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{デライト}{希哲館事業}{『希哲日記』}{続ける}{希哲15年9月の月記}{KNEST 隠し実装}{老い先短い}{寂しさ}{冒険の終わり}{破滅前提}...=}(114)

{希哲15年9月19日の日記 K#F85E/E74C-8EF8}

一昨日は一昨日で,久しぶりによく身体を動かして気持ち良かったもののまだ筋肉痛残り昨日は昨日でくらくらするような環境激変があり,肉体的にも精神的にもかなりの消耗感じた。今日も定休通りに休んだが,まだ回復した気がしない。

この変化デライト希哲館事業盤石安泰かという心境になりかけ,律動的集中生活を終えることも考えた。しかし,それもこれまでの適度な緊張感があってのことなので,収益目標達成までは引き続き新生デライト開発極力集中する生活続けることにした。もう油断さえしなければいくらでも粘れる

つい一週間前の日記には,否が応でも気分重苦しくなる状況だから意識的利楽しようと書いていたわずか一週間後には否が応でも気が緩む状況になっているのだから,まだ頭が混乱している。

本来なら喜ぶべきことのはずが,なぜか明るい気分というわけでもない。半分くらいは疲れのせいかもしれないが,希哲館事業安定してしまうことに対する複雑な心境もある。

そもそも,希哲館事業は,「どう頑張っても万に一つも成功しない仕事」として始めたものだ。楽しかった破滅前提大冒険が,千に一つ百に一つ十に一つ成功近付くにつれ,つまらない事務処理になっていくような気が薄々していた。いまやデライト希哲館事業も,手堅くやってさえいれば成功約束されたも同然だ。

もっと若い頃の自分なら,あえて踏み外すようなことをしたかもしれないが,もうそれが許される年齢でもない。失敗して自滅するだけなら何のことはない。周囲に対する責任重過ぎる老い先短い両親家庭を持った達,散々世話をかけたり世話してやれなかったりした親戚達のがいちいち浮かんでしまうことなんては無かった。友人にもデライト用者にも社会にもがある。何より,希哲館事業がそこまでの冒険必要としていない以上,もはや冒険に“物語”が無い。

この冒険の終わり寂しさ乗り越えつまらなさ背負っていくことが大人になるということなのか,などとぼんやり考えたり,KNEST 隠し実装小手調べをしたりして過ごした一日だった。

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{デライト}{希哲館事業}{『希哲日記』}{希哲15年9月の月記}{重苦しくなる}{気分が晴れなかった}{掴めた}{十分な睡眠を取る}{短くなっていた}{心理的負担}...=}(86)

{希哲15年9月12日の日記 K#F85E/E74C-69BB}

今週に入り,ますます状況良くなる一方……なはずなのに,妙に気分が晴れなかった理由について考えていた

やはり,デライトの早期成功,引いては希哲館事業の成功もはや夢ではない,というのがかえって重いのだろう。希哲館事業は「人類史上最大の事業構想」なのだから,営利事業として成功することなど歴史的偉業であって,そう簡単に行くわけがない……そんな言い訳開き直りももう出来ない。思えば気楽なものだった。

いまの希哲館事業は,努力次第で十分経営的軌道に乗る状態だ。それが出来ていないということは努力不足だということだ。最近,デライト運営状況に対する自分の見方厳しくなっているし,あれもこれもしなければと気持ちが逸り,それに追い付いていないことに,これまで感じたことのないような焦り悔しさ込み上げてくる

希哲館事業が負っている社会的責任のようなこともよく考えるようになった。これまで全くと言っていいほど利益を生み出さなかった事業にこれだけの時間注ぎ込んでこれたには,身内はもちろん,間接的にも社会にかけてきた多大負担迷惑がある。その歴史も,元を辿れば,かれこれ四半世紀になる。希哲館事業の成功以外では返せない借りだ。

そんなことを考えていれば,否が応でも気分重苦しくなるし,無意識のうちにも自分を追い込みがちになる。ここからデライト収益目標達成までが一番苦しい過渡期なのかもしれない。

ただ,過度な緊張感百害あって一利なしだ。無駄な心理的負担能率が落ち,判断誤らせる。ここからは休息もしっかり取り,意識的心身利楽させることにした。この状況適度な緊張感保つにはそれくらいで丁度良いだろう。睡眠時間平均的短くなっていたため,まずは十分な睡眠を取ることから意識していく。

なんにせよ,得体の知れない感情正体掴めたことは大きな収穫だった。

{一日一文}{勝つ}{希哲15年6月の一日一文}{勝てない}{バグだらけ}{乗り心地}{高い品質}{大きな価値}{日本の衰退}{日本の繁栄}...=}(157)

{日本はなぜ繁栄し,なぜ衰退したのか K#F85E/E74C-C2D6}

昨日の一日一文では,日本人独自性オリジナリティなどについて書いた。その中では,日本人の性格における負の側面強調してしまったが,もちろん,日本人にも良い面はたくさんある。

私が「ジパング計画」などと言って日本最重要視しているのも,その日本人の性格を活かし,アメリカ中国大逆転勝ちする道があると思っているからだ。

ある程度定常的存在している事物には全て,進化論的な存在理由がある。つまり,この世界のいつかのどこかに適応しやすかったから存在しているわけだ。これは人間の性格についても言えることだ。

ある場面では勇敢で大きな功績をあげた人が,別の場面では無謀な行動で身を滅ぼすことがある。ある場面では臆病で役に立たなかった人が,別の場面では慎重さ成功することもある。性格というのは,状況環境で良くも悪くも見えるものだ。

日本の盛衰

1980年代頃には,日本世界最強工業国だった。人口規模などの問題で「超大国」にこそならなかったが,超大国アメリカを凌ぐ富豪企業輩出し,金持ちといえば日本人だという時代が確かにあった。工業の時代がずっと続いていれば,日本がアメリカを凌ぐ超大国になるのは時間の問題だったはずだ。

ところがこの1980年代というのは,すでに「脱工業化社会」の到来が広く議論されるようになっていた時代であり,アメリカでは水面下脱工業化に向けた産業転換が始まっていた。言うまでもなく,その中心は情技(IT)産業だった。

シリコンバレー」が注目されるようになったのは70年代からだ。90年代になると,クリントン政権によって情技を中心とした産業改革が推し進められていく。「工業では日本人に勝てない」と悟った80年代のアメリカ人には,脱工業化という,あえて進むべき茨の道が見えていたわけだ。

日本はといえば,90年代初めにバブル崩壊という憂き目を見て,「失われた三十年」とも言われる長期停滞が現在にいたるまで続いている。

情技産業牽引された中国が日本の GDP を抜いてからもう10年以上経つが,昨年には,GAFAMGoogleAmazonFacebookAppleMicrosoftなどと呼ばれるアメリカ情技企業数社の時価総額が,二千社を越える東証一部上場企業全体の時価総額を上回った。

日本人らしさ

かつての日本の繁栄も今の衰退も,やはり日本人の性格によるところが大きいと私は思っている。

工業では,日本人的な,勤勉でよく協調する労働者には大きな価値がある。ありきたりだろうが模倣だろうが,価格に対して高い品質提供出来る者が勝つ

例えば,どんなに斬新独自性オリジナリティに溢れる設計でも,まともにブレーキが効かない自動車には価値が無い。つまらなくても,乗り心地がよく信頼出来る車は必ず売れる。こういったもの作らせれば,いまだに日本人の右に出る集団は無いだろう。

しかし,情技産業,特に柔品ソフトウェアの世界ではこれが逆転してしまうことが多い。バグだらけであちこちがあっても,何か斬新体験提供してくれるものは飛ぶように売れる。

面白いもので,そういう荒削りアメリカ製品流行ると,日本人技術者達はこぞって「粗探し」を始める。ここが危ない,ここが汚い,などとみんなで言い合って,熱心に“改良”しようとする。そうして確かに丁寧心地良い模倣品が出来たと思ったら,また新しい波に押し流されてしまう。日本の情技業界賽の河原だ。

同じ柔品でも,間違いの許されない厳密動作が要求されるような分野では,実は日本製のものが少なくない。私はいつもそんなところに日本人らしさを感じている。ただ,その手の「縁の下の力持ち」はどうしても知名度が上がらず,利益も上げにくかったりする。

バブルジェット経済」の時代

いまだに平成バブル日本経済破壊したかのように語られることが多いが,それは原因ではない。

そもそも「バブル」というのは,弾けて,経済停滞した時に初めて認識されるものだ。バブル自体が問題なのではなく,バブルが弾けた時に底が抜けてしまうような実体経済であったことが問題なのだ。そしてその問題の根は,日本人工業に“適応”出来過ぎてしまったばかりに脱工業化に遅れたことにある。これも今となっては明らかだ。

アメリカ経済は,日本が「失われた三十年」にあえいでいる間も概ね右肩上がりを続けてきた。株価高下するたびに「これはバブルなのではないか?」という経済学者達がいる。ところが,アメリカの場合,一つのバブルが弾けたかと思うと,またすぐ次のバブルが膨らんでくる。むしろ,次から次にバブルを作ってそれを推進力にしているかのようですらある。

そんな「バブルジェット経済」とでもいうべき離れ業が可能なのも,情技産業を中心として実際に社会のあちこちで革新を起こし,世界席巻するような製品サービス生み出し続けているからだ。

日本にはそれが出来なかった。ならば,今からでもやればいいのだ。出来なければ,どうせこのままゆっくり衰退を続けるしかないのだから。

一日一文という日課で書くには長くなり過ぎたので,具体的にどうすべきか,という話はまた明日にでも書こう。

{社会}

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