{『希哲日記』}{}{日記}{デライト}{振り返り日記}{買う}{持つ}{カメラ専用機}{手段がない}{色々な景色}(65)

{希哲15年11月26日の日記 K#F85E/E74C-621A}

自転車手に入れてからなにか足りない気がしていたが,それがカメラだということに気付いた

リコーCX1って Speed P8あちこち走り回っていたCX1 はまだ持っているが,電池劣化激しく,今となっては性能的にも古さ否めない。もう12年前製品だ。

Galaxy S8リフレッシュ品にしてから一箇所黒い斑点映り込むようになってしまい,まともに使えない。元々スマホカメラ積極的使っていないし,今から積極的使いたいようなカメラでもないので,これだけのためにまた交換するのも気が重い

せっかく色々な景色ても,それを記録する手段がないデライト献典にすることを考えても,寸写用カメラくらいは欲しい。またコンデジでも買おうかと少し最新機種調べてみた

リコーCX シリーズ消えてしまったので,いま買うなら GR IIIGR IIIx あたりか。希行において重要ネットGPS との連携という点でカメラ専用機懐疑的になっていたが,最近スマホ連携させることで補えるようになっているらしい。

12月4日振り返り日記

{一日一文}{灯台}{希哲館}{希哲15年6月の一日一文}{高度非言語思考}{真似する}{追い込まれた}{至難の業}{普通に生きる}{精神的混迷}(41)

{高度非言語思考の落とし穴 K#F85E/E74C-E202}

昨日,高度非言語思考について書いたが,これには落とし穴がある。

言語を伴う思考というのは,いわば他人との“キャッチボール”だ。意思疎通出来る範囲内で,他人に伝わるように考えを組み立てていく。それは制約でもあるし,社会生活をしていく上で必要なことでもある。

高度非言語思考は,そういった社会性放棄して思考の自由手に入れる手段だ。出家するならまだしも,普通に社会生活を送ろうとする者にとっては危険な行為でもある。

私はそれによって輪郭法を手に入れているが,それからしばらく精神的混迷に陥った。世間の人とは全く違う精神を持ってしまうと,まず「普通に生きる」ということが不可能に近くなる。かといって,これを活かして生きるというのも至難の業だ。その狭間んだ挙句,自殺寸前まで追い込まれた

もっとも,こうして語る人間がいてそれを真似するのと,何の手掛かりもなく一人で抱えてしまうのとでは危険性も大分違うだろう。希哲館灯台のようなものだ。

一応,経験者として,安易に真似することはおすすめしない。

(1){あれ}
{手に入れる}

{}