{整えた}{定常化}{忘れそう}{よく分からない}{温かい快感}{粗探し}{成り行き任せ}{親玉}{時間の体感密度}{上手く行く}...=}(88)

{希哲15年6月7日の日記 K#F85E/A-E74C-2F4A}

一日の間に,第二次黄金状態から第三次黄金状態への移行観測,これをもって「第三次黄金状態の回復」とした。

経験上新黄金状態では時間の体感密度が数倍になる。この一ヶ月が数ヶ月にも感じられるわけで,時期状況を踏まえれば極めて大きな収穫と言える。


日中は,輪郭整備から朝の一日一文への流れも非常に上手く行き,以降は握接遮断をすることで集中力維持成功デライト開発にもよく集中出来た。ただ,から些細なことで苛立ちを感じることが多いのが不思議だった。

変化を感じ始めたのは,夕方散歩に出た頃からだ。

第三次生活習慣改善が進んでからもなかなか改善しなかった胃腸の調子睡眠の質右目の三重瞼など,こまごまとした問題にも改善が見えるようになり,いよいよ問題という問題も無くなってきた。しいて気になることと言えば,食事がまだ成り行き任せなことくらいだが,もはや粗探しに近い。

組計スケジュール環境もほぼ完璧に整っている。これはもう「黄金生活」と言っていいのではないか。雑魚一掃し,あとはデライト収益目標達成という親玉を残すのみという状況だ。自然と焦点も定まってくる。

……そんなことを考えながら歩いていると,身体奥底から温かい快感が湧き出し,全身を満たしていくような感覚を覚えた。この感覚は,間違いな第三次黄金状態のそれだった。

面白いことに,苛立ちからの発現過程が最初に第三次黄金状態を体験した時によく似ている希哲14年7月4日の日記


昨年末の日記で,一時失なっていた黄金状態取り戻したというようなことを書いている。それから1月までは黄金状態についての言及がいくつかあるが,それ以後は黄金状態について書かなくなっている。体調記録にも「特に異常無し」とだけ書くことが多かった。

その頃から状況心境の変化が激しくなり,自分の状態冷静認識することが難しくなっていた。変わっているのか,変わっていないのか,変わったとしてもそれがごく一時的なものかもしれず,そもそもそんなことを考えている余裕が無いことも多く,そうこうしているうちに黄金状態の感覚も忘れそうだった。簡単に言えば「よく分からない」状態だった。

思い出してから振り返れば,この間はせいぜい第一次黄金状態がほとんど,ときどき第二次黄金状態がある程度だっただろう。第三次黄金状態があれば記録していないわけがない。

新黄金状態自体,もともと超黄金状態規則正しい生活の中で定常化したものだ。生活不安定化している時に得られるものではないのだろう。

これも,「黄金生活」などという言葉が頭に浮かぶくらいに生活整えた成果か。

8日振り返り日記

{一日一文}{希哲15年5月の一日一文}{あれ}{輪郭を描く}{アメーバブログ}{基礎理論}{良い名前}{「希哲館」の由来}{市場活動}{思い出話}...=}(59)

{「デルン」の由来 K#F85E/A-E74C-A0EA}

先日「希哲館」の由来について書いたので,命名に関する思い出話ついでに,今度は「デルン(deln)由来について書いてみよう。

デライト採用している CMS としてしばしば言及するこのデルンだが,「ブログ」や「ウィキ」に相当するものだと思ってもらうのが一番分かりやすいだろう。例えば,Wikipedia がウィキを利用していたり,アメーバブログブログを利用しているように,デライトはデルンを利用しているわけだ。

これだけで,デライトの独自性常軌を逸していることはお分かりだと思う。長年インターネットで広く使われてきたブログでもなくウィキでもなく,全く新しい CMS の形態から考案し,サービス化したのがデライトだ。ちなみに,「デライト」(Delite)の由来は「ライト(簡易)版デルン(Deln Lite)だ。


そのデルンの名は,基礎理論である「輪郭法」に由来している。輪郭法は英語デリノグラフィー(delinography)という。デリノグラフィーはデリニエーションdelineationという英単語に由来している。輪郭を描くこと,描写,などを意味する言葉だ。こう辿っていくとややこしい話だが,それだけ長い文脈があるということだ。

さて,デリノグラフィーを縮めたのがデルンだが,この名前を考えたのは希哲6(2012)頃で,デルンの実用化直前だったのでさほど詳しい記録も残っていない。

ただ,当時はブログやウィキの代替を強く意識し,名前もそれらの特徴を踏まえようとしていたことはよく覚えている。つまり,ラテン文字4文字カタカナ3文字,一見不思議呪文のような響きだが,由来はちゃんと説明出来るという名前だ。ブログ(blog),ウィキ(wiki),デルン(deln)と並べてみれば分かりやすい。

特にデルンという言葉の何とも言えない響きには,命名から9年ほど経った今でもまだ慣れない。何度口にしてもすっきりしない。もっと良い名前があるんじゃないかと,何度思ったか分からない。

ただ,この微妙な語感こそ記憶に残りやすい言葉の特徴で,ブログやウィキが普及した理由も実はここにあるのではないかと思っている。何かよく分からない言葉を最近よく聞くなと思えば,それについて知ってみたくなるのが人の性だ。


一方で,「デライト」はごく簡単に,すっきり飲み込みやすい名前にすることを意識した。よく使われるカタカナ英語なので,それ自体に印迫インパクトは無い。この対照的な「デルン」と「デライト」を上手く使い分けて市場活動マーケティングに活かしたいところだ。

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{希哲15年5月の月記}{デラング}{脳のお告げ}{希哲15年5月下旬}{3〜4週間}{1〜2週間}{未実装記法}{戸惑い}{希哲15年5月上旬}{大きな進歩}...=}(82)

{希哲15年5月11日の日記 K#F85E/A-E74C-CC6D}

しっかり睡眠を取り,9時には仕事を始めることが出来た。重めの一日一文も書いたが,開発作業にも集中することが出来た。また理想の生活律動に近付けた。

ただ,途中で少し考え事にふけってしまい,思ったより進捗は伸びなかった。昼過ぎには10歩を越えていたため,178歩で終わるかと思っていたが,また14歩で終わりそうだ。こんな考え事だけで終わる日も珍しくなかったことを思えば大きな進歩か。


その考え事というのは,今月上旬振り返りと今後の展望についてだった。

生活習慣改善が自分でも信じられないほど進んだ上旬だったが,デライト開発では目立った収穫が無いように思えた(後で考えればルビ記法は小さくなかったが)。それでも,生活習慣改善の方があまりにも意外発展だったので,戸惑いつつもまあ悪いとも言えないか……などと考えていた。

しかし,これも意外なことに,デライト開発の展望も別に悪化してはいない。むしろ,デライトの成功がより明確想像しやすくなっているような気さえした。

この上旬に開発で何があったのかよくよく考えてみると,高速化の要だった KNEST 隠し実装はもう少し時間をかけて全体的整備することになり,その前に軽く済ませておこうとしたデラング不具合修正も,2日間睨めっこした挙句,もっと広範囲見直し必要判断したところだった。

結果として,KNEST 隠しでは隠し同期実装水平拡大の開始,デラングでは仕様が決まっている未実装記法の一斉実装まで視野に入ってきた。それもこの中旬でだ。

今月頭の時点では1〜2週間程度の視野無理判断していた課題が,3〜4週間に視野を広げることで効率的解決出来そうな状況になっている。しかも,それに耐えうる生活律動も出来ている。下旬あたりの収益目標達成狙い撃ちするかのような調子だ。

そう意識的に考えたわけではない。柔軟性のためにあえて無計画無期限作業を進めてきたが,そのせいで近視眼的になっていたのも確かだ。それを勝手計算に入れ,修正していたことに,ついさっき気付いたのだ。その帰結もことごとく妥当と来ている。

時々あることだが,いつ体験しても不思議なものだ。いつも救われてきた“脳のお告げ”なので,大人しく従っておくことにした。

{一日一文}{日中}{希哲15年5月の月記}{全知検索について}{理想の一日}{理想の睡眠時間}{10歩台後半}{活動内容}{考えた}{癒やす}...=}(105)

{希哲15年5月8日の日記 K#F85E/A-E74C-872A}

今日は普通に執務をこなすつもりだったが,昼頃になってもいまいち調子が上がらず,息切れ感を覚えたため半休にした。一昨日の半休と合わせて今週分休養とする。

単純に疲労の蓄積もあるだろうが,KNEST 隠し実装作業範囲想定以上に広がり,かなり大掛かりになりそうなこと,朝の一日一文重い題材を選んでしまったこと,ちょっとした事務上問題発生したことなどが重なり,頭の中渋滞していた気がする。


昨日朝の一日一文は,頭の準備運動にもなり非常に感触良かった

しばらく夕方頃に気分転換のつもりでやってみた一日一文だが,ちょうど開発宣伝切り替え時であまり落ち着ける時間帯ではなかった。気分転換どころか,詰め込みがちになり気持ち乱れてしまうことが多い。

頭の準備運動と,一日の行動を変えうる思考の整理を兼ねて朝の一日一文を書き,その一日を日記振り返る,というのが一番合理的かもしれない。

ただ,今日は「全知検索について」という比較的重い題材から入ってしまったせいか,書き切れなかった。途中で題材を変えようとしたが,この日記が長くなりそうなので止めておいた。


晩の散歩中,なんとなく子供の頃によく通っていた模型店に入ってみた。店の前は散歩などでよく通っていたが,入るのはいつぶりか分からない。最後にはっきりとした記憶があるのは20年ほど前のことだ。

ずいぶん懐かしいのだろうなと思って入ってみたが,不思議と,ここに遊びに来ていたのがついこの間のことのように感じられた。4日の散歩でも,子供の頃によく遊んでいた神社境内を久しぶりに歩いてみたが,似たような感覚だった。

童心に返っているのか,返りたがっているのか,これがどういう心境の変化なのか,自分でもよく分からなかった。

店を出て,そんなことを考えながら歩いていると,乱為ランダム再生していたスマートフォンからちょうどその当時流行っていた曲が流れ出し,妙に楽しい気分になってきた。

ここで,その頃が自分にとって世間から離れる“岐路”だったことに気付いた。そして,デライトの成功というのが,このおよそ半世紀に渡る長い長い旅から意味持って帰る帰路”であることにも気付いた。帰りたいし,帰っているのだ。

そう思えることがとても嬉しく,持ち辺にまた潤いが与えられたような気がした。今はまだ「成功確実」の状態に過ぎないが,これを名実ともに「凱旋」にしたい,という思いが溢れてきた。

今日は疲れ癒やすだけで終わる日になるかと思ったが,思いがけず大きな収穫を得て,充実した一日となった。


睡眠時間についても少し考えた

最近は7時間睡眠程度を目標調整していたが,やはり少し足りないのかもしれない。8時間睡眠と比べて寝起き顔色が優れず,日中眠気に襲われることが多い。

経験からいっても,8時間睡眠が自分には向いているのではないかという気はしていた。睡眠時間は個人差に加えて一日の活動内容によるところが大きい。しいて「理想の睡眠時間」があるとすれば,「理想の一日」に調和するものだろう。

概ね今の生活律動10歩台後半進捗維持することを理想とするなら,8時間睡眠が最適解に近いと言えそうだ。

早速,今晩から調整に入る。

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{デラング}{希哲15年4月の月記}{希哲15年4月26日}{デライト宣伝}{最大の収穫}{快調期}{開発速度}{第三次宣伝攻勢}{夜のデライト宣伝}{複雑な気分}...=}(24)

{希哲15年4月26日の日記 K#F85E/A-E74C-882C}

デライト開発宣伝充実した日だった。

夜のデライト宣伝では,快調期以後最大の収穫とも言えるデラングについてたっぷり書いたデラングについて。改めてデライト達成度の高さを実感したが,そう思うと今度は知名度の低さが不思議なくらいに感じられ,少し複雑な気分になった。

しかし,開発の成果を活かして宣伝し,その反応を開発に活かす,という相乗効果が出来つつあるのは第三次宣伝攻勢ならではの新境地と言えそうだ。これは快調期の開発速度でなければ考えられなかった。

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{希哲15年4月の月記}{推し進める}{幸先が良い}{足を引っ張られる}{すり傷}{考え過ぎ}{不思議な夢}{デライト高速化}{産まれた}{希哲15年4月15日7時}...=}(58)

{希哲15年4月15日の日記 K#F85E/A-E74C-F52C}

10時45分頃,第二子無事出産したとから伝えられた。産まれたのは7時ちょうどで,母子ともに元気だそうだ。

とも連絡を取り,姉妹写真を送った。父もまだ元気そうで少し安心した。


正午頃,中途半端保険はかけず,5月1日までにデライト収益目標を達成するという前提全力を尽くすことを決意した。

最近,失敗した場合のことを考え過ぎていた。仮に失敗しても,せいぜいすり傷が出来るくらいのことだ。個人的にも希哲館事業にとっても別に死活問題ではない。心配から来る雑念足を引っ張られていては,成功するものも成功しない。

こんな心境の変化があったが,昨日の現状整理,姉の吉報と来て,当面の不安要素が無くなったせいかもしれない。


実は,姉の子が生まれたという頃,不思議な夢で目が覚めていた。完成したのか建設中なのか,希哲館本館らしき建物の中に自分が居るだった。不思議だったのは,この種の夢を見ることが滅多にないからだ。それも,ちょっとした良い夢ではない。希哲館事業にとっては最大級吉夢だ。

収益目標達成,すなわちデライトの成功まで残り半月,あとは高速化全力推し進めるのみという所で,何かと幸先が良い。今そんな幸運を感じていられること自体も奇跡のように思える。

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{希哲15年3月26日のツイスト}{希哲15年3月26日}{日本のネット}{20億円}{ツイスト}{浸透}{不思議}{良心的}{売上高}{歴史}...=}(11)
{デラング}{希哲15年3月22日の開発}{計り知れない}{飛躍的向上}{すっかり}{まだまだ}{デライト収益目標達成後}{初回出振るい}{希哲15年3月22日}{個人開発室}...=}(58)

{希哲15年3月22日の日記 K#F85E/A-E74C-97AA}

やはりここ数日もデライト収益目標達成後のことをついつい考えてしまっている。デライトのためにも理想個人開発室が欲しくなり,久しぶりに鎌倉物件まで調べてしまった。

理性まだまだ危機感を持っていろと言っているが,気持ちすっかり成功確信して浮かれている。それだけデライト開発急速進展を見せているのも,周辺諸状況良好なのも確かだが,我ながら少し心配になる。


今日の開発では新デラング実装初回出振るい達成した。機能的改良もさることながら,保守性拡張性飛躍的向上計り知れない価値を感じている。

直感Dex 実装作業を始めた9日からわずか2週間で,長いこと等閑にされていたデラングデライト開発主題と化したと言っても過言ではない。軽標記言語記法処理に関する知見蓄積凄まじい勢いで進んだ。目も回るわけだ。

そもそも「意味を書く」ことの探求から始まり,意味記述意味管理表裏一体のものとして捉えたのがデルンだ。ついこの間まで,その言語を等閑にして新生デライトなどと考えていたことすら今となっては不思議に思える。

{不思議}
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