{出振るい}{Aejs 整備}{第四次宣伝攻勢}{省けた}{小さくなかった}{設計面}{第四次生活習慣改善の再開}{暖かくなってきた}{大事を取っていた}{生活習慣の乱れ}...=}(156)

{希哲16年3月15日の日記 K#F85E/E74C-4AA3}

12日脳爆発引きずってまだ脳疲労感残っていた一ヶ月分にも相当するであろう収穫だったのだから仕方ないと,気分転換兼ねて半年ほど放置していた Aejs 整備再開してみることにした。

まずは交度見直し軽く違了修正程度出来ればいい始めたものの,驚くべきことに,作業の続きよく捗った。これだけ間があくと,作業方針思い出すのと再整理時間がかかるのではないかと思っていたが,むしろ中断前より捗った気がする。この半年間での環境整備設計方針洗練知見の蓄積がそれだけ大きかったのだろう。当時は,ゆとりがなく混沌とした状況でもあった。

金風中断してからなかなか再開出来ず中途半端な状態出振るい出来ず前縁周り作業非常に進めにくい状況ではあったが,この間の収穫考えれば仕方ない思っていた設計面仕様面での変化小さくなかったので,再修正手間省けた唯一懸念だった作業再開にかかる負担全くと言っていいほど無かったのだから,仕方ないどころか大正解だったと言うべきだろう。

Aejs 整備中断経緯について記録振り返っている内に,もう一つの放置課題だった KNEST 隠し実装についても再整理急速に進んだ

輪郭選り手抜控機能整備がなかなか進まなかったことで Aejs 整備入ったのが昨年9月9日だった。14日11歩最後にそれも止まり,代わりに HTML 隠し実装からの KNEST 隠し実装重点を移すことにした。頭の整理をしているうちに18日になり,金風起きた以後は何度か再開試みている継続出来ず,そのまま第二次快調期突入した。

金風があまりに大きい出来事だったので,このあたりで記憶分断されている感覚ずっとあった特に Aejs 整備KNEST 隠し実装は,第二次快調期でも置き去りになっていた部分心残りだった。第四次宣伝攻勢向けて新生デライト開発佳境というところで二つ強力な武器上手く取り戻せた言うまでもなく極めて大きな収穫だ。

ただ,結局どっちを向いても脳爆発で,脳疲労癒えなかった


今日疲労回復のため休みにしたが,次回陶練からランニング再開することにした。

これも第二次快調期からほとんど出来なくなっていた忙しさもあったが,生活習慣の乱れ寒さ重なり,1月には風邪を引いたりもしていたため,大事を取っていた最近は少しずつ生活習慣改善再開出来,暖かくなってきたので大丈夫だろう。

最近の生活習慣改善を「第四次生活習慣改善」とするかと考えたところで,すでに金風以後生活習慣改善して使っていたことを思い出した用語として考えた12月9日から間もなく第二次快調期入ったので,目まぐるしさ忘れていたのだろう。とりあえず第四次生活習慣改善の再開」としておくことにした。


16日振り返り日記

{デライト}{希哲館事業}{『希哲日記』}{希哲15年}{希哲15年1月19日4歩}{希哲15年1月19日3歩}{近付いている}{ネット交通整理}{希哲15年1月18日}{振り返り日記}...=}(36)

{希哲15年1月18日の日記 K#F85E/E74C-2641}

今年から希哲館事業がまた新しい段階に進んだように感じていたため,久しぶり希哲館史整理した。

草創期希哲元年11年)から小康期(〜12年)を挟んで,以後は黄金期に向けての黎明期と位置付けていた(希哲12年11月4日の日記)。今はまだ黄金期とはいえないものの,これまで黎明期と呼んでいた期間とも明らかにが変わっている。

黎明期」の代替案として「累新期」という表現を考えていたことを思い出し,仮にこれを採用することにした。昨年末のデライトに起きた変革を「デライト累新」と呼ぶことにしていたので丁度いい。

希哲館黄金期知の黄金郷に手を伸ばせば届きそうなほど近付いていることを改めて実感した。

いまデライトでやろうとしているインターネット改革というのは「ネット交通整理」でもあるんだな,などと考えたりもした。

また,日記の付け方を見直した。

忙しさ日記を付けられない日が多くなり,ある程度過ぎた日付の日記には「振り返り」や「加筆修正」などと末尾に書いて後日まとめることがあったが,感覚的なもので基準明確ではなかった。

今後,当日30時までに書けなかった日記一律振り返り日記」として,その旨を末尾に記しておくことにした。ただし,本当に加筆修正程度のことであれば「加筆修正」と書いておく。

19日振り返り日記

{忙しさ}{希哲14年12月31日}{希哲14年12月31日のツイスト}{2ヶ月}{振り返り}{ツイスト}{社会人}{冷静}{忙しい}=}(9)
{忙しさ}

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