{希哲14年4月30日の日記}{鈴木仁大}{友人伝}{語学留学}{想い出}{マルタ共和国}{草稿}=}(7)

{友人・鈴木仁大の想い出 K#F85E/A-5B28-2EE8}

私には,いつも「鈴木さん」と呼んでいる,鈴木仁大という友人がいる。希哲館事業にとっても重要な人物であり,彼について書くことで私自身と事業の性格整理出来そうな気がしたため,試みに簡単な「友人伝」を記しておく。

*当時の私

鈴木さんと出会う少し前から話を始めよう。

私は17歳で「輪郭法」と呼ぶ理論発明し,これが情報技術,引いては世界経済大革新につながりうることを発見した。そして,これを核に世界のあり様を大きく変える事業構想し始めた。これが他でもない,希哲館事業のことだ。

閃きの瞬間こそ天にも昇るような快感を得た私だったが,やがてその重圧困難に気持ちが押し潰されるようになった。しばらく葛藤の時代を過ごし,気付くと19歳になっていた。

当時の私は,希哲館事業成功させることが自分に出来るのか,出来ないのか,それだけに頭が支配されていた。名誉もどうでもよく,他人への尊敬憧れも全て失った。心の中にあったのは,ただ希哲館事業を成功させた自分という輝かしい理想と地を這うような現実だけだった。それ以外のことは全てどうでもよくなってしまった。

自分はこのままずっと手が届く気もしない理想に支配されて悶えながら生きるのか……こうして病んでいった私は,20歳を前にして自殺を考えるようになった。これには流石に周囲も黙っておらず,あっちこっち,気持ちを変えられそうな場所に無理矢理連れ出してくれた。

*出会い

そうして連れ行かれた場所の一つに,鈴木さんがいた。