{葛西臨海公園サイクリング}{希哲16年4月10日の副日記}{感慨深かった}{いままで}{近便}{退屈さ}{広いだけ}{多彩さ}{移動速度}{大き過ぎない}...=}(92)

{希哲16年4月10日の散歩 K#F85E/E74C-51E1}

11時頃から葛西臨海公園若洲海浜公園夢の島公園辰巳の森海浜公園などを巡って17時過ぎ帰った道に迷うことが多かったせいもあり,昨日最長記録大幅に更新し,約48.1km走った

休日なので少し遠い辰巳の森海浜公園目指して出発したが,葛西臨海公園り,荒川河口橋越えたあたりで勘違いして曲がってしまい,若洲海浜公園着いた。ここはここで海が綺麗見える良い公園だった。植物見るなら葛西臨海公園十分だったので結果的には良かった

見ながらり,15時頃,少し懐かしい辰巳の森海浜公園休憩したデライト正式離立前に何度か訪れ計画を練った思い出があり希哲13年10月7日の散歩記録なんだか感慨深かった近便適当に買ったもので食事を取再開葛西臨海公園ぶらぶらしてから帰った

他の大きな公園走ってみたことで,葛西臨海公園サイクリングコースとしての優秀さ再確認した小さ過ぎず大き過ぎない敷地見所凝縮されていて,自転車移動速度に対する景色多彩さ絶妙だ。ただ漠然と広いだけ公園感じる退屈さ無い希哲荘からの距離運動には最適で,恐らく最高の場所だろう。徒歩行くことが多かったので,いままでこの真価気付かなかった

{希哲16年4月5日の開発}{希哲16年4月5日の進捗}{CSS 変数}{生み出した}{伝証}{合理化した}{呼ぶべき}{汚い現実}{ウェブの理想と現実}{もたらされる}...=}(208)

{希哲16年4月5日14歩 K#F85E/E74C-6431}

CSS 変数(カスタムプロパティ)の導入舞覧ブラウザ五年対応原則採用決め終了今後デライトでは,「5年以内離立された版存主要舞覧」を中心に対応していく

希哲15年3月1日の開発から「デライト推奨動作環境」として同様の定義考えてはいたが,当時は,古い舞覧対応努力はするが推奨はしない程度の,もっと緩やかなものを想定していた


希哲13年ECMAScript 2015HTML5CSS3比較的新しいウェブ標準導入決めてからだいぶモダンにはなったが,まだデライトの舞覧対応方針には感覚的保守的なところがあった。感覚的に影響範囲の広い付徴主要舞覧対応から10年影響範囲の狭い付徴5年目安導入考えていたrem ですら必要以上には使わなかった

先日前次記法実装グリッド領当て導入したが,これはちょうど主要舞覧使えるようになってから5年ほど経つ機能だった。一記法装体過ぎなかったこともあり,ここまで辛うじて良かったが,他にも色々応用したいことが出てき舞覧対応方針見直し必要を感じていた

決め手は,デライトのダークテーマ対応見据えて CSS 変数の導入考え始めたことだった。CSS 変数主要舞覧対応から5年ほど経つが,本格的に導入するとなると影響範囲広がり過ぎる


Can I use対応舞覧よく調べるようになってから,「5年以内離立された版存主要舞覧」が意外に普及していることに気付いた大体90%以上はある。

地域にもよるだろうが,確かに今時古い舞覧使い続ける方が難しいかもしれない。個人機なら5年平均的な買い替え周期であり,スマートフォンなら古い部類だろう。自動更新標準的になった昔と違って多数派の“普通の人”ほど新しい舞覧使っている

あえて古い舞覧使い続ける場合というと,一昔前なら古い個人機再利用というのがあったが,格安インターネット端末普通に流通している今,新しい舞覧使えないほど古い端末使い続ける費用対効果疑わしく,制危考えれば推奨出来ることではない

一番面倒なのが舞覧の更新許されない企業内利用だが,そもそもそんな保守的な環境デライト利用出来るとは考えにくい

こう考えていくと,デライトにとって古い舞覧への対応重要性極めて低い言わざるをえない

奇しくも新生デライトの完成目指している6月15日に,IE11 のサポート終了がある。中途半端気もする内容だが,いわゆるモダンではない舞覧最後の砦崩壊する新しいウェブ標準への社会的移行象徴的な出来事にはなる。


ある程度古い舞覧への対応考慮してきたのは,企業体力がついた将来対応拡充することを考えていたからだったが,これもよく考えると合理性怪しい

技術的負債”は簡単に返せるものではない。大企業肥大化した交度にいかに苦しめられているかを考えれば合理的に古い舞覧への対応出来る来るかどうかも分からないむしろ組織大きくなった時にこそ見通しの良さ重要になる


もっと根本的なこと言えばデライトウェブ標準という盤本の“キラーアプリ”になるべきものだ。新しいウェブ標準普及牽引していくくらいの考えがなくてはいけない。

その伝証デモ足掛かりがすでにこれだけ普及していれば十分過ぎるだろう。


舞覧五年対応原則導入によって,ウェブの理想と現実における汚い現実大部分だった古い舞覧正しく切り捨てることが出来るようになり,前縁整備はもちろん,デライト文書整備でも大きな効率化もたらされるだろう。文書整備では,対応舞覧についてどう説明していくかが一つの課題だった。ここまで絞り込めば説明すっきりする

デライト開発劇的に合理化した描出公開原則とともに「デライト二大原則」と呼ぶべきかもしれない。思えば描出公開原則デライト正式離立という大きな節目目前にして生み出したものだった。


=}
{デライト開発}{デラング}{進捗記録}{デラング 0.03}{デラング 0.04}{デラング 0.05}{デラング 0.02}{希哲16年2月23日の開発}{希哲16年2月23日の進捗}{旧版号}...=}(90)

{希哲16年2月23日12歩 K#F85E/E74C-BD5C}

進捗時限記録中略

デラングの版存に関する昨日の検討続き終了

今のところ,デラングの版存最新定義は以下のようになっている希哲15年5月15日の開発

0.01
DIL 0.1別名
0.02
DIL 0.2別名
0.03
現行版

この定義実装基準行ったもので,その後の劇的な実装変化に全く追い付かず更新していないそもそもサービス中心に開発されている性質上仕様実装一致させないことも場合によって必要になり,区切り難しい

最新のデラングの位置付け考えても仕様と実装を分離し,デラングの版存仕様基準決めるべきだろう。それへの追随度Dex の版存決める

0.03決定当時仕様をもって再定義するとして,現在のデラング整備一段落したところで 0.04まとめ,その次の 0.05破壊的変更まとめることにした。この「破壊的変更」は,主にキーボード記法ウィキ互換輪結記法への転用想定している。

Dex の版存は,現行版形式的に Dex 0.01 としておき,次でデラング歩調を合わせ Dex 0.04 とすることにした。


ずっと忘れていたが,今回検討で「デラング 0.001」を描出していたことに気付いた。以下のような記述残っている

希哲13年7月27日,これまでの DIL との互換性を保った形で整理を進めることにした。

新規描出日時デライト開発着手したばかりの希哲13年2月26日同年7月27日というとデライト正式離立向けて大忙しだった時期で,すぐ忘れたのだろう。

実質的に 0.03 ということになるはずなので,ここで 0.03旧版号再定義することにした。

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{希哲館事業}{『希哲日記』}{越えて}{持つ}{はるかに}{加速させ続ける}{夢のまた夢}{絶望的な}{もどかしさ}{飛べそうで飛べない}...=}(115)

{希哲16年2月13日の日記 K#F85E/E74C-DA33}

デライトも2周年迎えた希哲14年2月13日24時15分なんとかデライト正式離立漕ぎ着けた時の生々しい感覚は今でもよく覚えている

今日を「デライトの早期成功」の目安としたのは昨年9月7日金風起こるわずか11日前のことだ9月7日の日記金風状況整理困難になった後は,組計上ほとんど唯一目印になっていた。

そして今,デライト非常に評価難しい状況にある。手放し成功と言うには収益額低過ぎるが,不成功と言うにはあまりにも理想的な状況にある。

金風後に「デライト収益目標達成」を「デライト収益乗軌化」に改め一時的な収益額よりも持続的な成長軌道乗せることを重視するようになった11月1日の日記。その点に限れば成功した言えなくもない当時の想定より低過ぎる収益額にもかかわらずそう思えるのは,金風がそれだけの時間稼ぎをしてくれたからでもあり,目先金銭以外の収穫想定はるかに越えて多大だったからでもある。

今のところ,デライトにも希哲館事業にも不安はない。とっくに収益面以外では理想的な状態にあったのだから,まさに「鬼に金棒」だ。

今は黄金状態極力維持し黄金循環加速させ続けることくらいしか新しい目標思い付かない。もう人類の限界というか物理的な限界に近い気がするので,これ以上無理をしても早死にするだけだろう。


成功したのかどうか,考えようとすると訳が分からなくなってくるが,とりあえず気分最高だ。

それを象徴するかのように,今日は“空を飛ぶ夢”から目覚めた人間ばたばたさせるとのように飛べる世界で,仲間混じって自分もやっと飛べた,という新鮮な夢だった。

昔から希哲館事業背負う自分は飛べそうで飛べない幼鳥みたいなものだと思っていた。それはもどかしさでもあり,嬉しさでもあった。何せ,希望持つことすら絶望的な事業として始まったのだから,飛び立つ希望持てるだけで奇跡のようだった。

それが本当に飛べるようになるというのは,奇跡の先の奇跡夢のまた夢現実になるようなことだ。今は訳が分からなくて当然なのだろう。

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{デラング}{希哲館訳語}{進捗記録}{取り組んでいた}{大まかな意味}{音写性の高い}{的記}{解釈する}{揺らいでいた}{ソーステキスト}...=}(74)

{希哲16年2月2日18歩 K#F85E/E74C-A528}

進捗時限記録中略

希哲館訳語についての検討終了

1月26日17歩ソース希哲館訳語として「素出」を採用したが,「素文」をどうするかという問題があった。これはもともとプレーンテキスト翻訳語として考えたものだが,デラングソーステキストという意味使ったこともあり,揺らいでいた

ここで,プレーンテキスト新しい訳語として「普文」を考えていたことを思い出したデライト正式離立取り組んでいた時期評価する時間が無かったのかすっかり忘れていたが,十分使えそうなので,ひとまず暫定訳語としておくことにした。素文はやはりソーステキスト解釈するのが整合的だろう。


ついでにテキスト」をどう訳すか再考した。的記的書適書といったがあったが,決め手が無かった。

カタカナ語としてのテキストテクスト大まかな意味は,「研究学習処理などの対象となる」なので,漢字一字ならやはり「」しかない気がする。「的記」を基本として,「的書」や「的文」と使い分けるべきか。

新たに底本」からの連想で「底記」という訳語思い付いたが,「」では音写性の高い漢字組み合わせ限られる

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{一日一文}{デライト開発}{第三次宣伝攻勢}{快調期}{開発}{デライト}{希哲15年5月の一日一文}{年度替わり}{デライト第三次宣伝攻勢開始に思うこと}{デライト宣伝}...=}(61)

{デライトの“掴み”の良さ K#F85E/E74C-0C2E}

黄金週間ゴールデンウィークを経て,デライト第三次宣伝攻勢軌道に乗ってきた感がある。

デライト開発3月から“快調期”に入り,4月下旬までは宣伝を控え目にして開発専念していた。年度替わり忙しい人が多く,新しいことはなかなか試されない時期でもあったので丁度良かった。

このあいだまでデライト収益目標達成必達期限5月1日設定していたこともあり,先の黄金週間は,第三次宣伝攻勢にとって「決戦」に近い意味を持っていた。ひょんなことからもう少し時間が出来ることになって,結果的に「前哨戦」とでも言うべきものになった。

その前哨戦で再確認したのが,デライトの“掴み”の良さだった。デライトは,最初だけ妙に面白がってもらえる。宣伝をしていても,その掴みの良さに少し驚くことがある。サービス新規性を考えると,奇跡的とすら言えるかもしれない。


もっとも,これに気付いたのは昨日や今日ではなく,最初からだ。デライト宣伝を止めたり再開したりを繰り返していることはこの前の一日一文で書いたが,こんなことをする必要があるのも,宣伝に対する反応が良過ぎるからだ。

昨年2月13日,「正式離立リリース」としてデライト宣伝を始めたものの,こんな珍奇なサービスなので,反応を得るまでには相当な時間がかかるだろう,と思っていた。ところが,どうも「面白そう」と思ってくれる人が多かったようで,宣伝すれば意外とすぐ反応があった。

来てくれるのは無論ありがたかったが,当時のデライトは,今のデライトとは比べ物にならないほど貧弱で,使い勝手以前に,まともに動くのかどうかすら怪しかった。当分誰も来ないだろうと高を括っていた私も,流石にこれは不味いと感じ始めた。粗悪過ぎる状態では宣伝が逆効果になりかねないし,何より,折角期待して来てくれる人に申し訳なかった。

間もなくデライトは宣伝停止状態に入り,「離立リリース補完」と呼ぶ作業を始めた。その目標は,「正式離立後まもなく停止していた宣伝を再開出来る品質を満たすこと」だった。


黄金週間中のデライト宣伝でも,この掴みの良さは健在だった。途中,車の両輪で進めている高速化作業がやや遅れていたため,宣伝の方を抑制したくらいだ。

まだまだ「面白そう」から「面白い」までには距離があり,多くの人が「分かりにくい」と脱落してしまうのがデライトの現状だ。それでも,面白そうと思ってもらいやすいことはデライトの武器なのだと思う。そこが駄目なら何も始まらないのだから。

希望を持って努力を続けていこう,と改めて思えた黄金週間だった。

{一日一文}{第三次宣伝攻勢}{第二次宣伝攻勢}{第一次宣伝攻勢}{宣伝攻勢}{開発}{デライト}{14ヶ月}{半年以上}{3度目}...=}(60)

{デライト第三次宣伝攻勢開始に思うこと K#F85E/E74C-69D3}

今日24日デライトは「第三次宣伝攻勢」を開始した。簡単に言えば,3度目積極的な宣伝活動を始めたということであり,裏を返せば,デライトには積極的に宣伝活動をしていない時期があるということだ。

デライトは,昨年2月13日に一応の正式離立リリースを果した。ただ,品質上の問題が多々あったため,しばらくの間はほとんど宣伝しなかった。

本格的な宣伝活動を開始したのは,半年以上経った9月8日だった。それも16日にはいったん停止した。これが「第一次宣伝攻勢」だ。「第二次宣伝攻勢」はその約一ヶ月後,10月20日から今年1月29日まで続いた。

つまり,正式離立から14ヶ月余りのうち,積極的な宣伝活動をしていた時期は,合わせて4ヶ月にも満たない。これは改めて計算してみて自分で驚いた短さだ。もう半年くらいにはなると思っていた。それだけ濃い日々だったのだろう。


デライト宣伝にこうした緩急があるのは,その時に最善時間配分を考えた結果だ。限られた時間有効に使おうと思えば,「時間対効果最大化」を常に意識する必要がある。

当然ながら,私は開発経営デライトに関する全てのことを自分でしているので,宣伝活動だけに時間を使うわけにはいかない。ひたすら宣伝して人を集めたはいいが肝心の製品に十分な魅力が無い,というのでは意味も無い。

これは宣伝に限ったことではない。デライトには問題山積している。あってしかるべき機能は色々欠けている,不具合はあちこちにある,文書もろくに更新していない……だが,全てを最初から整えられる人間はいない。限られた時間の中で,優先順位を付けて一つずつ片付けていくしかない。

そして,時間対効果の最大化を考えると,宣伝にもある程度「溜め」が必要であることに気付く。同じだけの時間を使うのであれば,より品質の良い状態で製品を知ってもらった方が良いわけだ。

ひっそり開発を進め,ある程度品質自信が出来たところで宣伝攻勢をかける。その反応次第でまた開発中心の時期に入り,課題が概ね解決出来たところで宣伝攻勢をかける……最初からこういう計画だったわけではないが,結果的にこの繰り返しデライト自体は順調に来ている。一定の合理性はあったということなのだろう。

柔品ソフトウェア開発における風林火山といったところか。

{一日一文}{デライト}{パチンコ玉}{}{すぐそこ}{三分の一}{一発当てる}{急ぎ過ぎ}{ひよっこ}{ネットサービスにおける「成功」とは何か}...=}(72)

{デライトはなぜ成功を急ぐのか K#F85E/E74C-65CE}

昨日の一日一文でも書いた通り,ネットサービスとしてのデライトは,十分な収益が上がっていないという一点を除けば極めて良好状態にある。開発者としては,そう高くはない収益目標達成をもって一応「デライトの成功」だろうと思っている。

デライトは,昨年2月13日に「正式離立リリース」した。と言っても,あまりに品質上の問題が多かったため,しばらくの間,宣伝はほぼしなかった。積極的な宣伝をしていた期間は,これまで合わせて半年くらいだろうと思う。サービスとしてはまだひよっこだ。

勘報コンピューティング最重要かつ成功例の無い分野であることを考えると,成功急ぎ過ぎなのではないか,と思うことも無くはない。成功が数年後でも十年後でも,別に遅くはない。むしろ,じっくり育てた方が成功確度は上がるだろう。

私が単に一発当てたいだけのサービス開発者ならそれで良かった。しかし,私の目的は,デライトの成功ではなく「希哲館事業の成功」にある。

デライトが成功し,GAFAM を軽く越えるような世界史上最大の企業を作り上げてようやく三分の一進捗か,というほど希哲館事業構想は大きい。「人類史上最大の事業構想」は伊達ではない。その後にやらなければならないことの多さを考えれば,デライトの成功にてこずっているわけにはいかない。

もう一つ,個人的感情でいえば,これ以上周囲迷惑をかけたくない,ということがある。

画一的と言われる日本にあって,私がここまで好き勝手に他人と違うことが出来ているのは,他でもなく環境おかげだ。デライト自体はついこの間出来たようなサービスだが,その下地20年くらいかけて作ってきた。ここに来るまでに私がかけた周囲への負担迷惑計り知れない。流石にそろそろ償い恩返しもしたい。


開発者肌感覚として,デライトの成功は「すぐそこ」だ。しかし,これほど歯痒い時期もない。

一般的な感覚かどうか分からないが,子供のころのマラソン思い出すゴールがすぐそこだと思うと,心理的距離は長く,足は重く感じるようになる。ここまで来てまだあるのか,という感じだ。

もっと分かりにくく喩えるなら,私はいま,パチンコ」で勝利を目前にしたカイジ気分だ。デライト上にある無数の輪郭パチンコ玉に見えてくる。流し込み続ければ勝てる。そう分かってはいても,勝つまで解放されることはない。

{デライト正式離立}

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