入眠時間の遅さは少しずつ解消しているが,陶練などの日課を省くことも多くなっている。日課をこなしつつ生活律動が維持出来るようになったら完璧だ。

{希哲16年5月27日の日記 K#F85E/E74C-45CB}

{希哲16年5月2日の日記 K#F85E/E74C-2C04}

{希哲16年4月14日の日記 K#F85E/E74C-8D6F}
昨年11月30日から Galaxy S21 5G で写真を撮り始め,写真上信の環境を整えたが,これをきっかけに第二次知番改良,第二次快調期とデライト開発が急進展したため,11月30日の最初の4枚しか上信出来ていなかった。写真よりも開発記録のための画面撮りの上信に活用することが多かった。
最近,良い春の写真が溜まってきたこともあり,なんとかしたいと思っていた。大輪郭整備といいつつ輪郭整備もろくに出来ていなかったので,輪郭整備を兼ねた写真整理という形が良さそうだと考えたものの,間もなく第四次宣伝攻勢という時期で開発時間を削っていいものか,迷いがあった。
この日はサイクリングという天気でもなく,姉が姪達を連れてくるので開発に集中出来そうでもなく,とたまたま輪郭整備兼写真整理に適した条件が揃った。想像していたよりずっと手応えが良く,デライトが豊かに感じられる。やってみて,むしろこれは第四次宣伝攻勢前にやっておくべきことだと気付いた。新生デライトが「仏作って魂入れず」になるところだった。
一日がかりでやれば S21 で撮った写真くらいは終わるかと思ったが,思いのほか量が多いので,開発作業の合間に少しずつやっていくことにした。過去の写真が片付いたら新しい写真をこまめに上信するようにし,デライトにおける日常の表現をより豊かにしたい。また一つ,停滞していた課題が良い方向に滑り出して清々しい気分だった。
日本では S22 の発売日が今月21日になったが,一時考えたように待っていたらこの快調期は別の形になっていたかもしれず,良い春の写真も撮り逃していただろう。そう考えると,あの機種変更も奇跡的な出来事に思えてくる。

{希哲16年3月15日の日記 K#F85E/E74C-4AA3}
12日の脳爆発を引きずってまだ脳疲労感が残っていた。一ヶ月分にも相当するであろう収穫だったのだから仕方ないと,気分転換も兼ねて,半年ほど放置していた Aejs 整備を再開してみることにした。
まずは交度の見直しと軽く違了修正程度出来ればいいと始めたものの,驚くべきことに,作業の続きがよく捗った。これだけ間があくと,作業方針を思い出すのと再整理に時間がかかるのではないかと思っていたが,むしろ中断前より捗った気がする。この半年間での環境整備や設計方針の洗練,知見の蓄積がそれだけ大きかったのだろう。当時は,ゆとりがなく混沌とした状況でもあった。
金風で中断してからなかなか再開出来ず,中途半端な状態で出振るいも出来ず,前縁周りの作業が非常に進めにくい状況ではあったが,この間の収穫を考えれば仕方ないと思っていた。設計面・仕様面での変化も小さくなかったので,再修正の手間も省けた。唯一の懸念だった作業再開にかかる負担が全くと言っていいほど無かったのだから,仕方ないどころか大正解だったと言うべきだろう。
Aejs 整備の中断経緯について記録を振り返っている内に,もう一つの放置課題だった KNEST 隠し実装についても再整理が急速に進んだ。
輪郭選り手抜控機能整備がなかなか進まなかったことで Aejs 整備に入ったのが昨年9月9日だった。14日11歩を最後にそれも止まり,代わりに HTML 隠し実装からの KNEST 隠し実装に重点を移すことにした。頭の整理をしているうちに18日になり,金風が起きた。以後は何度か再開を試みているが継続出来ず,そのまま第二次快調期に突入した。
金風があまりに大きい出来事だったので,このあたりで記憶が分断されている感覚がずっとあった。特に Aejs 整備と KNEST 隠し実装は,第二次快調期でも置き去りになっていた部分で心残りだった。第四次宣伝攻勢に向けて新生デライト開発も佳境というところで二つの強力な武器を上手く取り戻せた。言うまでもなく,極めて大きな収穫だ。
今日は疲労回復のため休みにしたが,次回の陶練からランニングを再開することにした。
これも第二次快調期からほとんど出来なくなっていた。忙しさもあったが,生活習慣の乱れに寒さが重なり,1月には風邪を引いたりもしていたため,大事を取っていた。最近は,少しずつ生活習慣改善も再開出来,暖かくなってきたので大丈夫だろう。
最近の生活習慣改善を「第四次生活習慣改善」とするかと考えたところで,すでに金風以後の生活習慣改善を指して使っていたことを思い出した。用語として考えた12月9日から間もなく第二次快調期に入ったので,目まぐるしさで忘れていたのだろう。とりあえず「第四次生活習慣改善の再開」としておくことにした。

{希哲16年2月18日の日記 K#F85E/E74C-8242}

{希哲16年2月1日の日記 K#F85E/E74C-7E3D}
デライト2周年のことばかり考えていたが,今年でデルン10周年になることを思い出した。
デルンにはデライトと異なり離立というものがなく,希哲6年に少しずつ動き出したものなので,明確に始まったと言える日時があるわけではなかった。
最初の描出は希哲6年2月10日(C++ウェブ開発向けライブラリ)だが,これは確か手定め程度のもので,2月中の新規描出は6輪しかない。それからしばらくのあいだ描出が無くなり,実用化と言える程度に描出が増えるのは正式に K#F85E を登録した4月30日からだ。細かいことはさておき一番早くみれば2月10日でデルン10周年,その3日後にデライト2周年ということになるか。
もう10年かと思いかけたが,これまでに得たものの多大さを思えば,まだ10年,たった10年だ。その内のたった2年でここまで来たデライトの進歩の速さにも驚かされる。

{希哲15年11月23日の日記 K#F85E/E74C-BA61}
ランニング,サイクリングと運動の機会を増やした甲斐もあって,生き生き,きりっとした良い顔付きが戻ってきた。生活の律動感も少しずつ戻ってきた感覚があり,気持ちよく過ごせた。
13日で色々なことがいったん落ち着いてみると,鏡に映る自分がやけに老け込んだように見えた。このままでは老化が加速していく一方だという危機感から生活習慣改善を最優先にしていたが,それが正しかったことを強く実感した日だった。
特に運動の重要性を再認識した。健康上の課題だった睡眠の質も少しずつ改善している。
ランニングもしっかり継続するため,ランニングシューズを買ってきた。適当なスニーカーではアスファルトを蹴った時の衝撃が強く,足への負担が気になっていた。これで快適に走れるようになった。
健康状態の総点検
ここで健康状態を総点検した。現時点での問題意識は大体こんなところか。
睡眠の質
まず,睡眠の質については,深い眠りを得られることが多くなってきたものの,まだ中途覚醒が多い。ここ数ヶ月ほど,就寝中に尿意で覚醒してしまうことがまた増えていたが,運動量が増えたここ一週間ほどは劇的に減った。どうも運動不足による血流の滞りが原因だったようだ。しかし,尿意やかゆみのような身体的な不快感がなくなっても,なぜか何度も中途覚醒してしまう。大抵夢を見ているので,眠りの深さに波があるようだ。
こればかりは,精神的な問題以外考えにくい。心当たりもないわけではない。金風以後,それまで抱えていたある種の問題は一気に解消したものの,ゆとりが出来た分,より重い問題について考える時間が増えた。全体としての精神的負荷はむしろ高まっている。その点では雑務に追われている方がまだマシだった。ただ,これもランニングやサイクリングなどで発散する時間が増え,改善の兆しがある。
眼精疲労
眼精疲労の徴候であろう右目の三重瞼化・目の隈があるため,小休憩時間や蒸しタオルなどを使ってしっかり目を休めることを意識し直すようにした。目薬はしっかり継続出来ている。
ランニング,サイクリングで外出時間が増えたことも目を休めるには好都合だろう。
乾燥
このくらいの時期になってくると毎年気になる手荒れ・唇荒れだが,試しているハンドクリームとリップクリームが自分に合っているらしく,今のところは問題ない。
食事
粗食というほどのことはないが,先月はじめ頃まで頑張っていた三定菜がなかなか作れなくなり,代わりに栄養補給ゼリー飲料で済ますことが増えている。少し家庭内の状況が変わり自分で調理しにくくなっていたこともあるが,だいぶ落ち着いてきたのでまた整えていく。
頭髪
この10日間ほどで薄毛化が止まり,毛量が増えている気がする。これは何度か経験しているが,それにしても不思議な感じだ。ここまで分かりやすく精神状態を反映するものなら,胃腸の調子同様,頭髪の調子も常時観察対象にすべきなのだろう。
白髪については,最近,目立つものはよく切っているので,もう少し時間が経たないと分からない。
顔の歪み
最近,顔の歪みも少し気になっていたが,これもだいぶ改善した気がする。特に口元の歪みが治っているように見える。骨格はそんなにころころ変わるものではないはずなので,表情筋や脂肪の問題なのかもしれない。

{希哲15年11月17日の日記 K#F85E/E74C-677F}
しっかり運動したせいか,昨晩はよく眠れた。最近,睡眠の質が落ちていると感じていたが,やはり運動不足が大きいようだ。
朝から調子が良かったが,まだ疲労感が抜け切っていないため,午後からはのんびり過ごした。
身体の内部的な消耗への懸念から今年一杯は休養が必要かもしれないと思っていたものの,このまま無理せず少しずつ調子を整えていけば1週間程度で高進捗と回復力が釣り合ってきそうだ。急がば回れとはよく言ったものだ。
希哲館事業の重圧なんて本来生身の人間がまともに背負えるものではない,ということを忘れると身を滅ぼす。すっかり日常になり麻痺していた。休み休み引きずっていく,くらいの心構えで丁度良いのだろう。
今日はふと思い立って近くの快活CLUBに行ってみた。大人になってから漫画を読むことがほとんどないので,久しぶりに読みたいと思っていた。
漫画喫茶は,むかし時間潰しで何度か入った都内の店があるが,狭い・汚い・煙草臭いとあまり良い印象が無かったので,適当な所に入るのも気が進まなかった。
そこで,昔一度だけ行った記憶がある近くの快活CLUBを思い出した。確か日本橋に転居する直前くらいの時期だったから,10年以上前のことだ。当時は漫画を読むためではなく,ノート PC を持ち込んで仕事をしようとしていた気がする。自宅での作業がなかなか捗らず,あちこち移動しながら作業環境を変えてみていた頃だ。いま自宅で作業に没頭出来るようになっていることを考えると凄まじい進歩だ。
評判が良いだけあって快適で良い気分転換になったが,試行錯誤していた昔の自分を思い出せたことも大きな収穫だった。ますます今の環境を大事にしようと思えた。

{希哲15年10月31日の日記 K#F85E/E74C-BA88}
今日までに途中のまとめ作業を片付けてから明日の希哲館創立14周年を迎えようと思っていたが,順調に改善している生活律動のため,無理せず来月に持ち越すことにした。雑多な考え事で頭が一杯だったところに,たまたま被った第49回衆議院議員総選挙のせいでまた一つ重い考え事が出来てしまった。
新生デライト開発の再開とともに朝の日課も再開するつもりだったので,ネット環境整備とドメイン名完全集約についてのまとめ,月記の穴埋めは,朝の輪郭整備で少しずつでも片付けていくことにした。
結局,金風が希哲館事業14年目の最後を飾ることになった。15年目でデライト収益目標達成を果せば,それはそれで綺麗な展開だ。
私の政治思想は明快に既成の政治勢力と一線を画しているが,これは選挙権を得た20歳の頃には概ね固まっていた。従って,既成の政党・政治家を積極的に支持することはない,という立場で一貫している。ただ,この立場を正しく投票行動に反映させるのは難しいとも感じていた。
これまでの選挙を振り返ると,ほぼ野党への消極的な投票(消極的野党支持)か棄権のどちらかだった。黙って投票するなら白票よりは消極的野党支持の方が有効だろうと思っていたし,希哲館事業の成り行きの方が日本にとって重大な政治問題であるという考えで,寸刻を惜しむような時期には堂々と棄権してきた。
今回白票を投じることになった理由としては,デライト上で投票記録を取ることを考えるようになっていたことが大きい。これまでは,投票に行ったとしても適当な野党や野党候補に入れるだけだったため,投票先に関しては記録もしていなければほとんど覚えてもいなかった。
しかし,希哲館執務長としての投票行動を公式に記録・公開することを考えると,消極的支持とはいえ特定政党や特定候補者の名前を出すことは誤解を招きかねず,極力避けたい。棄権にも政治参加を否定するような別の誤解を招く可能性がある。となると,白票を投じるしかないことになる。
こう考えて投票を終えた後で,第25回参議院議員通常選挙時のように具体的な投票先を明かさない消極的野党支持という選択肢もあることに気付いたが,それにしても誤解の余地はあり,不透明感は拭えない。結局,白票が一番潔い。「希哲党」と書きたい気持ちもあったが,今は迷惑行為にしかならないだろう。
公開を前提とするなら,白票にも希哲館の政治的独立性を表明する手段としての意義を見出せなくもない。希哲党結党が実現するまでは,この「白票原則」を採用することにした。長年すっきりしない問題だったので,これはこれで大きな収穫だった。

{希哲15年10月20日の日記 K#F85E/E74C-32FE}
