{大きかった}{非対応舞覧}{減らしたかった}{性能低下}{高負荷時}{大きな負荷}{録出力}{選択的読み込み}{離立備立}{やや混乱}...=}(97)

{希哲15年9月3日の開発 K#F85E/A-E74C-339B}

気になっていたデライト高速化に関する問題をいくつか片付け出振るいした。結果として大きな体感表示速度向上が見られた。

離立備立デバッグ備立切り分け

やや混乱していた kn cpl などを整理しながら,離立備立デバッグ備立切り分けられるようにした。5月デバッグ出力整備デバッグ出力録出力切り分けておいたことも奏功し,作業円滑進んだ

これまで,本番環境でも deln.fcgilibxtdxpo.Pgデバッグ出力無効化していなかった。特に大きな負荷になる要素ではないが,高負荷時性能低下要因極力減らしたかった

精神衛生的な面でも効果が大きかった。長い実験段階を終え,一つの製品として完成に向かうデライト象徴する出来事のような気がして嬉しかった

デライトの WebP 対応

一般用者自我アイコンWebP 化完了し,添付画像を除き,現時点で出来るデライトの WebP 対応完了した。

添付画像仕様再検討

先月31日12歩ではすっかり忘れていたが,互換性問題があるため,当面は元画像WebP共存させておくことにした。特に,Safari対応遅かったため,まだ WebP への統一時期尚早だろう。

非対応舞覧市影小さく,デライトにおける譜類添付機能もそれほど本質的付徴ではないため,割り切って無視出来なくもないかとも考えた。いずれにせよ,気になるのはストレージ容量なので,それが問題になるまでは様子見することにした。

外部スクリプト選択的読み込み

輪郭を含むページ無条件読み込んでいた KaTeXhighlight.js を,必要場合だけ後縁出力させるようにした。

体感表示速度への影響はこれが一番大きかった

交度記法における言語管理にも応用出来る。

{気が引き締まる}{似たようなもの}{片付いた}{デライトの歴史的意義}{実務的な問題}{memex}{希哲15年8月17日}{ハイパーメディアの原点}{ハイパーメディアの集大成}{輪郭整備}...=}(39)

{希哲15年8月17日の日記 K#F85E/A-E74C-BBE1}

実務的な問題についての考え事片付いたと思ったら,ここ数日,デライトの歴史的意義についての考え事増えてしまった。描出思考にすることで輪郭整備にもなるが,そろそろ実作業集中したい。

やはり,デライトは,memex あたりのハイパーメディアの原点から続く「ハイパーメディアの集大成」と捉えるべきなのだろう。そう考えると,積極的ウェブ戦略必然にして正統だったのだという思いが強くなる。

久しぶりに「シンメディア」という言葉思い出した。これは,ハイパーメディアザナドゥ計画ハイパーファイルWinFS統合し,完成させるというデルン構想だったが,集大成という意味では似たようなものだ。

そんなことを考えているうちに気が引き締まり,開発作業捗るようになってきた。持ち辺を上げられるだけ上げられて結果的良かったのかもしれない。

{見せたくない}{判断を誤る}{危なかった}{考え出す}{Cμ の公開}{1日30分}{宣伝時間}{1日3時間}{頼らず}{おかしくない}...=}(98)

{希哲15年8月4日の日記 K#F85E/A-E74C-85D0}

新生デライト開発中の収益目標達成狙うことになり,第四次宣伝攻勢位置付け,引いてはデライト宣伝あり方について見直す必要を感じたため,今日は現状整理時間を費した

デライト高速化前の現状整理以来だが,この3ヶ月あまりの間にも数多くの出来事があり,ついこのあいだ脳爆発があったばかりなので,現在地よく分からなくなっていた。「新生デライト」というのも,そもそも何を意味していたのか忘れかけていた

第三次市場戦略以後,「新生デライト」は「理想的な完成度に達したデライト」に近い意味を持ってきた。その要件先月下旬まとまり,今月から「新生デライト開発」に入れるようになった。それも12ヶ月中の「完成」が視野に入っている。

意識の変化言葉の変化にも表れている。これまで「新生デライト宣言」という表現をよく使っていたが,これは明確な区切りのないものに「完成」の類を使うことに違和感を覚えていたことによる。「完成」が自然に使えるようになったのは,やはり要件がまとまり,新生デライト像明確になったからだ。

その完成を目指せるようになってはじめて,「新生デライト開発」という表現も出来るようになった。デライト開発新しい段階に入ったことは明らかだろう。

一方で,これまでの波状攻撃のようなデライト宣伝根底には,デライトの品質に対する不安があった。出来るだけ品質の高い状態で多くの人の目に触れるようにしたかった。逆に言えば,見せたくない状態が多々あった。それが今のデライトにも必要かというと,少なくとも明確な必要性感じていない

要するに,今のデライトはいつ誰に見せてもいいし,いつ飛当してもおかしくない。だとすれば,もう宣伝攻勢頼らずデライト宣伝日常的継続するべきかもしれない。具体的には,宣伝攻勢では1日3時間としていた宣伝時間1日30分にしてでも毎日する,といったことを考えた

いずれにせよ,新生デライトの完成まで宣伝待つことは出来ないので,新生デライト開発と宣伝は並行させざるをえない。並行させる以上,相乗効果を生むように作業優先順位などを調整していくことになる。

第四次宣伝攻勢をするかどうかは,結論を急ぐことでもないので保留とした。


からしばらくは良い調子だったが,昨年からのデライト開発駆け足振り返りCμ の公開まで考え出してしまったせいで,久しぶり分かりやすい脳疲労症状が出た夕食後には復調した)

しかし,ここで意識正しく更新出来て良かった。ぼんやりした意識のまま突き進んでいたら何かしら判断を誤っただろうし,危なかった

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{新生デライト開発}{新生デライトの要件}{新生デライト}{すっと}{肩の力が抜けた}{作業の合間}{付徴追加}{長大化}{出来るだけ早く}{喜べなかった}...=}(68)

{希哲15年8月3日の日記 K#F85E/A-E74C-70F9}

今日の開発では仕様検討実作業ともによく捗ったが,夕方頃まで気分もやもやしていた。

ここ数日,新生デライト像完成に近付くにつれ気分重苦しくなり,悪い意味緊張がほぐれない感じていた生活律動矯正停滞にも表れているが,今日は全知検索仕様検討が進んだことでそれが限界に達したようだった。

新生デライトの要件仕様まとまってきたことは当然ながらデライト開発にとって大きな進歩だ。死角がなくなり,手戻り最小化しやすく,連鎖的課題解消狙いやすくなる全体最適化間違いなく進んでいる。しかし,なぜか単純喜べなかった

新生デライト開発長期化することで,収益目標達成困難になるような想定更新出来ていなかったからだと,よく考えてみて気付いた

直近想定では,8月中に出来るだけ早く新生デライトを概ね完成させ,第四次宣伝攻勢を始め,9月中頃の収益目標達成目論んでいた。新生デライトの要件長大化し続けたことでこれが極めて厳しい目標になっていた。

昨日の日記にも近いことを書いているが,もはやこの順序こだわるべきではないのだろう。今となっては,付徴追加報告ツイストなど,作業の合間に出来る時間対効果の高いデライト宣伝8月中の収益目標達成9月中頃に新生デライト完成,という方がよほど現実的に思える。視点を変えてみれば,むしろ収益目標達成近付いている

これに気付いてから,すっと肩の力が抜けた

{希哲15年8月2日の開発}{直接参照}{複数人}{未公開状態}{公開設定機能}{二人だけ}{サービス内共有}{二人共有}{非共有}{仲間だけ}...=}(44)

{希哲15年8月2日13歩 K#F85E/A-E74C-CDFE}

公開設定機能公開範囲設定機能についての検討終了

だいぶ全体像明確になってきたので,ここから「公開範囲設定」を単に「公開設定」と呼ぶことにした。

また,未公開状態複数人閲覧可能にすることを「輪郭情報の)共有」と呼ぶことにした。

概念としては概ね以下の形でまとまった。これに直接参照許可するかどうかの応付を付ければ,実用上必要公開設定網羅出来るだろう。

公開設定は,前景輪から引き継ぐか,前景輪が無ければ最後の設定を引き継ぐようにする。

未公開」か「非公開」かは免責事項問題なので,機能設計としてほぼ完成か。

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{一日一文}{希哲15年6月の一日一文}{SNS 嫌い}{社交辞令}{社会的行為}{腑に落ちた}{最高の誉め言葉}{容姿が良い}{喧嘩が強い}{学校の勉強}...=}(113)

{誉められて嬉しかったこと K#F85E/A-E74C-5C5B}

私には,誉められ嬉しいと思った記憶がほとんど無い。誉められるのは,どちらかといえば苦手なくらいだ。先日の一日一文では私の独特な金銭欲について書いたが,これは私の独特な名誉欲かもしれない。

なぜ誉められても嬉しくないのかと考えてみると,そもそも幼い頃に自尊心完成されてしまっていた気がする。自尊心に欠けているところが無いので,いわゆる承認欲求的な感情も無い。

誉め言葉をもらっても,すでに満杯に余計なものを注がれているような感覚で,こぼれたのを拭くのが面倒になる。それが社会的行為である以上,例えば,謙遜して見せなければならないとか,こちらも社交辞令で返さなければならないとか,新しく得たものも無いのに“対応”を求められるわけだ。

私の SNS 嫌いもこんなところから来ている気がする。好意的反応をもらうことはもちろん「ありがたい」と思うし,仕事であれば必要なことでもあるが,個人的心情としては嬉しさより面倒臭さを感じてしまうことが多い。

誉められて嬉しくないのだから,貶され悲しいこともない。むしろ,他人が顔をしかめるようなことをしていた方が,自由を感じることが出来て面白いとすら思っていた。

子供の頃からこんな性格だが,大人になってからも,名誉ある地位に就きたいとか,ナントカが欲しいとか,テレビネット有名になりたいとか,そういう感情を抱いたことが無い。

日ごろ私の活動を見ている人なら納得出来るのではないかと思う。希哲館事業は,誰の肯定神託必要とせずに自分のやることに絶対確信を頂き,この上ない充実感を得て生きる人間がここにいる証拠なのだ。

私には,自分で作った「初代希哲館執務長」が,どこの国の君主首脳肩書きよりも,ノーベル賞よりも名誉に感じられる。だからこれ以上の名誉は一切不要だ。

これも病気といえばそうかもしれないが,SNS などの発達で,名誉欲承認欲求に人生を狂わされる者が無数にいることを考えると,「健全」とは何か,考えずにはいられない。


そんな私にも,人生で一つだけ,誉められて嬉しかったことがある。

恐らく4歳5歳頃だ。保育園で,はさみを使って工作のようなことをしていた。何か工夫をして,上手いこと出来たな,と思った時,保母さんが「ひろくんはアイデアマンだね」と言った。この時のことがなぜかずっと,鮮明記憶としてある。そして定期的に思い出す

当時の私に「アイデアマン」という言葉の意味が分かったとも思えないが,自分は何か工夫をすることが得意なんだな,ということくらいは体験として分かっただろう。もしかしたら,言葉が分からなかったから印象的だったのかもしれない。これもカセット効果という奴だろうか。

その後,私は,トーマス・エジソン憧れたり,信長でも家康でもなく秀吉好き少年に育っていく。子供ながら,発明とか発想価値を感じていたのだろう。

そして17歳の頃に輪郭法き,デルンデライト開発して今にいたる。確かに,これ以上価値あるものが今の私には想像出来ない。

頭が良いと誉められて学校の勉強を極めても,運動が出来ると誉められてスポーツの世界に行っても,容姿が良いと誉められて見た目を売りにするような世界に行っても,もちろん,喧嘩が強いと誉められてヤクザな道に入っても,今の私にはならなかっただろう。

私にとって最高の誉め言葉があるとすれば,やはり「アイデアマン」以外考えられない。この文章を書きながら,三十年来,心のどこかに引っかかっていたものがようやく腑に落ちた

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{一日一文}{希哲15年5月の一日一文}{戦意喪失}{木立}{デルンの実用化}{デライト}{石垣山一夜城}{無血革命}{世の中}{方程式}...=}(32)

{一夜革命とは何か K#F85E/A-E74C-021F}

一夜革命」というのも希哲館事業では昔から使っている言葉だが,やはりデルン実用化前のことなので,最初期の詳しい記録は残っていない。

希哲館事業を始めた時から,事業の全体像を“理解”してもらうのは不可能だろうと思っていた。

そんなものをどうやって世の中に広めるのか。もちろん,暴力は使えない。そう考えた時,私は秀吉の「石垣山一夜城」の伝説を思い浮かべた。山頂木立に隠れて築城を進め,完成してから木を伐り,全貌を現す。一夜にして現れた立派な城を目の当たりにした敵は混乱戦意喪失した,という話だ。

これは究極平和革命無血革命を越えた「無声革命」の方程式ではないか。そう考えてから,この「一夜城」は希哲館事業模体モデルとなってきた。

いまデライトを覗いている人は,いわば,一夜城が築かれていく過程目撃している人だ。

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{希哲15年4月17日の開発}{半年近く}{手定め漏れ}{被輪結}{輪郭 URL}{真っ黒}{希哲15年4月17日の進捗時限}{希哲15年4月17日の進捗}{希哲15年4月17日}{手定め済み}...=}(39)

{希哲15年4月17日8歩 K#F85E/A-E74C-0BD9}

昔の月庭で使っていた KNo. 無しの旧輪郭 URL から握接すると真っ黒画面が表示されてしまっていることに気付き,deln.conf修正

希哲13年5月27日の開発から月庭でも KNo. 表記に対応し,捌き手整理を終えた希哲13年6月1日からは KNo. 付きの輪郭 URL を使うようになっていた。

検索演心教育が一応完成したのが希哲13年11月30日の開発なので,Google Search Console を見ても検索演心側の移行はとっくに済んでいたはずだが,検索演心以外からの古い被輪結には KNo. 無しが多少残っている。

当時一通り確認したと思っていたが,単純な手定め漏れであれば,月庭・デライト転送を始めた希哲14年11月10日の開発から半年近く,この現象はあったと思われる。まだそれほど大きな影響にならない時期に気付けて良かった。

自我輪郭ともに KNo. 無しの URI から KNo. 有りの URI に転送するようにして終了。

出振るい済み,一通りの手定め済み

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{希哲15年4月の月記}{推し進める}{幸先が良い}{足を引っ張られる}{すり傷}{考え過ぎ}{不思議な夢}{デライト高速化}{産まれた}{希哲15年4月15日7時}...=}(58)

{希哲15年4月15日の日記 K#F85E/A-E74C-F52C}

10時45分頃,第二子無事出産したとから伝えられた。産まれたのは7時ちょうどで,母子ともに元気だそうだ。

とも連絡を取り,姉妹写真を送った。父もまだ元気そうで少し安心した。


正午頃,中途半端保険はかけず,5月1日までにデライト収益目標を達成するという前提全力を尽くすことを決意した。

最近,失敗した場合のことを考え過ぎていた。仮に失敗しても,せいぜいすり傷が出来るくらいのことだ。個人的にも希哲館事業にとっても別に死活問題ではない。心配から来る雑念足を引っ張られていては,成功するものも成功しない。

こんな心境の変化があったが,昨日の現状整理,姉の吉報と来て,当面の不安要素が無くなったせいかもしれない。


実は,姉の子が生まれたという頃,不思議な夢で目が覚めていた。完成したのか建設中なのか,希哲館本館らしき建物の中に自分が居るだった。不思議だったのは,この種の夢を見ることが滅多にないからだ。それも,ちょっとした良い夢ではない。希哲館事業にとっては最大級吉夢だ。

収益目標達成,すなわちデライトの成功まで残り半月,あとは高速化全力推し進めるのみという所で,何かと幸先が良い。今そんな幸運を感じていられること自体も奇跡のように思える。

=}
{完成}
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