{新生デライト}{Dex 改良}{希哲15年5月の月記}{希哲15年5月20日}{デラング}{希哲15年5月下旬}{デライト宣伝}{第四次宣伝攻勢}{デライト高速化}{一辺倒}...=}(37)

{希哲15年5月20日の日記 K#F85E/A-E74C-7BFC}

中旬最終日なので,軽く振り返りをし,今後について少し整理した。

この中旬ではデラング整備デライト高速化を半々で進めるつもりだったが,思いのほかデラング一辺倒になった。想定外ではあるが,これはこれで悪くもない。

特に,渡括(トランスクルージョン)記法視野に入り,Dex 改良が大きく進んだのは収穫だった。これにより,新生デライト像がまた更新された。

今月下旬にもデライト収益目標達成を見込んでいたが,結果として比較的長期を睨んだ作業が増え,これは微妙になってきた。とはいえ,余裕があるならかけるべき時間はかけた方が良いので,今月収益目標よりも新生デライト集中することにした。

開発熱中することが多くなり,デライト宣伝は自然に減っている。やはりここで第三次宣伝攻勢区切りということになるかもしれない。

デラング整備文書整備への寄与も大きいため,デラング整備,文書整備,新生デライトを経ての第四次宣伝攻勢高速化という経路が見えてきた。

=}
{新生デライト}{一日一文}{希哲15年5月の月記}{希哲15年5月12日}{希哲15年5月11日の日記}{第四次宣伝攻勢}{希哲15年5月中旬}{気付いた}{デライト像}{第三次宣伝攻勢}...=}(31)

{希哲15年5月12日の日記 K#F85E/A-E74C-4C2D}

今日も良い生活律動を保ち,開発にもよく熱中出来た。だんだん調子が上がって来ているのを感じる。


昨日の考え事を経て,ふと,これはほとんど新生デライトになるのではないか,と気付いた

しかし,新生デライトに盛り込むはずだった付徴今月中に全て盛り込めるかというと,まだ何とも言えない。この中旬精一杯やってみて,その様子次第だ。

ここで第三次宣伝攻勢を終え,新生デライトを形にしてから第四次宣伝攻勢へ,ということも考えたが,この状況ではまだ時期尚早か。

ただ,自分の中でデライト像が一段と鮮明になったことは感じている。開発具体的にどう進めるべきかもハッキリ見えてきた。


一日一文に関しては,1日あたり2時間上限とすることにした。それまでに書き終えられなければすぐ中断,翌日に続きを書く。

これで他の作業への影響最小限に留めることが出来た。

13日,一日一文について加筆

{一日一文}{希哲15年5月の一日一文}{年度替わり}{デライト第三次宣伝攻勢開始に思うこと}{デライト宣伝}{デライト高速化}{快調期}{希哲15年4月下旬}{黄金週間}{デライト収益目標達成}...=}(61)

{デライトの“掴み”の良さ K#F85E/A-E74C-0C2E}

黄金週間ゴールデンウィークを経て,デライト第三次宣伝攻勢軌道に乗ってきた感がある。

デライト開発3月から“快調期”に入り,4月下旬までは宣伝を控え目にして開発専念していた。年度替わり忙しい人が多く,新しいことはなかなか試されない時期でもあったので丁度良かった。

このあいだまでデライト収益目標達成必達期限5月1日設定していたこともあり,先の黄金週間は,第三次宣伝攻勢にとって「決戦」に近い意味を持っていた。ひょんなことからもう少し時間が出来ることになって,結果的に「前哨戦」とでも言うべきものになった。

その前哨戦で再確認したのが,デライトの“掴み”の良さだった。デライトは,最初だけ妙に面白がってもらえる。宣伝をしていても,その掴みの良さに少し驚くことがある。サービス新規性を考えると,奇跡的とすら言えるかもしれない。


もっとも,これに気付いたのは昨日や今日ではなく,最初からだ。デライト宣伝を止めたり再開したりを繰り返していることはこの前の一日一文で書いたが,こんなことをする必要があるのも,宣伝に対する反応が良過ぎるからだ。

昨年2月13日,「正式離立リリース」としてデライト宣伝を始めたものの,こんな珍奇なサービスなので,反応を得るまでには相当な時間がかかるだろう,と思っていた。ところが,どうも「面白そう」と思ってくれる人が多かったようで,宣伝すれば意外とすぐ反応があった。

来てくれるのは無論ありがたかったが,当時のデライトは,今のデライトとは比べ物にならないほど貧弱で,使い勝手以前に,まともに動くのかどうかすら怪しかった。当分誰も来ないだろうと高を括っていた私も,流石にこれは不味いと感じ始めた。粗悪過ぎる状態では宣伝が逆効果になりかねないし,何より,折角期待して来てくれる人に申し訳なかった。

間もなくデライトは宣伝停止状態に入り,「離立リリース補完」と呼ぶ作業を始めた。その目標は,「正式離立後まもなく停止していた宣伝を再開出来る品質を満たすこと」だった。


黄金週間中のデライト宣伝でも,この掴みの良さは健在だった。途中,車の両輪で進めている高速化作業がやや遅れていたため,宣伝の方を抑制したくらいだ。

まだまだ「面白そう」から「面白い」までには距離があり,多くの人が「分かりにくい」と脱落してしまうのがデライトの現状だ。それでも,面白そうと思ってもらいやすいことはデライトの武器なのだと思う。そこが駄目なら何も始まらないのだから。

希望を持って努力を続けていこう,と改めて思えた黄金週間だった。

{希哲15年5月の月記}{希哲15年5月4日}{デライト宣伝}{デライト高速化}{黄金週間}{年度始め}{問題ない}{15歩}{希哲15年5月1日}{デライト収益目標達成}...=}(41)

{希哲15年5月4日の日記 K#F85E/A-E74C-83C6}

17時前に11歩まで終え,22時前に一日のまとめに入ることが出来た。何とか目標15歩にも届き,昨日の今日でここまで理想生活律動に近付ければ上出来だ。

そろそろ黄金週間後も見据えなければならないが,基本的にはこのまま良好な生活律動を保ち,高速化を中心としたデライト開発宣伝攻勢車の両輪で進めて問題ないだろう。いずれにせよ,総合的にこれ以上生産性の高い態勢は考えにくい。

このあいだまで収益目標達成必達期限5月1日としていたから黄金週間重視していたが,今となってはそこに拘る必要は無い。重要なのは,世間年度始め慌しさから落ち着くことであって,その節目が黄金週間だったというだけのことだ。

デライト宣伝初期調査とこれまでの経験から,平日休日の差は頂帯の広さ以外ほとんど無いと考えている希哲14年9月12日の日記13日の日記。恐らく黄金週間後に宣伝の効果が落ちることは無いだろう。

=}
{一日一文}{希哲15年4月の月記}{喜ばしい}{『「超」メモ革命』}{成功確実}{重い考え事}{希哲15年4月30日}{デライト宣伝}{デライト高速化}{黄金週間}...=}(35)

{希哲15年4月30日の日記 K#F85E/A-E74C-AF75}

黄金週間中の平日だったため,デライト宣伝控え目にして,昨日まとめ一日一文に時間を使おうと思ったが,結局昨日の日記を書くまでで精一杯だった。

もっとも,重い考え事があった日の翌日は大体こんなものだ。ちょうど末日でもあり,書きながら気持ちの整理をするには丁度良かった。

明日からは,確実となったデライトの成功に向け,生活律動を正して高位安定進捗維持することに専心する。


デライト宣伝の反応が良いのは喜ばしいことだが,今度は高速化が間に合わない懸念が出てきた。やはり,デライト高速化第三次宣伝攻勢車の両輪として考える必要がある。一方が過剰になる懸念が生じているということは均衡に近付いているということであり,それ自体が問題なわけではない。

もう一つ,じっくり考え事をして過ごしたおかげか,最近出た書籍がデライト宣伝に使えそうなことにも気付いた。内容はともかく,一応分野盛り上げてくれそうなものではある。これも一つの奇跡かもしれない。

{新生デライト}{}{希哲15年}{希哲15年4月の月記}{希哲15年4月30日の日記}{頭が冴える}{好状況}{噛み合う}{状況の変化}{疑いの余地}...=}(166)

{希哲15年4月29日の日記 K#F85E/A-E74C-0257}

昨日から妙に気分ぐらぐらしているというか,気持ち身体が付いてきていないような感覚があった。この日も急に気分高揚したと思ったら急にぐったりするなどして,明らかに呼吸が乱れている様子だった。

昨晩の就寝中,軽い胸痛を覚えて少し寝苦しかった。一昨日デライトは数ヶ月以内に成功確実」などとんでいたのだから,体調が良くなる心当たりはあっても悪くなる心当たりはなく,珍しいことだが気のせいだろうと最初は思っていた。

結局,日中もいまいち調子が出なかったため,作業はほどほどに,じっくり状況気持ち整理することにした。


すでにデライト開発は十分な持続性確保し,仮にずっと収益目標達成が出来なくても死活問題にはならない,という状況にあった。

しかし,デライトの成功ではなく“希哲館事業の成功”を考えれば悠長なことはしていられない。多少のリスクを負っても早期に収益目標を達成しなくてはならない。その思いから11月1日としていた必達期限5月1日繰り上げ短期集中生活に入ったのが先月28日だった。

この短期間に多くの成果を得て,さあこれから正念場だという時に,負っていたはずのリスク消し飛んだ。6月末あたりまで,あと2ヶ月はこのままの態勢で問題なくデライト開発を続けられることになった。一昨日,27日に起きたのはそういうことだった。

多少の不安はありつつ,5月1日までの収益目標達成にもそれなりの勝算があった。その猶予が2ヶ月近く延びれば,達成出来ないことを想定する方が難しい。必達期限を繰り上げる前より4ヶ月以上早い達成見込みが出来たことにもなる。

安全着実に歩を進めていては達成出来るのが数年後になるかもしれない,という見込みだったから多少の無理にも意味があった。その数年が2ヶ月以内になるなら,この数日にデライトの成功を賭ける意味は全く無い。

1日までは既定路線頑張ろうという気持ちに反して,妙に脱力感が強いと思ったが,なるほど勝手に肩の力を抜いた身体の方が正しい


ここで,デライト収益目標における必達期限再設定をどうするか考える必要に迫られた。

黄金週間最終日まで延長するか,6月末まで延長するか……等あれこれ考えた結果,期限に関してはいったん白紙化,当面はこのままデライト高速化中心第三次宣伝攻勢を「無期限」で継続することにした。

そもそも,これまでの努力期限必達期限というのは,先行き不透明目標に対して,最大限努力するように方向付けるためのものだった。その必要を全く感じないほど視界良好だ。これまで視界を遮っていたが一気に晴れ,すぐそこに目標が見えているように感じられる。

もっとも,気を抜き過ぎたり,天変地異事故のような予測しえない事態に煩わされたり,万が一のことが無いとは言えない。6月末までの収益目標達成は,選挙でいえば「当選確実」に近い確度だ。理論上絶対とは言えないが,現実的には達成とみなして良いほどの確かさ,ということになる。

そして,現状総合すれば,収益目標達成はそのままデライトの成功と言える。つまり,デライトは「成功確実」の状態にあり,希哲館事業の成功に向けた確かな足掛かりが出来たことになる。

絶望的悲観から希哲館事業を始め,あらゆる極限状態想定して超高効率経営運用体制を作り上げてきた自分が,ここまで状況楽観視していることに自分でも驚く14年に及ぶ希哲館事業の歴史でも初めてのことだ。だから自分自身でこの判断疑いの余地は無い。

特に今年に入ってからというもの,急激状況心境の変化を繰り返し,何度目が回ったか分からないが,これは特大かもしれない。


今月中旬からの高速化中心としたデライト開発24日からの第三次宣伝攻勢が非常に上手く噛み合い安定感が出てきたこともこの確信に大きく寄与している。

特に第三次宣伝攻勢に関しては,もともと新生デライトを形にしてからという計画だったのを済し崩し的に開始した上,開始時期も予定より3日ほど遅れたことで,当初は成り行き不透明感があった。

始めてみると想像以上手応えが良く,懸念は早々に払拭することが出来た。まだ活動用者増加には十分繋がっていないが,しばらく停滞していた登録自我数も早速伸び始めている。

黄金週間を狙った作戦大当たりだったようだが,高速化を中心として臨機応変作業を進める方針への転換も,想定外好状況を導いたという点で大当たりだ。高速化前の現状整理功を奏した。


一日中散歩が出来なかったこともあり,約2ヶ月ぶりに陶練再開した。とはいえ前回も久しぶりの再開で一日で終わっているので,流石に体力がかなり落ちているのが分かった。

それでもやはり運動をするのは気持ちが良く,頭も冴える

これからは高位安定進捗を出し続けることが重要になるため,これまで以上に規則正しい生活心掛ける


ここまでの思考を書き出すには夜遅過ぎたので,まとめるのは明日にしてさっさと寝ようという頃,この日記実質の「デライト成功宣言」になるかもしれない,と思った。

30日振り返り日記

{希哲14年}{希哲15年4月の月記}{哲学の日}{死ぬ気}{希哲15年4月27日}{ゆっくり眠る}{気が緩む}{快調期}{デライト収益目標達成}{デライトの現状}...=}(55)

{希哲15年4月27日の日記 K#F85E/A-E74C-278A}

協力で,とりあえず必達期限5月1日までのデライト開発心配は無くなった。それどころか,このまま問題なく来月まで延長出来る公算も大きくなり,再来月までは安全圏と見てよさそうだ。

達のおかげで良い充電も出来,生活律動矯正されつつあり,快調期は続き,第三次宣伝攻勢手応えも良く……デライトを取り巻く現状総合的に考えると,何があっても「数年以内には確実」だったデライトの成功は,「数ヶ月以内には確実」にまで迫った感がある。

否が応にも気が緩む状況だが,ここで気を緩めると,わざわざ5月1日を収益目標達成の必達期限にして緊張感を高めている意味が無くなる。とりあえず期限までは死ぬ気で取り組む。

しかし,家族から用者まで,本当に多くの人に救われてきた。いまさらだが実感が込み上げてくる。デライトはこの幸運幸福産物だ。

昨年身内が立て続けに病気にかかるなどして気がかりもあったが,今のところみんな落ち着き,妊娠していた者も無事出産を済ませと,ひとまず安心出来る状況にもなっている。

つまるところ,順風満帆というやつだ。おまけに,こんな今日は奇しくも「哲学の日」だったらしい。典拠は怪しいが,占い程度のことだと思えば縁起が良い。


そんなことをしみじみ考えていたら夜も深くなってしまった。また寝不足になっているので,明日の朝のデライト宣伝は休みにして,ゆっくり眠ることにした。

=}
{デラング}{希哲15年4月の月記}{希哲15年4月26日}{デライト宣伝}{最大の収穫}{快調期}{開発速度}{第三次宣伝攻勢}{夜のデライト宣伝}{複雑な気分}...=}(24)

{希哲15年4月26日の日記 K#F85E/A-E74C-882C}

デライト開発宣伝充実した日だった。

夜のデライト宣伝では,快調期以後最大の収穫とも言えるデラングについてたっぷり書いたデラングについて。改めてデライト達成度の高さを実感したが,そう思うと今度は知名度の低さが不思議なくらいに感じられ,少し複雑な気分になった。

しかし,開発の成果を活かして宣伝し,その反応を開発に活かす,という相乗効果が出来つつあるのは第三次宣伝攻勢ならではの新境地と言えそうだ。これは快調期の開発速度でなければ考えられなかった。

=}
{一日一文}{希哲15年4月の月記}{ゆっくり眠る}{宣伝期間}{デライト宣伝}{希哲15年4月24日}{驚いた}{第三次宣伝攻勢}{朝のデライト宣伝}{朝昼晩}...=}(23)

{希哲15年4月24日の日記 K#F85E/A-E74C-A927}

朝のデライト宣伝1歩から第三次宣伝攻勢に入った。感触良好だ。

一日一文デライト第三次宣伝攻勢開始に思うことではこれまでのデライト宣伝について振り返ったが,思っていたよりずっと宣伝期間が短かったことに少し驚いた。それでここまで来れたなら恐ろしく効率的だったとも言える。

今日は一時的に夜型にしていたのを無理に朝昼晩デライト宣伝に合わせたため,若干寝不足だった。

明日は日曜日には達が帰ることになったので,朝のデライト宣伝は遅めにしてゆっくり眠ることにした。生活律動矯正にも丁度良い

=}
{一日一文}{14ヶ月}{半年以上}{3度目}{積極的な宣伝活動}{デライト宣伝}{第三次宣伝攻勢開始}{希哲15年4月24日}{驚いた}{第一次宣伝攻勢}...=}(60)

{デライト第三次宣伝攻勢開始に思うこと K#F85E/A-E74C-69D3}

今日24日デライトは「第三次宣伝攻勢」を開始した。簡単に言えば,3度目積極的な宣伝活動を始めたということであり,裏を返せば,デライトには積極的に宣伝活動をしていない時期があるということだ。

デライトは,昨年2月13日に一応の正式離立リリースを果した。ただ,品質上の問題が多々あったため,しばらくの間はほとんど宣伝しなかった。

本格的な宣伝活動を開始したのは,半年以上経った9月8日だった。それも16日にはいったん停止した。これが「第一次宣伝攻勢」だ。「第二次宣伝攻勢」はその約一ヶ月後,10月20日から今年1月29日まで続いた。

つまり,正式離立から14ヶ月余りのうち,積極的な宣伝活動をしていた時期は,合わせて4ヶ月にも満たない。これは改めて計算してみて自分で驚いた短さだ。もう半年くらいにはなると思っていた。それだけ濃い日々だったのだろう。


デライト宣伝にこうした緩急があるのは,その時に最善時間配分を考えた結果だ。限られた時間有効に使おうと思えば,「時間対効果最大化」を常に意識する必要がある。

当然ながら,私は開発経営デライトに関する全てのことを自分でしているので,宣伝活動だけに時間を使うわけにはいかない。ひたすら宣伝して人を集めたはいいが肝心の製品に十分な魅力が無い,というのでは意味も無い。

これは宣伝に限ったことではない。デライトには問題山積している。あってしかるべき機能は色々欠けている,不具合はあちこちにある,文書もろくに更新していない……だが,全てを最初から整えられる人間はいない。限られた時間の中で,優先順位を付けて一つずつ片付けていくしかない。

そして,時間対効果の最大化を考えると,宣伝にもある程度「溜め」が必要であることに気付く。同じだけの時間を使うのであれば,より品質の良い状態で製品を知ってもらった方が良いわけだ。

ひっそり開発を進め,ある程度品質自信が出来たところで宣伝攻勢をかける。その反応次第でまた開発中心の時期に入り,課題が概ね解決出来たところで宣伝攻勢をかける……最初からこういう計画だったわけではないが,結果的にこの繰り返しデライト自体は順調に来ている。一定の合理性はあったということなのだろう。

柔品ソフトウェア開発における風林火山といったところか。

{第三次宣伝攻勢}
{}