{賢くないデライターに俺はなる}{デライト}{デライトの戦略について}{デライト公式}{待欄調整}{量より質}{意図的}{優先}{雰囲気}{試行錯誤}...=}(24)

{デライトの雰囲気について K#F85E/A-E74C-B5B6}

デライトの戦略について」の続きです。

もとあじさんのおっしゃる通り,今のデライトには入りにくい雰囲気があると思います。ただこれは,半分くらい意図的なものです。

デライトの戦略について」でも説明したようなデライト体制では,限られたリソースをいかに価値あるものに変えるか,「量より質」が特に初期段階では重要になります。

誤解を恐れずに言えば,今は理解あるユーザー優先したい時期です。入りにくいからといって,あまり砕けた雰囲気にして質の低い投稿の割合が増えたり,素行の悪いユーザーが増えてもあまり得はないわけです。

もっとも,意図的といっても程度問題で,ちょっとやり過ぎかな,とか思うことはあります。そこは試行錯誤中ですね。

もう一つ言うと,気楽な雰囲気にしたからといってユーザーが増えるとは限らない,というマーケティング上の現実があります。

実は,もとあじさんと同じようなことを考えて,「待欄(タイムライン)調整」という試みをしたことがあります。デライトを覗くとほとんど常に私(K#F85E)の投稿で埋め尽くされているという時期に,流石にこれでは誰も入れないだろうと,宣伝直後にデライト公式(K#9-C7C6)で見本的な投稿を流すということをしていました。

確かに,その時期は試しに投稿してくれる方が増えましたが,結局,定着してくれるユーザーは皆無でした。簡単な使い方は分かっても,その先にどういう発展的な利用法があるのか分からなければ,デライトに価値を見出せないわけです。結局,この試みは廃止し,高度に利用している生きたユーザーを積極的に見せることにしました。

ここは,凝った使い方をする人も見えれば,気楽な使い方をする人も見える,という多様性重要なのだろうと思います。そういう意味では,皆様のおかげで大分改善されてきたとは思います。

=}(1){あれ}
{ゴミ箱モデル}{デライトの戦略について}{デライトの雰囲気について}{思想について}{開けっ広げ}{政治臭}{思想臭}{思想臭さ}{波風}{人間らしさ}...=}(15)

{あれK#9-EC99/A-FEB3}

開発者さんをふくめた利用者の思想信条が、右巻きだろうが左巻きだろうが一切検閲しない――「なぜならデライトはサービス全体が無限の「倉庫・図書館」であると同時に、巨大な「ゴミ箱」でもあるので、利用価値の高い知識は利用者の目にしやすい場所にとどまり、一方価値の低い知識はある種のノイズとして、集積された他の知識に埋もれていく」みたいなことが、おそらく開発者さんの言いたいことなのだろうと解釈する。
それはそれでいいと思うし、中立を装ってガンガン特定の思想・立場の人々を検閲しはじめた他のSNSよりもはるかに公正だとは思うけれど、筆者が言いたいのはもっとごく単純な話。
ゆくゆく収益化を目指す知識管理サービスとして、一方では「Twitterのような手軽で参入しやすいイメージ」を推進しつつ、もう一方で「思想的政治的な難解なイメージ」を植え付けていくのは、マーケティング戦略としてどうなんだろうという、素朴な疑問。アクセルとブレーキを同時に押している印象。
たとえば筆者は、今現在ある種のデモンストレーションというか、客寄せになればいいと思って、意図的に開発者さんに疑問を呈することで、いわばボクシングの公開スパーリングみたいなやりとりを仕掛けてみているわけだけど、現状大部分のユーザーが、こういう「とりとめもない議論」みたいなところまで踏み込めずに、「見出しだけの書き込み」にとどまっている。
「Twitterのように自由になんでも書き込める」をうたい文句にしながら、「難解なイメージ」が先行してしまって、みんな変に「堅苦しくお行儀よくしなければいけないような空気」が蔓延しつつあるように思える。
もう少しサービス全体に、肩の力の抜けた気楽な空気感を作り出せないもんかという話。くだらないユーモアとか、そういうのを増やすとか。

=}(1){あれ}
{デライトの戦略について}

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