{一踏ん張り}{異例尽くめ}{恐るべき}{決着をつける}{進捗次第}{希哲15年9月10日}{希哲15年9月上旬}{良くない}{適度な緊張感}{避けたかった}...=}(71)

{希哲15年8月20日の日記 K#F85E/A-E74C-7B5C}

昨日の日記を書きながら,9月中としていた収益目標達成見込み10月までの幅を持たせることにした。

9月中の収益目標達成目指すことにしたのは7月10日のことだったが,流石に7月下旬からの激動展開想定していなかった。それでも組計維持出来ていたのは,今月3日新生デライトの完成後ではなく新生デライト開発途上収益目標達成狙うことにしたからだった。

ただ,この中旬まで,稼げた時間的余裕想定していた実作業ではなく,投資に近い使い方相殺してしまった。こうなれば,組計延長するのが道理だ。

デライト無茶をしなければ維持し続けられるとはいえ,希哲館事業の成功のためにはあくまでも早期成功目指したい。これがずるずる引き延ばすことを避けたかった理由だったが,希哲館創立14周年11月1日までを「デライトの早期成功」の目安としてきたこと,1ヶ月の差しかないことを考えれば,確実な方を取るべきだろう。

しかし,組計調整負担適度な緊張感が失われる懸念もあり,早過ぎる切り替え良くない。このまま9月上旬までは様子を見て,進捗次第9月中に決着をつけるか,10月までの延長戦持ち込むか,10日頃に決断することにした。

結局,こうして最適化繰り返しながら,11月1日目前の収益目標達成で最も期待感が高まっているのだから,昨年11月10日の日記を書いていた自分が恐るべき予言者に思えてくる。

ちょろちょろとはいえ,こんな異例尽くめサービスで一応収益化出来ていることもすでに奇跡としかいいようがない。もう一踏ん張りだ。

{新生デライト開発}{新生デライトの要件}{新生デライト}{すっと}{肩の力が抜けた}{作業の合間}{付徴追加}{長大化}{出来るだけ早く}{喜べなかった}...=}(68)

{希哲15年8月3日の日記 K#F85E/A-E74C-70F9}

今日の開発では仕様検討実作業ともによく捗ったが,夕方頃まで気分もやもやしていた。

ここ数日,新生デライト像完成に近付くにつれ気分重苦しくなり,悪い意味緊張がほぐれない感じていた生活律動矯正停滞にも表れているが,今日は全知検索仕様検討が進んだことでそれが限界に達したようだった。

新生デライトの要件仕様まとまってきたことは当然ながらデライト開発にとって大きな進歩だ。死角がなくなり,手戻り最小化しやすく,連鎖的課題解消狙いやすくなる全体最適化間違いなく進んでいる。しかし,なぜか単純喜べなかった

新生デライト開発長期化することで,収益目標達成困難になるような想定更新出来ていなかったからだと,よく考えてみて気付いた

直近想定では,8月中に出来るだけ早く新生デライトを概ね完成させ,第四次宣伝攻勢を始め,9月中頃の収益目標達成目論んでいた。新生デライトの要件長大化し続けたことでこれが極めて厳しい目標になっていた。

昨日の日記にも近いことを書いているが,もはやこの順序こだわるべきではないのだろう。今となっては,付徴追加報告ツイストなど,作業の合間に出来る時間対効果の高いデライト宣伝8月中の収益目標達成9月中頃に新生デライト完成,という方がよほど現実的に思える。視点を変えてみれば,むしろ収益目標達成近付いている

これに気付いてから,すっと肩の力が抜けた

{希哲15年6月21日の開発}{希哲15年6月20日の日記}{:only-child}{輪符}{強調輪符}{破線密度}{視線の流れ}{薄い色}{結論付けた}{心許無い}...=}(160)

{希哲15年6月21日9歩 K#F85E/A-E74C-A945}

強調輪符輪結装体リンクスタイルについてのまとめ

これまで輪符輪結装体1px #999破下線にしていたが,通常の線のlightgray引用部区ブロックなど WhiteSmoke 背景の上では silver と,かなり薄くした強調記法単独で囲まれた輪符に関しては,silver一本下線にし,少し目立つようにした。

これにより,輪結リンク重要性に応じてメリハリが付くようになり,重要性変調さりげなく示唆したいような場合は軽い強調はっきり強調したい場合は重い強調というように,強調記法と組み合わせた「強調輪符」の記法確立した。

輪符自体を強調するのではなく,参照名を強調したいのであれば内側に強調記法を置くことも出来る(例:軽い強調重い強調)。

経緯

長い歴史

輪符表示をどうするかという問題は,デルン最初期からの課題だった。

最初は重要な輪符を少しずつ貼り付けるような使い方しかしていなかったため大きな問題ではなかったが,いずれ文中輪符が増えてくれば,重要性によって表示し分ける必要が出てくる,というのは当初から想定していた。元々,入力道手メソッド機能自動補完などで文章のほとんどが意味符号になるような技術として構想していたからだ。

実際,デライト以後,私自身の慣れデライトの品質向上によって自然と文中に輪符が増えてきた。現在,私の描出ではほとんどの輪符であり,輪結になっている。こうなると,閲覧者にとっては,どこが重要な輪結なのか分からない上に,中途半端に目立つ輪結だらけで見にくいという問題が出てくる。

もう一つ,輪符に関する問題があった。輪符知名を変えて参照したということが分かりにくいという問題だった。輪符の知名を変えたということが読み手にとって重要なことがあるが,これまでそれを表現する良い手段が無かった。

どちらの問題も,少し前までは自動的解決出来るのではないかと考えていた。例えば,前景輪にある輪符自動的強調表示したり,知名と異なる名前で参照された輪符斜体にするなどということを考えていた

ただ,これは描出経験を積むにつれ無理がある感じるようになった。

まず,時として膨大になる前景輪に一致する輪符をいちいち見つけるのは現実的ではない。見えている10輪限定するのも不自然見え方になるだろう。輪符参照名をいちいち照合するのも軽い処理ではない。

描写隠し文字列でも埋め込めば負荷軽減にはなるだろうが,依然として無視出来ないコストではある。何より,出与え一貫性保守性深刻な影響を及ぼすことは目に見えている。

それ以前に,自動装体スタイリング適用すべきではない場合が多々あることも分かってきた。全知検索との兼ね合いも考えると,文中目立たせたい輪符引き入れたい輪郭はむしろ一致しないことの方が多い。

知名に関しても,例えば,「知る」という輪郭を「って」のように語形を変えて参照することも増えてきた。明らかに自動装体にすべきではない,瑣末な場合が多々ある。

最近では,デラング整備進展もあり,これは手動装体,つまり何らかの記法対応すべきなのではないか,と考えるようになっていた。

今日の進展

こうした問題解決に向けて本格的に考え始めたのは,まさに今日,昨日の日記を付けていた時に,「希哲15年6月20日の開発」という輪郭を「開発では」として参照した時だった。この「開発」が,一般的な意味での開発なのか,特定の日の開発を指しているのか,一見して分からない。これは以前からずっと気になっていた問題だが,そろそろ何とかしたいと思った。

重い強調を使ってみたりもしたが,重過ぎる。そこで軽い強調を使ってみることにしたが,軽い強調は欧文向けで,斜体伊体依存した装体は避けたかった。ここで,強調輪符下線調整することを考え始めた。

強調輪符をいかに目立たせるか,ということを考えているうちに,そもそも輪符輪結全般が目立ち過ぎていることに気付いた。というより,これまではこの輪結装体軽い参照重い参照表現していたので,気付いてもどうしようもなかった。ここで,通常の輪符と強調輪符でメリハリを付けることを考え始めた。

破線は太くすると環境によって全体的に大きくなり短いでは破線らしく見えなかったりするため,一本下線にすることを考えた。もともと点下線破下線一本下線輪結の強さ表現した装体で,一本下線は前景輪のために取っておいたが,前述の理由で未使用だった。ここで,輪結装体に関する問題全般と繋ってきた。

通常の輪符に関しては,いっそのこと下線類を無くしてもいいかと思ったが,流石に文字色だけでは心許無い視線の流れを遮ることなく,視線を止めれば容易に輪結と視認出来る按配理想として,破下線を極力薄くすることにし,白背景なら lightgray引用部区など WhiteSmoke 背景の上では silver最適結論付けた

Firefox調整していたためもう一段濃い silver と darkgray の組み合せで決めかけたが,他の環境では破線密度の差でまだ濃過ぎるように見えたため,まとめ中に修正)

強調輪符一本下線に関しては,薄い色では弱いように思え gray を試したが,明示的下線を引きたい場合のために下線記法導入することも考えているため,兼ね合いであえて silver にしておくことにした。

まずは CSS のみでの出振るい:only-child で複数の輪符には効果が跨らないようにしてあるが,テキストノードは含まれうる。本来は一つの輪符のみを強調した時の効果であるべきだが,とりあえずは十分だろう。

総括

開発記録に書いておく。

{KNEST 隠し実装}{一日一文}{日中}{希哲15年5月の月記}{全知検索について}{理想の一日}{理想の睡眠時間}{10歩台後半}{活動内容}{考えた}...=}(105)

{希哲15年5月8日の日記 K#F85E/A-E74C-872A}

今日は普通に執務をこなすつもりだったが,昼頃になってもいまいち調子が上がらず,息切れ感を覚えたため半休にした。一昨日の半休と合わせて今週分休養とする。

単純に疲労の蓄積もあるだろうが,KNEST 隠し実装作業範囲想定以上に広がり,かなり大掛かりになりそうなこと,朝の一日一文重い題材を選んでしまったこと,ちょっとした事務上問題発生したことなどが重なり,頭の中渋滞していた気がする。


昨日朝の一日一文は,頭の準備運動にもなり非常に感触良かった

しばらく夕方頃に気分転換のつもりでやってみた一日一文だが,ちょうど開発宣伝切り替え時であまり落ち着ける時間帯ではなかった。気分転換どころか,詰め込みがちになり気持ち乱れてしまうことが多い。

頭の準備運動と,一日の行動を変えうる思考の整理を兼ねて朝の一日一文を書き,その一日を日記振り返る,というのが一番合理的かもしれない。

ただ,今日は「全知検索について」という比較的重い題材から入ってしまったせいか,書き切れなかった。途中で題材を変えようとしたが,この日記が長くなりそうなので止めておいた。


晩の散歩中,なんとなく子供の頃によく通っていた模型店に入ってみた。店の前は散歩などでよく通っていたが,入るのはいつぶりか分からない。最後にはっきりとした記憶があるのは20年ほど前のことだ。

ずいぶん懐かしいのだろうなと思って入ってみたが,不思議と,ここに遊びに来ていたのがついこの間のことのように感じられた。4日の散歩でも,子供の頃によく遊んでいた神社境内を久しぶりに歩いてみたが,似たような感覚だった。

童心に返っているのか,返りたがっているのか,これがどういう心境の変化なのか,自分でもよく分からなかった。

店を出て,そんなことを考えながら歩いていると,乱為ランダム再生していたスマートフォンからちょうどその当時流行っていた曲が流れ出し,妙に楽しい気分になってきた。

ここで,その頃が自分にとって世間から離れる“岐路”だったことに気付いた。そして,デライトの成功というのが,このおよそ半世紀に渡る長い長い旅から意味持って帰る帰路”であることにも気付いた。帰りたいし,帰っているのだ。

そう思えることがとても嬉しく,持ち辺にまた潤いが与えられたような気がした。今はまだ「成功確実」の状態に過ぎないが,これを名実ともに「凱旋」にしたい,という思いが溢れてきた。

今日は疲れ癒やすだけで終わる日になるかと思ったが,思いがけず大きな収穫を得て,充実した一日となった。


睡眠時間についても少し考えた

最近は7時間睡眠程度を目標調整していたが,やはり少し足りないのかもしれない。8時間睡眠と比べて寝起き顔色が優れず,日中眠気に襲われることが多い。

経験からいっても,8時間睡眠が自分には向いているのではないかという気はしていた。睡眠時間は個人差に加えて一日の活動内容によるところが大きい。しいて「理想の睡眠時間」があるとすれば,「理想の一日」に調和するものだろう。

概ね今の生活律動10歩台後半進捗維持することを理想とするなら,8時間睡眠が最適解に近いと言えそうだ。

早速,今晩から調整に入る。

=}
{新生デライト}{}{希哲15年}{希哲15年4月の月記}{希哲15年4月30日の日記}{頭が冴える}{好状況}{噛み合う}{状況の変化}{疑いの余地}...=}(166)

{希哲15年4月29日の日記 K#F85E/A-E74C-0257}

昨日から妙に気分ぐらぐらしているというか,気持ち身体が付いてきていないような感覚があった。この日も急に気分高揚したと思ったら急にぐったりするなどして,明らかに呼吸が乱れている様子だった。

昨晩の就寝中,軽い胸痛を覚えて少し寝苦しかった。一昨日デライトは数ヶ月以内に成功確実」などとんでいたのだから,体調が良くなる心当たりはあっても悪くなる心当たりはなく,珍しいことだが気のせいだろうと最初は思っていた。

結局,日中もいまいち調子が出なかったため,作業はほどほどに,じっくり状況気持ち整理することにした。


すでにデライト開発は十分な持続性確保し,仮にずっと収益目標達成が出来なくても死活問題にはならない,という状況にあった。

しかし,デライトの成功ではなく“希哲館事業の成功”を考えれば悠長なことはしていられない。多少のリスクを負っても早期に収益目標を達成しなくてはならない。その思いから11月1日としていた必達期限5月1日繰り上げ短期集中生活に入ったのが先月28日だった。

この短期間に多くの成果を得て,さあこれから正念場だという時に,負っていたはずのリスク消し飛んだ。6月末あたりまで,あと2ヶ月はこのままの態勢で問題なくデライト開発を続けられることになった。一昨日,27日に起きたのはそういうことだった。

多少の不安はありつつ,5月1日までの収益目標達成にもそれなりの勝算があった。その猶予が2ヶ月近く延びれば,達成出来ないことを想定する方が難しい。必達期限を繰り上げる前より4ヶ月以上早い達成見込みが出来たことにもなる。

安全着実に歩を進めていては達成出来るのが数年後になるかもしれない,という見込みだったから多少の無理にも意味があった。その数年が2ヶ月以内になるなら,この数日にデライトの成功を賭ける意味は全く無い。

1日までは既定路線頑張ろうという気持ちに反して,妙に脱力感が強いと思ったが,なるほど勝手に肩の力を抜いた身体の方が正しい


ここで,デライト収益目標における必達期限再設定をどうするか考える必要に迫られた。

黄金週間最終日まで延長するか,6月末まで延長するか……等あれこれ考えた結果,期限に関してはいったん白紙化,当面はこのままデライト高速化中心第三次宣伝攻勢を「無期限」で継続することにした。

そもそも,これまでの努力期限必達期限というのは,先行き不透明目標に対して,最大限努力するように方向付けるためのものだった。その必要を全く感じないほど視界良好だ。これまで視界を遮っていたが一気に晴れ,すぐそこに目標が見えているように感じられる。

もっとも,気を抜き過ぎたり,天変地異事故のような予測しえない事態に煩わされたり,万が一のことが無いとは言えない。6月末までの収益目標達成は,選挙でいえば「当選確実」に近い確度だ。理論上絶対とは言えないが,現実的には達成とみなして良いほどの確かさ,ということになる。

そして,現状総合すれば,収益目標達成はそのままデライトの成功と言える。つまり,デライトは「成功確実」の状態にあり,希哲館事業の成功に向けた確かな足掛かりが出来たことになる。

絶望的悲観から希哲館事業を始め,あらゆる極限状態想定して超高効率経営運用体制を作り上げてきた自分が,ここまで状況楽観視していることに自分でも驚く14年に及ぶ希哲館事業の歴史でも初めてのことだ。だから自分自身でこの判断疑いの余地は無い。

特に今年に入ってからというもの,急激状況心境の変化を繰り返し,何度目が回ったか分からないが,これは特大かもしれない。


今月中旬からの高速化中心としたデライト開発24日からの第三次宣伝攻勢が非常に上手く噛み合い安定感が出てきたこともこの確信に大きく寄与している。

特に第三次宣伝攻勢に関しては,もともと新生デライトを形にしてからという計画だったのを済し崩し的に開始した上,開始時期も予定より3日ほど遅れたことで,当初は成り行き不透明感があった。

始めてみると想像以上手応えが良く,懸念は早々に払拭することが出来た。まだ活動用者増加には十分繋がっていないが,しばらく停滞していた登録自我数も早速伸び始めている。

黄金週間を狙った作戦大当たりだったようだが,高速化を中心として臨機応変作業を進める方針への転換も,想定外好状況を導いたという点で大当たりだ。高速化前の現状整理功を奏した。


一日中散歩が出来なかったこともあり,約2ヶ月ぶりに陶練再開した。とはいえ前回も久しぶりの再開で一日で終わっているので,流石に体力がかなり落ちているのが分かった。

それでもやはり運動をするのは気持ちが良く,頭も冴える

これからは高位安定進捗を出し続けることが重要になるため,これまで以上に規則正しい生活心掛ける


ここまでの思考を書き出すには夜遅過ぎたので,まとめるのは明日にしてさっさと寝ようという頃,この日記実質の「デライト成功宣言」になるかもしれない,と思った。

30日振り返り日記

{希哲15年4月26日の開発}{捨て難い}{前後景継承}{希哲15年4月26日の進捗時限}{希哲15年4月26日の進捗}{希哲15年4月26日}{手定め済み}{自我アイコン設定機能実装}{出振るい済み}{引き入れ}...=}(37)

{希哲15年4月26日11歩 K#F85E/A-E74C-E243}

ここで新規描出フォームの「前後景継承」機能を K#F85E での録入り以外では無効化しておくことにした。

これまで,吊るし輪郭がある状態では新規描出フォーム前景あるいは後景に吊るし輪郭の前景あるいは後景が追加されていた。

これは使いようによっては便利なものだが,予めこれを想定して輪郭を作っておく必要があり,気軽に使いにくいという問題があった。実際,ほとんど私しか使っておらず,意図しない使い方も散見された。

特に,自我アイコン設定機能実装以後,アイコンによっては見た目があまりよくないという問題もあった。特に私のように顔写真を使っている場合,『マルコヴィッチの穴』髣髴とさせるなかなか奇妙絵面になっていた。

個人的にも,ほとんどツイスト進捗時限記録でしか使っていない機能ではあったが,単一輪郭引き入れ手段が他にあるのに比べて,これはここでしか使えないものだったので捨て難かった。

何らかの切り替え手段を用意することを考えていたが,なかなかこれといったがまとまらないため,一番簡単な方法として,当面は自分専用の機能にしておくことにした。

出振るい済み手定め済み

=}
{新生デライト}{一日一文}{希哲15年4月の月記}{寝た切り}{希哲15年5月11日}{希哲15年4月25日}{第四次宣伝攻勢}{希哲15年4月22日の開発}{翻訳語整備}{コア ウェブ バイタル}...=}(57)

{希哲15年4月22日の日記 K#F85E/A-E74C-06CD}

開発では重要な不具合修正などもあったが,一日一文(「希哲館訳語の原点,サブスクと待っ読」)時間をかけ過ぎた感がある。

気軽に書き始めたものの,途中で色々な想い出が噴き出してきてしまった。phpBB3 から本格的な翻訳語整備を始めたことなんてしばらく忘れていた

この上ない文章訓練になっているのも,時間をかけただけ発見があり充実感が得られるのも確かだが,やはり一日一文はどう転んでも難しい


昨日,24日までに積極的な宣伝を開始することを目標としたが,これは正式第三次宣伝攻勢とすることにした。

これまで新生デライトによるものとして想定してきたため違和感があった。遠慮なく最大限にする宣伝活動の3度目なのだから第三次宣伝攻勢には違いない。別の段階に入ったら「第四次宣伝攻勢」にすればいい。

昨日24日までにと決めた今日,政府が4都府県への緊急事態宣言25日から来月11日までで発出する方針であることが報じられた。もともと下旬から黄金週間を第三次宣伝攻勢の狙い時と考えていたデライトにとっては願ってもない好機だ。外出よりは家で過ごしてもらった方がデライトへの集客には繋がる。

計ったわけではないが,デライト高速化を中心に据えることを決めて間もなくコア ウェブ バイタルGoogle 検索導入される予定だった。少し遅れるという話はあるものの,これも追い風だろう。

あらゆる面で機運が熟してきたように感じている。


今日はおば達が家に来て談笑していた。

上の方の伯母はここのところ具合が悪く,なかなか外出も出来ないと聞いていたが,思っていたよりずっと元気そうで安心した。寝た切りに近い感じを想像していた。言われなければ病気にも見えないくらいだ。

{新生デライト}{一日一文}{とんでもない}{希哲15年4月の月記}{大規模握接}{大規模集客}{気が緩む}{温かい雰囲気}{強い眠気}{デライト高速化}...=}(39)

{希哲15年4月21日の日記 K#F85E/A-E74C-E576}

までは手伝いだの来客だので開発作業集中出来る状況ではなかった。

これを想定して夜型にしていたのだが,この日はなぜか強い眠気に襲われ,25時過ぎに何気なく横になったらそのままってしまった。

二人目のが生まれたことで周辺も温かい雰囲気に包まれている中,一日一文で変に感慨にふけってしまい,気が緩んだのかもしれない。


一日一文では希哲紀元について初めてまとまった文章を書いた希哲紀元とは何か

希哲紀元を使うのもとっくに日常と化し,初期の頃にあった感動を忘れかけていたが,こうしてみると,自覚していたより遥かにとんでもない地点に自分は立っているんだな,という気がした。


第三次宣伝攻勢に入っているはずの日だったが,新生デライトはともかく,まだ大規模集客を計るにも最適化不足だ。

今度の土曜日24日までに,大規模握接に耐えうる程度までデライト高速化を進め,積極的な宣伝を開始することを目標に据えた。

ただ,新生デライトが出来ていない状態で「第三次宣伝攻勢」と呼ぶべきかどうか,少し迷いが残った。

22日振り返り日記

{技術的負債}{一日一文}{『阿部寛のホームページ』}{最悪の事態}{実装可能}{遅かった}{9年}{デライト高速化}{デライト高速化前の現状整理}{実装難度}...=}(95)

{デライトはなぜ速いのか K#F85E/A-E74C-1187}

いまデライトでは,「高速化」の作業最優先取り組んでいる。その理由デライトの現状については,昨日,「デライト高速化前の現状整理」にまとめた。そちらは個人的覚え書きだが,興味があれば覗いてみて欲しい。

今日は,デライトの「速さ」の歴史について簡単に振り返ってみたい。


「デライトはなぜ速いのか」というに,デライト用者ユーザーは少し違和感を覚えるかもしれない。個人知識管理(PKM)サービスとしてのデライトは,速いと言えるほど速くはない。せいぜい「」だ。ただ,並の速さで動いているのが奇跡的に「速い」と言えるほど,実装難度が高いのだ。普通に実装すれば,遅過ぎてまず実用にならないだろう。

サービスとしてのデライトは,「デルン」という全く独自CMS で動いている。Wikipedia に対してウィキがあるようなものだと思ってもらえばいい。このデルンの実用化成功したのは,希哲6(2012)年,もう9年ほど前のことだ。

実は,最初にデルンが動いた時,使っていた論組プログラミング言語PHP だった。そして,あまりにも遅かった。ある程度のが出来たあと,すぐに C++書き直した。

これが出来たのは,当然,準備していたからだ。元々,デルン開発にあたっては速度重視していた。それは体感出来る速さのためというより,「遅さで使いものにならない」事態を避けるためだった。ほとんど前例が無く,全てが未知数手探りという状況だったので,そもそもデルンのようなものが現実的に実装可能なのかどうかすら分からなかった。作ってみたがまともに動かない……これを最悪の事態想定していた。

そうなると,利用する技術は少しでも速い方が良かった。手探りの開発過程でいわゆる技術的負債蓄積していくことも想定していたため,それを補ってくれるだけの速さが必要だった。言語で言えば,今なら Rust あたりも選択肢に入ったかもしれないが,デルンを構想し始めた当時は C++ くらいしか無かった。

一方で,当時の私はウェブ開発経験に乏しく,デルンに何が必要なのか把握出来ていなかった。そこで,PHP を使って試作品プロトタイプを作ってみることにしたわけだ。

案の定,PHP で出来たデルンは実用的速度で動かず,すぐに準備していた C++ に切り替えた。この移行作業円滑に進み,やがて という独自言語に変貌していく。

今のデライトは,この Cμ に FastCGIマルチスレッドnginx 等々と徹底的に速度を重視した構成で動いている。PostgreSQL出場(DB)側も Cμ で外充て(ストアド)函数にしている。徹底して単純化された設計も手伝い,ほぼ極限まで高速化出来る可能性がある。

これまでのデライトにとって,「速さ」は遅さを補うためのものだった。そして今,この速さを武器にするために高速化作業を進めている。どうせやるなら,有名dev.to『阿部寛のホームページ』のように,速さを楽しんでもらえるくらいにしたいと思っている。是非楽しみにしていてほしい。

=}
{新生デライト}{一日一文}{希哲15年4月の月記}{落ち着かない}{発信手段}{体感表示速度}{デライト小理腑}{Aejs の iframe 干渉不具合}{追記系道手}{挿入系道手}...=}(67)

{希哲15年4月10日の日記 K#F85E/A-E74C-2B07}

昨日の時点で疲労の蓄積限界に近付いていたが,今日もやはり疲労感が強かった。だらだら一日一文を書いたところで気力が尽きてしまった。

これ以上は無理をしても非効率なだけと判断24時を過ぎたところで一日のまとめに入り,短期集中生活を終えることにした。待っ読ボタン実装は手を付けたばかりのところで中断した。尾を引かない短期集中生活は経験上2週間限度と見ていたが,今回もそれが実証された。

今回の短期集中生活でも想定より出来たことと出来なかったことがあるが,今出来るだけのことを全力でやってみて,その結果早期に得られたということが何よりの意義だ。これを踏まえて,今後の組計最適化していくことが出来る。

先月28日からの2週間開発上の主な収穫は,共有ボタン完成30日),窓間同期仕様進展(〃),Aejs の iframe 干渉不具合解消(31日),@icl() 実装改良1日),画像補完実装改良(〃),追記系道手挿入系道手整理2日),小理腑による保守性体感表示速度の大幅向上(3日8日)……等々と,やはり想定外だったことが多い。気付くべきことに早く気付けたということでもある。

開発以外では,一日一文の再開7日)も大きい。今後,有力発信手段になる可能性を感じている。

次の焦点は,20日までにどれだけ高い水準で新生デライト仕上げられるかだ。小理腑などで開発効率は大きく改善しているので,これを最大限活用したい。


疲労のせいか,今日の一日一文は妙に内省的というか,自分向けに書いてしまった感がある。まあ,キリの良いところでデライトの現状再認識出来たので丁度良かったのかもしれない。

しかし,れば確実勝てるという状況でも,勝つまではこんなにそわそわした気分落ち着かないものか。

{想定}
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