

{希哲15年7月22日10歩 K#F85E/A-E74C-D90E}

進捗時限記録中略

開発環境整備

作りかけ使っていなかった kn scr仮想画面単位での窓構成保存復元に使えるようにしていったん終了

画面番号適当な名前を付けて作業最適な窓構成駒手一発展開出来るようになった。各 xterm 用の screenrc用意し,シェル状態細かく制御出来るようになった。

これまでは主力機起動しっぱなしにしておくことが多く,窓構成模索していたためいちいち手作業調整していた。

最近,デライト開発最適窓構成が掴めてきたことと,外出が多い上に今年の夏に少し危険性感じること,そして昨日までに新生デライトの要件まとま作業効率可能な限り上げておきたかったことで機が熟した

これで臨時調整再起動部分更新などがずっとしやすくなり,作業が捗るだろう。

{一日一文}{希哲15年6月の一日一文}{高度非言語思考}{真似する}{追い込まれた}{至難の業}{普通に生きる}{精神的混迷}{危険な行為}{思考の自由}...=}(41)

{高度非言語思考の落とし穴 K#F85E/A-E74C-E202}

昨日,高度非言語思考について書いたが,これには落とし穴がある。

言語を伴う思考というのは,いわば他人との“キャッチボール”だ。意思疎通出来る範囲内で,他人に伝わるように考えを組み立てていく。それは制約でもあるし,社会生活をしていく上で必要なことでもある。

高度非言語思考は,そういった社会性放棄して思考の自由手に入れる手段だ。出家するならまだしも,普通に社会生活を送ろうとする者にとっては危険な行為でもある。

私はそれによって輪郭法を手に入れているが,それからしばらく精神的混迷に陥った。世間の人とは全く違う精神を持ってしまうと,まず「普通に生きる」ということが不可能に近くなる。かといって,これを活かして生きるというのも至難の業だ。その狭間んだ挙句,自殺寸前まで追い込まれた

もっとも,こうして語る人間がいてそれを真似するのと,何の手掛かりもなく一人で抱えてしまうのとでは危険性も大分違うだろう。希哲館灯台のようなものだ。

一応,経験者として,安易に真似することはおすすめしない。

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{走る速度}{希哲14年6月24日のツイスト}{希哲14年6月24日}{ツイスト}{100倍}{混乱}{既存}{危険性}{知能増幅}{人間}...=}(16)
{社会}{便乗バイオテロ}{希哲14年3月6日}{希哲14年3月6日のツイスト}{新型コロナウイルス}{ツイスト}{精神的}{恨み}{自暴自棄}{危険性}...=}(12)
{希哲13年8月30日}{希哲13年8月30日のツイスト}{柔品開発}{完璧主義者}{ツイスト}{アイデア}{完成度}{危険性}{実装}=}(9)

{あれK#F85E/A-5B28-EC6C}

私は極度の完璧主義者だが,柔品(ソフトウェア)開発の手法についてもそれなりに勉強しているので,「完成度」にこだわり過ぎることの危険性は知っている。そうではなくて,実際に世に出せる最低水準になかなか達しない。これは,既存の実装が落ちつく前に,思いついたアイデアを片っ端から詰め込んでしまう性格のせいだと思う。

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{危険性}
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