{デライター}{希哲16年7月の一日一文}{デライト}{一日一文}{気長に待つ}{迎えている}{今後も}{ちょっとした文章}{筆が進まなくなる}{一編}...=}(597)

{デライトの歩み K#F85E/E74C-09D2}

デライトは,今年の2月13日2周年迎えたばかりの若いサービスだ。しかし,その背景には長い長い歴史がある。詳しく書く書籍数冊分くらいにはなるだ。デライトの完全な成功目前にした良い頃合いなので,駆け足振り返ってみたい

輪郭法閃き

技術としてのデライトは,私が17歳の頃,主に哲学情報学への関心から「輪郭法」を閃いたこと始まる2002年,もう20年前のことだ。デライトにおける輪郭法応用については,「デライトの使い方の考え方」で出来るだけ簡単に解説したつもりだが,本来の輪郭法は,“輪郭という概念中心にした世界の捉え方”であり,哲学用語でいう「弁証法」に近い位置付け概念だ。

このアイデアが,哲学上の理論留まらず極めて実践的で,極めて強大技術になりうることに気付くのに時間はかからなかった。これを応用することで,計算機科学における長年最重要課題解決し,知能増幅(IA)技術の実用化つなげることが出来る参考。すでに IT 産業勢い明らかだった当時,これは“世界史上最大の成功”と“知識産業革命”への道が開けたことを意味していた

さらにアメリカ同時多発テロ事件起こって間もない頃だ。後の英米政治危機世界に広がる社会分断SNS暴走,そして目下のウクライナ侵攻予感させる事件だった。

あらゆる争い背景には,世界の広さ対する人間の視野の狭さと,それによる“心の分断”がある。当時から私はそう考えていた我々は,世界の一部分それぞれ立場から見ている過ぎない立場違えば見える世界違う。その衝突回避出来るとすれば,個々人世界に対する視野広げるしかない。輪郭法応用技術にはその可能性があると感じていた。この考え方現在の KNS という概念つながっている参考

葛藤

この閃き止まるところを知らなかった17歳少年人生観世界観も,何もかも瞬く間に作り替えてしまったこの閃きをどこまで大きく育てられるか,それだけを考える人生になった。適当に金に換えることも出来たかもしれないが,世界にかつてない平和豊かさもたらす手に入れたようなものだ。中途半端な売り物にすることなど,現実には考えられなかった能う限り最高の状態世に出さなくてはならないと思った

もちろん最初はとんでもない宝くじに当たったような気分だった。天にも昇る心地とはこのことだろう。どんな人生の喜びも,この喜びには勝るまい少しばかり時間が経ち,冷静になるにつれ,呪いのような重圧苦しむようになった。

理論技術として完成させられるかどうかは時間の問題だと考えていた本当の問題その先にあった。地動説にせよ進化論にせよ,世界の見方大きく変える考えには無理解反発付き物だ。常識を越えた考えであればあるほど,その大きくなる。どれだけ努力しても,死ぬ前認められることはないかもしれない。当時私はエヴァリスト・ガロアのように生涯を閉じるのではないかと想像していた偉大な発見をしながら夭折し,死後何十年ってようやく評価された数学者だが,なんとなく親近感覚えていた

そして,技術良い方にも悪い方にも利用されるものだ。これが「世界初の実用的な知能増幅技術」になるとすれば,最初に使うであろう私は世界初のトランスヒューマン超人間」になる。全人類模範となって,人々未踏の領域へと導く……自分がそんな重責を担える人間だとは,まるで思えなかった能力ともかく昔から自分の人間性全く信用していなかった

無論,そんな自信20年ほど経ったいまでも無い。それでもここまで来たのは,曲がりなりにも出来そう人間自分以外にいなかったからだ。何もしないよりは,挑戦して失敗例残す方が良い。それに,一度ここまでのことを考えた人間が,何食わぬ顔平凡に生きていけるわけもなかった。

希哲館事業の創始

色々な葛藤乗り越えて,2007年22歳で「希哲館事業」を始めた輪郭法応用した知能増幅技術開発管理普及活動中核として,知による産業革命知による民主主義確立目指す事業だ。

希哲館」というのはこの事業中心となる機関として構想したもので,その名は「哲学」の元となった希哲学」という古い翻訳語ちなんだものだ。

知を愛すること」を意味するフィロソフィーを「希哲学」と昔の人意訳し,それがいつの間にか哲学」として定着したわけだが,日本語哲学というと,思想家学者など一部の人のもの,という語感がある。実際誰もが賢哲にはなれないだろう。しかし,誰でも希哲知を希求する人にはなれる。これからの時代最も重要で,万人共有出来る価値観表現する言葉として,これ以上のものは見つからなかった


情報技術中心に知識産業絶大な力を持ち,その反動からいわゆる反知性主義世界中社会分断招いている,この観点への確信当時以上に深くなっている

見ての通り希哲館事業一環であるデライト当初から意図的に dlt.kitetu.com というドメイン名運営している。それも背景踏まえればごく自然なことだが,利用者には分かりにくいことだった。今後,こうして説明する機会増やしていきたい

デルンの実用化模索

事業開始後間もなく運が良いことに裁量の大きいシステム開発仕事得られたりして,それを足掛かり技術的な蓄積進めていった

そして,2012年26歳輪郭法応用技術デルン」の実用化成功した輪郭法英語delinographyデリノグラフィーとしていたので,それを縮めて〈deln〉とした。ウィキともブログとも異なる全く新しい CMS であり,おかしな語感もこれらにならった(参考:「デルン」の由来

しかし,世に出すことをすぐには考えられなかったなんとか使えるようになっただけで,製品としては多過ぎたし,市場戦略知財戦略全く固まっていなかった構想の大きさ大きさだ。万が一にも失敗は許されない可能な限り技術としての完成度を高め万全を期して世に出す必要がある考えていた

それまではデルンそのものを製品化するのではなく,背後でデルン利用したサービス資金稼ぎするつもりだった。結局そう上手くは行かないまま,デルン周辺技術開発応用法の研究希哲館事業構想体系化といったことに時間を費す生活続く

デルン世に出す準備を始めたのは,実用化からさらに5年ほど経った2017年のことだった。私は32歳になっていた。

諸々調査研究開発一段落したところに,ブレグジットトランプ当選などを社会分断世界中顕在化した頃だった。特に着目したのは,その背景SNS があったことだ。デルンによって SNS知的交流基盤拡張する──長年温めていた KNSknowledge networking service構想活かすならここしかない思った

それから1年ほどかけ,デルンの製品化向けて検討を重ねた2018年最終的に誰でも簡単に使えるメモサービスとして公開することに決めた。これが,ライト版デルンDeln Lite,「デライトDelite始まりだった。

デライト公開

あとはひたすらサービス公開向けた作業没頭し,2020年2月13日24時15分ついにデライトというデルンが,ひいては輪郭法世に出ることになった。

ただ,後に名目リリース」と呼んだように,積極的に人に見せられる出来ではなかった。公開はしていたものの宣伝ほとんどせず,改良続けてなんとか最低限品質になったと判断出来たのは同年8月13日のことだった。これを「実質リリース」と呼んでいる私は35歳だ。

不完全な形での公開踏み切ったのは,ソフトウェア開発において「完璧主義」が仇となりやすいからだ。不完全でも早く世に出して修正繰り返した方が良い。そしてこれは正しかったソフトウェア開発では常識に近いことで,私も頭では分かっていたが,実は半信半疑だった。

実際デライト多大な貢献をしてくれている常連利用者2名は,名目リリースから実質リリースの間に使い始めている内心誰も使わないだろうな,と思いながら一応公開していたわけだが,予測良い意味で裏切られた

そして

デライト公開からは,本当に本当に色々なことがあったあまりに色々なことあり過ぎて,時間の感覚おかしくなっているわずか2年前大昔のようだ。とてもではないが,ここには書き切れないし,今はこれ以上書く気にもなれない。そもそも読み切れないだろう。

ただ,確かなことは,奇跡のよう素晴らしい時間だった,ということだ。理解ある利用者達とともに,夢と希望満たされて,デライト開発快調に進んできた。“デライター”達への感謝はまた別の機会しっかり綴るつもりだが,本当に皆のおかげだ。

近頃私はデライトの完全な成功」という表現よく使っている。「デライトの成功」と目標表現することに違和感を覚えるようになったからだ。成功していないと言うには,あまりに上手く行き過ぎているのだ。

今のデライトは,利用者十分に集まっておらず,それゆえに十分な利益上がっていない。ただ,それを除けばソフトウェア開発プロジェクトとしてほとんど理想的な状態にあると言っていい。ことインターネット サービスというのは,どれだけ人気があっても売上があっても,それぞれに様々な問題抱えているものだ。デライトには,集客面以外で問題という問題がない。

本格的に集客出来るようになれば,鬼に金棒完全無欠,つまり「完全な成功」というわけだ。その最後の課題である集客面でも,最近は改善の兆しがある。デライトは,“世界史上最大の成功”に王手をかけている

生きている内日の目を見ることはないかもしれない,などと考えていた出発点思えばやはり奇跡としか言いようがない

何より私はまだ37歳だ。それも,この技術20年時間費した経験を持つ37歳だ。事故病気でもない限り,あと50年持ち堪えられるだろう。駄目で元々命ある限り私が諦めることはない

終わりに

デライト4月29日から四度目の宣伝攻勢入っている。この「一日一文」もその一環だ。

本来一日一文は,その名の通り毎日一編文章書こうという日課なのだが,たまに何気なく重い題材んでしまい,筆が進まなくなることがある。今回も,5月半ばに何気なく書き始め書き上げるのに2ヶ月以上かかってしまった

20年歴史ちょっとした文章まとめるのには,流石に精神力必要だった無数の想い出行間押し込んで,無理矢理まとめた

デライト開発正念場迎えているので,今後も頻度には波があるだろう。気長に待っていてほしい。


{割き過ぎている}{貴重な時期}{普通の企業}{よくあった}{鮮明になった}{目から鱗が落ちた}{もやもやしていた}{近寄り難い}{用者対応}{しやすさ}...=}(124)

{希哲16年7月29日の日記 K#F85E/E74C-9EF2}

寝不足考え事進捗だったが,この考え事大きかった

全てのデライターへ」を書きながら用者増えない不思議な一年”について考えていた時,これがデライト開発快調期重なっていることに気付いた

快調期始まったのは昨年3月からだが,用者増えない感じるようになった時期符合する用者少ないことで面倒事り,開発に集中しやすくなったとは漠然と感じていたものの,二つの現象をそこまで強く結び付けていなかった宣伝の抑制よくあったが,ごく感覚的なものだった。だから,ぱったり用者増えなくなったことが不思議でもあった。

最近になってまた新規用者増加見られるようになったが,これは第四次宣伝攻勢開始後第二次知番改良終わKNEST 隠し実装方針まとまった6月後半からだ。自動知番拡張高速化過去の宣伝攻勢失速させていた課題だ。毎回何とかなるだろうと見切り発車していたが,今回は本当に上手く行った6月30日の日記に「これでようやく青天井見えた」と書いたように,初めて抑制必要感じなくなった

用者対応軽減仕様変更しやすさなどは枝葉末節で,結局最適化限界まで遅らせたことで高い開発効率維持することが出来た。その環境作り出すために,無意識にというべきか結果的にというべきか,用者数の抑制をしていた。宣伝の抑制もあるし,恐らく近寄り難い雰囲気出していたのだろう。これに気付いて初めて二つの現象表裏一体であり,極めて合理的なものだったことが理解出来た

ずっともやもやしていたので,目から鱗が落ちた気分だ。普通の企業にはまず出来ないことだ。快調期がいかに貴重な時期再認識出来たし,現状認識鮮明になったことで今後のデライト市場戦略にも良い影響を与えるだろう。


思わぬ収穫繋がることが多いとはいえ輪郭整備兼一日一文時間割き過ぎているような気もするが,いずれにせよ新生デライトの完成来月持ち越すしかない時期だ。組計調整始めることにした。

30日振り返り日記

{デライトの歩み}{デライト}{一日一文}{希哲16年6月の日記}{希哲16年6月1日の開発}{なくはない}{その程度のこと}{気がしないでもない}{早い時間}{旬毎}...=}(235)

{希哲16年6月1日の日記 K#F85E/E74C-2E1F}

そろそろ第四次宣伝攻勢新生デライト開発中間まとめすべき時期であるため,振り返り現状整理をした。昨日やろう思いつつ開発に熱中したり姪達の世話追われたりして出来なかった

ある程度考えまとめたが,珍しく早い時間眠たくなってきた早寝最近の課題なので,この日記明日書くことにして早く寝た

宣伝攻勢現況

第四次宣伝攻勢最初から事前想定少し異なる展開を見せたものの,概ね状況良好であると言っていい特に5月前半一日一文時間をかけたのが予定外だった。後半から開発時間増やしてそちらも想定外発展していき,直接的な宣伝活動にはそこまで多くの時間割いていない

当初朝昼晩1時間ずつ宣伝活動割くことを想定していたが,昼晩30分ずつというく,これで丁度良い気もしている高速化歩調を合わせる必要があることに加えて一日一文などでこれまでにない好感触得ている今は無闇にかき集めるより,デライトにとっての理解者じっくり増やしていく時期なのだろう。

それは「宣伝攻勢」なのかという気がしないでもないものの,その程度のことしない時期長かったから意義なくはない

用者動向水物なので,努めて一喜一憂しないようにしているが,最近のデライトでは明らかに良い変化起こっている比較的深いところまで知ってくれる増えたし,常連用者使い方変わっているこれまで開発者何を考えているのか分からないままみんな手探り使っているという感じだったが,ある程度デライトの根想踏まえた上で使ってくれるようになった。良い意味方向感出てきて初心者にとっても良い見本になる。

一方初期デライト宣伝感じていた,「面白そう止まり表面的な反応減っている「面白そうだけど使わないよ」というダーウィンの海乗り越えつつあるように感じる

回り道振り返り

なかなか出来なかった振り返りをしながら,「回り道」についてよく考えた

開発では3月中断していた中間的デラング整備戻ったが,ここで以前とは比べ物にならないほど手定め効率向上していることに気付いたAejs 整備から下見機能付きの新輪郭選り手出来たからだ。これが当時 Aejs 整備終わらせたかった理由だったことを思い出した

そろそろ一日一文続きを書くか,と思えば文章閲覧性飛躍的に向上している5月後半一日一文中断して最大化アイコン描写拡縮ボタン追加自動ページ展開機能実装一気に進めたからだ。これは,「デライトの歩み」という題材あまりに重かったというのもあるが,文章を読む媒体として閲覧性課題感じていたことも大きい写真上信始めた頃に感じていたことでもあった。せっかく良い写真撮れたり良い文章書けたりしても見にくいのではもったいない

こう思うと,的確過ぎる回り道自分でも驚くデライト開発快調維持してこれたのは,こういう良い回り道重ねてきたからだと改めて実感する見えている出口向かって時間があるだけいくらでも改善出来る柔品珍しい大抵は技術的負債潰されてしまう良い回り道出来ないからだ。

回り道をする以前の当努戻るまでそれを忘れていたから余計驚く特に第四次宣伝攻勢以後軍隊の行進のようにひたすら前進意識してきたため,振り返る余裕がなかった

デライトの進歩冷静に見る驚異的に速い。ここ2ヶ月だけでも見違えるほど進歩した。ただ,逆茹でガエル状態というか,進歩しているのがデライトの日常になっているせいで,たまに振り返ってみないとその速さ分からなくなる振り返り重要性再認識したので,また旬毎振り返りの時間持つことにした。


2日振り返り日記

{一日一文}{非常に大きな気付き}{悪くはなかった}{それから}{引き締められている}{それはそれとして}{利素配分}{混在している}{疲れ過ぎる}{緊張感を持つ}...=}(96)

{希哲16年5月20日の日記 K#F85E/E74C-5438}

朝から絶好調だった。開発よく捗った最近一応7時30分頃には目が覚めるが,ちょっとした家庭の事情もあり,だらだらして10時過ぎから活動を始めることが多かった今日久しぶりに早起きしてきびきび過ごせた。これを継続出来れば理想的だ。

やはり,この一週間における心境の変化分析から,「新生デライトの完成」と「デライトの完全な成功」を切り分けて考えるようになったことが大きい気がするこれまでは全体適度な緊張感保つことを意識していたが,特に第四次宣伝攻勢以後,これが難しくなったように感じていた宣伝攻勢開始当初力み過ぎたような気がしていたが,利楽してみると今度は弛み過ぎるような気がしていた

それからこれまで決して悪くはなかったが,思い描いていたように絶好調ほとんど無く,調子波があった

利楽していいことと緊張感を持つべきこと,極端な二つ問題意識混在している状況緊張感等分しようとすると,必ず過不足生じる結果として,疲れ過ぎたり弛み過ぎたりする。要は利素配分問題だ。

依然として新生デライトへの期待大きいが,それはそれとしてデライトの完全な成功には予断なく臨むべきだろう。新生デライトの完成あくまでも通過点だ。その先意識するようになったことで,新生デライト開発適度に引き締められている

この時期にあって非常に大きな気付きだが,一日一文いていなければこれも無かったのかと思う不思議な気分だ。

{デライト}{一日一文}{世にも奇妙な}{騒がれている}{Twitter 買収}{強烈に}{一回りも二回りも}{相俟って}{とんでもなさ}{実現していること}...=}(89)

{希哲16年4月30日の日記 K#F85E/E74C-F08C}

この日調子やや不安定だった。というより,頭が冴える時間帯遅い方ずれてしまっている一昨日以来,遅い時間になって一日一文執筆やたら捗る,ということが続いている

一日一文ではデライトの本質迫る良い文章書けていたが,24時過ぎたところで生活律動矯正のため中断した。時間を惜しむ内容でもなくなってきたので,じっくり書くことにした。明日ちょうど定休日なので調子を整えたい

第四次宣伝攻勢想像していたより静かな始まりだが,デライトの成功にはむしろぐっと迫った感覚がある一昨日昨日今日と,滅多に書かなかった一般向けまとまった文章書いてみたことで,大きな心境の変化起こっているようだ。デライトについて深く理解してもらうための手段一つとして書き始めたものの,自分自身デライト過小評価していたことに気付かされた

これまでの希哲館訳語などを多用した独特な文章では,全体的に浮世離れし過ぎて,デライトもどこか現実感のないものに見えてしまっていたのだろう。それが,こう平易な文章表現してみると,デライト実現していることとんでもなさが,現実地続きにあることのとんでもなさ相俟って一回りも二回りも強烈に感じられる

いまデライトでは,例えば世間騒がれているイーロン・マスクTwitter 買収どころではないことが起こっているわけだ。この,世にも奇妙な静けさが,かえってデライトの成功イメージ増幅させている。それこそ一夜城のように。

5月1日振り返り日記

{一日一文}{継続出来る}{後悔はなかった}{書いてしまった}{何について}{設けない}{導入していく}{様子を見ながら}{漸進的に}{意識した}...=}(72)

{希哲16年4月28日の日記 K#F85E/E74C-B4BC}

第四次宣伝攻勢開始前日なので,輪郭選り手抜控機能整備くらいは終わらせてしまいたかったが,事務的な用事もあり時間的に中途半端だったため,久しぶりの一日一文書きながら宣伝攻勢方針についてまとめた

文章書いたように,第四次宣伝攻勢は「新生デライト開発実況」という趣向行くことにした。

従来通り朝昼晩1時間ずつ目安とした宣伝加えて一日一文再開することにした。これまでの一日一文は“未来人”の読者想定したかなり長期的視野書いていたため,短期的な成果求めている時にはどうしても後回しになり,継続出来なかった。そこで,ここからはいったん一般読者意識した書き方改め希哲館訳語などは様子を見ながら漸進的に導入していくことにした。デライト宣伝兼ねられるものなら継続出来るだろう。

また,一日一文にはあえて時間制限設けないことにした。何についてどれだけ書くべきかは状況次第だ。この日も,最初は1時間程度で書こう思っていたものの,久しぶりに深夜まで熱中して長文書いてしまった。ただ,大きな意義感じられ後悔はなかった

29日振り返り日記

{デライト}{一日一文}{賢くないデライターに俺はなる}{新生デライト}{知能増幅メモサービス}{希哲16年4月の一日一文}{森を見て木を見る}{向けた}{研究期間}{科学的な}...=}(327)

{第四次宣伝攻勢に向けて K#F85E/E74C-668D}

デライトは,黄金週間初日となる明日29日4度目の宣伝攻勢第四次宣伝攻勢始めるこれを機に中断していた一日一文」の日課再開することにした。

デライトはいま,包括的な改良構想によって「新生デライト」に生まれ変わろうとしている。今回の宣伝攻勢コンセプトは“新生デライト開発実況”だ。この一日一文含めて開発状況開発者考えなどについて積極的に発信していきたい。

森を見て木を見る

3度宣伝攻勢から得た教訓色々とあるが,4度目の宣伝攻勢目前にしてつくづく感じていることは,結局やってみなければ分からない,ということだ。

ソフトウェア開発やっていると,ここが悪い,あそこが分かりにくいなどといったことばかり考えてしまいがちだ。とりわけデライト新奇見える代物なので,開発者利用者も,“デライトの問題点”について考え込み過ぎる嫌いがある。

問題点地道に改善していくのは当たり前のことだが,問題点ばかり見ていると,「問題があることが問題」であるかのような錯覚に陥りがちだ。問題のないソフトウェアなど存在しないので,これは「木を見て森を見ず」でもある。広く使われている全てのソフトウェアは,それぞれに問題抱えながらそれぞれの役割を果たしている。その全体像見ず問題の大きさ正しく見ることは出来ない

そもそも使いやすい UI分かりやすい文書……などと全て兼ね備えた優等生的なソフトウェア世の中どれだけあるだろうか。使いにくかろうが分かりにくかろうが,バグだらけであろうが,“使う必要”があれば使われる。それが現実だ。ツール文書も,必要ならユーザー作り始める昔からそうやってソフトウェア共有されてきた。

そこに革新性があればなおのことだ。誰でも戸惑いなく使える革新的なソフトウェア──そんなものは夢の中にしか存在しないデライトがそうであれば,私はとっくに世界一の有名人にして世界一の大富豪になっている。冷静に考えれば馬鹿馬鹿しい話だが,知らず知らずのうちにそれに等しいことを考えてしまうのが認知バイアス怖さだ。

最大の課題

デライト普及させる上で最大の課題換言すれば,最も手っ取り早い道筋は何かといえば,デライト目指していること理解してもらい,共感してもらい,必要としてもらうことに他ならない。またこういう文章書き始めた理由だ。

デライトは,よくあるメモサービス出来るだけ近付けた知能増幅(IA)サービス名付けて知能増幅メモサービス」だ。一時期「最も使いやすいメモサービスを目指す最も使いやすい知能増幅サービス」表現していたこともあるが,研究室臭いものになりがちなこの種のソフトウェアとしてはすでに驚くほど簡易的で,その点の達成度決して低くないはずだ。

とはいえ,全く新しい領域目指している以上,新しいやり方理解して慣れてもらうしかない部分どう頑張っても残るデライト初心者戸惑いがちなところは,デライトの目的のためにあえてそうしていることが多い多くの人にとっての分かりやすさだけを基準にして最終的に出来るのは,微妙に使いにくいよくあるメモサービスだ。レーシングカー難しさだけを問題視してオモチャの車にするわけにはいかない。

2年ほど前に公開してから,デライトにはそれなりに多くの人来てくれた例に漏れず大半の人黙ってり,一部の人サービスの問題点指摘して去っていった。私が開発者として一番痛切に感じていたことは,そうした問題点大きく感じさせるほどの利用動機小ささだった。「ここが使いにくい」などと言い残して去っていった人達本当に言いたかったことは,「それでもと使うほどの意義見出せなかった」ということなのだと思う

事実デライト使いにくさ分かりにくさ改善して利用者が増えた試しがない。いま日常的に利用してくれているのは,あらゆる面でいまとは比べ物にならないほどデライト貧弱だった時期に,どこかで私がデライトについて語っているのを見て,その可能性興味を抱いてくれた人達だ。

デライトの意義理解したにとってデライトの問題決して大きくない開発者として,そう確信出来る地点ようやく来られた気がしている。あとは伝え方問題なのだろう。

結局は運

もう一つ,商売において陥いりがちに,「生存者バイアス」としてよく知られた認知バイアスがある。成功例背後にある屍の山に,気付きにくい。そして,成功失敗要因として語られることは,結果論でしかないことが多いデライト成功するもしないも,結局は「」によるところが大きい,ということだ。

例えば,売れっ子芸能人がみんな親しみやす万人受けするタイプかといえば,全くそんなことはない。癖が強く,とっつきにくそう多い。彼らは売れたから「それが良い」と言ってもらえるけれども,同じ特徴持っていても売れずに「だから駄目なんだ」と言われているごまんといる万人受けしそうなタイプならタイプで,売れなければ無個性つまらない」などと言われる。そのは,巡り合わせとしか言いようがない

勝てば官軍ではないが,デライトの“とっつきにくさ”とされていることも,何かのきっかけ話題になってしまえば“面白さ”になりうる。その程度のことでしかないのかもしれない。

結局は運」というのは投げ遣りなようでいて,実は非常に前向き覚悟必要な考え方でもある。粘り強く試行繰り返していくこと以上に成功確かなものにするはない,ということだからだ。奇跡のような偶然も,サイコロ振り直し続ければ必然近付いていく

そしてこのデライト自体,すでにソフトウェア開発における奇跡的な生存例だ。ソフトウェア開発世界では,デライトよりずっと低い目標掲げていても,成功どころか動く物すら出来ず頓挫していくプロジェクトごまんとある。その中にあって,これだけの大風呂敷を広げ,この品質実装運用され,少ないながらも利用者がいて,ちょっとした収益化まで出来ている。こんなサービス世界見渡しても他にない

そんな奇跡がなぜ起きているのか。それはやはり,「粘り続けたから」としか科学的な説明のしようがない。デライト自体は公開から2年越えたばかりのサービスだが,研究期間含める20年近い歴史がある。その全て無駄なくデライト結実している。

味方に付けデライトの成功という奇跡起こすために,ひたすら粘り続ける。これを新生デライトの完成向けた宣伝攻勢所信表明としたい。


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{第四次宣伝攻勢}

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