{『希哲日記』}{希哲13年5月}{希哲13年5月下旬}{友引}{5月27日}{月曜日}=}(6)

{希哲13年5月27日 K#F85E/A-5B28-BC95}

今日は久々に仕事が捗った。

ポモドーロ法にも慣れてきて10ポモドーロまで出来たが,目標は1日あたり8時間分の16ポモドーロだ。

一日一文ポモドーロ法と相性が良いことに気付き,今日から始めることにした。なかなか気分の上がらない朝にすると良さそうだ。

{『希哲日記』}{希哲13年5月}{希哲13年5月下旬}{友引}{雨の日}{5月21日}{火曜日}=}(7)

{希哲13年5月21日 K#F85E/A-5B28-115C}

大雨で散歩こそ出来なかったが,規則的な生活は出来た。

種類別の生活記録が増え過ぎて時々抜け落ちるため,「副日記」としてまとめておくことにした。

飽色について色々考えてしまった。

{『希哲日記』}{希哲13年5月}{執筆活動}{希哲13年5月中旬}{友引}{5月15日}{水曜日}=}(7)

{希哲13年5月15日 K#F85E/A-5B28-A088}

11時頃から散歩兼買い出し。

鳴体戦略に「大逆走戦略」と名付ける。

開発俳優」という表現を考えてみたが,「全人俳優」の方が良いかもしれない。

昔した文学研究のことを思い出し,本格的な執筆活動も再開したくなった。

26日まであと10日。いま考えるべきことは考え尽くした。あとはやるべきことをやる。

{『希哲日記』}{希哲13年5月}{卒業アルバム}{帰俗子女}{希哲13年5月上旬}{自分史}{執務日}{デルン以前}{友引}{5月9日}...=}(17)

{希哲13年5月9日 K#F85E/A-5B28-8309}

内の黒船大ネット志向との関連で「帰俗子女」という言葉を思いついた。空海源義経のようなものか。

そんなことを考えていると懐しくなり,その原点である小中学校時代の卒業アルバムを久しぶりに眺めた。当時の記憶が鮮明に蘇えってきた。閃きの時は灰色に見えた世界が,今は愛おしく見える。自分が蘇えったような,大きな心の変化を感じた。

最近,過去について色々考えてしまうことが多く,仕事の邪魔と感じることもあるが,こうして記憶が活きている内にデルンに記録するということは人間として大切なことなのかもしれない。避けて通っても何か大事なものを失なう気がする。

特にデルン以前の記憶は出来るだけ早く記録していった方が良いだろう。

{自由日}{『希哲日記』}{希哲13年4月}{友引}{希哲13年4月下旬}{4月28日}{日曜日}=}(7)

{希哲13年4月28日 K#F85E/A-5B28-8816}

今日も起きるのが遅くなり自由日にした。午前中に起きられるようになったのは進歩だが,夜更かし癖が直っていない。今日は早めに寝ることにした。

開発はそれなりに進んだ。

希哲時代宣言

とりあえずツイストで「希哲時代宣言」をしておいた。やはり,平成の終わりは意味の深いものになりそうだ。

主力機

最近,主力機の寿命について気になっていたが,いつ買ったものか失念していた。そこで少し昔の譜類を探し,注文内容を記録したものを見つけた。買ったのは希哲5年だったらしく,まだ辛うじて使っていて良さそうな年齢だが,性能的な問題もありそろそろ買い替えたい。

デルン以前の記録

この作業の過程で,デルン以前希哲4年希哲5年頃に Org-Mode などで付けていた記録を久しぶりに発見し,感慨深かった。

当時の大変さを思い出し,デルンの有り難みとこれまでしっかり歩んできたことを改めて確認出来た。当時のことを「知られざる成功」と呼んでみることにした。

いずれこれらの記録も描出化し,元の譜類は史料にもなりそうなので知番書庫化しておきたい。

暫定訳語

この頃,剛品柔品表示器処理器記憶器時印などあえて単純な訳語を採用することが増えた。

技巧的な訳語造りを極め,経験からこういう判断にも自信が持てるようになったのだろう。

これまで,訳語の質に拘り過ぎてカタカナ語を放置することも多かったが,こうした簡単な訳語を「暫定訳語」として実用しても良いことにした。

{『希哲日記』}{希哲13年4月}{友引}{希哲13年4月下旬}{4月22日}{月曜日}=}(6)

{希哲13年4月22日 K#F85E/A-5B28-3AA0}

今日は色々な事を考え,ツイストにも書き殴った。開発作業には全く手がつかなかったが,収穫は多かった。

平成時代希哲時代

昨日,希哲館事業収益化についての考えを整理する過程で乗軌化という目標が平成中に達成されていることに気付いた。もともと乗軌化は収益化を含んだ概念だったが,先々月,収益化達成前に乗軌化が達成されたと判断していた。ただ,依然として収益化が喫緊の課題だったため,これと平成中の目標達成とは結びつけておらず,若干認識に不整合が生じていた。

しかし,乗軌化を収益化より大きい画期とするなら平成時代に達成すべきことはしたことになるだろう。

ここで平成時代の次を「希哲時代」と呼ぶことを考え始めた。もともと特に定義せずに描出していた語で,どう定義すべきかも(特に終期が)難しいが,とりあえずは平成以後,希哲館が政治的意義を持つ時代,と緩く定義しておくことにした。

少し前に描いた「希哲日本」にも関わってきそうだ。

執務長意識改革

希哲館事業乗軌化以後,どうも持ち辺が低下しているとは思っていたが,改めて自己分析してみて,これまで持ち辺の中心にあった事業の不可能性に対する「楽しさ」が自分の中で小さくなっていることに気付いた。

あらゆることが理想的な状態にあるはずなのに,やる気だけが思うように出ず,結果として作業も思うように進まない。これまでの希哲館事業は楽しいことを追求していれば最大限の仕事が出来たが,刺激を求める私の性格と乗軌化の相性が良くないらしい。感覚に依拠した仕事のやり方を見直す時期なのだろう。

感性から理性への「執務長意識改革」として,執務日執務時間を定め,明日から新たに執務記録を付け始めることにした。

これなら最近の悩みだった睡眠時間帯の問題も一緒に解決出来そうだ。

希哲館外交

最近,対等かつ互いの権威を尊重出来る希哲館外交のあり方について考えることが多くなったが,これが「千利休式の茶室」を利用する形でまとめられそうなことに気付いた。

{『希哲日記』}{希哲13年4月}{友引}{希哲13年4月中旬}{4月16日}{火曜日}=}(6)

{希哲13年4月16日 K#F85E/A-5B28-D63E}

今日も勘報史に関する描出に一日費やした。1980年代の想品まで整理した。

4月に入ってからというもの,多少余裕ができたせいか妙に知識欲が湧く。過去にもこういう時期があったと思い返して「勉強期」という用語を造った。

経験からするとこういう時期も必要だが,中旬も残すところ3日,ここで一区切り付けて明日からは開発作業に専念したい。

{『希哲日記』}{希哲13年4月}{友引}{希哲13年4月上旬}{雨の日}{4月10日}{水曜日}=}(7)
{友引}
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