その頃、筆者はちょうど個人製作のゲームをつくっていて、手頃な「個人知識管理サービス」を探していたところでもあったので、もののためしに、当時リリース直後だったこのデライトを触ってみたものの、利用法がさっぱり思いつかず、結局普通のアウトラインプロセッサを選んでしまった。
{コブラ会 K#EC99/A94C}
もとあじ80年代の名作映画『ベスト・キッド』の正当な続編として製作されているアメリカのウェブテレビシリーズ。
当初はYouTube Premiumで独占配信されていたが、2020年8月28日からNetflixでも配信されるようになった。
{ハウス・オブ・カード 野望の階段 K#EC99/6DE1}
もとあじボー・ウィリモンがショーランナーを務め、映画監督のデヴィッド・フィンチャーと主演男優のケヴィン・スペイシーらが製作総指揮するアメリカ合衆国のドラマシリーズ。
Netflix初期の看板ドラマだったし、シーズン2までは紛れもなく名作だったが、引き延ばしにより後半失速、最終シーズンの製作中に、主演男優のケヴィン・スペイシーがスキャンダルを暴露されて降板。
なんと最終シーズンで主役不在(劇中で死亡)というとんでもないオチがついた。
{Netflix K#EC99/1C68}
もとあじドラマ、映画、アニメ、ドキュメンタリーなどの幅広いコンテンツを配信するストリーミングサービス
筆者のオススメは「ハウス・オブ・カード」と「コブラ会」
{あれ K#EC99/C48C}
もとあじあと、ここしばらく開発者さんの「ツイスト」も追っかけてはみたものの、論旨がとっちらかって何が言いたいのかさっぱりわからない。
それこそマンガのフキダシのように、思い浮かぶことを次から次へと書き綴っているせいで、文章量は長大なのに、話の入り口と出口で全然別の話題にたどり着いたあげく、当初のテーマを見失ってしまっている。
Netflixの「グッド・プレイス」というドラマに登場する倫理学教授のチディの講義を受けているみたいだ。
{あれ K#EC99/B472}
もとあじ「なんにでも使える」という開発者さんの理想はわかるのだけど、それこそもう少しくっきりとした「輪郭」づけというか、使い方のガイドラインが見えてこないことにはどうにも利用者側としても応援のしようもない。
開発者さんとしては、ひょっとすると明確なガイドラインを提示してしまうと、「変に利用法が限定されてしまい、本来理想とする開発思想がゆがめられてしまう」といったような危惧があるからこそ、あえてわかりやすい具体的な利用法を提示していないのかもしれないが、利用者が増えればおのずと利用者同士で試行錯誤しながら、様々な利用法があみだされていくだろうし、それにあわせてサービス自体に様々な拡張機能が追加されていくこともあるだろう。
まずは具体的・限定的に、とりあえずこういう風に使うのがオススメという利用法を開発者側が積極的に提示していくことが肝要だろう。
{あれ K#EC99/2F3B}
もとあじ思いついたことを思いついたまま、曖昧模糊とした種のままに書き留めるTwitterのような側面と、階層的・連想的に知識を集積するウィキペディアのような側面の両方をあわせたサービスというのには、確かに可能性を感じるので、がんばってほしいのだが、そもそもこの「Twitterとウィキの折衷」みたいなサービス概念をおぼろげに理解できたのが、ようやく最近の話で、おまけにこの概念自体、使い方として本当に正しいのかも半信半疑な状態である。
{あれ K#EC99/79E1}
もとあじデライトの使い方をのぞいてみても万事この調子で、開発者さん独自のテクニカルタームがそこかしこにちりばめられているから、「デライトの使い方を調べるために、使い方の説明文にふくまれる独自用語の意味を調べなければならない」というおかしな状況になっている。
これでは普及するはずがない。
{造語癖 K#EC99/9393}
もとあじだから、改善点のつもりで、あえて厳しい物言いをしてしまうが、サービス全体に思想臭さや難解さが漂っている原因は、開発者さん特有の「造語癖」(翻訳語の整備ふくむ)にあると思う。
ざっくりこのデライトというサービスを見回しただけでも、「輪郭」「描き出し」「ツイスト」「全知検索」「黄金循環」みたいなワードが盛りだくさんで、きわめてとっつきにくい。
開発者さんの発言を眺めていると、不正確な表現が嫌で、正確な定義づけのために独自の用語を創出しているようだが、開発者さん本人が「これこそ正確な表現だ」と思って新語を作っても、それが人口に膾炙していないので、結局現時点ではただの独りよがりな「暗号」にしかなっていない。
{あれ K#EC99/107D}
もとあじこのデライトを導入するにあたって、いわゆる参入障壁のようになっているものの一つは、開発者さんの独特の思想というか、世界観のようなものが大きく影響していると思う。
開発者さんは、なにしろ自ら「希哲社」と号するくらいだから、おそらく哲学とかそういったものに対する造詣が深く、思い入れも深いのだとは思うが、反面、その開発者さんの嗜好が、サービス全体にある種の思想臭のようなものを漂わせる一因になっているのではないかと思う。
勘違いしてほしくないのは、これを「描き出し」ている筆者には、別段開発者さんを揶揄したり批判したりしようという意図があるわけではなく、サービスが普及すればいいと考えているし、なんとなれば開発者さんのいう「KNS/個人知識管理サービス」の新たな地平を切り拓いてほしいと思っている。
{あれ K#EC99/1EC1}
もとあじ利用者が増えるにつれて、いずれ利用方法も理解できるようになるかと期待していたのだけれど、結局現時点まではっきりとした利用方法は見えていない。