{心地良い疲労感}{整理しておくべき}{怪しげ}{なりつつある}{大きな展望}{題して}{希哲館事業}{希哲16年5月14日}{希哲16年5月13日}{輪郭整備兼一日一文}...=}(63)

{希哲16年5月14日の日記 K#F85E/A-E74C-A07D}

{希哲館事業}{『希哲日記』}{デライト}{生み出せない}{何の心配もない}{生まれている}{都合の良い形}{都合の良い場所}{都合の良い時代}{成功の源}...=}(87)

{希哲15年10月30日の日記 K#F85E/A-E74C-FF99}

脳疲労兆候が出てきたため,半休にし,利楽しながらまとめ作業進めた日曜日明日半休でいいかと思ったが,特別な時期なので定休通りにしっかり休んでおくことにした。

全くの偶然ながら,希哲館創立14周年となる11月1日前の月末週末だったので,気持ちの切り替えには丁度良い


時期が時期なだけに,これまでのことを色々思い出してしまう思考感情洪水のように溢れ出している今週比較的ゆったり過ごしてきたつもりだったが,それでも脳疲労感じる原因だろう。

ひたすら道なき道歩んできた人生であるにもかかわらず,希哲館事業から家族のことまで上手く行っていることに,まだ夢を見ているような,というか,狐につままれたような気分完全には抜けていない天災事故,あるいは知らない病気による不測の事態を除けば,今のところ何の心配もない

もはや「奇跡」というのもこの状況形容するには足りない子供の作り話のように現実感のない現実だ。

このごろ,「希哲館事業の成功」を定義することの難しさについてよく考えていたが,成功の源辿っていく本当にキリがない。もしかしたら生まれた時から成功していたのかもしれない,と思うくらい,都合の良い時代都合の良い場所都合の良い形生まれている。そんな幸運大きさからすれば,これまでの努力なんて雀の涙みたいなものだ。

しかし,デライトは,その名の通り人生よろこびもたらすものでなくてはならない。そもそも幸せな人生からしか生み出せない技術なのかもしれない,と思うこともある。ならば,その開発者には黄金の日々生きる義務がある。

31日振り返り日記

{睡眠記録}{16時}{30分}{重荷を下ろした}{辞めた}{希哲15年10月23日}{23時前}{感じた}{睡眠}{面白い夢}...=}(28)
{希哲館事業}{写真}{デライト開発}{『希哲日記』}{散歩}{希哲13年}{デライト}{気張らず}{体調不良者}{始まらない}...=}(89)

{希哲15年10月9日の日記 K#F85E/A-E74C-2845}

この日から,希哲荘元の寝室き,また戻れることになった。一昨年9月姉の出産備え空けたのだった。

夕方頃から,なんとなく久しぶり葛西臨海公園まで歩いたスマホ写真残っていたことで,あの辺りをよく歩いていたのが丁度一昨年今頃だったことを思い出した合わせたわけでもないのに,不思議な気分だった。緊張感のある散歩だった当時とは反対に,晴れやか気持ち歩けた

デライト開発に入ってから失っていたもの少しずつ取り戻しつつある


希哲荘」と名付けてみると,実家新鮮見えてくるいつぶりか,散歩に出る時になんとなく写真ってしまった。

結局,蛎殻町を除けば出る出られなかった鎌倉に限らず,こんな環境の良い実家より希哲館事業好都合場所など無かった

デライトがここまでになり,黄金生活まで手に入れた。もう認めてやるしかない。


まだ迷いのあった『希希遊記』編集方針についても,ある程度考えまとまってきた

最初は,希行記として意識的書いていくつもりだったが,形式張る始まらない上にまず続かないし,デライト利点活かせない構想初期と比べて,今は『希哲日記』中心とした描出習慣確立している。

これらを踏まえると,希行に関する描出はあまり気張らず自由に行い,後日まとめて振り返りする,というのが現実的だろう。


明日家族集まり体調不良者が出たことにより中止となったため,寝室整理でもすることにした。

11日振り返り日記

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{家族}

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