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{翻訳と実践 K#F85E/481D}

日本語における翻訳,特に単語訳の技法は驚くほど未熟だ。こと西洋思想哲学宗教情報技術関連の翻訳作業をしていると痛感する。

幕末から明治時代にかけて,大量の外来語が日本語に翻訳された時代を私の用語で「(第一次)大翻訳時代」と呼んでいる。大翻訳時代の翻訳技法にもいくつか難点があるが,それでも現代語彙に与えた影響は計り知れない。

大翻訳時代について注目すべきは,翻訳に実践と権威が伴なっていたという点だろう。この時代に数々の訳語を生み出した人々の多くはその道の実践者であり,まず自分で使うために言葉を造っていた。また,ごく少数の権威ある学者や官僚などとして,その言葉を広める影響力を有していた。良くも悪くも押し付けることが出来た。その押し付けの悪かった例が,「希哲学」を「哲学」として広めてしまったことだ。

現代ではかなり事情が異なる。専門分化によって,翻訳に必要な日本語・外国語の素養が,何らかの専門分野に関する深い知識と両立しないことが多い。だからまず,大抵の翻訳は単に上手くない。いろいろと思いついて提案はしてみるが,まず自分で使ってみるという人も少ない。言葉も道具だから,使ってみなければ不具合も分からない。

いまの政府にも大学にも,独自の訳語を押し付けられるような権威はない。例えば情報技術なら,最大の権威はアメリカ合衆国の産業界にある。日本全体がアメリカで生まれたものをただ追いかける,という状態では,誰も自信を持ってこの言葉を使おうとは言えない。翻訳とは,ある言語が外部から概念を取り込み整理していく綜合の過程であり,まず言語話者に主体性がなければならない。いわゆる哲学であれ情報技術であれ,共通しているのは,主体的かつ体系的に,自らの言葉で思索し実践する日本人が少なすぎるということだ。

その意味で希哲館は,広大な実践空間でもある。翻訳に関して私が重視していたのは特に希哲学新訳希哲学と情報技術の分野だが,ただ言葉の上っ面だけを考えているわけではない。両分野の全域にわたる最先端の研究内容を,希哲館単独で有しているということ,これが翻訳上最大の武器だ。

ここから第二次大翻訳時代を始めよう。まったくの偶然だが,宇田川榕菴らを出した蘭学の名門と同じ宇田川姓なのも運命かもしれない。

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{翻訳論}

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