特にデライト正式離立以後,いかに希哲館事業を世に出すかを考えることが多くなっていたが,一昨日のキット*メーネ運用終了を機に再考し始めた SNS との関連でその難しさを改めて認識している。
問題の中心は,私自身がそもそも SNS 的な「共感」というものからほど遠いことにある。希哲館事業のためにあったような人生を歩んできたが,これは私にしか分からないことだ。
そう考えると,例えばネット上で文章を書いて考えを広める,というのは極めて難しいことになる。そこで芸能が重要性を増してくるが,何度考えてみてもデライトを成功させた後の方が合理的だ。デライト第一は変わらないが,次善の策として準備を進めておく。いずれにせよデライトが成功しなければ副業が必要になるのだから,どこで働こうが似たようなものだ。
デライトが出来てからの最近の心境の変化として,何らかの業界に一旦飲み込まれたとしても,すぐに取り返せるだろう,と思えるようになってきているのも大きい。