{一日一文}{希哲館事業}{読む}{希哲15年11月の一日一文}{否応なく}{信じられる}{空想の産物}{物足りなくなる}{興醒め}{乗り越えた}...=}(107)

{楽しいだけの仕事は楽しくない K#F85E/E74C-ABA2}

時事ネタとしてはすでに古いが,先月品川駅「今日の仕事は,楽しみですか。」書かれた広告掲出され,ちょっとした騒動になった。当の通勤客反感を買ったのかは分からないが,少なくともネット上では切り取られ方もあって「炎上」していた。

この広告そのものについては,よくめばもっともらしいことも書いてあるし,仕掛け人真意は別にあるのだろうと思うので,特に意見したいことがあるわけではない。私自身はサラリーマン生活をしたこともない人間なので,一般的な労働者気持ち代弁するつもりもない。

ただ,昔から「楽しい仕事」とか「好きな仕事」みたいなことを聞くと,楽しさしかない仕事なんて全然楽しくなさそうだし,好きだと思える仕事なんて好きになれそうにないな,と思う。

例えば,漫画遊画ゲームがなぜ面白いのかといえば,そこに冒険があるからだ。主人公達は,否応なく運命導かれ旅立ち,苦しみ乗り越え勝利するからかっこいい達成感がある。特に男性大なり小なりそういう文化の中でち,仕事観人生観形成していく。

私は極端だが,やはり,自分の人生壮大な冒険物語であってほしいと子供の頃から思っていた。どんな困難待ち受けていてもいいし,んでもいい。何より,そこに運命的な「意味」があってほしかった。そして希哲館事業を始め,その物語主人公のような気分毎日楽しくてしょうがない。これに「楽しい仕事」とか「好きな仕事」のような安っぽいレッテルを貼られたら興醒めもいいところだ。

生涯を捧げる価値見出せる仕事がずっと欲しかった私には,最近よく聞く FIRE魅力もよく分からない

楽しい仕事」や「好きな仕事」で生きていくというのは,悪く言ってしまえば,子供の遊びみたいなことしか出来ない人生を送るという風にも聞こえる。それに対する反感には,嫉妬だけでなく軽蔑にも似た嫌悪感が少なからず含まれているような気がする

苦しみがあるからそれを乗り越えた歓びがあり,やりがいがある。好きではなくてもやらなくてはならないことだからその価値信じられる。「楽しい仕事」や「好きな仕事」なんて,どう考えてもすぐ物足りなくなる。そう思うと,実在性すら怪しい空想の産物なのかもしれない。

こんなことをだらだら書いている時,2年ほど前に書いたこんなツイスト見つけた結局,これに尽きるなと思った。

楽しい仕事,というのは無くはないが,大した仕事ではない。

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{デライト}{一日一文}{希哲館事業}{デライト開発}{第三次宣伝攻勢}{『希哲日記』}{第一次デライト市場戦略}{持ち辺}{希哲15年4月の月記}{重要な発見}...=}(73)

{希哲15年4月7日の日記 K#F85E/E74C-F014}

小理腑を通じて,自分が思っていた以上にデライト複雑化していることに気付かされる。単純性を保ってきたつもりではあったし,実際単純なようにも見えるが,この保守性を保っていることがいかに価値あることか実感出来る。

その複雑さの分だけ,小理腑によってデライト開発が大きく加速するという確信も出来,ますますデライト貴重なものに見えてきた。


『道草録』として一日一文の再開も出来た(「一日一文『道草録』再開とデライト近状」)。『道草録』と一日一文の関係をどうするか少し迷ったが,とりあえずは,『道草録』への採録を前提に一日一文を書き,一定水準に満たないものは不採録とすることにした。

ちょうど2歩分で,非常に楽しく書くことが出来た。この楽しさ新鮮感覚だったことに,自分で少し驚いた

振り返ってみると,過去の一日一文一日一章)は,あくまでも執務としての義務感の方が大きかった。一日八章なんて言っていた頃は,ほとんど「試練」として捉えていた。書き上げた時の達成感の大きさはよく覚えているが,それは書く苦労と引き換えだった。それは続かないわけだ。

今回も,デライトのため,希哲館事業のため,という理屈が無くはなかったが,どちらかというと後付けだった。むしろ,月内にデライト収益目標達成だと言っているのに,そんなことしている場合か,という思いもあった。第三次宣伝攻勢寄与するかもしれないが,単なる負担になるだけかもしれない。そんな懸念書きたい気持ち振り切った。

環境の変化も大きいだろう。今のデライトは,過去のどの時期デルン実装よりも洗練されている。数年前までの希哲館事業第一次市場戦略までのデライトには伏せたいことが多く,文章を書くにもいちいち神経を使っていた。全て開けっ広げに書けるようになったのはつい最近のことだ。ずいぶん開放的で,書きやすい環境になったものだ。

半信半疑でいざ書いてみると,一気に持ち辺が高まり,間違いなくデライト開発寄与するという確信に変わった。結局,継続近道楽しむことだ。もっと書くことを楽しめるようなデライトにしたい,という意欲も湧いてくる。これは嬉しい発見でもあり,重要な発見にもなりそうだ。

『道草録』希求主義文学実践にしようと少し気負っていたが,もっと気楽に,「心の散歩」みたいなものだと思うことにした。これを一つの趣味にしていきたい。

8日振り返り日記

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{希哲館事業}{『希哲日記』}{希哲14年12月の月記}{休養}{N10K 問題・後編}{希哲14年12月16日}{第二次総括}{一段落}{生活律動}{デライト}...=}(22)

{希哲14年12月16日の日記 K#F85E/E74C-94F1}

7日にとある仕事一段落したと思ったら N10K 問題に関するツイストをまとめるのに想像以上の時間をかけてしまった。今日夜,ようやくまとめ終えた。その達成感もあったが,振り返った希哲館事業デライトの歩みに対する達成感は一入だった。

休養も兼ねてのこととはいえ,時間の使い方としてどうかとは思いつつ,結局書き切った。途中で実質的に第二次総括を兼ねていることに気付いたのも大きかった。年の瀬でもあり生活仕事節目でもあり,頭の整理をする時期としては丁度良かったのだろう。

この間,思いのほか精神的な負荷が高く,他のことがほとんど出来なかった。これは第二次総括なのかと思ったのも,この感覚が第一次総括と似ていたからだった。明日から生活律動など諸々調整していくが,流石に今日は早く寝ることにした。

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{デライト}{デライト開発}{『希哲日記』}{睡眠}{希哲14年12月の月記}{N10K 騒動}{希哲14年12月7日}{デライトの成功}{N10K 問題}{安堵感}...=}(16)

{希哲14年12月7日の日記 K#F85E/E74C-4A75}

デライト開発で嵩んだ借りを返すための仕事が一段落し,明日からまたデライトに多くの時間を割けるようになった。一時はどうなるかと思ったが,難局は上手く乗り越えたようだ。

ちょうど仕事を詰め込んでいた先月末から重なった N10K 騒動で得たものも多く,これからデライトの成功に向けて弾みがつきそうだ。

N10K 問題についてもまとめたかったものの,達成感安堵感からか,いつにも増して眠気が強い。今日はしっかり睡眠を取ることにした。

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{希哲館事業}{『希哲日記』}{希哲14年11月の月記}{清々しさ}{希哲14年11月6日}{希哲14年アメリカ合衆国大統領選挙}{大勢}{4年}{目的}{重要}...=}(12)
{第二次宣伝攻勢}{進捗記録}{希哲14年10月18日の開発}{希哲14年10月18日の進捗時限}{希哲14年10月18日の進捗}{希哲14年10月18日}{描出ボタン}{進捗時限記録}{進捗時限}{寝不足}...=}(18)

{希哲14年10月18日14歩 K#F85E/5B28-9CB7}

デライト用合い改良

一時は眠気疲れも吹き飛んだと思ったが,興奮し過ぎたことと達成感と,そもそも寝不足だったことで24時過ぎから強烈な眠気に襲われ仮眠を取った。

6時台の第二次宣伝攻勢には間に合いそうにないが,これで明日一日起きていられると思えば悪くはない。

午前中には描出ボタン実装を終えたい。

途中で終了。

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{達成感}

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