定休日なので利楽して過ごした。ここしばらく,休日といっても何かしら作業をせずにいられなかったが,この日は久しぶりにぼーっと出来た。
金風以後,事務的な問題は片付きつつあるが,それよりも,人生設計や人生観の問題にまで波及しているのがなかなか重たい。とにかく色々なことをしみじみと考えてしまう。
特に急浮上していたのが「鎌倉問題」だった。発足から間もなく出来た鎌倉本館構想とともに私と希哲館事業は歩んできた。これを抜本的に見直す必要を感じていた。
2時間ほどぶらぶら散歩をしながら考えた結果,浦安分館を浦安本館に,鎌倉本館を鎌倉分館に,希哲館本館の位置付けを交代させることにした。
希哲館事業にとっては画期的な方針転換だが,意外にもあっさり決断出来た。環境に対する認識の変化,事業の足回りに対する意識の高まり等,この十余年の積み重ねがあったところで,金風が決定打になったのだろう。気付けば,鎌倉にこだわる理由も無くなっていた。最初の開拓者精神を思い出せば尚更だ。
3月頃に鎌倉の物件探しから鎌倉本館構想が再燃したが,これがかえって構想の寿命を縮めた気がする。より現実的に考えるようになったことで,より現実的な問題が浮かび上がってしまった。
浦安を最重要拠点の一つと位置付けている以上は,鎌倉に移っても頻繁な往復をすることになる。いずれにせよ,交通網や経済基盤の観点から浦安の方を軸にせざるをえない。日本橋の経験を踏まえても,鎌倉に限らず,今の環境以上に希哲館事業に適した環境は考えにくい。鎌倉分館や別荘などを通して鎌倉との繋がりは持てるし,名目と実質を一致させただけで,実際に出来ることは大差ないのかもしれない。
早速,久しぶりに思い出した娃天地区構想も含めて,鎌倉本館構想から浦安本館構想への再構成を始めた。