{希哲16年2月13日の日記 K#F85E/E74C-DA33}
宇田川浩行デライトも2周年を迎えた。希哲14年2月13日24時15分,なんとかデライト正式離立に漕ぎ着けた時の生々しい感覚は今でもよく覚えている。
今日を「デライトの早期成功」の目安としたのは昨年9月7日,金風が起こるわずか11日前のことだ(9月7日の日記)。金風で状況整理が困難になった後は,組計上ほとんど唯一の目印になっていた。
そして今,デライトは非常に評価の難しい状況にある。手放しで成功と言うには収益額が低過ぎるが,不成功と言うにはあまりにも理想的な状況にある。
金風後に「デライト収益目標達成」を「デライト収益乗軌化」に改め,一時的な収益額よりも持続的な成長軌道に乗せることを重視するようになった(11月1日の日記)。その点に限れば成功したと言えなくもない。当時の想定より低過ぎる収益額にもかかわらずそう思えるのは,金風がそれだけの時間稼ぎをしてくれたからでもあり,目先の金銭以外の収穫が想定をはるかに越えて多大だったからでもある。
今のところ,デライトにも希哲館事業にも不安はない。とっくに収益面以外では理想的な状態にあったのだから,まさに「鬼に金棒」だ。
今は黄金状態を極力維持し,黄金循環を加速させ続けることくらいしか新しい目標も思い付かない。もう人類の限界というか物理的な限界に近い気がするので,これ以上無理をしても早死にするだけだろう。
成功したのかどうか,頭で考えようとすると訳が分からなくなってくるが,とりあえず気分は最高だ。
それを象徴するかのように,今日は“空を飛ぶ夢”から目覚めた。人間が腕をばたばたさせると鳥のように飛べる世界で,仲間に混じって自分もやっと飛べた,という新鮮な夢だった。
昔から,希哲館事業を背負う自分は飛べそうで飛べない幼鳥みたいなものだと思っていた。それはもどかしさでもあり,嬉しさでもあった。何せ,希望を持つことすら絶望的な事業として始まったのだから,飛び立つ希望を持てるだけで奇跡のようだった。
それが本当に飛べるようになるというのは,奇跡の先の奇跡,夢のまた夢が現実になるようなことだ。今は訳が分からなくて当然なのだろう。