私が仮に党と政権を守らなければならない立場なら,すぐ問題は問題と認めて,潔白を証明すると宣言する。これで問題における発言力を高め,主導権を握り,尻尾切りを進めながら最終的に中枢部の問題ではなかったという結論に誘導する。要はダメージコントロール。
{結論 K#F85E/2510-AFAF}

Twitter 買収騒動で,SNS における“言論の自由”についての議論が再燃している。
相変わらず誰もが SNS 上の規制について考えているわけだが,そこに誰もが納得出来る結論はなく,水掛け論の域を出ていない。これからもその域を出ることはないのだろう。表現の自由・言論の自由についての議論は今に始まったことではない。
私自身の考えは昔から一貫している。SNS における表現の自由が問題視されるのは, 発信の質に対して発信力が強過ぎるからだ。それが中傷やヘイトスピーチ,デマといった問題になっていくわけだ。SNS の構造的限界なのだから,その構造を変えてしまうしかない。
「KNS」(knowledge networking service)を標榜するデライトは,世界で初めて,理論的かつ具体的な SNS の構造改革を提案をしているサービスだ。
見ての通り,デライトは Twitter のようなマイクロブログに近い感覚で利用することが出来る。では何が違うのかというと,知識を蓄積する機能を持っていることだ。デライトは,個人がよりよく世界について知るためのメモ機能と,それを基礎とした交流機能を提供している。これがつまり KNS だ。まだ小規模ながら,実際に新しい知的交流が生まれている。
世界史的に見れば,SNS というのは衆愚政治に陥った古代民主主義の再現だ。民衆の発言権が強くなると,民衆を煽動しようとする政治家が現れる。彼らは「デマゴーグ」と呼ばれ,その煽動行為は「デマゴギー」と呼ばれる。いわゆる「デマ」はこれに由来する。
デマゴーグ達によって混迷に陥った古代社会を批判するように,ソクラテスやプラトンといった哲学者達が現れ,西洋思想の源流となっていった。こうした経緯から西洋思想にはエリート主義の伝統が根強くあり,大衆による直接民主主義は軽視されてきた。それから紆余曲折あって,エリートと大衆の折り合いを付けた間接民主主義が定着し今にいたる。
エリート任せでも大衆任せでも社会は上手く行かない。人類が長い勉強の末に到達したこの秩序を,技術で破壊し,古代に逆戻りさせたのが SNS だ。SNS で人々を煽動して支持層を固めれば,一足飛びに権力を得ることが出来てしまうわけだ。
だからといって今更エリート主義には戻れないだろう。大衆が愚かなのが悪いというなら,大衆が「皆で賢くなる」しかない。KNS は,そんな不可能そうなことを可能にする唯一の道具だ。「万人による万人のための知性主義」という,世界史上最大の課題に対する真正面からの解答なのだ。
「前後記法」として検討していた記法を「前次記法」に改め,仕様を再検討して終了。
<- 前 | 次 ->
<- 前
次 ->
<- 前のみ
次のみ ->
以上のように,<- 前 | 次 ->
を基本形とし,改行区切りや <- 前
,次 ->
のみでの記述も可能にすることにした。
デルンにあった類似機能から,「時間(時印)的な前後関係」を表現する記法として「前後記法」と呼んでいたが,文書では新旧にかかわらず読ませたい順序を指定出来る方が便利なので,より汎用的な「前次記法」と位置付け直した。
新旧を表すのに「前」や「次」というのはよく考えるとおかしいという意見もあり,私も何か良い代替表現はないかと考えていたが,慣用表現として定着しているのでこれは仕方ない。前ページ・次ページというように,左開きのページをめくっていく感覚なのだろう(左開き・右開きは書字方向との相性の問題なので,ウェブで右が次になることが多いのは一応合理的ではある)。
前 <|> 後
前 <|
|> 後
これは他記法と区別しやすく簡潔ではあるが,見本はともかく少し長い文字列が入ると記号が埋もれがちで直感的とも言い難い。視認性を考えると,行頭・行末に分かりやすい記号があってほしい。
また,<|>
はタグ記法で使う予定の </>
と紛らわしい。|
で始まる長い文字列があると,初心者には表組み記法と誤認される恐れもある。
他記法との区別しやすさ,簡潔性,直感性などを総合的に考慮した結果,最も素直な記法であろう <- 前 | 次 ->
に落ち着きつつある。
<
,>
が多用される見込みなので,記法選定は慎重を要する。ついに自転車を買った。前々からぼんやり欲しいとは思っていたが,なかなか模体が決まらず,大して必要にも迫られず,踏ん切りがつかなかった。
金風以後,市内を中心に買い出しや事務的な用事で歩き回ることも増え,自転車くらいは必要かと強く感じるようになっていた。散歩も徒歩で行ける所はほとんど行き尽くしてしまい,少し飽きつつある。買い出しに関しては,ネットスーパーを利用することも考えたものの,店舗には店舗の面白さや便利さがあり,篭りがちな仕事の合間で良い運動や気分転換になっているので,自転車さえあれば不満はない。
実家にいくつかあった自転車は,盗まれたのか姉が持って行ったのか,いつの間にか無くなっている。最近惹かれていたのはダホン K3 だが,今のところそこまでの可搬性は必要ない。となると走行性能の点で費用対効果が低過ぎる。
もうこの際,実用性と最低限の見た目があればつなぎとしてシティサイクルでもいいかと思い立ち,昼前から散歩がてら自転車屋を巡ってみることにした。最初は近所でよく前を通る小さな自転車屋に入ってみたが,品揃えが少な過ぎたため,少し離れた大型専門店まで足を延ばした。
ここは流石に品揃えが豊富で,いくつか惹かれる模体が見つかった。一番気に入ったのは一通りの装備が付いた20インチ折り畳み自転車だった。趣味用自転車特有の面倒臭さがなく,適度にお洒落感はある。
この系統で黒だと2種類,かなり似た形状のものがあり,一方はフォルクスワーゲンの2021年型 VW-206G で本体価格は3万円台半ば,もう一方は1万円ほど安い独自ブランドの模体だった。そもそもつなぎなので最初は安い方でいいかと思ったが,よく見ると細部の美しさで価格なりの差があり,結構迷った。結局,ここで妥協するなら1万円くらいのシティサイクルと大差ないことに気付いて VW-206G を買った。防犯登録,保証・保守サービス,整備・防犯用品を一通り付けて4万3千円ちょっとで,すぐに乗って帰れた。
最初は1年くらいつなぎで持ってくれればいいかと思っていたものの,買ってみると,意外にも自転車欲があっさり満たされてしまった。元々合理的な移動手段として欲しかっただけで趣味として追求したいわけではなかったし,この模体自体の費用対効果が期待以上に高かった。
走行性能は,ぶらぶら走る程度なら以前所有していたダホンの Speed P8 と変わらない印象で,10万円ちょっとまでの20インチ自転車ではどれと比べても大差ないだろう。都内で見かける自転車の大半より見栄えも良い。
外観に関しては,そもそもこの形状が一番好みだったことに買ってから気付いた。最低限の装備しか付けていなかった Speed P8 と似ているとは初見では感じなかったが,後で写真を見比べると骨格が驚くほど似ていた。愛嬌とかっこよさを兼ね備えるこの感じの20インチ折り畳み自転車が元々ツボだったのかもしれない。新しい2022年型ではフレーム形状が変わってしまっているので買わなかったかもしれない。そう思うとしばらくはこれでいいやという気もするし,後継車のハードルは高そうだ。
見た目優先で折り畳み機能の使い道はあまり考えていなかったが,帰ってみると玄関に置いておくのが最適という結論になり,結果的にこの点でも大正解だった。
およそ10年ぶりの自転車には感慨深いものがあり,夜まであちこち走った。自転車によく乗っていた時期は長くないものの,平日日中でも毎日のように Speed P8 で都心を走り回っていたので,想い出は濃い。天気は悪かったが,涼しくて好都合だった。
考えてみれば,デルンの実用化と引き換えに自転車も自転車でぶらぶら走るゆとりも失ったようなもので,デライトと自転車の組み合わせは新しい体験をもたらしてくれそうだ。最近,睡眠の質が課題なので運動の機会が増えたのも嬉しい。座ってぼんやり考え事をしているよりはサイクリングでもしていた方がいい。
10日まで様子見をするつもりだったが,少し早めに,10月中のデライト収益目標達成に向けて組計調整することを決めた。
昨日察知した状況の変化により,先月29日の日記に書いたような「デライトの長期停滞」の懸念が後退し,無理に今月中の達成を目指す必要はなくなった。となれば,より確実な方を取るべきだろう。
当然,達成が早いに越したことはないので,引き続き,落ち着きながらも適度な緊張感は保って新生デライト開発を進めていく。
ここに来て,「デライトの早期成功」という概念について再考する必要を感じた。10月の収益目標達成が早期成功というのはいいとして,11月や12月なら早期成功ではないのかというと,それも違和感を覚える。
そう考えてみて,自分の中で,主観的な基準と客観的な基準が混在していることに気付いた。振り返ると,常に大体3ヶ月以内の収益目標達成を目指してきた。その時々の状況に合わせた結果として,それぐらい先の見えない道を歩んできたということでもある。収益目標達成が半年先や一年先になるということは,常に考えたくない「遅さ」だった。
希哲館創立14周年(11月1日)までの収益目標達成というのも,昨年11月に十分な猶予として決めたものの,結局はその遅さに耐えられず早めては延長を繰り返し,結果的に最近では早期成功の目安になっていただけだ。
つまるところ,これまで「早期成功」と呼んでいたのは,「現時点から3ヶ月以内くらいの収益目標達成」のことだった。だから,いま11月や12月の達成を遅いとは感じないわけだ。
ここで,「客観的な早期成功」とは何か,について考えた。状況を引いて見た時に,どこまでが大っぴらに早期成功と言えて,どこから言えなくなるのか。
まず思い浮かんだのは,「デライト2周年」(希哲16年2月13日)だった。サービスの成功という観点からいえば,離立から2年未満で十分な収益化を果せば早い部類と言えるだろう。それを過ぎると中途半端,微妙な印象になってくる。
研究開発を事業として成功させるまでにかかる標準的な時間を15年とするなら,希哲館創立から数えて14年と少しで,これも「やや早め」とは言える。自分の年齢も,36歳でこの規模の研究開発を成功させれば若過ぎるくらいだ。最終的な希哲館事業の成功を考えても,まだ遅くはない。
ここまで考えて,デライトの早期成功の目安は,デライト2周年,キリの良い所で希哲16年1月と認識を更新することにした。
主観的な目標意識も,それはそれで持っておいた方が適度な緊張感のためには良いが,それにとらわれて自分を追い込み過ぎると暴走してしまいかねない。そういう時に状況を客観的に見て冷静になれるように,目標は二重に持っておくべきだろう。
さらに踏み込んで,そもそも「デライトの成功」とは何か,ということまで考えてしまった。この調子で収益目標達成を果したとして,その時点ではじめてデライトの成功とするのか。未来から見ればそうではないかもしれない。だとすれば,デライトはいつから成功していたのか。
デライト開発自体は概ねずっと好調だし,私自身も「黄金生活」なんて言葉が出るくらい物心両面で満たされた生活を送ってきた。一日一文でも書いたように,ネットサービスなんて見かけでは分からない問題を多々抱えているもので,何をもってサービスの成功とするかは,そもそも難しい問題だ。
収益目標達成というのは,あくまでもデライト,引いては希哲館事業を発展させるための手段だ。目先の収益よりも優先すべきことを優先し,目的のために最善の道を歩んできた結果として,丁度良い時期に収益目標達成にも手を伸ばせるようになってきただけではないかという気もする。そういう意味で,成功と収益目標達成の因果関係は逆なのかもしれないと考えることがある。
デライトはすでに成功しているのかもしれない……という考えは,これまで何度となく脳裏をよぎったが,その度にかき消してきた。ただでさえ反餓精神に乏しい自分を甘やかしたくなかった。
ただ,ここ最近,それこそ絵に描いた餅が食べられる餅になったというような歓びを感じていたところに,時間のゆとりまで増え,もう勝手に成功した気分になってしまっている自分がいる。それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。
何をもってデライトの成功とするかは結論を急ぐことでもないので,とりあえず来年1月までに収益目標達成出来れば「デライトの早期成功」とするとして,いまのところ失敗の余地はないように思える。
また他に優先すべきことが出来て先送りになることがないとも言えないが,その時はその時の自分の判断を信じよう。
5時前起床を目指したが,寝不足続きだった上に5時間睡眠で調整しようとしたせいで二度寝してしまった。
いまのところ早朝出振るいの必要はないので,睡眠調整はゆっくり進めていくことにした。
新生デライト開発中の収益目標達成を狙うことになり,第四次宣伝攻勢の位置付け,引いてはデライト宣伝のあり方について見直す必要を感じたため,今日は現状整理に時間を費した。
デライト高速化前の現状整理以来だが,この3ヶ月あまりの間にも数多くの出来事があり,ついこのあいだ脳爆発があったばかりなので,現在地がよく分からなくなっていた。「新生デライト」というのも,そもそも何を意味していたのか忘れかけていた。
第三次市場戦略以後,「新生デライト」は「理想的な完成度に達したデライト」に近い意味を持ってきた。その要件が先月下旬にまとまり,今月から「新生デライト開発」に入れるようになった。それも1〜2ヶ月中の「完成」が視野に入っている。
意識の変化は言葉の変化にも表れている。これまで「新生デライト宣言」という表現をよく使っていたが,これは明確な区切りのないものに「完成」の類を使うことに違和感を覚えていたことによる。「完成」が自然に使えるようになったのは,やはり要件がまとまり,新生デライト像が明確になったからだ。
その完成を目指せるようになってはじめて,「新生デライト開発」という表現も出来るようになった。デライト開発が新しい段階に入ったことは明らかだろう。
一方で,これまでの波状攻撃のようなデライト宣伝の根底には,デライトの品質に対する不安があった。出来るだけ品質の高い状態で多くの人の目に触れるようにしたかった。逆に言えば,見せたくない状態が多々あった。それが今のデライトにも必要かというと,少なくとも明確な必要性は感じていない。
要するに,今のデライトはいつ誰に見せてもいいし,いつ飛当してもおかしくない。だとすれば,もう宣伝攻勢に頼らず,デライト宣伝も日常的に継続するべきかもしれない。具体的には,宣伝攻勢では1日3時間としていた宣伝時間を1日30分にしてでも毎日する,といったことを考えた。
いずれにせよ,新生デライトの完成まで宣伝を待つことは出来ないので,新生デライト開発と宣伝は並行させざるをえない。並行させる以上,相乗効果を生むように作業の優先順位などを調整していくことになる。
第四次宣伝攻勢をするかどうかは,結論を急ぐことでもないので保留とした。
朝からしばらくは良い調子だったが,昨年からのデライト開発を駆け足で振り返り,Cμ の公開まで考え出してしまったせいで,久しぶりに分かりやすい脳疲労の症状が出た(夕食後には復調した)。
しかし,ここで意識を正しく更新出来て良かった。ぼんやりした意識のまま突き進んでいたら何かしら判断を誤っただろうし,危なかった。
昨日の一日一文では高度経済成長期以後の日本の盛衰について分析してみたが,今日は,そんな日本がどうやって中国を抜き返し,アメリカをも凌ぐ世界史上最大の極大国となりうるのかについて書いてみよう。
アメリカは脱工業化に成功し繁栄を極め,日本は工業にしがみつき凋落した……物語はここで終わったわけではない。ジパング計画という“新しい物語”が始まるのはここからだ。
私は,これまでの世界で起きた脱工業化という現象を「あての無い家出」と表現したことがある。とりあえず工業中心から脱してはみたものの,落ち着ける先が見えていないからだ。脱工業化は世界にとって時期尚早だったかもしれない,という雰囲気は実際に広がりつつある。
それを象徴するような二つの出来事が同じ2016年に起きた。イギリスにおけるブレグジット決定,アメリカ大統領選挙におけるドナルド・トランプ当選だ。私はこれらに象徴される英米政治の混迷を「英米政治危機」と呼んできた。
そしてその背景にあったのが,情技(IT)産業をはじめとする知識産業の隆盛に伴う工業の衰退,格差拡大,国民分断だった。世界経済と脱工業化の先頭を走っていたアメリカ,そのアメリカを生み出したかつての超大国であるイギリスが同時に似たような危機に陥ったことは偶然ではないだろう。
産業革命から近現代を牽引してきた両国の産業構造はもちろん,政治や文化にも通底する何かの限界が,ここに来て露呈したのだ。
トランプ政権下のアメリカでは,まさに脱工業化の煽りを受けたラスト・ベルトに支持され“再工業化”の動きすら見られた。それは,あてのない家出から“出戻り”してきた少年少女のような,心細いアメリカの姿だった。
一般に,国民国家や間接民主主義・資本主義といった現代社会の標準的な体制が形作られた,18世紀頃から20世紀頃までの時代を「近代」という。
そして我々はいま,第二次世界大戦などの大きな画期を経て,様々な揺らぎの中で「現代」にいる。現代がどういう時代だったのかは次の時代になってみなければ分からないが,近代については振り返ってある程度概観することが出来る。
この近代化の推進力となったのはイギリスの産業革命だ。ここから世界の工業化も始まった。工業化も含めて様々な要素が互いに影響を与え,支え合いながら近代社会は形成されてきた。脱工業化でいうところの工業というのは,独立して取ったり付けたり出来るものではない。
特に重要なのは,工業というものが実質的な社会保障として機能していた,という点だ。つまり,額に汗して働けば,誰でもそれなりに豊かな生活も社会参加の実感も手に入れられる,という期待が,近代国家に大衆を繋ぎ止めていたのだ。
いま工業に取って代わろうとしている知識産業には,高度な教育を受けた選り人や高度な技能を持った一握りの人々に富が集中する性質がある。GAFAM に代表的な日本企業が何千と束になっても勝てないように,その他大勢がどう頑張っても埋められない差が出来てしまう。
こうなれば,“置き去りにされた大衆”の少なくない部分が,当然のように民主主義における権利を行使して“反乱”を起こすことになる。まさにそういう現象がトランプ政権だった。
世界史の講義のような話になってしまったが,それだけ脱工業化が持つ歴史的文脈は長く複雑だ。脱工業化は,突き詰めれば「脱近代化」であり,新しい産業を中心に社会全体の仕組みを刷新する新近代の創造,すなわち「新近代化」であるということになる。これに成功した国は一つもない。ならば,先走った国々がつまずいている内に,日本でやってしまおう,というのが私が語っていることだ。
ジパング計画とは,工業時代,引いては近現代からの周到な“家出計画“なのだ。
脱近代化という考え方そのものは,昔,「ポストモダニズム」などといって思想界で流行したことがあった。これも今思えば“あてのない家出”で,近代をあの手この手で相対化してみせるばかりで,その先を語れる者がいなかった。
結局,先行した思想の限界でもあったのだろうと思う。世界が混迷に陥っていても,達観ぶった“思想家”達は現状追認以上のことが出来なかった。私が現代思想を批判してきた理由だ。
こんなことを言うと,少なからず,何も出来なくて何が悪い,世界のあり方についての言説なんて虚構だ,とイマドキの思想家や現代思想かぶれ達には言われることだろう。
私はこう言い返す。出来なくて悪いこともなければ,出来て悪いこともないだろう。やらなくて悪いこともなければ,やって悪いこともないだろう。では虚構であることの何が悪いのか。新近代の創造,そこまでの虚構なら立派な演待というものではないか。そんな面白いことが目の前にあってやってみない方が「現代風の考え方」という固定観念にとらわれているのだ。あなたがたは,知の不可能性に屈していたに過ぎない,と。
いま世界に必要なのは,新しい知の可能性を示し,この壮大な“演劇”を演じ切ることが出来る人間だ。
新近代化はいいとして,なぜ日本なのか,というのは先日の一日一文でも主題にしたが,その時は個人的な心情を書くに留めた。私は,日本生まれ日本育ちの日本人だ。まず日本のことを考えるのに理由はいらない。
しかし,世界を見渡し,日本だけではなく世界のためを考えた時,新近代化を起こすのが日本でなければならない理由がある。
まず,日本は現在,「自由民主主義」を標榜する先進国の中で,最も政治的安定性を保っている国だ。それも,落ちたとはいえまだ世界第3位の経済大国としてだ。これは驚くべきことだろう。
自由民主主義というのは,アメリカを筆頭にしたいわゆる「先進国」の体制だ。ざっくり言ってしまえば,かつてのソビエト連邦や今の中国と異なり,経済的にも政治的にも自由を最大化しようとする体制のことだ。冷戦時代は「西側諸国」などとも呼ばれていた。
いま,この自由民主主義は危機に瀕している。“自由な経済活動”が知識産業による脱工業化に赴く一方で,“自由な政治活動”は大衆の反知性主義を煽る政治家を生み出す。この不調和こそ現代政治最大の課題と言っても過言ではない。なぜなら,この問題に対する「独裁」以上の解決手段がまだ知られていないからだ。
言うまでもなく,この問題を反民主的な強権体制で押さえ込み,ハイテク国家として日本を飛び越え,アメリカを猛追しているのが中国だ。中国の一応の成功は,冷戦を乗り越えた“西側”の自信を大きく揺さぶっている。
かつてアメリカと世界を二分していたソビエト連邦が崩壊したのは,結局のところ資本主義と民主主義が相対的に成功していたからだ。「自由でも国は上手く行く」ということが実証され続けていれば,独裁国家はその正当性を緩やかに失っていく。
反対に,「自由は国を分断する」と思われてしまえば,独裁国家は現体制を国民のためだと正当化することが出来る。特に英米政治危機以後,混迷する欧米の政治は独裁国家の権威を高めてしまっている。そればかりか,アメリカのような国にも独裁志向の大統領を生み出してしまった。独裁者は外からも内からもやってくるのだ。
さて,ここで日本に再び目を移してみれば,「旧態依然とした衰退途上国」と評されがちな今の日本が,実は非常な好位置に付けていることが分かる。アメリカが持たない安定と中国が持たない自由を辛うじて保っている国,それが日本だ。
つまり,日本には,分断を伴わない脱工業化,引いては脱近代化,新近代化を実現出来る可能性が残されている。これこそ,「自由民主主義における最後の砦」として私が日本を重視し,ジパング計画を推し進める理由だ。
とんでもないことを言っているように聞こえるかもしれない。しかし,驚異的な速度で近代化を成し遂げた明治維新,自由民主主義を志向しながら成長と平等を高い水準で両立させ,「最も成功した社会主義国」などと呼ばれてきた戦後……歴史を振り返れば,日本は,それに近い“とんでもないこと”を実現してきた国でもあるのだ。
日本人がいま仰ぎ見ているアメリカは,元はといえばイギリスの小さな植民地に過ぎなかった。そのイギリスも,大航海時代まではヨーロッパの辺境の島国に過ぎなかった。どこかの国に似ているとは思わないだろうか。実際,イギリスは産業革命まで江戸時代の日本と比べてもそう大きな国ではなかった。英語は,そんな彼らが世界中に広めた,彼らの母語なのだ。
そもそもヨーロッパ自体,近代化と世界進出に成功したから世界史の中心にいるような気がするだけで,それ以前の世界経済の重心は中国やインドをはじめとするアジアにあった。
「ルネサンスの三大発明」とされる火薬・羅針盤・活版印刷術の起源が全て古代中国にあり,仏教など古代インドの思想が19世紀以後の西洋思想に大きな影響を与えたように,文化的にも決して遅れていたわけではない。中国もインドも「新興国」などと不名誉な呼ばれ方をしてきたが,本来は「再興国」とでも呼ぶべきなのだろう。
歴史を学んで分かることは,未来は常に創造的であり,決まったことなどないということだ。誰もが想像するように日本がこのまま衰退を続け,英語を学んで出稼ぎに行くのが当たり前の国になるか,それとも,米中を凌ぐ極大国となり,日本語を世界中に広め,名実ともに世界の中心になるか,全ては日本人の創造力次第だ。
一つ,日本人にとってこれまでと大きな違いがあるとすれば,今度は“先生”がいないということだ。誰かの後を追うのではなく,日本人自ら,かつて誰も踏み込んだことのない領域で,先頭を切って走らなければならない。現代政治最大の課題の前に,この日本最大の課題が立ちはだかっている。
いまの日本は決して悪い状況にあるわけではない。むしろ,「米中凌駕」を狙うには最高の環境にいる。そう見えるか,ただの衰退途上国に見えるかは紙一重だ。一見,今の日本にそこまでの成長力は無さそうだ。知識産業において成長力を生み出す「独創性」が無かったからだ。
この話は,「自分自身についての研究」という題で書いた独自性についての話から繋がっている。あの話を書き始めてすぐ,私の脳裏ではここまでのことが広がっていた。これに収拾を付けるために書いてきたのが一連の文章だ。
独創性というのは,奇を衒って人の注目を集めることではない。その程度のことが得意な日本人はたくさんいる。世界が抱えている課題を,誰も知らなかったやり方,誰も出来なかったやり方で解決することだ。これが日本人には難しかった。
日本人は「一人」がとても苦手だ。常に,似た誰かと一緒に動きたがる。「赤信号みんなで渡れば怖くない」というやつで,みんなと一緒なら大胆にもなれる。人の注目を集めるために変わったことをするのが得意な人も多い。要は「みんなでわいわい」しているのが大好きなのだ。
ところが,独創というのは,文字通りほとんど孤独な作業だ。独創的であるということは,人のたくさんいる街明かりから離れて,一人で真っ暗闇に飛び込み,何か価値あるものを持って帰ってくるようなことだ。死ぬまで誰も認めてくれないかもしれない,誰も理解してくれないかもしれない,道なき道へ歩み出す。これが自分達にとっていかに困難なことかは,日本人自身がよく知っている。
これまでは,外国人が最初にやったことをみんなで真似していればよかった。これからは,日本人自らが未開の領域に踏み出さなければならない。しかし,誰から行くのか。誰もが周りを見て,後から付いていっても安全そうな流れが出来るのを待っている。だから誰も飛び出せない。これが日本の状況だった。「日本最大の課題」と呼んだが,大和民族における数千年来の民族性にまで遡る問題かもしれない。
もちろん,個々人の性格や能力だけの問題ではないだろう。「世界金融危機は日本人の何を変えたのか」でも似たようなことを書いたが,疲弊した今の日本社会には,個人が自由に好きなことを追求出来るゆとりは無いに等しい。かといって,一か八か,打って出るしかないほど追い詰められているわけでもない。ちょうど,“無難が正義”になってしまうような宙ぶらりんな状況にある。
では一体,日本人はどうすればいいのか,と思うだろうか。別に,どうもしなくていいのだ。わざとらしく過去形を強調したが,外国人の後を付いていくばかりの日本人像は,すでに過去のものとなった。希哲館事業が過去のものにしたのだ。
ジパング計画を含む希哲館事業は,私がほとんど自身の体験のみに基いた思想と発明で始めた「世界初の新近代化事業」だ。どのような哲学で,どのような世界を目指し,どう実践していくのか,その全てを,独自に体系化している。規模・密度といい実践の水準といい,このような事業は世界に類を見ない。
そして,私も希哲館事業も日本生まれ日本育ちだ。不思議なことに,私は外国人の先祖を知らない,いわゆる純日本人だ。日本から出たこともほとんどない。
これはつまりどういうことか。日本には,かつてアメリカを脅かすほどの団結力と勤勉さを持った一億の日本人と,アメリカ人にもいないような自由で大胆な日本人が共存しているということだ。
手前味噌もいいところな結論だが,日本には希哲館事業が足りなかった。そして今,日本には希哲館事業がある。鍵はすでに全て揃っているわけだ。あとはそれに気付くか気付かないかの問題だ。
日本人は云々,という巷の日本人論は,やたら欧米人を礼賛して日本人を貶してみたり,そうかと思えば,空想的に日本人を美化してみたり,いずれにせよ現実離れしたものが多い。論者の世界観も分断し,歪んでいるということなのだろう。
「日本はなぜ繁栄し,なぜ衰退したのか」で書いた通り,私は,個人の性格であれ国民性・民族性であれ,全てにおいて良い性格も全てにおいて悪い性格もないと思っている。
日本は,スティーブ・ジョブズのような史上最大級の革新者を生み出せなかったが,ドナルド・トランプのような史上最大級の嫌われ者を生み出すこともなかった。両者は性格においてそう遠くない。良くも悪くも平然と我が道を行ける性格なのだ。
歴史上数々の大冒険を成功させてきた欧米がコロナ禍で夥しい犠牲者を出す一方,日本が行政の迷走にもかかわらず感染拡大を抑えられていたのは,綺麗好きで協調的で慎重な日本人の性格によるところが大きいと言われる。“臆病さ”も場面が変われば“慎重さ”になる良い例だ。
特に日本人のように自尊心が低く自己評価が極端に振れがちな集団にとって重要なことは,自分達の長所・短所,持っているもの・持っていないものを偏りなく正しく知ることだ。外国の一面を真似て変わろうとしなくていいし,いまさら中途半端な外国かぶれになってどうにかなる状況でもない。自分達についてよく知れば,考えることもやることも自ずと良い方に変わってくる。
自分が鬼であることにも,近くに金棒が落ちていることにも気付いていない──私の目には,いまの日本人がそんな鬼のように映っている。自分の力を知り,自分の武器に気付きさえすれば,まさに「鬼に金棒」だというのに。
さあ,世界と日本がいまどういう状況にあり,日本人はどこをどう目指すべきなのか,外堀を埋めるように語ってきたが,そろそろ本丸の攻め方について具体的に考えてみよう。
結論から言えば,日本が飛躍を目指すのであれば,国全体で,基幹産業へのいわゆる「選択と集中」を徹底せざるをえない。その戦略において最大の問題は,新しい日本の基幹産業として何を選択するかだ。そして,選択すべきは知能増幅(IA)以外にない。
まず,集団としての日本人の特性と人口規模を考えた時,アメリカ型の起業大国を目指すべきというのは経営戦略として下策と言わざるをえない。
アメリカは,日本よりずっと多様な人々が日本の倍を越える人口でいる国だ。多様性はともかく,中国の人口にいたっては日本の十倍を越えている。これに加え彼我の国民性の差を考えれば,鉄砲玉の数で勝負するような起業に向かわせるのは日本人の無駄遣いだ。それで出来るのはせいぜいアメリカもどき,「米中凌駕」など到底叶わない。
日本人はばらけた時よりも固まった時に強い。この日本人の特性をどう活かすかと考えれば,選択と集中に向かわざるをえない。それも,米中を圧倒する極大国を目指すのだから中途半端ではいけない。日本の全てを一点に集中するような,「一選万集」とでも呼ぶべき究極の集中戦略が必要だ。
80年代以後に漫画を読んで育った世代には,「元気玉方式」というのが一番分かりやすいかもしれない。
選択と集中は本質的に「賭け」だ。近年,この戦略を批判的に捉える論調も目立つようになったが,多くの場合はここを誤解しているのではないかと思う。日本人はその賭けが苦手で,保険をかけることに多くの経営資源を費やしてきた。だから冒険をしなくてはいけないと言っている時に,怪我したからやっぱりやめよう,というのでは何も変わらない。
選択と集中における失敗とは,「集中の失敗」ではなく「選択の失敗」だ。失敗したから集中をやめようというのが日本人なら,別のものを選択してまた挑戦してみようというのがアメリカ人なのだ。
当然,「元気玉方式」では全てをかけるのだから,万が一にも外せない。逆に言えば,万が一にも外さないことなら全てをかけてもいいはずだ。いっそのこと,そこまで突き詰めてしまった方が日本人は乗りやすいかもしれない。
ここまで来れば,問題は一点に絞り込まれる。日本の全てをかけてもいい基幹産業として何を選択するべきかだ。
内閣府のムーンショット型研究開発制度では,人工知能をはじめとする,いまや世界中で猫も杓子も語っているような路線で「破壊的イノベーション」が語られている。残念ながら,すでに米中が桁違いの投資で先行する分野の後追い以上のものにはなっていない。もっとも,民主主義における政府の役割は,みんなの意見を集約することであって,誰も理解出来ないようなことを勝手にやり始めたら独裁だ。それはそれで仕方ない。
これは日本人にとって極めて難しい問題だったが,私は,何の迷いもなく,「知能増幅」(IA: intelligence amplification)だと即答出来る。知識産業にとって最も根源的な役割を持ち,まだ十分に知られていない未開の領域で,日本人である私が「世界初の実用的な知能増幅技術」(デライト)を完全に保有しているからだ。
このような話になると,日本が誇るゲームやアニメ,漫画があるじゃないか,という人も多い。もちろん,これらも素晴らしい日本の文化で,重要な産業ではあるが,基幹産業というには心許無い。
馬鹿にしているわけではない。例えば,日本製のゲーム作品なんて,ほとんど人間業の限界といっていいくらい洗練されていると思う。長年,世界中で人気もある。では,任天堂をはじめ日本のゲーム会社がどれだけの規模に成長しているのかというと,その偉業の割に目を疑うほど小さい。これ以上頑張りようがある気がしないのだ。
これには少し個人的に心当たりもある。私は80年代生まれで,人並みにゲームやアニメ,漫画に囲まれて育ってきた。ただ,大人になってからはこれらの分野にほとんど金を使っていない。時間が無いからだ。それで困るかというと別に困ってもいない。つまり,後回しにされがちな分野だ。
GAFAM(Google,Amazon,Facebook,Apple,Microsoft)というのは,いわば“新しい生活必需品“を作っている企業だ。ゲームが出来なくても私は困らないが,Google 検索や Amazon が使えなくなれば困る。支配力という点ではやはり比較にならない。
「日本にはスティーブ・ジョブズのような起業家がいない」という話になると,例えば,「日本には任天堂の故・岩田聡氏がいるじゃないか」というような反論の仕方をする人がいる。感情としてはよく分かる。岩田氏に限らず,日本には各界にそれぞれ素晴らしい経営者や技術者がいる。一概に優劣を付けることは出来ない。
そんなことは大前提とした上で,なぜこういう話でジョブズやゲイツが引き合いに出されるのかといえば,世界経済を牽引するアメリカを代表する企業を創った人々だからだ。その文脈として,日本経済の長期停滞がある。その意味で,やはり彼らに比肩する日本人はまだいない,というのが現実だ。
もう一つ,日本人がやりがちな議論として,「GAFAM もジョブズもゲイツもアメリカでしか生まれていないのだから,日本だけを問題にするのはおかしい」というものがある。一見もっともらしいが,これもよく考えるといい加減な理屈で,かつてアメリカとしのぎを削った日本で情技産業が育たなかったという話と,例えばアフリカの発展途上国で情技産業が育たなかったという話は同列に語れない。
日本人が言葉遊びで気を紛らわしている内にも,中国は GAFAM に肉薄する企業を作っている。私はやはり,日本人にはこの問題に真正面から挑戦する強さを持ってほしいと思う。
こんなことを散々考え尽くし,私が辿り着いたのが知能増幅という分野だ。人間の知能を技術的に増幅しようというもので,昔から学術的には認知されているが,人工知能とは世間的な認知度・話題性・市場規模において雲泥の差がある。
その大きな理由として,実用化の見込みが全くないということがあった。例えば,脳にチップを埋め込むとか,遺伝子を弄るとか,そういう SF じみた空想から何十年ものあいだ抜け出せていなかった。これでは,技術的にどうというより,やりたがる人を見つけるのが難しいだろう。
私は,この知能増幅と,いま Notion や Roam Research といったサービスで注目されつつあるメモサービスを結び付け,「知能増幅メモサービス」という形で触れる知能増幅技術を開発した。それがこのデライトだ。
知能増幅技術は,人工知能も含めて,人間の知性が生み出すあらゆる産物に寄与するという意味で,知識産業における最も根源的な機関といえる。これを利用して日本で「知識産業革命」を興し,新近代化の推進力にしようというのがジパング計画だ。
そしてこれは,人間が知的生命体である限り,半永久的に意義が失なわれることのない技術だ。日本人の粘り強さを活かすにはもってこいだろう。「日本の全てをかけてもいい基幹産業」として,私が想像しうる最大限の現実解だ。
私はたまに,「自分が GAFAM の完全な経営権を与えられたらどうするか」という思考実験をしてみることがある。結論はいつも変わらない。「全ての事業を売り払ってでも知能増幅技術の開発に注ぎ込む」だ。Windows,Mac,iPhone,Google 検索,Android,YouTube,Amazon,Facebook……これまでのあらゆる情技製品よりも知能増幅技術に可能性を感じるからだ。
またとんでもないことを言っているようだが,これが米中凌駕を実現するような革新的技術を具体的に想像するということなのだと思う。
日本人に近代化とは何かを知らしめたアメリカの黒船来航からおよそ170年,いまこそ,世界に類をみない「一億総知能増幅」の新近代国家で「黒船返し」をする時なのだ。