{写真}{『希哲日記』}{希哲16年2月}{希哲12年}{希哲11年}{分かる}{機種変更}{撮れない}{落としたくない}{役割分担}...=}(193)

{希哲15年11月27日の日記 K#F85E/E74C-0E26}

一昨日考えた関宿町までの日帰り自転車旅行小手調べに,河原のあたりまで走ってきた,こんな河川敷連れてきてくれた記憶微かにあったが,それが江戸川河川敷緑地だったと分かってすっきりした

道中黒い影映り込む不具合のある Galaxy S8 のカメラでも撮りたくなる素晴らしい景色色々あったので,少し撮っておいた


昨日カメラについて色々考えて久しぶりにカメラ熱上がっていたところだが,いずれにせよスマホカメラをこの状態にしておくわけにはいかないと撮りながら感じていた経験上コンデジでも常に持ち歩くのは辛いふらっと外出した時など,スマホカメラ頼らざるをえない場面多々ある。

ここで,「カメラのための機種変更」という選択肢急浮上した。

Galaxy S8 も一応希哲11年(2017年)当時高級機種なので悪いカメラではないが,まだおまけ域を出ない印象だった。特に夜景まるで駄目で,希行寸写用カメラとしては頼れない性能だった。複眼化などでスマホカメラ高性能化目立つようになってきたのが S8 発売翌年頃からで,高級コンデジ一眼レフ劣らない存在感が出てきたのはここ2年くらいのことだ。

その雰囲気だけはなんとなく感じ取っていたが,実際高級コンデジ購入検討した後で同価格帯最新スマホカメラとして見ると,携帯性はもちろん,ネットGPS 連携補正編集機能などを含めた総合力で全く見劣りしない。それどころか,寸写用カメラとしては理想的ですらあるように思えてくる

機種変更については,Galaxy S8電池膨張起こしてから検討したが,決め手がなく保留状態だった。元々携帯電話嫌いスマホ嫌いで,S8 から渋々スマホ使い始めてからも性能依存するようなことはほとんどしていない。S8リフレッシュ品交換してからカメラ不具合はあったが,大して使っていなかったので相変わらず機種変更への意欲湧かなかったカメラも含めてあらゆる面中途半端で,好きでもなく期待もせず使うもの,というのがこれまでの私のスマホ観だった。

そんなスマホに関する最大の不満は,性能ではなくスマホケース3192GS8寿命を迎えつつあることだった。見た目はともかく,ホルダー劣化角度によって簡単に外れるようになったし,留め具ちぎれそうだった。扱う時に気を使うようになってしまった。しかし,スマホケース買い替えるなら機種変更だろう,というところで止まっていた

ここに最新のスマホカメラという新たな動機加わってからは自分でも驚くほど早かったってもいいと思っていた S22 も,日本発売される見通し来年春まではとても待てない海外では2月頃とされているがそれも辛い。その間,撮れたはずの写真撮れないことになる。待てないなら出来るだけ急ぐべきだろうと思ったサイクリングから帰った正午頃から再検討始めて16時前には Galaxy S21 5G注文済ませていた。これで歯痒かったスマホ問題”も一気に解決向かうこととなった。


移行先機種は,店頭実機触ってみた感じ最有力候補だった Galaxy S21 5G にした10月5日の整清記録

S21 Ultra 5Gドコモでしか扱っていないため以前検討した時は気付かなかったカメラ性能には惹かれたが,大き過ぎる感じた S21+ 5G よりも更に大きいという考えにくい選択肢だった。そのうちカメラ専用機併用すると考えた時,役割分担観点から携帯性落としたくない要素だった。

12月5日振り返り日記

{用者}{デライト開発}{デラング}{『希哲日記』}{希哲11年}{手定め}{遠ざかる}{遅らせた意義}{引っかかっていた}{待っていた}...=}(93)

{希哲15年10月27日の日記 K#F85E/E74C-57D7}

昨日開発環境整備一環として消極的に考えていた SLFS 開発の再開だが,献典整備としての可能性もあることに気付き,新生デライト開発とともに再開することを決めた

当然ながら無駄に新生デライト開発圧迫するわけにはいかないので,相乗効果生み出すようにやっていきたい

SLFS希哲11年実用化してから,あえて深追いすることを避けてきた。ほとんどは実用上の問題が生じた時に設定パッケージ引装などを行うくらいで,それも SLFS 開発というよりは用者として使っているという感覚であり,事実上開発停止状態に近かった。

直接収益化結び付けるのは極めて困難予想されたため,パッケージ下信ダウンロード引装インストール手定めにかかる時間最小化するための極力良いネット環境高性能開発機,そして十分な時間用意する必要があると考えていた

SLFS希哲社にとっても大きな財産だったが,自分で使っているだけということに「死蔵」というべきもったいなさ常々感じていた時間の経過とともに忘れていること増え保守性落ちていた。これを改めて実感したのが昨日の核脳カーネル周りの調査だった。

SLFS 開発から遠ざかるようになっておよそ一年後デライト開発に入り,デラングも含めて描出環境描出手法飛躍的な発展遂げ今にいたる。希哲11年に比べ,技術記録もはるかに描き出しやすくなっている金風によって多少の時間的余裕も出来た。

こうした環境の変化によって,気付けば十分な時間対効果見込めるようになっている。SLFS にもようやく世に出せる時が来たということだろう。新生デライト開発の再開前に何かが引っかかっていたが,この時を待っていたのかもしれない。それなら遅らせた意義もある。


昨日に続き5時前起床は出来たが,短時間睡眠続きなので早く寝ることにした。

28日振り返り日記

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{希哲12年}{希哲11年}{希哲12年12月10日}{開発渋滞}{希哲12年2月18日}{大渋滞}{虎哲開発}{渋滞}=}(8)

{希哲11年開発渋滞 K#F85E/4686-F96A}

希哲11年の終わりごろから希哲12年現在にかけての虎哲開発の停滞。問題が増えすぎたか。

希哲12年2月18日,「大渋滞」という仮称で概念化,問題を整理する。

特に実感しはじめたのは,希哲11年末に予定していた捌き手増強作業の遅れ。出振るい環境を整理しないまま SLFS に移行したため,開発環境・運用環境間での整合性が取れなくなっている。また,SLFS 移行から考えられることが急激に増えたため,全体として気が散る環境になっている。希哲館事業全体としては進展が多く,停滞しているわけではない。

また,希哲12年11月1日以降,生活環境も多少変わっているため単純に使える時間が減っているということもある。

課題を絞り込むとしたら出振るい環境の整理。イチの開発を進められる環境を整えること。さらにこのためには,コマを整える必要もある。パッケージ管理などの問題もある……と芋蔓式に課題がある。全般的な作業効率改善のためにコマの整理に焦点を定める。

デライト離立を目前にした希哲12年12月1日頃から急速に捗り始め,希哲12年12月10日解消を認定した。それと同時にこの概念を「開発渋滞」(development jam)として一般化,この事象は「大渋滞」から「希哲11年開発渋滞」と呼ぶことにした。

{希哲11年}

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