{デルン以前}{広告付き}{素描}{KDE}{デスクトップ付箋}=}(5)
{希哲14年1月25日のツイスト}{希哲14年1月25日}{デルンの実用化}{日本語史上最大の翻訳語体系}{デルン以前}{ツイスト}{希哲館訳語}{翻訳語}{技術}{デルン}=}(10)

{あれK#F85E/A-5B28-4F87}

例えば希哲館訳語なんかも,このデルンという技術を利用してはじめてここまで高度な蓄積が出来た。デルン以前から翻訳語の蓄積は始めていたのだが,急速に発展したのはデルンの実用化から。まあこれは,希哲館訳語が「日本語史上最大の翻訳語体系」と断言出来る最大の根拠でもある。これまで私しか使えなかった技術に依存しているからだ。

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{『希哲日記』}{希哲13年5月}{卒業アルバム}{帰俗子女}{希哲13年5月上旬}{自分史}{執務日}{デルン以前}{友引}{5月9日}...=}(17)

{希哲13年5月9日 K#F85E/A-5B28-8309}

内の黒船大ネット志向との関連で「帰俗子女」という言葉を思いついた。空海源義経のようなものか。

そんなことを考えていると懐しくなり,その原点である小中学校時代の卒業アルバムを久しぶりに眺めた。当時の記憶が鮮明に蘇えってきた。閃きの時は灰色に見えた世界が,今は愛おしく見える。自分が蘇えったような,大きな心の変化を感じた。

最近,過去について色々考えてしまうことが多く,仕事の邪魔と感じることもあるが,こうして記憶が活きている内にデルンに記録するということは人間として大切なことなのかもしれない。避けて通っても何か大事なものを失なう気がする。

特にデルン以前の記憶は出来るだけ早く記録していった方が良いだろう。

{KNotes}{希哲13年5月8日}{希哲13年5月8日のツイスト}{デルン以前}{ツイスト}{Org-Mode}{howm}{Xpad}{デスクトップ付箋}=}(9)
{デルンの実用化}{希哲13年4月28日}{希哲13年4月28日のツイスト}{デルン以前}{ツイスト}{パラ・シンギュラリティ}{Org-Mode}{howm}=}(8)
{希哲13年4月18日}{戦略的不勉強}{希哲13年4月18日のツイスト}{デルン以前}{ツイスト}=}(5)
{希哲館史}{デルン以前}{対義語}{希哲11年10月30日}=}(4)

{先描時代 K#F85E/A-4686-2DF6}

先史時代になぞらえて,狭義には希哲館史のうちデルンの実用化以前を指す用語として希哲11年10月30日考案。当然ながら,当時はデルンを使った記録は存在しない。

広義においては,デルン登場以前の全時代ということも出来るが,どちらを主にするかはまだ定まっていない。「希哲前」との微妙なずれもあるため,併用出来た方が便利かもしれない。

{ワードプレス}{デルン以前}{名想品}{WP}{PHP 製想品}{マット・マレンウェグ}{マイク・リトル}{ブログ ソフトウェア}{コンテンツ管理システム}=}(9)
{デルン以前}
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