{新生デライト}{飛当}{デライト開発}{第四次宣伝攻勢}{宣伝攻勢}{『希哲日記』}{希哲14年}{第三次デライト市場戦略}{デライト}{見せたくない}...=}(98)

{希哲15年8月4日の日記 K#F85E/E74C-85D0}

新生デライト開発中の収益目標達成狙うことになり,第四次宣伝攻勢位置付け,引いてはデライト宣伝あり方について見直す必要を感じたため,今日は現状整理時間を費した

デライト高速化前の現状整理以来だが,この3ヶ月あまりの間にも数多くの出来事があり,ついこのあいだ脳爆発があったばかりなので,現在地よく分からなくなっていた。「新生デライト」というのも,そもそも何を意味していたのか忘れかけていた

第三次市場戦略以後,「新生デライト」は「理想的な完成度に達したデライト」に近い意味を持ってきた。その要件先月下旬まとまり,今月から「新生デライト開発」に入れるようになった。それも12ヶ月中の「完成」が視野に入っている。

意識の変化言葉の変化にも表れている。これまで「新生デライト宣言」という表現をよく使っていたが,これは明確な区切りのないものに「完成」の類を使うことに違和感を覚えていたことによる。「完成」が自然に使えるようになったのは,やはり要件がまとまり,新生デライト像明確になったからだ。

その完成を目指せるようになってはじめて,「新生デライト開発」という表現も出来るようになった。デライト開発新しい段階に入ったことは明らかだろう。

一方で,これまでの波状攻撃のようなデライト宣伝根底には,デライトの品質に対する不安があった。出来るだけ品質の高い状態で多くの人の目に触れるようにしたかった。逆に言えば,見せたくない状態が多々あった。それが今のデライトにも必要かというと,少なくとも明確な必要性感じていない

要するに,今のデライトはいつ誰に見せてもいいし,いつ飛当してもおかしくない。だとすれば,もう宣伝攻勢頼らずデライト宣伝日常的継続するべきかもしれない。具体的には,宣伝攻勢では1日3時間としていた宣伝時間1日30分にしてでも毎日する,といったことを考えた

いずれにせよ,新生デライトの完成まで宣伝待つことは出来ないので,新生デライト開発と宣伝は並行させざるをえない。並行させる以上,相乗効果を生むように作業優先順位などを調整していくことになる。

第四次宣伝攻勢をするかどうかは,結論を急ぐことでもないので保留とした。


からしばらくは良い調子だったが,昨年からのデライト開発駆け足振り返りCμ の公開まで考え出してしまったせいで,久しぶり分かりやすい脳疲労症状が出た夕食後には復調した)

しかし,ここで意識正しく更新出来て良かった。ぼんやりした意識のまま突き進んでいたら何かしら判断を誤っただろうし,危なかった

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{開発}{デラング}{『希哲日記』}{KNEST 隠し実装}{大きな喜び}{大き過ぎる収穫}{めきめき上がる}{邪魔が入る}{半月ぶり}{希哲15年7月16日}...=}(43)

{希哲15年7月16日の日記 K#F85E/E74C-3F9E}

ここのところ調子が出るまでに時間がかかることが多いため,今日は午前中から半月ぶり朝の輪郭整備からの朝の一日一文をこなしてみたが,今度は昼食後に調子が落ちてしまった。

邪魔が入ったこともあるだろうが,疲労のせいかという気もした。日曜日休みが取れない可能性があるため,急遽半休にして利楽しながら開発を進めた。

デラング文書整備中断しているが,そもそも KNEST 隠し実装作業方針への迷いからデライト高速化中断して入ったのがデラング整備だったので,本来の足場復帰したことになる。今のデラング寄り道にしては大き過ぎる収穫で,錯覚しそうになる。

デライト高速化前の現状整理の通り,高速化デライトの価値確実向上させる手段なので,少しでもった時は高速化しておけば間違いないだろう。

実際,デライト高速化再開してからのここ数日だけでも,デライトの品質めきめき上がっていることに大きな喜びを感じている。

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{希哲館事業}{新生デライト}{デライト開発}{第三次宣伝攻勢}{『希哲日記』}{体調}{散歩}{希哲15年}{陶練}{デライト}...=}(166)

{希哲15年4月29日の日記 K#F85E/E74C-0257}

昨日から妙に気分ぐらぐらしているというか,気持ち身体が付いてきていないような感覚があった。この日も急に気分高揚したと思ったら急にぐったりするなどして,明らかに呼吸が乱れている様子だった。

昨晩の就寝中,軽い胸痛を覚えて少し寝苦しかった。一昨日デライトは数ヶ月以内に成功確実」などとんでいたのだから,体調が良くなる心当たりはあっても悪くなる心当たりはなく,珍しいことだが気のせいだろうと最初は思っていた。

結局,日中もいまいち調子が出なかったため,作業はほどほどに,じっくり状況気持ち整理することにした。


すでにデライト開発は十分な持続性確保し,仮にずっと収益目標達成が出来なくても死活問題にはならない,という状況にあった。

しかし,デライトの成功ではなく“希哲館事業の成功”を考えれば悠長なことはしていられない。多少のリスクを負っても早期に収益目標を達成しなくてはならない。その思いから11月1日としていた必達期限5月1日繰り上げ短期集中生活に入ったのが先月28日だった。

この短期間に多くの成果を得て,さあこれから正念場だという時に,負っていたはずのリスク消し飛んだ。6月末あたりまで,あと2ヶ月はこのままの態勢で問題なくデライト開発を続けられることになった。一昨日,27日に起きたのはそういうことだった。

多少の不安はありつつ,5月1日までの収益目標達成にもそれなりの勝算があった。その猶予が2ヶ月近く延びれば,達成出来ないことを想定する方が難しい。必達期限を繰り上げる前より4ヶ月以上早い達成見込みが出来たことにもなる。

安全着実に歩を進めていては達成出来るのが数年後になるかもしれない,という見込みだったから多少の無理にも意味があった。その数年が2ヶ月以内になるなら,この数日にデライトの成功を賭ける意味は全く無い。

1日までは既定路線頑張ろうという気持ちに反して,妙に脱力感が強いと思ったが,なるほど勝手に肩の力を抜いた身体の方が正しい


ここで,デライト収益目標における必達期限再設定をどうするか考える必要に迫られた。

黄金週間最終日まで延長するか,6月末まで延長するか……等あれこれ考えた結果,期限に関してはいったん白紙化,当面はこのままデライト高速化中心第三次宣伝攻勢を「無期限」で継続することにした。

そもそも,これまでの努力期限必達期限というのは,先行き不透明目標に対して,最大限努力するように方向付けるためのものだった。その必要を全く感じないほど視界良好だ。これまで視界を遮っていたが一気に晴れ,すぐそこに目標が見えているように感じられる。

もっとも,気を抜き過ぎたり,天変地異事故のような予測しえない事態に煩わされたり,万が一のことが無いとは言えない。6月末までの収益目標達成は,選挙でいえば「当選確実」に近い確度だ。理論上絶対とは言えないが,現実的には達成とみなして良いほどの確かさ,ということになる。

そして,現状総合すれば,収益目標達成はそのままデライトの成功と言える。つまり,デライトは「成功確実」の状態にあり,希哲館事業の成功に向けた確かな足掛かりが出来たことになる。

絶望的悲観から希哲館事業を始め,あらゆる極限状態想定して超高効率経営運用体制を作り上げてきた自分が,ここまで状況楽観視していることに自分でも驚く14年に及ぶ希哲館事業の歴史でも初めてのことだ。だから自分自身でこの判断疑いの余地は無い。

特に今年に入ってからというもの,急激状況心境の変化を繰り返し,何度目が回ったか分からないが,これは特大かもしれない。


今月中旬からの高速化中心としたデライト開発24日からの第三次宣伝攻勢が非常に上手く噛み合い安定感が出てきたこともこの確信に大きく寄与している。

特に第三次宣伝攻勢に関しては,もともと新生デライトを形にしてからという計画だったのを済し崩し的に開始した上,開始時期も予定より3日ほど遅れたことで,当初は成り行き不透明感があった。

始めてみると想像以上手応えが良く,懸念は早々に払拭することが出来た。まだ活動用者増加には十分繋がっていないが,しばらく停滞していた登録自我数も早速伸び始めている。

黄金週間を狙った作戦大当たりだったようだが,高速化を中心として臨機応変作業を進める方針への転換も,想定外好状況を導いたという点で大当たりだ。高速化前の現状整理功を奏した。


一日中散歩が出来なかったこともあり,約2ヶ月ぶりに陶練再開した。とはいえ前回も久しぶりの再開で一日で終わっているので,流石に体力がかなり落ちているのが分かった。

それでもやはり運動をするのは気持ちが良く,頭も冴える

これからは高位安定進捗を出し続けることが重要になるため,これまで以上に規則正しい生活心掛ける


ここまでの思考を書き出すには夜遅過ぎたので,まとめるのは明日にしてさっさと寝ようという頃,この日記実質の「デライト成功宣言」になるかもしれない,と思った。

30日振り返り日記

{希哲館事業}{写真}{『希哲日記』}{希哲15年4月の月記}{推し進める}{幸先が良い}{足を引っ張られる}{すり傷}{考え過ぎ}{不思議な夢}...=}(58)

{希哲15年4月15日の日記 K#F85E/E74C-F52C}

10時45分頃,第二子無事出産したとから伝えられた。産まれたのは7時ちょうどで,母子ともに元気だそうだ。

とも連絡を取り,姉妹写真を送った。父もまだ元気そうで少し安心した。


正午頃,中途半端保険はかけず,5月1日までにデライト収益目標を達成するという前提全力を尽くすことを決意した。

最近,失敗した場合のことを考え過ぎていた。仮に失敗しても,せいぜいすり傷が出来るくらいのことだ。個人的にも希哲館事業にとっても別に死活問題ではない。心配から来る雑念足を引っ張られていては,成功するものも成功しない。

こんな心境の変化があったが,昨日の現状整理,姉の吉報と来て,当面の不安要素が無くなったせいかもしれない。


実は,姉の子が生まれたという頃,不思議な夢で目が覚めていた。完成したのか建設中なのか,希哲館本館らしき建物の中に自分が居るだった。不思議だったのは,この種の夢を見ることが滅多にないからだ。それも,ちょっとした良い夢ではない。希哲館事業にとっては最大級吉夢だ。

収益目標達成,すなわちデライトの成功まで残り半月,あとは高速化全力推し進めるのみという所で,何かと幸先が良い。今そんな幸運を感じていられること自体も奇跡のように思える。

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{デライト史}{一日一文}{希哲6年}{デライト}{技術的負債}{『阿部寛のホームページ』}{最悪の事態}{実装可能}{遅かった}{9年}...=}(95)

{デライトはなぜ速いのか K#F85E/E74C-1187}

いまデライトでは,「高速化」の作業最優先取り組んでいる。その理由デライトの現状については,昨日,「デライト高速化前の現状整理」にまとめた。そちらは個人的覚え書きだが,興味があれば覗いてみて欲しい。

今日は,デライトの「速さ」の歴史について簡単に振り返ってみたい。


「デライトはなぜ速いのか」というに,デライト用者ユーザーは少し違和感を覚えるかもしれない。個人知識管理(PKM)サービスとしてのデライトは,速いと言えるほど速くはない。せいぜい「」だ。ただ,並の速さで動いているのが奇跡的に「速い」と言えるほど,実装難度が高いのだ。普通に実装すれば,遅過ぎてまず実用にならないだろう。

サービスとしてのデライトは,「デルン」という全く独自CMS で動いている。Wikipedia に対してウィキがあるようなものだと思ってもらえばいい。このデルンの実用化成功したのは,希哲6(2012)年,もう9年ほど前のことだ。

実は,最初にデルンが動いた時,使っていた論組プログラミング言語PHP だった。そして,あまりにも遅かった。ある程度のが出来たあと,すぐに C++書き直した。

これが出来たのは,当然,準備していたからだ。元々,デルン開発にあたっては速度重視していた。それは体感出来る速さのためというより,「遅さで使いものにならない」事態を避けるためだった。ほとんど前例が無く,全てが未知数手探りという状況だったので,そもそもデルンのようなものが現実的に実装可能なのかどうかすら分からなかった。作ってみたがまともに動かない……これを最悪の事態想定していた。

そうなると,利用する技術は少しでも速い方が良かった。手探りの開発過程でいわゆる技術的負債蓄積していくことも想定していたため,それを補ってくれるだけの速さが必要だった。言語で言えば,今なら Rust あたりも選択肢に入ったかもしれないが,デルンを構想し始めた当時は C++ くらいしか無かった。

一方で,当時の私はウェブ開発経験に乏しく,デルンに何が必要なのか把握出来ていなかった。そこで,PHP を使って試作品プロトタイプを作ってみることにしたわけだ。

案の定,PHP で出来たデルンは実用的速度で動かず,すぐに準備していた C++ に切り替えた。この移行作業円滑に進み,やがて という独自言語に変貌していく。

今のデライトは,この Cμ に FastCGIマルチスレッドnginx 等々と徹底的に速度を重視した構成で動いている。PostgreSQL出場(DB)側も Cμ で外充て(ストアド)函数にしている。徹底して単純化された設計も手伝い,ほぼ極限まで高速化出来る可能性がある。

これまでのデライトにとって,「速さ」は遅さを補うためのものだった。そして今,この速さを武器にするために高速化作業を進めている。どうせやるなら,有名dev.to『阿部寛のホームページ』のように,速さを楽しんでもらえるくらいにしたいと思っている。是非楽しみにしていてほしい。

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{新生デライト}{一日一文}{第三次宣伝攻勢}{快調期}{『希哲日記』}{付徴}{デライト}{希哲15年4月の月記}{デライト高速化}{デライト高速化前の現状整理}...=}(81)

{希哲15年4月14日の日記 K#F85E/E74C-15D7}

今日は数歩程度の進捗時限を使いデライト高速化前の現状整理をしてから作業に入ろうと思っていたが,結局,現状整理丸一日かかった。

ここでの舵取り収益目標達成直結することは間違いないため,等閑には出来なかった。「デライト高速化前の現状整理」にモヤモヤしていたことを大体書き出してみれば,振り返る余裕も無かったここ2ヶ月ほどのまとめになっていた。これだけ複雑なことを考えていればモヤモヤもするはずだ。

時間をかけた甲斐あって,霧が晴れたように視界はっきりしてきた。迷いなく収益目標達成に邁進出来そうだ。これが丸一日で済んだと思えば安上がりだった。

当面,「黄金循環高速化」としてのデライト高速化中心臨機応変作業を進めていくことにした。理屈そこに書いた通りだが,簡単に言ってしまえば,この方針によってデライトの成功がずっと想像しやすくなった,ということだ。

新生デライト機能文書仕上げてから第三次宣伝攻勢に入り……というこれまでの目論見では,いくら完成度自信があっても,それが受け入れられる保証はどこにも無い。全くの空振りに終わる可能性も無くはない。そこに一抹の不安があった。

それに比べて,高速化はサービス改善施策として外れが無い。何らかの効果確実に見込め,努力が報われやすい。小理腑によって「速いデライト」の価値体感出来たことが決め手になった。

高速化そのものは大当たりを狙えるような付徴でもないが,デライトにはすでに輪郭法という最大の付徴がある。すでに注目に値するものをデライトは持っている。あとは,それをいかに良く見せるか,伝わりやすくするかだ。これが今回の整理で得た大きな気付きの一つだった。

もう一つの大きな気付きは,デライト高速化が黄金循環高速化でもある,ということだった。直感任せ悪い意味無軌道になりつつあると感じていたが,「快調期」に入る前によく考えていた黄金循環がここでになるとは思いもしなかった。これによって全てが繋がった感がある。

黄金循環の黄金週間現実のものにしたい。


デルンの実用化以後よく思うことだが,デルンデライトが無ければ今頃自分のはどうなっていたか分からないな,と今日は改めて思った。

私にとってのデライトは,もはや知能増幅装置というより生命維持装置に近いかもしれない。


これだけ書いた後で一日一文を書くのは流石に辛いので,今日は「デライト高速化前の現状整理」を一日一文代わりとしておいた。