{一日一文}{希哲15年5月の一日一文}{珍しさ}{ネット献典}{湯水}{珍しいもの}{伝わっていない}{同質性}{伝えやすくなった}{9年}...=}(86)

{世界一“面白い”ネット献典コンテンツを……という誤算 K#F85E/A-E74C-1B48}

一日一文習慣再開したことで,私がどういう人間で,どういうことやってきたか,だいぶ伝えやすくなったと感じている。

ブログでもウィキでもない“デルン”という全く新しい情報媒体開発,自らそれを9年も使って SNS でもなく“KNS”だと言う。“希哲館事業”で日本世界史上最大の極大国ハイパーパワーにすると言い放ち,“希哲紀元”や“希哲館訳語”なんてものまで造ってしまう。

ほとんど環境おかげなので威張れたことではないが,世界を見渡しても,ここまで風変わりネット用者ユーザーはいないだろう。それも,実名顔出し同質性が高いなどと言われる日本生まれ日本育ち日本人であることまで考えると,自分でも驚異的事実だなと思ったりする。

希哲館は燃えていない

しかし,良くも悪くも希哲館事業には話題性が無い。良い意味で注目されたことも無いし,炎上したこともほとんど無い。良い悪い好き嫌い以前に,「伝わっていない」のだ。これは誤算と言えば誤算だった。

昔の希哲館事業には秘密主義的な部分があったので,むしろ注目されては困るとすら思っていた。これから事業について知ってもらおうという段階になって,はじめてその伝わらなさを実感した。

ネットの変化

この誤算がなぜ生じたのかと考えてみると,私自身が200X年代前半くらいまでのインターネット文化に染まっていた,ということがありそうだ。

当時のネットの中心にいたのは研究者好事家,あるいは「暇人」と呼ばれる人達だった。彼らは,世界中の珍しいもの刺激的なものを常に探していた。私もその一人で,湯水のように持て余した時間を,「より面白いもの」探しに費していた。

そんなネット献典コンテンツも,あまりに時間があるとほとんど見尽くしてしまう。その退屈をしのぐために,自分で誰もやらないことをやってみたくなる。どうせなら,「世界一“面白い”ネット献典」を自分で作ってやろう……思えば,希哲館事業にはそんな側面があったかもしれない。

時代は変わった。いまやネット用者ユーザーの大多数が「普通の人」だ。普通に学校会社に通い,わずかな自由時間ネットを覗く。

ネットにおける「面白さ」も変わった。それは珍しさ刺激ではなく,気軽楽しめることであったり,皆でイジって遊べることであったりする。一人で PC に向き合うのではなく,「共有」が重要になったことも大きいのだろう。

これは何だろう,この人はどういう人だろう,という所で少しでも時間がかかると,あっという間に埋もれてしまう。自分が面白いと思えても,みんなに面白がってもらえることが期待出来ないと広がらない。「文脈」も邪魔で,話題一口サイズでなければならなくなった。Twitter強力なわけだ。

嘆いていても仕方ないので,希哲館事業もこの時代の変化に合わせなくてはならない。デライトはそんな意識から始めた望事プロジェクトでもあったが,多くの人に楽しんでもらえるものにするには,まだまだ努力必要だ。

{一日一文}{のうのう}{希哲館事業の原点}{30代半ば}{希哲14年}{過言ではない}{思い出話}{ひよっこ}{閃き}{立体階層構造}...=}(69)

{希哲館事業についての漠然とした思い出 K#F85E/A-E74C-7347}

最近,思い出話のような一日一文が続いているので,どの部分についてでもなく,希哲館事業全体についての思い出を書いてみたくなった。漠然とした思い出話を成り行き任せで書いてみよう。

思えば,17歳の時に輪郭法閃き,もう30代半ばだ。輪郭法の閃きが希哲館事業の原点で,大人と言える年齢18歳だとすれば,少年時代の最後から今にいたるまで,私はこの事業とともに歩んできたことになる。閃き以前より以後の人生の方が長い。そういう意味では,“人生そのもの”と言っても過言ではない

もっとも,スポーツのような分野ならともかく,実業研究のように蓄積が物を言う世界10年20年なんて大した歳月ではない。ひよっこに毛が生えたようなものだろう。そう考えると,20年足らずでよくここまで来れたものだ,という気もする。


輪郭法というのはデライト基礎にもなっている理論で,認知機能を「立体階層構造」として勘報(コンピューティング)利用出来るように形式化するものだ。

これが情報技術を大きく変えうるものである,とすぐに気付いた。そこまでは良かった。それだけなら,ビル・ゲイツのように大金持ちになって万歳,というだけの話だ。

この理論とその応用技術はそれだけでは終われない,ということに気付くのにも時間はかからなかった。これは人類のあり方を一変させる技術になる……後に「世界初の実用的な知能増幅(IA)技術」という言葉で表現することになるこの技術は,明確な哲学に基く「新近代化事業」の一環として捉える必要がある。希哲館事業構想の始まりだ。

その当時とは比べ物にならない経験知識技術資産を持つ今ですら,この構想の全体について考えると気が遠くなりそうだ。当時の私が背負えるわけもなく,当然ながら精神的混迷に陥った。


それからなんだかんだあり,希哲6(2012)にはデルンが出来,希哲館事業構想成熟し,希哲館訳語のような蓄積も出来,昨年にはデライトも始めることが出来た。そして今,デライトの成功目の前だ。

家族からデライト用者ユーザーにいたるまで,多くの人に助けられて今がある。これだけの構想を背負って,晴れ晴れとした顔でのうのうと暮らせているだけで奇跡のようなことだろう。

これからも感謝とともに歩み続けよう。

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{一日一文}{希哲15年5月18日の進捗時限}{希哲15年5月18日の進捗}{希哲15年5月18日}{録入り不具合}{一日の準備}{ルビ記法}{読みやすい}{一安心}{進捗記録}...=}(24)

{希哲15年5月18日1歩 K#F85E/A-E74C-2BD2}

一日の準備


昨日の録入りログイン不具合に関しては,報告者から解決したとの連絡があり一安心


ルビ記法がまた使えるようになって間もないが,一日一文のように他人に読んでもらうための文章だけでなく,日記など,どちらかというと自分のために書く諸記録で使う希哲館訳語にも極力ルビを振っていくことにした。

私の描出見本のようなものでもあるし,読みやすいに越したことはない。SEO 効果も多少期待出来るだろう。

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{一日一文}{希哲15年5月の一日一文}{外来語翻訳}{翻訳語整備}{くぐる}{通類}{握接}{バイト・アル=ヒクマ}{英語}{日本語史上最大の翻訳語体系}...=}(52)

{日本の第二次大翻訳時代に向けて K#F85E/A-E74C-9D63}

そろそろ希哲館翻訳事業についても何か書いておこうと思いデライトくぐっていると,6年以上前に書いた懐しい文章(「翻訳とは何か」)を見つけた。当時の私の「第二次大翻訳時代」への意気込みが伝わってくる。

当時はまだそれほど蓄積が無かった希哲館訳語も今や「日本語史上最大の翻訳語体系」と称するまでになり,自ら開発するデライト翻訳語研究にはこれ以上ない通類ツールになっている。ここで改めて,第二次大翻訳時代への思いを記しておきたい。


日本にも「大翻訳時代」と呼ぶべき時代があった。言うまでもなく,膨大な外来語翻訳された江戸時代後期から明治時代にかけてのことだ。この時代に生まれた翻訳語現代日本語に欠かせないものになっている。

そんな日本語も,どこで何を間違えたのか,カタカナ外来語で溢れかえるようになってしまった。時代の流れが速いから翻訳語なんか造っても意味が無い,とやってもみずに言う者が多い風潮に逆らって,私は翻訳活動を続けてきた。

そうしていると,「何で翻訳語なんか造ってるの?」と言われたりする。今我々が当たり前のように使っている日本語にどれだけの翻訳語が含まれているか,知らないわけではないだろう。ではカタカナ語満足しているのかというと,「カタカナ語の氾濫」はたびたび社会問題のように語られる。それでも,「なら翻訳してやろう」という運動は無いに等しい。

昔から,独自に翻訳語を造ってみようという人はいて,私もいくつか例を知っているが,その全てが世間には全く知られていない。そういう運動を誰かが始めてみても,一向に火が付かないのだ。そして自然消滅のように消えていく。これは面白いといえば面白い現象だ。

私もその運動を始めた一人だが,翻訳語についての話というのは本当にウケが悪い。ブログ記事のようなものを書いても握接アクセスが集まることは無いし,Twitter のような所でつぶやいてみても反応はほぼ無い。まさに「しーん」という感じだ。

ただ,私はそれもこの仕事のやりがいだと思っている。いかに現代日本人にとって外来語翻訳というのが難しいことか,それを思い知らされるほど,その難しいことをやってこれたことに対する自負誇りも大きくなる。

これからも希哲館は,この日本知識産業革命実現し,日本語英語に代わる「世界の言語」とすべく翻訳語整備を進めていく。そして,世界史を変えた「知恵の館バイト・アル=ヒクマにも劣らない翻訳事業にしたいと思っている。

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{一日一文}{希哲15年5月の一日一文}{デラング}{ルビ対応}{大枠}{ルビ記法整備}{デルン初期実装}{ルビ記法}{使いやすく}{思い入れ}...=}(43)

{日本語におけるルビの重要性について K#F85E/A-E74C-5DDE}

ここのところ取り組んでいたデラングルビ記法整備がようやく一段落した見本

実はこのルビ記法デルン初期実装からあったもので,月庭でも一時期よく使っていた。デラングではその仕様大枠を受け継ぎ,細部洗練させた。

今のデライトには他にも多くの課題があるが,それでもこのルビ記法への思い入れは強く,後回しに出来なかった。

ルビ日本語柔軟性を与えてくれるものだ。実験的用語導入などにあたっては,これが使えるかどうかは大きな問題になる。私の場合は言うまでもなく,希哲館訳語使いやすくしたい,という動機が強かった。

現状,HTML でも汎用的標記マークアップ言語でも,ルビはあまり重要視されていない。一部日本語サービス通類ツールの“独自記法”としては散見されるものの,冗長過ぎたり簡潔だが紛らわしかったり,どれも一長一短あり,集約される気配は無い。

デライトデラングルビ対応は,個人知識管理一般で使えるように自然簡潔かつ明示的であることを重視した,割と革新的なものだと思う。

よりよい日本語探求のため,これからもルビ最大限活用していきたい。

{一日一文}{希哲15年4月22日の日記}{投げ遣り}{翻訳語整備}{掲示板スクリプト}{過言ではない}{希哲館訳語の原点}{phpBB3 日本語パック}{間違いない}{デライトの RSS 対応}...=}(66)

{希哲館訳語の原点,サブスクと待っ読(まっとく) K#F85E/A-E74C-B90D}

先日,デライトでも RSS 対応をした。以下のように,任意の輪郭一覧RSS で「待っ読(まっとく)ことが出来る。

この「待っ読」,フィードにおける〈subscribe〉あるいは〈subscription〉翻訳語として昔考案したものだ。

今のようにデルンデライト)で何でもかんでも記録するようになる前だったので,正確な考案時期は忘れてしまったが,デルンが実用化した希哲6(2012)年より前だったことは間違いない。ただ,しばらくはの一つだったようで,希哲8(2014)年に改めて採用することを決めている〈subscribe〉を「待っ読」と訳す

今となっては希哲館訳語蓄積膨大なものとなったが,そのほとんどはデルン実用化後に出来たものだ。「待っ読」は独自性を持つ最古の希哲館訳語と言える。「希哲館訳語の原点」と言っても過言ではない


この「待っ読」,すでにお気付きかもしれないが「積ん読」にちなんだものだ。

そもそも〈subscribe〉翻訳語を考えるきっかけは,phpBB3 という掲示板スクリプト日本語パックを作りたいと思ったことだった。希哲館事業発足間もない希哲2(2008)年のことだ。

phpBB3 は,希哲館情報交換のために使える掲示板として当時は有力な選択肢だった。かねてより必要を感じていた翻訳語整備も兼ねていた。今はデライトがあるが,このデライトを実現するためにデルンの実用化を目指すことになり,この望事プロジェクト自体は立ち消えとなった。

その中にこの用語があったが,直訳の「購読」では明らかに不自然だった。散々考えた挙句,投げ遣り気味に「積ん読」と訳すことを考えたRSS フィード等の “Subscribe” は「積ん読 (つんどく)」か。これは流石に無理があったものの,しばらくして「待っ読」の元になったわけだ。


それから十数年経ち,〈subscription〉という概念は,サービスなどの定額制を意味する「サブスク」として広く認知されるようになった。

しかし,フィード等の〈subscribe〉をどう翻訳するか,という問題は当時から未解決のままだ。

デライトでは,利用者が出来るだけ自然に使えるように,希哲館訳語のほとんどをあえて採用していない。見慣れない翻訳語に気を取られて欲しくないので,多少のカタカナ語には目を瞑っている。

それにしても,「サブスクライブ」も「購読」も自然分かりやすいとは言えない。なら「待っ読」でいいんじゃないか,と採用することになった。

最も思い出深い翻訳語がここで復活してくれたことに,運命的なものを感じざるをえない。

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{一日一文}{年月日}{文化的独立性}{気持ち悪さ}{時代感}{最重要視}{希哲前1年}{希哲8年}{希哲零年}{希哲館事業発足}...=}(77)

{希哲紀元とは何か K#F85E/A-E74C-DC33}

私はよく「希哲〜年」と書いている。例えば今年2021年なら希哲15年となる。これは「希哲紀元」という希哲館独自の紀年法だ。希哲館事業発足2007年希哲元年とし,そこから希哲2年希哲3年と数えていく。

この希哲紀元を私的に使い始めたのが希哲8(2014)年頃だから,もう7年ほど経つ。


希哲館訳語からも分かる通り,希哲館では日本語最重要視している。日本語の力を活かして知識産業革命を成し遂げ,日本語を世界中に広めたいと思っている。

ところがここで一つの問題があった。日本語で使える普遍的かつ合理的紀年法が無かったのだ。

我々日本人元号に慣れているし,愛着を持つ人も多いだろうが,元号はあくまでも天皇権威由来するものであり,外国人に押し付けられるものではない。紀年法としての分かりやすさ犠牲にする代わりに時代感共有しやすいなどと言われるが,それも国内の問題に過ぎない。

それでも日本人は元号を使うんだ,と言えるほど元号にこだわりがあるのかと言えば,実態はそうでもない。西暦も当たり前のように使われており,面倒だから西暦だけにしてくれという人もまた多い。ではその西暦に問題が無いのかと言えば,キリスト教価値観に基く紀年法が中立なわけはない。

キリスト教徒の少ない日本で,元号を捨てて西暦だけを使うようになった日本人というのも奇妙だろう。かといって,元号のみを使うのも皇紀を使うのも現実的ではない。併用している現状が良いのかと言うと,やはり面倒なことが多々ある。

残念ながら,日本語現状として,気持ち良く使える紀年法は無い。この気持ち悪さに自分なりに決着を付けたかった。希哲紀元を使い始めた動機はそんなところだ。


希哲紀元を初めて見た人はぎょっとするだろうが,実は,一つ一つの理屈単純明快だ。馬鹿正直過ぎるくらいかもしれない。

希哲紀元が希哲館事業発足の年を元年とするのは,希哲館にとってそれ以上に独立性を示せる出来事が無いからだ。宗教や特定の文化に依存することを極力避け,どこかに始点を置かなければならない以上,希哲館は希哲館の始まりを元年とするほかない。まあ,「苦節云年」を難しく言ったものだと思ってもらってもいい。

希哲紀元には,文化的独立性を保つという意義に加え,これまでの紀年法の欠点克服しようという試みもある。

希哲紀元は元号風だがあくまでも「紀元」なので,西暦と同じように改元は無い。ただ,「希哲」には元号同様,新時代への思いが込められている。それは今後数十年ではなく,半永久的に続く時代の名前だ。

さらに,希哲紀元には元年の前に「零年」がある。その前が「前1年」だ。つまり,歴史上の全ての年を整数として扱うことが出来,計算しやすい。これは西暦にない利点だ。


元号にも西暦にも使用義務は無く,あくまでも文化の一つとして任意で使うものだ。当然ながら,希哲紀元も私個人や希哲館の内部で使っているもので,無理に使わせたいということもない。これが本当に合理的なものなら,自然に広まっていくだろう。

ただ一つ,希哲紀元を使い始めてから年月日を書くのが楽しくてしょうがない。

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{一日一文}{略語を使わない}{略さず}{共有しにくい}{略す}{略さない病}{JavaScript の beforebegin,afterbegin,beforeend,afterend に代わる要素位置記法}{デライト一日一文}{人工言語}{kbd 要素}...=}(112)

{交度英語のすすめ K#F85E/A-E74C-244F}

希哲館における珍奇語彙といえば「日本語史上最大の翻訳語体系」こと希哲館訳語ばかりが注目されがちだが,実は,もう一つそれに負けず劣らず珍奇な言語関連望事プロジェクトがある。それが「交度英語」(Code English),略して「交語」(Codish)だ。

これは主に希哲館情報技術体系利用しているもので,簡単に言えば,「英語勘報機コンピューター向けに簡略化した人工言語」だ。


勘報コンピューティング世界では,技術者であれば誰でも理解出来るような略語というものが多数存在する。例えば,std〈standard〉int〈integer〉str〈string〉……といった具合だ。多くは「歴史的経緯」で定着したものだ。

一方で,こうした略語使用を避けるという文化優勢になっている。その主な理由は,「共有しにくい」からだ。特に新しい論組プログラミング言語では,英語略さずに使う傾向があるため,妙に冗長交度コードが増えた。

はっきり言おう。私は,これが非常に馬鹿げた考え方,いわば「略さない病」であると思っている。この病気によって世界から失われた効率性金額換算すれば天文学的なものになるに違いない。

よく考えてもみてほしい。略語というのは,どんな専門分野でも記録情報交換効率化のために自然発生するものだ。数学の一見意味不明略語記法は,数学者本質的仕事専念するために編み出したものだろう。日夜神経を磨り減らして交度と向き合う情報技術者がそれを封じるのは,狂気の沙汰と言ってもいい。

実際のところ,「略語を使わないルール徹底されているかというと,そうではない。例えば,String str; なんて記述は世の中に溢れかえっている。C++ には shared_ptr(pointer)Java には println()(line)なんてものがある。「モダン」なはずの HTML5 にも img(image)やら kbd(keyboard)やら残っている。こうした混在が当たり前になっているのが現状だ。なぜなら,「略語を使わない」というのは本来不自然なこと,無理のあることだからだ。

長い方に合わせるのは無理なのだから,短い方に合わせればいい。共有しにくいなら,「略語を使わない」のではなく,「略語の辞書を作る」ことを考えればいい。頻繁に使うものなら人間は慣れる。これがつまり,交度英語考え方だ。

交度英語では,すでに定着している英略語を基礎に,実践を通じて新しい略語提案問題があれば修正しながら語彙を作り上げていく。

具体的には,論組をしながら,どうせばいいのか分からない英単語にあたった時,私はまず適当に略してみて,それをデライト検索する。他に前例があればそれと突き合わせて修正することもあるし,無ければどういう意図で使ったかを描き出していく。これを繰り返すことで,デライトが自然と辞書役割を果し,妥当略語の使い方に導いてくれるようになる。

これは基本的に希哲館訳語で行っていることと同じであり,デルンデライトがはじめて可能にしたことでもあるのだろう。

希哲館ではまだ素交ソースコード公開などはしていないので,交度英語を使った交度の実例としてすぐに見せられるものは少ないが,最近書いた「JavaScript の beforebegin,afterbegin,beforeend,afterend に代わる要素位置記法」などにはその片鱗が見えるかもしれない。

いずれ『希哲辞典』のように辞典として整えて公開することも考えているが,まずは考え方を紹介しておきたかった。

{希哲15年4月4日のツイスト}{希哲15年4月4日}{平解き}{ツイスト}{希哲館訳語}{凄い}{ヒアドキュメント}=}(7)
{希哲館訳語}
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