{一日一文}{希哲館訳語}{のうのう}{希哲館事業の原点}{30代半ば}{希哲14年}{過言ではない}{思い出話}{ひよっこ}{閃き}...=}(69)

{希哲館事業についての漠然とした思い出 K#F85E/A-E74C-7347}

最近,思い出話のような一日一文が続いているので,どの部分についてでもなく,希哲館事業全体についての思い出を書いてみたくなった。漠然とした思い出話を成り行き任せで書いてみよう。

思えば,17歳の時に輪郭法閃き,もう30代半ばだ。輪郭法の閃きが希哲館事業の原点で,大人と言える年齢18歳だとすれば,少年時代の最後から今にいたるまで,私はこの事業とともに歩んできたことになる。閃き以前より以後の人生の方が長い。そういう意味では,“人生そのもの”と言っても過言ではない

もっとも,スポーツのような分野ならともかく,実業研究のように蓄積が物を言う世界10年20年なんて大した歳月ではない。ひよっこに毛が生えたようなものだろう。そう考えると,20年足らずでよくここまで来れたものだ,という気もする。


輪郭法というのはデライト基礎にもなっている理論で,認知機能を「立体階層構造」として勘報(コンピューティング)利用出来るように形式化するものだ。

これが情報技術を大きく変えうるものである,とすぐに気付いた。そこまでは良かった。それだけなら,ビル・ゲイツのように大金持ちになって万歳,というだけの話だ。

この理論とその応用技術はそれだけでは終われない,ということに気付くのにも時間はかからなかった。これは人類のあり方を一変させる技術になる……後に「世界初の実用的な知能増幅(IA)技術」という言葉で表現することになるこの技術は,明確な哲学に基く「新近代化事業」の一環として捉える必要がある。希哲館事業構想の始まりだ。

その当時とは比べ物にならない経験知識技術資産を持つ今ですら,この構想の全体について考えると気が遠くなりそうだ。当時の私が背負えるわけもなく,当然ながら精神的混迷に陥った。


それからなんだかんだあり,希哲6(2012)にはデルンが出来,希哲館事業構想成熟し,希哲館訳語のような蓄積も出来,昨年にはデライトも始めることが出来た。そして今,デライトの成功目の前だ。

家族からデライト用者ユーザーにいたるまで,多くの人に助けられて今がある。これだけの構想を背負って,晴れ晴れとした顔でのうのうと暮らせているだけで奇跡のようなことだろう。

これからも感謝とともに歩み続けよう。

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{一日一文}{新技術}{文化施設}{輪郭法の歴史}{希哲館事業の歴史}{建築構想}{ややこしい}{閃き}{個人知識管理}{社会}...=}(66)

{なぜデライトに希哲館事業が必要だったのか K#F85E/A-E74C-6F49}

私は希哲館事業,希哲館事業とよく書いているが,それについてまとまった文章がほとんど無い。近いうちに解説文を書くつもりだが,今日は簡単に,「なぜデライトに希哲館事業が必要だったのか」を書いてみたい。

希哲館事業とは,簡単に言えば,「社会輪郭法最大限活用出来るようにするための事業」だ。輪郭法というのはデライト原理にもなっている理論で,このような技術実装し,普及活動を担い,より良い活用の仕方を探求しているわけだ。


希哲館事業の歴史は,輪郭法の歴史と同じくらい長い。というのも,輪郭法を私が閃いたのとほとんど同時に生まれたからだ。

私が17歳で輪郭法を閃いた時,これが知能増幅(IA)技術につながることに気付いた。それと同時に,単なる技術に留まらない可能性課題があることにも気付いた。これは現代人人生観世界観政治経済あり方をも大きく変える発明になる。少年時代の私はそう直感した。

そこで,輪郭法とその応用技術中心に,超現代的な全く新しい思想体系社会基盤構築する事業構想した。これがつまり,希哲館事業の青写真だ。

希哲館」は,事業の拠点となる機関文化施設として構想したもので,建築構想でもある。その名には,輪郭法による「希哲フィロソフィー」の復興という思いを込めた。希哲元(2007)年11月1日希哲館事業は発足した。


個人知識管理というものを突き詰めていくと,それは知能増幅技術になる。そして知能増幅技術には,それを取り巻くあらゆる課題に対応する包括的事業必要になる。デライトに興味があっただけなのに,希哲館事業なんてややこしいものが出てきて面喰らった人も多いだろうが,全て必然だ。そして,それだけの背景を持っているのは,世界を見渡してもデライトしかない。

もう一つ,希哲館事業自体が,知能増幅技術としてのデライトの「デモンストレーション」になっているという側面がある。どんな新技術にも,見本になるものが要る。人類史上最大の事業構想とも言える希哲館事業構想以上にデライトの性能実証するものは無いだろう。

{デライト宣伝}{自我アイコン}{デライト収益模体}{あれ}{デライトの現状}{道半ば}{恵まれた状況}{王手をかける}{描出実況}{希哲15年1月4日}...=}(69)

{希哲15年1月4日の日記 K#F85E/A-E74C-6ABD}

今後の適切施策のためにも,デライト現状再確認した。

デライトは,理論技術献典など様々な面において極めて高い独自性を有し,他のサービスにない高機能性道半ばとはいえそれなりの軽常性実現し,その全ての権利権限開発者自身が完全掌握した状態にある。

まだ収益化こそ出来ていないが,収益模体完成しており,宣伝感触良好であり,諸指標堅調推移を続けている。超高効率経営運用によって財政的にも持続可能状況にあり,少なくとも私が健康である限りは潰れない。

総合的に見て,ネットサービスとしてはこの上なく恵まれた状況にあると言っていい。ただ,成功王手をかけながら詰め切れない,一番歯痒い時期でもある。

課題集客,より厳密には活動用者を増やすことの一点に絞り込める。

今日は,YouTube あたりで「描出実況」などとして,デライト具体的使い方を伝える活動を始めることも検討した。以前から頭の片隅にはあったことだが,動画編集にも時間がかかることを考えると難しかった。もう少しが出来れば時間対効果が釣り合いそうではある。

差し当たり,デライト宣伝最小限に留め,新しい宣伝材料にもなりそうな自我アイコン実装注力することにした。

{希哲14年9月の月記}{デライト収益模体}{希哲14年9月5日}{デライトの宣伝}{筒路}{潜在意識}{『希哲日記』}{デライト収益化}{向かう所敵なし}{デライト開発}...=}(36)

{希哲14年9月5日の日記 K#F85E/A-5B28-ECD7}

今日の開発では,また一つ長い筒路を抜けて新しい展望が開けた感があった。

昨晩,珍しく絡みのを見た。荒唐無稽なものではなく,宝くじか何かで臨時収入のあった人からデライト開発資金調達が出来たという妙に生々しい夢だった。

滅多に見ない種類の夢だったことで細かく覚えているが,ちょうど今日デライト収益化に大きく接近したことを考えると,潜在意識変化があったのかもしれない。

希哲館事業は今,構想理論技術……その他諸々の条件をほぼ完璧に揃え,あとは収益化さえ実現出来れば向かう所敵なしという状況にある。その収益化も,少し前にはそれこそのような話だったが,デライト収益模体完成し,宣伝感触も良くと,限りなく現実に近付いている。

総合的到達点高さの中で,最後の欠点ともいえる収益性に対する意識は日毎強くなっているのだろう。

{理論}=}(1)
{KNEST 模動}{属知}{希哲14年6月16日}{進捗時限}{収穫}{進展}{タイマー}{理論}{開発}{開発記録}=}(10)

{希哲14年6月16日の開発 K#F85E/A-5B28-1A38}

属知」や KNEST 模動など,理論面での進展あり。特に KNEST 模動は小さくない収穫だった。

今日からタイマーと使い方を変え,進捗時限内に作業をきっちり終わらせることを改めて意識しなおす。

先眉は初日こそ快調だったものの,疲れのせいか開発作業失速してしまった。その代わり,生活改善は進んだ。

今眉では先眉の目標を引き継ぎ,必要機能実装を終え,20日までの残り2日間で調整を終えたい。

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{個人知識管理サービス}{希哲14年5月15日}{希哲14年5月15日のツイスト}{デライト}{ツイスト}{売り込み}{自負}{最先端}{時機}{理論}...=}(12)
{希哲14年5月12日のツイスト}{希哲14年5月12日}{17歳}{ツイスト}{非言語思考}{あれ}{希哲館事業}{理論}{デルン}{輪郭法}=}(10)
{デライト周辺調査}{市場環境}{個人知識管理}{希哲14年5月9日のツイスト}{希哲14年5月9日}{メモサービス}{デライト}{実装力}{ツイスト}{売れる}...=}(14)
{理論}
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