{39回}{収まった}{21時台}{13時台}{受け流していた}{忘れ去られている}{希哲15年10月23日の開発}{https://mn.kitetu.com}{/inbox}{ある VPS}...=}(53)

{希哲15年10月23日10歩 K#F85E/A-E74C-8B02}

Mastodon 対策終了

になってデライト頻繁停止再起動しているのが気になり,調査したところ,キット*メーネ運用していた https://mn.kitetu.com をいまだに Mastodon 捌き認識して /inboxPOST してくる捌き手が複数あることに気付いた

閉鎖して 410 Gone を返すようにしたのが昨年3月24日のことだったので,もう流石に忘れ去られているだろうと思っていたが,放置していた Mastodon 専用の捌き手はずっとこれを受け流していたらしい。

deln.confhttps://mn.kitetu.com への握接一律 410 Gone を返すようにして同現象は収まった

デルン出力録を見ると,DNS 設定整理でいったん全てのウェブ捌きsss-2集約した13時台から対策を施した21時台までに再起動多発しているのが分かる(およそ8時間39回にかけて頻度が高くなっているのは投稿活発になってきたからだろう。

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{希哲15年10月23日の開発}{番号無し}{一対一}{抽象的な}{付けている}{ウェブ関連}{命名方針}{www-1}{dlt}{dlt-1}...=}(62)

{希哲15年10月23日7歩 K#F85E/A-E74C-1717}

捌き手整理着手する前に,保手名命名規則と今後の命名方針について整理して終了明文化していなかった規則再確認も兼ねて。

保手名はあくまでも抽象的な役割を表すものなので,役割が変われば保手名も変える保手名捌き手一対一対応している必要もない。

番号捌き手固有のものではないので,主要なものから順に付けていく。これまで欠番放置してしまうことが多かった。個々の捌き手確実に示すためには知番を使うべきだろう。

番号無し保手名代表的役割を持つことを示す

番号の前に付けている輩符は無くしてもいいかと思ったが,番号を視認しやすい利点もあるため現状維持としておく。特に,abc-def-1 のように保手名複合化した時にも分かりやすい。昔も同じことを考えていた気がする

現在ウェブ捌き向けの汎用保手名として sss をそのまま使っているが,ブランディング一環として表に出さなくなった時点で実用上意味は無いため,いったん www改めることにした。代わりに,デライトウェブ捌きを表す dlt導入する。

ウェブ関連www-1(兼 dlt-1)と db-1 にいったん集約することになる。

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{希哲15年10月23日の開発}{捌き手間}{石狩リージョン}{初期費用}{上位プラン}{使っていない2台}{3台}{捌き手整理方針検討}{希哲15年10月23日の進捗時限}{希哲15年10月23日の進捗}...=}(49)

{希哲15年10月23日6歩 K#F85E/A-E74C-2BF0}

捌き手整理方針検討終了

いま3台あるウェブ捌きの内,まず使っていない2台解約することにした。それぞれ月庭Mastodon で使っていたものだが,デライト完全集約以後はたまに手定めに使う程度になっていた。

KNEST 隠しによるスケールアウト再利用することを考え維持してきたが,手定め時間がかかることが予想され,最近のデライト高速化感触としてはスケールアップ出来るところまではスケールアップ対応した方がいいという考えになってきている。

現在出場用に使っている捌き手デライト用のウェブ捌き丁度良い性能であるため,新しく上位プラン契約した捌き手出場を移し,空いたところでウェブ捌きを移す方向で考える。空いた以前のウェブ捌きも解約する。

昔と違いさくらの VPS では初期費用無料になっており,昔契約したウェブ捌き性能の割に価格高いものが2台あるため,この整理維持費をほとんど変えずにデライトウェブ捌き出場捌きをそれぞれ上位プランスケールアップ出来る。

リージョンはこれまで適当にしていたが,最終的に残る現出場捌き石狩リージョンなので,最初捌き手間通信効率のため石狩リージョンで揃えておき,徐々に分散させていくことにした。

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{気張らず}{体調不良者}{始まらない}{書いていく}{希行記}{構想初期}{活かせない}{形式張る}{認めてやる}{出られなかった}...=}(89)

{希哲15年10月9日の日記 K#F85E/A-E74C-2845}

この日から,希哲荘元の寝室き,また戻れることになった。一昨年9月姉の出産備え空けたのだった。

夕方頃から,なんとなく久しぶり葛西臨海公園まで歩いたスマホ写真残っていたことで,あの辺りをよく歩いていたのが丁度一昨年今頃だったことを思い出した合わせたわけでもないのに,不思議な気分だった。緊張感のある散歩だった当時とは反対に,晴れやか気持ち歩けた

デライト開発に入ってから失っていたもの少しずつ取り戻しつつある


希哲荘」と名付けてみると,実家新鮮見えてくるいつぶりか,散歩に出る時になんとなく写真ってしまった。

結局,蛎殻町を除けば出る出られなかった鎌倉に限らず,こんな環境の良い実家より希哲館事業好都合場所など無かった

デライトがここまでになり,黄金生活まで手に入れた。もう認めてやるしかない。


まだ迷いのあった『希希遊記』編集方針についても,ある程度考えまとまってきた

最初は,希行記として意識的書いていくつもりだったが,形式張る始まらない上にまず続かないし,デライト利点活かせない構想初期と比べて,今は『希哲日記』中心とした描出習慣確立している。

これらを踏まえると,希行に関する描出はあまり気張らず自由に行い,後日まとめて振り返りする,というのが現実的だろう。


明日家族集まり体調不良者が出たことにより中止となったため,寝室整理でもすることにした。

11日振り返り日記

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{デライト}
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