{希哲13年3月15日}{名称空間}{希哲13年3月15日のツイスト}{情報技術用語}{ツイスト}{名前空間}=}(6)
{希哲13年3月15日}{名前守蔽子}{名間域}{希哲13年3月15日のツイスト}{ツイスト}{翻訳}{名前空間}=}(7)
{希哲13年3月15日}{名称空間}{希哲13年3月15日のツイスト}{〈namespace〉}{ツイスト}{翻訳}=}(6)
{希哲13年3月15日}{名称空間}{希哲13年3月15日のツイスト}{ツイスト}{なまえ}{大和言葉}{翻訳}{空間}{名前空間}=}(9)

{あれK#F85E/A-4686-79CB}

訳語「名前空間」が気持ち悪いのは,「なまえ」という柔らかく日常的な大和言葉と,「空間」という漢語にちぐはぐ感があるからだと思う。導入がぬるっとしているというか,後のせサクサク感があるというか。「名称空間」だと平坦に非日常的な語感でまとまる。

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{希哲13年3月15日}{名称空間}{希哲13年3月15日のツイスト}{ツイスト}{意訳}{翻訳}{名前空間}=}(7)

{あれK#F85E/A-4686-C59F}

もっと意訳していいなら,「名称域」とかにしたいくらいなのだが,流石に変え過ぎると読み替えが難しくなるので,まずは「名称空間」くらいで良いんじゃないかと思う。

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{希哲13年3月15日}{名称空間}{希哲13年3月15日のツイスト}{ツイスト}{翻訳}{国語}{名前空間}{教育}=}(8)

{あれK#F85E/A-4686-E386}

これ,神経質なようだが,これからの情報技術教育を考えると馬鹿に出来ない問題だ。これまでのように,国語が苦手な技術者が触れるだけなら「名前空間」みたいなこそばゆい訳語でも構わないが,例えば普通の学校で子供たちに「名前空間」なんて言葉を教えたら,絶対に拒絶反応を起こすと思う。

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{希哲13年3月15日}{名称空間}{希哲13年3月15日のツイスト}{ツイスト}{翻訳}{名前解決}=}(6)

{あれK#F85E/A-4686-B12A}

ただ,「名前解決」とか,論組(プログラミング)のみならず普及しているし,これを是正するべきなのかどうか。希哲館の翻訳体系をこれから普及させていくことを考えると,ついでに改訳してしまうべきなのか。「名前」と「名称」,読み替えは容易だし混乱するというほどのことでもない。

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{希哲13年3月15日}{名称空間}{希哲13年3月15日のツイスト}{ツイスト}{翻訳}{名前空間}=}(6)

{あれK#F85E/A-4686-166B}

ところで,「名前空間」という用語,すっかり定着してしまっているが,昔から結構気持ち悪い。たぶん,「なまえ」というのが大和言葉で,機械的な表現に調和していないからだと思う。「名称空間」ならちょっとマシになる。

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{希哲13年3月15日}{希哲13年3月15日のツイスト}{std::}{ツイスト}{トレードオフ}{C++}=}(6)

{あれK#F85E/A-4686-0369}

似たようなことを繰り返し言うが,std:: を常に付けた方が間違いがないというのも,いちいち std:: を付けた C++ 交度(コード)は冗長で汚ないというのも,どちらも「まともな感覚」だ。それをトレードオフにしているのは紛れもなく C++ そのものの欠陥だ。

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{台録}{希哲13年3月15日}{希哲13年3月15日のツイスト}{ツイスト}{知符}{函数}=}(6)

{あれK#F85E/A-4686-8DC8}

最後に :: を付けるのは単なる目印。例えば,台録(ディレクトリ)を表す時は dir/,函数を表す時は fn() などと一定の記号を付けた方が一目で分かりやすいし,dir 台録,fn 函数などと書くより簡潔になる。こういう記号を私は「知符」(tip)と総称している。

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