{賢くないデライターに俺はなる}{新生デライト}{知能増幅メモサービス}{一日一文}{希哲16年4月の一日一文}{森を見て木を見る}{向けた}{研究期間}{科学的な}{粘り続ける}...=}(327)

{第四次宣伝攻勢に向けて K#F85E/E74C-668D}

デライトは,黄金週間初日となる明日29日4度目の宣伝攻勢第四次宣伝攻勢始めるこれを機に中断していた一日一文」の日課再開することにした。

デライトはいま,包括的な改良構想によって「新生デライト」に生まれ変わろうとしている。今回の宣伝攻勢コンセプトは“新生デライト開発実況”だ。この一日一文含めて開発状況開発者考えなどについて積極的に発信していきたい。

森を見て木を見る

3度宣伝攻勢から得た教訓色々とあるが,4度目の宣伝攻勢目前にしてつくづく感じていることは,結局やってみなければ分からない,ということだ。

ソフトウェア開発やっていると,ここが悪い,あそこが分かりにくいなどといったことばかり考えてしまいがちだ。とりわけデライト新奇見える代物なので,開発者利用者も,“デライトの問題点”について考え込み過ぎる嫌いがある。

問題点地道に改善していくのは当たり前のことだが,問題点ばかり見ていると,「問題があることが問題」であるかのような錯覚に陥りがちだ。問題のないソフトウェアなど存在しないので,これは「木を見て森を見ず」でもある。広く使われている全てのソフトウェアは,それぞれに問題抱えながらそれぞれの役割を果たしている。その全体像見ず問題の大きさ正しく見ることは出来ない

そもそも使いやすい UI分かりやすい文書……などと全て兼ね備えた優等生的なソフトウェア世の中どれだけあるだろうか。使いにくかろうが分かりにくかろうが,バグだらけであろうが,“使う必要”があれば使われる。それが現実だ。ツール文書も,必要ならユーザー作り始める昔からそうやってソフトウェア共有されてきた。

そこに革新性があればなおのことだ。誰でも戸惑いなく使える革新的なソフトウェア──そんなものは夢の中にしか存在しないデライトがそうであれば,私はとっくに世界一の有名人にして世界一の大富豪になっている。冷静に考えれば馬鹿馬鹿しい話だが,知らず知らずのうちにそれに等しいことを考えてしまうのが認知バイアス怖さだ。

最大の課題

デライト普及させる上で最大の課題換言すれば,最も手っ取り早い道筋は何かといえば,デライト目指していること理解してもらい,共感してもらい,必要としてもらうことに他ならない。またこういう文章書き始めた理由だ。

デライトは,よくあるメモサービス出来るだけ近付けた知能増幅(IA)サービス名付けて知能増幅メモサービス」だ。一時期「最も使いやすいメモサービスを目指す最も使いやすい知能増幅サービス」表現していたこともあるが,研究室臭いものになりがちなこの種のソフトウェアとしてはすでに驚くほど簡易的で,その点の達成度決して低くないはずだ。

とはいえ,全く新しい領域目指している以上,新しいやり方理解して慣れてもらうしかない部分どう頑張っても残るデライト初心者戸惑いがちなところは,デライトの目的のためにあえてそうしていることが多い多くの人にとっての分かりやすさだけを基準にして最終的に出来るのは,微妙に使いにくいよくあるメモサービスだ。レーシングカー難しさだけを問題視してオモチャの車にするわけにはいかない。

2年ほど前に公開してから,デライトにはそれなりに多くの人来てくれた例に漏れず大半の人黙ってり,一部の人サービスの問題点指摘して去っていった。私が開発者として一番痛切に感じていたことは,そうした問題点大きく感じさせるほどの利用動機小ささだった。「ここが使いにくい」などと言い残して去っていった人達本当に言いたかったことは,「それでもと使うほどの意義見出せなかった」ということなのだと思う

事実デライト使いにくさ分かりにくさ改善して利用者が増えた試しがない。いま日常的に利用してくれているのは,あらゆる面でいまとは比べ物にならないほどデライト貧弱だった時期に,どこかで私がデライトについて語っているのを見て,その可能性興味を抱いてくれた人達だ。

デライトの意義理解したにとってデライトの問題決して大きくない開発者として,そう確信出来る地点ようやく来られた気がしている。あとは伝え方問題なのだろう。

結局は運

もう一つ,商売において陥いりがちに,「生存者バイアス」としてよく知られた認知バイアスがある。成功例背後にある屍の山に,気付きにくい。そして,成功失敗要因として語られることは,結果論でしかないことが多いデライト成功するもしないも,結局は「」によるところが大きい,ということだ。

例えば,売れっ子芸能人がみんな親しみやす万人受けするタイプかといえば,全くそんなことはない。癖が強く,とっつきにくそう多い。彼らは売れたから「それが良い」と言ってもらえるけれども,同じ特徴持っていても売れずに「だから駄目なんだ」と言われているごまんといる万人受けしそうなタイプならタイプで,売れなければ無個性つまらない」などと言われる。そのは,巡り合わせとしか言いようがない

勝てば官軍ではないが,デライトの“とっつきにくさ”とされていることも,何かのきっかけ話題になってしまえば“面白さ”になりうる。その程度のことでしかないのかもしれない。

結局は運」というのは投げ遣りなようでいて,実は非常に前向き覚悟必要な考え方でもある。粘り強く試行繰り返していくこと以上に成功確かなものにするはない,ということだからだ。奇跡のような偶然も,サイコロ振り直し続ければ必然近付いていく

そしてこのデライト自体,すでにソフトウェア開発における奇跡的な生存例だ。ソフトウェア開発世界では,デライトよりずっと低い目標掲げていても,成功どころか動く物すら出来ず頓挫していくプロジェクトごまんとある。その中にあって,これだけの大風呂敷を広げ,この品質実装運用され,少ないながらも利用者がいて,ちょっとした収益化まで出来ている。こんなサービス世界見渡しても他にない

そんな奇跡がなぜ起きているのか。それはやはり,「粘り続けたから」としか科学的な説明のしようがない。デライト自体は公開から2年越えたばかりのサービスだが,研究期間含める20年近い歴史がある。その全て無駄なくデライト結実している。

味方に付けデライトの成功という奇跡起こすために,ひたすら粘り続ける。これを新生デライトの完成向けた宣伝攻勢所信表明としたい。


=}(1){あれ}
{用者}{デライト開発}{デラング}{『希哲日記』}{希哲11年}{手定め}{遠ざかる}{遅らせた意義}{引っかかっていた}{待っていた}...=}(93)

{希哲15年10月27日の日記 K#F85E/E74C-57D7}

昨日開発環境整備一環として消極的に考えていた SLFS 開発の再開だが,献典整備としての可能性もあることに気付き,新生デライト開発とともに再開することを決めた

当然ながら無駄に新生デライト開発圧迫するわけにはいかないので,相乗効果生み出すようにやっていきたい

SLFS希哲11年実用化してから,あえて深追いすることを避けてきた。ほとんどは実用上の問題が生じた時に設定パッケージ引装などを行うくらいで,それも SLFS 開発というよりは用者として使っているという感覚であり,事実上開発停止状態に近かった。

直接収益化結び付けるのは極めて困難予想されたため,パッケージ下信ダウンロード引装インストール手定めにかかる時間最小化するための極力良いネット環境高性能開発機,そして十分な時間用意する必要があると考えていた

SLFS希哲社にとっても大きな財産だったが,自分で使っているだけということに「死蔵」というべきもったいなさ常々感じていた時間の経過とともに忘れていること増え保守性落ちていた。これを改めて実感したのが昨日の核脳カーネル周りの調査だった。

SLFS 開発から遠ざかるようになっておよそ一年後デライト開発に入り,デラングも含めて描出環境描出手法飛躍的な発展遂げ今にいたる。希哲11年に比べ,技術記録もはるかに描き出しやすくなっている金風によって多少の時間的余裕も出来た。

こうした環境の変化によって,気付けば十分な時間対効果見込めるようになっている。SLFS にもようやく世に出せる時が来たということだろう。新生デライト開発の再開前に何かが引っかかっていたが,この時を待っていたのかもしれない。それなら遅らせた意義もある。


昨日に続き5時前起床は出来たが,短時間睡眠続きなので早く寝ることにした。

28日振り返り日記

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{早朝出振るい}{希哲館事業}{デライト開発}{『希哲日記』}{希哲16年1月}{デライト}{希哲15年9月の月記}{寝不足続き}{信じよう}{勝手に}...=}(168)

{希哲15年9月7日の日記 K#F85E/E74C-895A}

10日まで様子見をするつもりだったが,少し早めに10月中のデライト収益目標達成に向けて組計調整することを決めた

昨日察知した状況の変化により,先月29日の日記に書いたような「デライトの長期停滞」の懸念後退し,無理今月中の達成目指す必要はなくなった。となれば,より確実な方を取るべきだろう。

当然,達成が早いに越したことはないので,引き続き落ち着きながらも適度な緊張感は保って新生デライト開発を進めていく。


ここに来て,「デライトの早期成功」という概念について再考する必要感じた10月収益目標達成が早期成功というのはいいとして,11月12月なら早期成功ではないのかというと,それも違和感を覚える。

そう考えてみて,自分の中で,主観的基準客観的な基準が混在していることに気付いた振り返ると,常に大体3ヶ月以内収益目標達成目指してきた。その時々の状況に合わせた結果として,それぐらい先の見えない道を歩んできたということでもある。収益目標達成半年先一年先になるということは,常に考えたくない遅さ」だった。

希哲館創立14周年11月1日までの収益目標達成というのも,昨年11月十分な猶予として決めたものの,結局はその遅さ耐えられず早めては延長を繰り返し,結果的に最近では早期成功目安になっていただけだ。

つまるところ,これまで「早期成功」と呼んでいたのは,「現時点から3ヶ月以内くらいの収益目標達成」のことだった。だから,いま11月12月の達成を遅いとは感じないわけだ。

ここで,「客観的早期成功」とは何か,について考えた状況引いて見た時に,どこまでが大っぴらに早期成功と言えて,どこから言えなくなるのか。

まず思い浮かんだのは,「デライト2周年希哲16年2月13日だった。サービスの成功という観点からいえば,離立から2年未満で十分な収益化を果せば早い部類と言えるだろう。それを過ぎる中途半端微妙印象になってくる。

研究開発事業として成功させるまでにかかる標準的時間15年とするなら,希哲館創立から数えて14年と少しで,これも「やや早め」とは言える。自分の年齢も,36歳でこの規模研究開発成功させれば若過ぎるくらいだ。最終的希哲館事業の成功を考えても,まだ遅くはない

ここまで考えて,デライトの早期成功目安は,デライト2周年キリの良い所希哲16年1月認識更新することにした。

主観的目標意識も,それはそれで持っておいた方が適度な緊張感のためには良いが,それにとらわれて自分を追い込み過ぎると暴走してしまいかねない。そういう時に状況客観的に見て冷静になれるように,目標二重に持っておくべきだろう。


さらに踏み込んで,そもそも「デライトの成功」とは何か,ということまで考えてしまった。この調子収益目標達成を果したとして,その時点ではじめてデライトの成功とするのか。未来から見ればそうではないかもしれない。だとすれば,デライトいつから成功していたのか。

デライト開発自体は概ねずっと好調だし,私自身も「黄金生活」なんて言葉が出るくらい物心両面満たされた生活を送ってきた。一日一文でも書いたように,ネットサービスなんて見かけでは分からない問題を多々抱えているもので,何をもってサービスの成功とするかは,そもそも難しい問題だ。

収益目標達成というのは,あくまでもデライト,引いては希哲館事業発展させるための手段だ。目先収益よりも優先すべきことを優先し,目的のために最善の道歩んできた結果として,丁度良い時期収益目標達成にも手を伸ばせるようになってきただけではないかという気もする。そういう意味で,成功収益目標達成因果関係なのかもしれないと考えることがある。

デライトはすでに成功しているのかもしれない……という考えは,これまで何度となく脳裏をよぎったが,その度にかき消してきた。ただでさえ反餓精神乏しい自分を甘やかしたくなかった

ただ,ここ最近,それこそ絵に描いた餅食べられる餅になったというような歓びを感じていたところに,時間のゆとりまで増え,もう勝手に成功した気分になってしまっている自分がいる。それが良いことなのか悪いことなのかは分からない

何をもってデライトの成功とするかは結論急ぐことでもないので,とりあえず来年1月までに収益目標達成出来れば「デライトの早期成功」とするとして,いまのところ失敗余地はないように思える。

また他に優先すべきことが出来て先送りになることがないとも言えないが,その時はその時の自分の判断信じよう


5時前起床を目指したが,寝不足続きだった上に5時間睡眠調整しようとしたせいで二度寝してしまった。

いまのところ早朝出振るい必要はないので,睡眠調整ゆっくり進めていくことにした。

{知能増幅技術}{デライト開発}{『希哲日記』}{デライト}{食べられる完璧な餅}{絵に描いた完璧な餅}{伊達ではない}{驚異的な}{90万円}{経費増}...=}(88)

{希哲15年8月22日の日記 K#F85E/E74C-0C76}

デライト広告に関して,大きな節目となる出来事があった。広告収益に対するいくつかの懸念解消し,現状方式十分収益化可能であることが実証された。

来ると分かっていたことで,金額としては微々たるものだが,新生デライトの完成目前にしたデライトの現状を考えれば意義大きく,現実になると想像以上嬉しかったいよいよ稼げるサービスになってきたという実感がわく。“絵に描いた完璧な餅”のようだったデライトが,“食べられる完璧な餅”になりつつある。

デライト開発を始めてからほとんど常に開発者として過ごしてきたが,定休日ということもあり,久しぶり経営者らしい考え事時間を費した

最初デライト収益目標は,一昨年10月7日希哲館事業収益化目標とした月間売上20万円見直すもなく引き継いできたが,これを月間売上100万円引き上げることにした。失敗しても必要以上売上確保が出来る程度に目標高く持っておいた方がいいだろう。ここのところで閾値を越えた感もあり,感覚的にもしっくりくる

仮に100万円売上があれば,捌き手増強など経費増を多めに見ても90万円以上が粗利益になるだろう。サービス性質上広告費最小限で済み,もはや競争力維持のための研究開発費もそう要らない驚異的な営業利益率維持したまま売上拡大し続けられる仕組み整っている

冷静考えるGAFAM真っ青末恐ろしい商売だ。収益化まで成功させた世界初知能増幅技術でありハイパーメディアの集大成ともなれば,「知識産業革命」というのも伊達ではない胸が高鳴る

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{『希哲日記』}{デライト}{一踏ん張り}{異例尽くめ}{恐るべき}{決着をつける}{進捗次第}{希哲15年9月10日}{希哲15年9月上旬}{良くない}...=}(71)

{希哲15年8月20日の日記 K#F85E/E74C-7B5C}

昨日の日記を書きながら,9月中としていた収益目標達成見込み10月までの幅を持たせることにした。

9月中の収益目標達成目指すことにしたのは7月10日のことだったが,流石に7月下旬からの激動展開想定していなかった。それでも組計維持出来ていたのは,今月3日新生デライトの完成後ではなく新生デライト開発途上収益目標達成狙うことにしたからだった。

ただ,この中旬まで,稼げた時間的余裕想定していた実作業ではなく,投資に近い使い方相殺してしまった。こうなれば,組計延長するのが道理だ。

デライト無茶をしなければ維持し続けられるとはいえ,希哲館事業の成功のためにはあくまでも早期成功目指したい。これがずるずる引き延ばすことを避けたかった理由だったが,希哲館創立14周年11月1日までを「デライトの早期成功」の目安としてきたこと,1ヶ月の差しかないことを考えれば,確実な方を取るべきだろう。

しかし,組計調整負担適度な緊張感が失われる懸念もあり,早過ぎる切り替え良くない。このまま9月上旬までは様子を見て,進捗次第9月中に決着をつけるか,10月までの延長戦持ち込むか,10日頃に決断することにした。

結局,こうして最適化繰り返しながら,11月1日目前の収益目標達成で最も期待感が高まっているのだから,昨年11月10日の日記を書いていた自分が恐るべき予言者に思えてくる。

ちょろちょろとはいえ,こんな異例尽くめサービスで一応収益化出来ていることもすでに奇跡としかいいようがない。もう一踏ん張りだ。

{『希哲日記』}{デライト}{世界最大の金脈}{1円を稼ぐことの難しさ}{デライト収益目標達成}{収益目標達成}{希哲15年2月12日}{安定稼動}{デライト文書整備}{最適化}...=}(51)

{希哲15年2月12日の日記 K#F85E/E74C-29FE}

このところ,デライト課題するする解決し,気付いてみれば理想に限りなく近い状態になっている。安定稼動を続けているのも大きく,あとは文書整備並行して最適化不具合修正,その他調整を積み重ねていけば良い段階に来ている。

デライト収益化」と呼んでいた目標も,文字通りに解釈すれば実はとっくに達成している。微々たるものではあるが,デライト金を稼ぐようにはなっている。黒字化というのも微妙に意味合いが異なるため,今後は「デライト収益目標達成」と表現することにした。

このあたりの表現にはあまり細かくこだわっていなかったが,最近,収益化,つまり1円でも稼ぐことと収益目標を達成することにはそれぞれ違う意義があると感じるようになった。

それは,金脈を見つける難しさ掘り出す難しさが違うことにも似ている。誰も見つけていない金脈を見つけることはその大きさ,埋蔵量に応じて難しい。これが俗に言う「1円を稼ぐことの難しさ」だ。

デライトはいわば世界最大の金脈であり,今はそこから少しずつが採れ始めた,というところだろう。しかも時間たっぷりある。この達成はすでに,とてつもなく大きい

そんなことを考えていたら感慨というより神妙な感じになってしまい,ここ最近麻痺したように無かった疲労感がどっと押し寄せてきた。

ちょうどいいので,予定していた作業中止し,昨日取れなかった半休にした。少し過熱気味だったを冷やせて良かった。

{デライト開発}{開発}{『希哲日記』}{持ち辺}{デライト}{検索演心教育}{描出公開原則}{黄金循環}{デライト収益模体}{希哲15年1月12日の日記}...=}(79)

{希哲15年1月11日の日記 K#F85E/E74C-ECC3}

いまや SNS政治土台になったと「インターネット改革」を掲げ,KNS としてのデライト構想し始めたのが2年以上前だが,ようやくこの認識共有出来るようになった感がある。また一つの側面で時代デライトに追いつきつつある。

ツイストしながら,久しぶりに「テキスト・ルネサンス」という言葉を使った。希哲9年これについての文章を書いている。この時はまだ効率性を中心に論じているだけだったが,今のデライト黄金循環への寄与を考えると,文字本来先進性を活かすことなのだと思える。

その黄金循環を再び意識するようになってから,デライトの成功像が自分の中で少し変わってきているように感じる。ただの待ちでもなくただの攻めでもなく,着実かつ急速成功を引き寄せているがある。

よく思い返してみると,この黄金循環という言葉も当時はもっと狭く,デライト開発全知検索改良中心にすることで情報発信情報蓄積開発が上手く循環する,という程度のことだった気がする。一応「ジパング計画金脈だと信じて」とも書いているが,まだ描出公開原則を採用する数ヶ月前,デライト収益模体が出来る一年程前だったので,いま思えば漠然としたものだった。

いまのデライトで起き始めている好循環は,超黄金循環というべきか新黄金循環というべきか,もっと広く有機的なものだ。

この感覚が,これまでになくデライト収益化に対する強い現実感を覚えさせているのだろう。

検索演心教育にしてもツイスト宣伝にしても,数ヶ月から半年程度の遅効織り込み済みなので,そろそろ追い風に加わるのではないかという期待もある。早ければ,2月3月中にもデライト収益化実現出来るかもしれない。

そんなことを考えながらの入浴中,ふと,「デライトはすでに成功してるんじゃないか?」という思いが脳裏をよぎるが,それは流石に気を緩め過ぎかと打ち消した。

ここまでの差別化が出来ていて,財務的にも潰れる心配はなく,個人的にも生活に困らず,成長が続き収益化見通しも悪くない。実際,何百万人と用者を集めたり何百億円と売上があっても青息吐息事業が珍しくないことを考えれば,成功とは何かとも考えたくなる。

昨年も少し似た心境になり,デライトの成功を急ぐ理由を見失いかけたが,ちょうど身内に悪いことが立て続けに起き始めたのがきっかけで気を引き締め直した。近年のあまりの幸運続きに揺り戻しを恐れていた時期でもあったが,なんだかんだあって今はみんな落ち着いており,すっかり平和を取り戻している。

そのうえ今は,デライト開発開始以後,初めて安定的持続的生活を送れている。時間に追われるような生活からの逃げ切りだ。思えば,映画ドラマなどを観ることや考え事だけで終わってしまう日も増えている。気が緩んでいるのは確かだろう。

成功はすぐそこにある,ということを持ち辺の足しにだけしておきたい。

{収益化}

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