{希哲15年8月28日の開発}{制危上の問題}{導入の敷居}{実験的 API}{簡易ウェブ捌き}{領下譜類}{Native File System API}{希哲15年8月28日の進捗時限}{希哲15年8月28日の進捗}{希哲15年8月28日}...=}(36)

{希哲15年8月28日8歩 K#F85E/A-E74C-9492}

公開設定機能領下譜類として扱う設定加える検討終了

デルン譜類管理系として利用するは以前からあり実験的なこともしていたが,簡易ウェブ捌きでも作らないと領下譜類を扱うのは難しいと考えていた。

しかし,どのみち高い導入の敷居を考えれば,Native File System API のような実験的 API拡張機能利用することを考えてもいいかもしれない。

ただし,輪郭の内容を領下に保存していても舞覧で扱う以上制危上の問題ゼロではなく,デライト側の瑕疵誤送信などが発生する可能性はあるので,あくまでも将来的可能性に留めておく。

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{あれ}{不思議な道程}{9年後}{再組織化}{回復機能}{9年前}{脳任せ}{間違ったこと}{勝手なこと}{起こりうる}...=}(93)

{希哲15年8月24日の日記 K#F85E/A-E74C-501C}

そろそろ新生デライト実装作業本腰を入れないとまずい,と今後の組計をざっと見通してみて,少し驚いた

9月中に決着をつける10月延長戦持ち込むかを9月10日に決めるとして,残り17日間今月雑務処理明日1日使うため,実質16日間ある。今月初めから実装作業没頭して9月中頃に新生デライトの完成という見通しだったことを考えるとずいぶん圧迫されたようだが,不思議とまだゆとり感じている

作業方針組計整理開発環境整備や諸検討大きな進展等々によって,月初とは比べ物にならないほど新生デライト開発見通しが良くなっているからだろう。今月の雑務処理にしても,月初には5日程度を見ていたが1日短縮出来た。ちょうど過ごしやすい季節になりつつあり,これまでが良い夏休みだったような気さえしてきた。

この状況なら,今後16日間での新生デライトの完成収益目標達成にも十分期待出来る。多少の計算違いがあっても吸収出来る程度のゆとりもある。現状を踏まえると,完璧に近い組計だ。これを無意識下整えていたと思うと,やはり不思議な気分だ。

多少の懸念はある。ただの事故無視するとしても,まだ脳の暴走起こりうる。とはいえ,勝手なことはよくしても,間違ったことはほぼしなかっただ。想定外方向走るとしたら,それがより良いだからだろうと思える。

最近の「脳任せ」ぶりについて考えていたら,デルンの実用化を果した頃のことを思い出した9年前の今頃も,もう意識的整理出来ない情報詰め込み,「決壊」させ,生理的回復機能利用して再組織化させようとしていた。

その混沌からデルン誕生したわけだが,9年後にこんな形で希哲館事業発展しているとは想像出来なかった。そういう意味では,ずっと不思議な道程で来ている。想定外なんて今更な話だった。

かつての成功体験思い出したことも,良い兆候だと思っておこう。

{気が引き締まる}{似たようなもの}{片付いた}{デライトの歴史的意義}{実務的な問題}{memex}{希哲15年8月17日}{ハイパーメディアの原点}{ハイパーメディアの集大成}{輪郭整備}...=}(39)

{希哲15年8月17日の日記 K#F85E/A-E74C-BBE1}

実務的な問題についての考え事片付いたと思ったら,ここ数日,デライトの歴史的意義についての考え事増えてしまった。描出思考にすることで輪郭整備にもなるが,そろそろ実作業集中したい。

やはり,デライトは,memex あたりのハイパーメディアの原点から続く「ハイパーメディアの集大成」と捉えるべきなのだろう。そう考えると,積極的ウェブ戦略必然にして正統だったのだという思いが強くなる。

久しぶりに「シンメディア」という言葉思い出した。これは,ハイパーメディアザナドゥ計画ハイパーファイルWinFS統合し,完成させるというデルン構想だったが,集大成という意味では似たようなものだ。

そんなことを考えているうちに気が引き締まり,開発作業捗るようになってきた。持ち辺を上げられるだけ上げられて結果的良かったのかもしれない。

{一日一編}{宇田川全集}{希哲15年4月7日}{希哲15年4月1日}{ポモドーロ法}{希哲13年5月26日}{希哲13年5月16日}{デライト}{日課}{希求主義文学}...=}(17)

{一日一文 K#F85E/A-5B28-6184}

デルンデライト)上で毎日一つの文章を書くという日課

宇田川が希哲8年2014年から断続的に行ってきた。

これまでの一日一文

歴史

デルン実用化後の希哲8年9月26日,「一日一章」として始める。その後,「一日八章」などとして自分に重荷を課していくが,継続出来なかった。

希哲13年5月16日簡素に徹し「一日一文」と改めて再開を決め,27日からポモドーロ法を組み合わせる形で再開するが,デライト正式離立後からまた途絶えていた。

希哲15年4月1日新生デライト開発軌道に乗ったことでまた再開を考え始める。

希哲15年4月7日,再開(「一日一文『道草録』再開とデライト近状」)。

{デルン}
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